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4章 14

「あっ、あぁあ――っ!」

 全身の組織が音を立てて膨張した。

 皮膚を突き破らんばかりの勢いで、筋組織が泡状に盛り上がる。出口を捜してボコボコと動き回る内部。それに遅れて追いつく皮膚増殖。両肩が岩礁のように隆起した。

「宇佐見君!?」

 白羽が目を見開いた。

「ブランダー!?」

「いや、違う」

 御影が冷静に否定する。白羽が縋るような顔で御影を仰ぐ。

 御影は全て分かっていたような顔で、DDへと指示を出した。

「サイレンサーを。早く」

「了解です」

 DDはトランクを開くと、中からアンプルと注射器を取り出した。

「ハカセ!」

 白羽が声を上げる。

 焦りに染まった彼女と対比的なまでに、御影そしてDDは落ち着いていた。

「大丈夫。彼はブランダーに変わるわけじゃない」

「じゃあ何なんですか! ……あっ」

 白羽は口を押さえた。そして揺れる視線を再び緋一へと向けた。

 輪郭を変えていく少年。投げ出された足は膨らみ、その表面では更に膨張が続いていく。皮膚が追いつかず弾けた個所は瞬く間に修復され、ふさがった表面が再びボコボコと動き出す。

 超速再生――タガの外れた細胞分裂。少年の体で炸裂しているのは、彼自身が持つセカンドメモリーそのものだった。

「暴走……してるの」

 白羽が呆然と呟いた。

 まるで悪魔に憑かれた寄り代のように、少年の体は隆起を繰り返す。生物的とさえ思える輪郭の動きは留まること無く続いている。

 少年の体の前にプリーツスカートが翻った。

 響子ちゃん、と白羽は口の中で呟いた。

「ずるいんじゃないのぉ、ハカセ」

 響子は腕を組み、挑むように言った。

「緋一君が〝こうなったら〟僕に殺させてくれるっていう約束だったじゃない。それが僕とハカセの第一条件でしょぉ。いい年して約束破るわけ?」

 淡く垂れた目が威圧的に御影を見る。

「なんだか、随分準備がいいよねぇ。サイレンサーって事は、それで緋一君の暴走を無理やり止めようってワケでしょ。ハカセたちは今日ここで緋一君が暴走する事も知ってたって事?」

 DDの手にある道具をちらりと見る。長い筒の先端に注射器をセットした奇妙な器具だ。

 御影はひるむ様子も無く返した。

「この間の彼らの戦闘を見ていたら不安になってね。もしかしたら狩人――佐倉君は、宇佐見君を臨界状態に持ち込むかもしれない。ネクスタブル同士の戦闘がどれだけ凄まじいのか、私も経験上理解しているからね」

 響子の顔が僅かに歪む。

「それに、今日の彼らのやり取りからも万一の事態が予想できた。だからDDにサイレンサーを持って来てもらったんだ」

「……今日の? 緋一君とヒツジさんの? やり取りぃ? 何で僕らより遅く来たハカセが知ってるのさ」

 御影は自分の耳を指差した。

「宇佐見君の中耳にパルス転送チップを仕込んだんだ。鼓膜の振動を感受して転送するマイクロチップの一種だよ」

「またマイクロチップぅ?」

 響子、そして白羽が揃ってDDを見る。白衣の少女は筒を手にしたまま肩をすくめた。

「感受されたパルスは転送先のソフトが音声に解析してくれる。同時に宇佐見君自身が発した言葉も頭蓋骨を伝う振動として感知されるから、二人分の会話が聞き分けられると言うわけさ。GPSチップと違って個人的な発明品だから、法的な証拠能力は無いけれどね」

 呆れ果てた顔で響子は笑った。

「要は盗み聞きしてたワケねぇ」

「まあね。それでも彼らは有用な会話をしてくれたよ。佐倉君の情報源が本条覚氏ただ一人だという事が確信できた」

 ピクリと響子の頬が動く。

「……だからハカセは、緋一君がヒツジさんを殺すのも止めなかったんだねぇ」

 御影は頷く代わりにちらりと視線を逸らした。

 その瞬間を響子は逃さなかった。

「っ」

 彼女の体が御影へ突進する。握りしめた指の間で、鋭い光沢が幾重に閃いた。

 御影の喉元へ、響子は刃を備えた拳を突き出した。

 キン! 金属が弾き返される音が響く。

「っ!」

「ダメっ、響子ちゃん!」

 叫んだのは白羽だった。

「白羽……」

 刃こぼれしたメスの刃がバラバラと絨毯に落ちる。白羽の翼に払い落された、かりそめの鉤爪の正体だった。

 響子は手首を押さえながら白羽を見据えた。刺すような視線に白羽は息を呑んだが、唇をぎゅっと結ぶと、響子をじっと見つめ返した。

「ダメだよ、響子ちゃん。ハカセを殺しちゃったら響子ちゃんは絶対に後悔する。私も、響子ちゃんを止めなかったら救われようが無いくらいに後悔する!」

 ギリ、と響子の奥歯が軋んだ。

「……私に響子ちゃんの気持ちは分からないと思う。でも、じっと見てなんかいられない。響子ちゃんがハカセや宇佐見君を殺しちゃうなんて、私は絶対にイヤ!」

 白羽はばっと、両腕と翼を広げた。

「買われた時から思ってたの。私、響子ちゃん達とずっと一緒にいたい。大切な使命を遂げる手助けをしたい。その隙間にある日常もすごく楽しかった……。それなのに……ここで何かが、誰かが終わっちゃうなんて耐えられないよ!」

「……白羽」

 響子がまなじりを下げた。

 その時だった。

 白羽の翼の後ろで御影がDDへ合図を送った。

 響子ははっと身じろいだが、遅かった。

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