4章 6
「緋一さんの体にマイクロチップを埋め込んだんです。GPSが入ってるから、うまく行けばそれで居場所が分かりますよ!」
「マイクロチップぅ? いつの間にそんな物仕込んだのさぁ?」
「この間のカフスボタン摘出手術の時ですよ。緋一さんの体がどの程度人工物を拒絶するのか、興味があったから試してみたんです」
スリープ状態だったコンピュータを起動させながら言う。残りの二人はますます唖然とした。
「マイクロチップは生体受容性のある医療用を使いました。これも排除されるようなら、緋一さんの体は過剰なまでに潔癖ですね。基本的に無害な物だし、大丈夫だとは思うんですけど……」
アプリケーションが起動する。追跡中アイコンの点滅が消えた後、地図の上に赤い点が浮かび上がった。
「出た! やっぱりチップ程度の物は許容範囲みたいです!」
DDが違う所に興奮する。
反して響子と白羽は食い入るように画面を見つめた。
液晶に浮かんだ地図は、二人が既に目に焼き付けた画像と瓜二つだった。
「……ここ、本条邸の中……」
「間違いない。緋一君を連れて行ったのはヒツジさんだ」
響子がすっと身を起こした。
「まずいな、緋一君は何の武器も持ってない」
窓ガラスに映った彼女の顔は狼狽に揺れていた。
そして同時に、ふつふつと湧き上がる歓喜を押さえつけているようにも見えた。上がりかける口角を隠すように口元を押さえ、もう一方の手でぎゅっと自分を抱きしめた。
「緋一さんは普段から丸腰なんですか?」
「……そぉ。それも緋一君の決意の表れなんだよ。だから僕と初めて会った時も、豆鉄砲一つ持ってなかった」
彼女の声に異質なものを感じたのか、DDと白羽が顔を上げた。
「だからあの時……緋一君は僕の銃を使った。僕の胸から抜き取って僕に発砲したんだ。あぁ……まるで僕が守ってほしかったみたいだねぇ」
響子は喉で笑った。
「守ってなんて言ってないのに……突然飛び込んできて、勝手に僕の銃を……あんな顔で」
その時、突然大きなブザー音が鳴った。硬直していた白羽とDDがビクッと身をすくめた。響子も我に返ったのか、はっと目を瞬いた。
「あっ! インキュベータの水が切れてる!」
DDが警報を鳴らす器具へと走る。途中で実験台に腕をぶつけ、上にのっていた箱がひっくり返った。ガムの包みのようなパウチが床にバラバラと散らばった。
「ああっ! ……まぁ拾えばいいかっ」
床にばらけたパウチを置いてインキュベータへと走る。慌てふためくDDの代わりに白羽がパウチを拾い始めた。
「これ、なに? ……いたっ」
白羽はつまみ上げたパウチを落とした。床に跳ねたパウチは外装が裂け、中から金属質の物が顔をのぞかせていた。
鋭い光を放つ先端には、白羽の血液が付着していた。
ドクン、と響子の内側が反応した。
「あっ! それはメスの替え刃ですから気をつけて下さい!」
DDは注水を終えると、すぐさま白羽に駆け寄った。
「新品だから感染症の心配は無いです。……すみません、白羽さん」
まなじりを下げて謝ると、ひっつかんできた救急箱を開けて絆創膏を取り出した。
「大丈夫ですか?」
「うん。深くないみたいだから……。それに、このくらいの怪我なら慣れてるから大丈夫だよ」
白羽が明るく言う。DDは僅かに微笑んだ後、少し淋しそうに目を伏せた。
響子がメスのパウチをつまむ。
「メスってこんな風になってるんだ」
「そうですよ。柄に嵌め込んで使うんです。切れ味が鈍ったら交換できるし、楽ですよ」
DDは何気ない口調で答えた。
「……似てるなぁ……交換はできなかったけど」
「は? 何がですか?」
怪訝に顔を上げたDD。白羽も、パウチを眺める響子を不思議そうに見上げた。
にや、と響子が唇を持ち上げた。
「応急処置は終わったねぇ。それじゃ行こうか、白羽!」
「えっ、響子ちゃん!?」
「行くって、どこにですか」
戸惑う二人に、響子はからかい交じりの口調で答えた。
「決まってるでしょぉ。本条邸だよ。緋一君を助けに行くのさ」
返した背中に、息を呑む雰囲気がぶつかる。
そして――――直後。
「うん。今すぐ行けるよ!」
白羽が勢いよく立ち上がった。響子は背を向けたまま、ふふっと微笑んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。本条邸に……つまり狩人の所に乗り込むって言うんですか」
「つまりも何も、それしかないよぉ。元々乗り込む予定だったんだしさ」
「でも肝心の緋一さんがいないじゃないですか!」
「緋一君? ふふ、緋一君は一足先に行って僕らを待っててくれてるんだよ」
響子は肩越しにコンピュータを見た。煌々とした赤い光が、本条邸の離れに当たる部分に灯っていた。
「待ってて、緋一君。すぐに僕が……」
くっ、と両目を細める。
「……僕が口実と武器を届けてあげるからさぁ」
呟きを破るようにDDが詰問する。
「でも、狩人は何で緋一さんを誘拐したんですか」
「いつも通り、貢物の調達だと思うよ。……建前はねぇ」
「建前?」
響子は赤い点を見つめた。
「ヒツジさんもウサギさんを気に入っちゃったんじゃないかなぁ」
二人は怪訝な顔をしたが、はっと気付いたように身を固めた。
「敢えて死なないウサギさんを選んだんだから、そう言う事だよねぇ。……ただね、いくら狩人って呼ばれても、ヒツジさんじゃぁそのエモノは狩れないよぉ」
響子は赤い点へと挑むように言った。
ウサギを狩るのは、どの物語でもオオカミって決まってるんだから。
胸の中でそう続けた。
そしてくるりと振り返った。
「DD、このメスの刃もらってくね」
「えっ、これですか?」
戸惑うDDの視線の中、響子はメスの替え刃の箱を拾った。中にはまだギッシリとパウチが並んでいる。
「まさか護身用ですか?」
「そぉ、僕って昔から銃が苦手でねぇ。ちっちゃい刃物の方が慣れてるんだ」
軽い調子で答えながら箱をブレザーの内ポケットに入れると、白羽を促した。
「待って響子ちゃん。あの、宇佐見君に渡す銃は?」
「あっ、どこやったっけ」
しまったと頭を掻く。数日前にダイニングのテーブルに忘れて以来、行方不明になっていた事を今思い出した。
「探さないと。参ったなぁ」
急いでドアへと走りかけた。そこへ、
「待って下さい! 銃ならこれを持って行けばいいですよ」
待ったを叫んだDD。響子は急ブレーキをかけた。
DDは部屋を駆けると、白衣が掛けられた壁の前で止まった。白い布地の奥に手を伸ばし、細い革のベルトを取り出した。
「いいの? DDの銃じゃぁ」
「構いませんよ。別に銃にこだわりがあるわけじゃないですし。この間も遠慮なく使ったじゃないですか」
響子にホルスターを手渡す。三つ作られたポケットには、小型の拳銃と、予備の弾倉が二つ収められていた。
「几帳面だねぇ。ちゃんとマガジン補填してるんだ」
「当たり前ですよ。弾が無くなったら威嚇射撃すらできなくなるじゃないですか」
DDは腕を組んで響子を見上げた。その強い、しかしどこか縋るような視線に、響子は淡い微笑みを返した。
ただの人間であるDDにとって、銃は唯一無二の武器。それを彼女は自ら託した。響子を通じて緋一の手へと。裏の意味の有無など追及しないまま、響子は頷いた。そしてホルスターのポケットから銃と弾倉を抜こうとした。
「持ち歩くのにホルスターを使わないんですか?」
「っ」
響子は一瞬、逡巡した。
息が止まったその瞬間に、凄まじい速度で葛藤が駆け抜けた。
「……そうだよねぇ。落としちゃったら大問題かぁ」
繕うように息をつくと、ブレザーの内側にホルスターのストラップを回した。
「ちょっとサイズがちっちゃいかなぁ。胸に引っ掛かってない?」
「はぁ? 自分で調節してください! まったく!」
そっぽを向くDD。響子は笑いながら、ショルダーホルスターの装着を完了した。
久方ぶりの質の重みが肩にずしりとのしかかった。
「……行こうか、白羽!」
僅かに歪んだ顔を悟られないように、響子は肩越しに白羽を促した。




