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4章 4

「っ……」

 追い風になびく後ろ髪の束。

 少ない星灯りの下、瓦礫の上に立つ青年の存在感は、まるでスポットライトを浴びたように際立っていた。

「狩人……」

 緋一は彼の視線に圧されるように後ずさった。緋一を一直線に見下ろす青年の顔は、無表情を通り越した冷たさに覆われていた。

 端正な顔立ちを隠す眼帯が、その深度を異様なまでに深めている。何なんだ、この気迫は。緋一は無言無動の威圧の中で困惑した。この間とはまるで違う。憑かれたような雰囲気を纏った視線が緋一の体を串刺しにしていた。

 緋一の細胞は、本能的に彼の隻眼が発す何かに慄いていた。

 また誰かを狩りに来たのか。そう問いたかったが、喉がそれを無意味だと告げた。

 ――あの目と同じだ。

 記憶がデジャヴを認識した瞬間。青年が突如姿を消した。

「っ!」

 緋一が目を見張った直後、首に猛烈な衝撃がぶつかった。

 断裂した気管から呻きにならなかった空気が抜ける。切断された頭部が廃墟の壁に跳ね、瓦礫の影に消えた。

 ざっ、と青年が足を止める。鉄棒を振り切った体勢のまま、肩越しに緋一を振り返った。

 頭部を失った緋一の体は、血液を吹き上げながらぐらりと姿勢を崩した。死んだ体が重力に呑まれて行く様を、青年はじっと見つめた。

 どさっ、と地面にバウンドする。仰向けの体は末梢神経の戸惑いを露わにするようにピクピクと痙攣していた。

「……」

 青年は一度首を戻すと、目を閉じ、静かに死体へ向き直った。

 再び目を開けると、瓦礫の影から戻って来た頭部が切断面と融合し始めた所だった。

 青年は僅かに顔を歪めた。

「っく……」

 緋一が呻く。仰向けに転がったまま額を抑え、僅かな痛みの残渣に顔をしかめた。

「……無駄だって分かってんだろ……。俺はいくら切られようと死なねぇ……ぜ」

 辟易した声で言いながら、緋一は身を起こした。

 緋一が立ち上がる様を、青年は背後から見ていた。鋼鉄の柱が断ったはずの頚部は完全に繋がっていた。

「目をえぐろうと無駄だ。どうせすぐに体に戻って来る。握り締めようが、あんたの手を引きちぎるくらいの引力でな――」

 無防備な緋一の背中へ、青年は鉄棒を突き出した。

「っぐ」

 先端が緋一の背を突き破り、鳩尾から突出する。

 青年は更にその勢いのまま、自らの腕を緋一の背へとねじ込んだ。

「! ぅあ! ああっあぐっ……ああああっ!」

 緋一は絶叫した。

 鳩尾の穴から、血液に染まった手首が突き出した。

 今までに感じた事の無い激痛に身をよじる。青年は血濡れの鉄棒を離すと、暴れる緋一を羽交い締めにした。

「あっ……ぐ……っっ!」

 青年が腕をねじ込む度に、身が裂けるほどの痛みが神経を突き抜けた。

「いたぶるつもりはありません」

 動悸が響く耳に青年の静かな声が聞こえる。

「こうしていれば君も逃げられないでしょう」

「ぁっ? ……ぅぐ……っ」

 問い質したかったが、喉が続かなかった。

 激痛に視界が霞みかける。喉に上がって来た血液が気管に入り、激しくむせかえった。

「気絶していただいた方がこちらも都合が良いのですが」

 耳の後ろでそう聞こえる。緋一は彼の方を見ようとしたが、首は僅かに揺れただけだった。

「もう少しですね。このまま死んでいただきたいのですが、それは無理なのでしょう」

 平然と言う青年の声を遠くの方で聞いた。

 緋一が弱い呻き声を返した、その時だった。

「っ!? うっ……く!」

 突然、青年が顔を歪めた。緋一に埋めた自らの腕を見、驚愕する。

 凄まじい再生力を持つ緋一の組織は、青年の腕を埋めたままにも関わらず再生を果たそうとしていた。超速治癒していく細胞、組織、器官。見る間に密度を増して行く緋一の内部が、青年の腕をギリギリと締めつけた。

「くっ……ううっ!」

 青年は渾身の力で腕を引き抜いた。ぶしっ、と鈍い音を立て、背の穴から血液と肉片が吹き上がる。突き離された緋一の体は、そのままうつ伏せに地面に倒れた。

「はぁっ……は……ぁ」

 青年は肩で息をしながら、閉ざされて行く緋一の背の穴を唖然と眺めた。腕を染め上げていた血液も、意識を持った霧のように傷口へと吸い込まれていった。

 引き抜いた腕を見る。強烈な力の跡が、くっきりと痣になって残っていた。夜目にも明らかな赤黒い傷跡に、青年は息を呑んだ。

 見てはならない物を隠すように、めくれ上がったシャツの袖を下ろす。カフスボタンで袖口を留め直し、足元を見た。

 緋一の傷は完全にふさがっていた。しかし今までと違い、すぐさま起き上がる気配が無い。まるで再生に力を使い果たしたかのようにぐったりと地に伏している。

 本当に死んだのだろうか。青年は歩み寄りかけたが、よく見ると背中が弱く上下していた。呼吸はあるようだ。

「……残念ですね」

 青年は無表情に呟いた。

 セカンドメモリーを酷使し続ければ、強大なエネルギーに晒された細胞はいつしか限界に達する。その臨界状態に達してなお力を使えば、細胞は許容を越え崩壊する。

 この、不死の少年にも死ぬ道はあるのだ。

 青年は跪くと、緋一の体を抱え上げた。十代後半に相応の体格をした緋一だが、青年は軽々と持ち上げた。

 観客のいない寸劇に幕を引くように、緩い風が流れ始める。深夜の温度に落ちた風を真正面に受けながら、青年は静かに歩き出した。

「私が殺してさしあげますよ」

 死にたいのか――一生に一度は。そのやりとりを彼は覚えていた。

 もちろんそれは、ただの口実に過ぎなかった。

 前進しかしない青年の歩みは速く、次の風が吹く頃には、二人の姿は消えていた。

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