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1章 7

 試される。その一言が緋一の頭に残響した。

 はっ、と息を吐いた。

「嫌いも何も、こうなったらやるしかねぇだろ」

 響子が満足げに頷いた。

「ただねぇ、渡すつもりだった銃、うっかり忘れてきちゃったんだ」

「はっ!?」

 緋一は思わず声を上げた。

「……あ、もしかして響子ちゃんの部屋に置いてあった大きなピストル?」

 白羽が挟む。響子は「いやぁ、急いでたから」と言い訳した。

「何か持ってねぇのか」

「無い。昔は毎日持ってたけど」

 さらりと返すと、

「銃なら何でもいいんだよね。百戦錬磨の緋一君だもの」

 足元の地面へと手を向けた。

 ガシャリ、と金属音が立つ。

「『銃をくれれば守ります』――」

 響子は拾い上げた銃を緋一へと突き出した。

「守ってくれるよね、緋一君」

 淡い垂れ目の奥には、挑むような光が灯っていた。

 一瞬、緋一の脳裏に一年前の彼女がフラッシュバックしかけた。

 その時だった。

「ビィィィィッ――!」

 異音が背後で鳴り響いた。はっ、と三人は振り返った。

 壊れた電子機器が放つ警報のような機械音。機械物質に覆われた声帯が発すブランダーの叫び声だった。

「亢進失敗、完全完了」

 響子がぼそりと呟いた。

 自衛軍の兵士だった男は、ほんの数分前にあった面影を一つも残していなかった。

 細胞分裂異常で巨大化した肉体。いや、肉体と言うには語弊がある。細胞の異的分化によって新生した金属様物質が男の全身を覆っている。まるでロボットだ。金属光沢を放つ胴に、ずしりと地面に突き立つ足。片腕は更に膨化し砲台のような器官へとなり変わっている。

 ギロリ、と見開かれた眼球がこちらを見下ろした。

 頭部も、体と同じく疑似金属に覆われている。脳と近位のこの場所は内分泌物質が拮抗し巨大化を免れる。そのせいで体と比べアンバランスなほど小さい。いやこれを機械と言うなら正しい比率なのかもしれない――

 小さな頭の中央には、一対の眼窩が開いている。

 そこから覗く眼球は彼の最後の〝肉体〟だった。

 人類の唯一の名残と言える両目は、まばたきする術すら失っていた。真円形に剥いた眼球は真っ赤に充血し、白い部分をほとんど失くしていた。

 血色に染まった視線が、緋一たちをまっすぐに貫いた。

「……ちっ」

 緋一は舌打ちすると、響子の手から銃を掴み取った。

「二人とも動くなよ! 守らせたいんだったら絶対に動くな!」

 肩越しに忠告する。

「えっ、う、宇佐見君っ」

「おーけぃ。頑張ってねぇ」

 慌てる白羽と、呑気に手を振る響子。緋一は再び舌打ちすると、首を前に戻した。

 少女たちの前に立ちはだかり、ブランダーを睨み据える。

 特異点は心臓、肝臓、そして脳系相当部位。ヒトの急所と同じ位置にある極弱箇所を貫けばブランダーは破壊できる。

「破壊……つまりこれはもうヒトじゃないって意味だよな」

 異生物と化した〝それ〟を見上げながら呟いた。

 政府は全国民に、ブランダーに対する任意殺害権を言い渡している。自らの身を守るために、そして周囲への被害を防ぐために、国民は誰の許しを得ること無くブランダーを殺す事が出来る。

 しかし殺戮衝動に呑まれた生物と渡り合える人間はごくわずかだった。武装した兵士でさえねじ伏せてしまう彼らと対峙できる人間は、同じく現行人類の枠を超えた者だけだ。

 それ故に、緋一が掲げた看板に寄って来る一般人は絶える事が無かった。

「銃をくれれば……」

 緋一の後ろで白羽が呟いた。

「あげたから守ってもらおうか。白羽」

「でも宇佐見君のセカンドメモリーじゃブランダーとは戦えないよ」

 心配そうに両手を握る白羽へ、響子はにこりと笑った。

「だから緋一君は銃で戦うのさ」

 瞬間、緋一は駆け出した。

 助走をつけてブランダーの腹に飛び込む。手足に比べ細い胴体。中央左下へと銃口を向けた。

「ギィィ!」

 察したブランダーが身を捻る。的が逸れ、発射された銃弾は脇腹の装甲を削った。

「ィィィ!」

「くそ」

 緋一の足が地面につく。

「何でヒラの兵士がライフルなんだよ。オートマチックの拳銃でも持たせてればいいじゃねぇか」

 リボルバーを引いて次弾を込める。

「狙撃兵だったって事か? こいつは!」

 ドン! と銃声が空気に轟く。

 振り向きざま発砲した緋一。銃口の先にはブランダーの心臓があった。

 強靭な外皮が銃弾をいとも容易くはじき返した。

「この威力の銃でも無理か」

 端から期待していなかったが、落胆交じりに呟いた。

 ブランダーの足が動く。こちらの生物が脅威と判断したのだろう、ブランダーは緋一に向かって突進した。

 ぶんっ、と振られる腕。鋼鉄の棒にも違わない腕が勢いよく地面を掠めた。

「ビィィィ」

 飛び退った緋一を、ブランダーの目線が追いかける。続けざまに一撃。振り下ろされた巨大な腕を緋一は難なくかわした。

「……すごい」

 白羽が呆然と呟いた。

「ネクスタブルは体自体の機能も上がるって聞くけど……宇佐見君はまるで鳥みたいにブランダーを翻弄してる」

「これが経験ってヤツだねぇ。でも緋一君の本領はこれからさ」

 え、と白羽は響子を窺った。

「さぁ、思いっきり砕けなよ、緋一君!」

 響子は両腕を広げて叫んだ。

「僕と殺し合った時みたいに、反吐が出るくらいに血にまみれなよぉ!」

 その叫びにブランダーの奇声が被さる。

「ィィィィィ!」

 怒りを煽られたかのように全身を振るわせる。ピリピリとした殺気――感情変動に伴う空中放電が緋一の頬をしびれさせた。

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