1章 4
「あれ、こんな所だったっけ?」
問うた響子に、
「うん。自衛軍が持って行っちゃったって言ったでしょ?」
白羽がやるせない声で返す。
「見事に無くなっちゃったねぇ」
ウェーブの髪をくしゃくしゃと掻く。
「さすがは政府率いる自衛軍の皆さん。やる時は早いですなぁ」
「いつもはもっといい加減なのにね。骨を運ぶトラックも急いでたみたいだったよ」
「クーデターから一年。心機一転して自衛活動に取り組む事にしたのかもねぇ」
白羽は首を捻りながら「そうかなぁ」と呟いた。
「まぁ、ここがこの有り様じゃ何とも言えないけどねぇ」
二人の下には、紛争の跡地のような光景が広がっていた。
白羽が翼を羽ばたかせる。徐々に下降し、真下の地面へと静かに着地した。
この辺りも、一年前のクーデターで焼け跡と化してからほとんど手をつけられていない。二人の目の前にある目茶苦茶に破壊された建物も、当時に廃墟と化してそのままだ。
新市街と旧市街の間には、このような手つかずの地帯が続いている。まるで境界のようなゴーストタウンの帯を、政府や自衛軍は、クーデターの収束から一年が経った今でも見て見ぬふりで放置していた。
「曲がりなりにも自分たちの失態だからねぇ。知らんぷりしたくなるのも当然かぁ」
「……」
響子はなじるように笑った。一方隣の白羽は、困惑した顔で下を向いただけだった。
「最近はブランダーの被害もゴーストタウンに集中してる。この場所を戦場フィールドとして残すつもりなのかなぁ」
「戦場?」
「そぉ。亢進に失敗してブランダーになったヒトは我を忘れて暴れ回るよねぇ。ここで暴れさせれば、適当な民間の自警組織が駆け付ける。そいつらに相手させておけば、旧市街はともかく、高塀で守られた新市街は痛くもなんともナシってわけさぁ」
響子は肩をすくめた。
「ある意味安全地帯だねぇ。もちろん他の場所でいきなり亢進する人もいるけど、大半は亢進予兆が出るよね。その時点でゴーストタウンに放り込めば、それで一件落着。安心安全に危険回避できちゃうわけさぁ」
「……つまり、ゴーストタウンはゴミ箱みたいにされてるって事?」
白羽が不安げな声で問うた。
「確証は無いけどねぇ。でも新市街でブランダー被害があったって話はここ数カ月聞いて無いよね。新市街の皆さん全員がネクスタブルに進んでれば問題は無いんだけど、そうは問屋が卸さないよねぇ」
白羽が顔を上げる。
「やっぱり、やってるのは……自衛軍?」
響子は腕を組んだ。
「だろうねぇ。街の中で亢進させないためには、まだ人間の時点でゴーストタウンに放り込まないといけない。自衛軍くらいの権威と強制力が無ければ、無理矢理連れ出すのは難しいだろうねぇ」
白羽は目を逸らし、唇を噛んだ。
「ひどい……それに無責任だよ。どれだけの人が傷つくかも分からないのに」
響子は小さく息をついた。
「一度崩壊しても、自衛軍は変わらなかったよ。利己的で傲慢。僕やハカセがいた頃と同じさぁ」
白羽は顔を上げた。
「今の自衛軍の人たちは、ハカセの研究成果を全然知らないんだよね」
「一応そう言う事になってる。あの人たちがブランダーの骨を回収してるのも、一から研究をやり直してる証拠じゃないかなぁ」
「あと……どれくらいでハカセと同じ事に気づくかな」
「分からないなぁ。ハカセは完璧な論文に仕上がるまで十五年かかったって言ってるし、研究施設も全部壊しておいたから相当時間はありそうだけど」
響子は肩をすくめた。
「もし早々に自衛軍が気付いちゃったら、〝また〟僕らの手でねじ伏せるしか無いねぇ」
白羽は小さく息を呑んだ。
「ハカセの研究成果は、僕らネクスタブルの体が薬の原料にされる危険と繋がってる。僕らの眼球や血液、内臓の一部は世代亢進を抑制する効果がある。だから、亢進を止める薬の原料として〝強制回収〟されてしまう可能性がある。ハカセはそんな悲劇を呼ばないために論文の抹殺を決めた……」
崩れたコンクリートを眺めながら響子は言った。
「無条件殺害許可対象――ブランダーでも同じ効果があるけど、奴らの組織は細胞内部の変質が激しいから眼球くらいしか使い物にならない。だからいずれ必ずネクスタブル(僕ら)に手が伸びて来る。質の良い原料の供給源として、僕らは製薬工場の一室に閉じ込められる事になる。……現に一度、なった」
響子は無表情に言葉を切った。
視界の隅で白羽が肩を震わせた。
「白羽?」
響子は小首を傾げた。
「顔色悪いよぉ」
「……私にもできるかな」
翼を収めた背には薄く鳥肌が立っていた。
「私はその時の事、何も知らない。響子ちゃん達が自衛軍相手にどんな風に戦ったのかも、想像するしかできない。だから、もしまた自衛軍と戦う事になったら、私、ちゃんと戦えるのかなって……。でも」
血の気の失せた顔が深く沈み込む。
「……買ってくれたんだもん。絶対に戦うよ」
響子は優しげに目を細めた。
「これだから白羽は」
明るいため息を吐いた響子を、白羽は見上げた。
「そんな心配いらないよぉ。ハカセ(天才)無しの科学班じゃ、研究もそうそう進まないさぁ」
片手を腰に当て、ひらひら手を振る。
「それにいつ来るか分からない第二次クーデターよりも、今の任務の方を考えなきゃ。今日だって白羽は大活躍してるよぉ」
「響子ちゃん……」
強張っていた白羽の頬が緩んだ。
そこへ、
「響子! お前正気か!?」
怒鳴り声に白羽がビクっと身を縮めた。
「遅いぞぉ、緋一君。でもやっと名前で呼んでくれたねぇ」
「バカか! お前どれだけ走らせたと思ってんだよ!」
白羽は後ろを向いた。瓦礫の影から、やっとの事で二人に追いついた緋一が身を現した。




