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1章 3

 緋一は目を丸くした。

「しろわー?」

 傍らで響子が、晴天に浮かぶ少女の名を呟いた。

 その少女の顔は、緋一も既に知っていた。

 少女の背から突き出た組織がしなり、逆光に塗られた淵から光がこぼれて来る。

 彼女が天使のように空を飛ぶ姿を見るのは初めてだった。

 翼に巻き上げられた空気が顔を弾く。思わず緋一は目をつむった。

 薄い底の靴が砂塵の地面を叩く音がした。

「どぉしたの、白羽しろわ

 目を開けるとそこには、ワンピース姿の少女が立っていた。ノースリーブの肩の上で揺れる、さらりとしたショートヘア。少しばかり頼りなげな可愛らしい顔立ちに、小柄でほとんど厚みの無い体格。響子とは正反対と言える外見だ。

 高梨白羽は酷く焦った様子で告げた。

「ブランダーの骨、もう自衛軍が持って行っちゃったよ」

 のほほんと聞いていた響子が目を瞬かせた。

「え? もうそんな時間?」

「ううん。まだ十一時くらい」

「おかしいなぁ。いつもなら昼過ぎまで放置してるのに」

 響子は顎に指を当てた。

「……いやに早いねぇ。何かあったのかな」

「どうしたんだよ」

「それがねぇ、見せようと思ってたブランダーの死骸が、今日に限ってさっさと回収されちゃったみたいでさ」

 うーん、と響子が呻る。緋一は「おいおい」と呆れた。

「初っ端からそれで大丈夫なのかよ」

「僕のせいにしないでほしいなぁ。予想外の事なんだから。それに緋一君の質問にいちいち答えてたのも出遅れた原因かもしれない」

「は? 俺に責任をなすりつけるなよ! 俺は聞いて当然の事を聞いただけだ」

「二人ともケンカしないで!」

 白羽が緋一と響子の間に割って入る。

「とにかく、早く現場に行こうよ。ゆっくりしてるとブランダーの灰まで風に散らされちゃうよ」

 白羽の目が響子を見、そして緋一を見る。

「ね、宇佐見君も」

「……」

 じっ、と見上げて来る少女の目。あと一歩で泣き出してしまいそうな瞳は、奥底に強い何かを潜めているようにも見えた。

 響子がため息をつく。

「じゃあ急ぐとしますか。白羽、僕らはいつもので行くよぉ」

 白羽の目が逸れる。

「えっ、でもそれじゃ宇佐見君が」

「緋一君は下からついて来るよ」

「でも……」

「緋一君は肉体派だから大丈夫さぁ。ゲストルームで体力も温存できたみたいだしねぇ」

 心配そうな白羽へ、響子がいたずらっぽい顔でウインクした。

「仕方ないなぁ……」

 白羽が頷く。響子は満足げに頷き返すと、両腕を広げた。その背後に白羽が回り込む。

 怪訝に見ている緋一へ、響子が笑顔で手を振った。

「それじゃあ緋一君。頑張って僕らについて来てねぇ」

 は? と緋一が眉をひそめた瞬間、響子の背後から二本の翼が突き出した。

「!」

 緋一の吃驚よりも早く、その翼が周りの空気を巻き上げる。強い風圧が体を撫でたと思った瞬間、響子の体がふわりと地表を離れた。

「おっ、おい!」

 慌てて追いすがる。しかし響子の体は、まるで糸で吊り上げられるように、ぐんぐん高度を上げていった。

「高さはこのくらいがちょうど良いかなぁ」

「うん。じゃあ現場に行くよ」

 響子の体がくるりと反転する。新たに見えたのは、響子を抱きかかえた白羽の後ろ姿だった。

 ちらり、と白羽は申し訳なさそうな顔でこちらを見下ろした。唇が何か言ったような気がしたが、緋一には聞き取れなかった。

 露わになった白羽の背には、二本の翼が突き出ていた。それは鳥や――物語の天使の背にある翼と違い、純白の羽を一枚も生やしていなかった。

 変形増長した肩甲骨の輪郭。それを覆う皮膚の膜。限界まで引き延ばされた皮膚は肌色を失くし、張り巡らされた毛細血管が複雑な透かし模様を描いている。

 白い皮膚を彩る血潮のアラベスク。その不気味な器官は、少女の華奢な背の上で見事な飛行器となり得ていた。

「機能的骨格変形……」

 緋一は一目で知った高梨白羽のセカンドメモリーを呟いた。

 数あるセカンドメモリーの中、機能的骨格変形はありふれた類の一つに分類される。自らの骨格を変化させ機械的な特殊機能を得る。このメモリーを発現した者が手にする能力は様々だ。緋一が出会った中では、腕をギロチンのように変化させていた少女がいた。

 この力が翼にも展開するとは思っていなかった。緋一は唖然と上空を眺めた。この寒い時期なのに、背が空いた服しか着ない理由はこれだったのかと実感する。

 緋一が旧市街の一角――研究所と言われた建物の一室に閉じ込められていた間、毎日食事を運んできてくれたのが白羽だった。十一月も半ば、薄手のコート姿で鉄格子の中にいた自分と正反対で、白羽はいつも背が大きく開いたワンピースとバレエシューズの出で立ちだった。迷い込んだ踊り子なのか? と思ったほどだ。

 白羽の翼がばさりとしなった。

「緋一君、前進再開するよぉ」

 上空から響子の声が降って来る。その言葉の通り、空に浮かぶ二人の体が進行方向へと進み始めた。思っていたよりもスピードが速い。

「おい! 待てよ!」

「あははは、急げ緋一くーん!」

 慌てて走り出す緋一。響子が笑いながら前を差し示す。その憎らしい影絵が足元に落ちてきた。

 緋一は恨みを込めた目で上空を睨むと、標識のような影絵を全力で追いかけた。

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