4章 2
「確かに私はお祖父さんの孫であり第一助手ですけど、全てがお祖父さんの言いなりってワケじゃないですからね」
緋一は「え」と意表を突かれた。
「私はあくまで私の意思でお祖父さんに助力してるんです。スイスから呼び戻される時も、お祖父さんは強制しませんでしたしね。考えに賛同してくれるのなら手助けしてほしい。そんな風に言われたのを覚えてます」
驚く緋一を、DDは見下すような目で睥睨する。そしてまたため息。
「クーデターの経緯を聞いて、正直な所、お祖父さんの選択が正しかったとは思えませんでした。でもお祖父さんはそうするしかなかった。〝ネクスタブルとして〟反射的にそう判断せざるを得なかったんですよ」
憂えるような声で言った。
「ネクスタブルじゃない私にその感覚は分かりません。でもお祖父さんは、焼け跡に残った現実からも目を逸らさなかった。だから賛同したんです。単に孫だから従ったわけじゃありません」
緋一は呆気にとられて聞いた。てっきり彼女は、御影の全てに陶酔していると思っていた。
それを察したように彼女は続けた。
「もちろん私はお祖父さんを心から敬ってますよ。科学者として、それから一人の人として。だから私はこの組織にいるんです」
言い終え、そして思い出したように後ろのデジタル表示を確認した。適正な数値が出ているようだ。横のキーには触れずにこちらに向き直る。
「それにお祖父さんはまだ諦めてません。亢進抑制剤の研究も秘かに続けてるんです。今までの研究成果――経亢進者の眼球などの組織を使った抑制剤には、原料供給面での問題があります。それを解決するために、今は継続生産性のある組織――血液や筋肉などから有用物質を抽出する手法を探ってます。この実験もその一環ですよ」
プレートを入れた機械を肩越しに見る。
「さっきのマイクロプレートに入っていた試薬は、お祖父さんの血液が原料です。微量ながら血液にも有用物質が含まれてますから。後はどうやってうまく濃縮していくか。ひとまず今の抽出方法がどの程度有効か確認してる所です」
白衣の少女の説明は、疎い緋一の頭にも何とか入って来た。
緋一はようやく口を開いた。
「御影は立場が変わろうが、やっぱり科学者なんだな」
「そうですよ。私達が国内外を点々とするのも、世界中に散らばっている協力機関を頼って実験を進めるためです。お祖父さんが自衛軍を追われた後も、海外の支援者は変わらず協力してくれてます。軍の目をかいくぐるために、研究活動は全部アングラで進める事になりましたけどね。研究員も私と数人の同志だけです」
よどみなく返すDD。言葉と共に放たれる圧倒感は、とても十二歳の少女のものとは思えなかった。
と、それが急速にしぼむ。
「私はあくまで研究面での協力者です。返して言えば、研究面での協力しかできません。……だから時々、戦えない事が凄くもどかしくなるんです」
緋一ははっとした。
「この間みたいにブランダーに襲われた時も何も出来ません。目の前に捕えるべき敵がいても、せいぜい降伏を求めるくらいです。私にも戦える能力があったら、もっとお祖父さんの手助けができるのに……」
DDは目を伏せ、呟きを消え入らせた。
緋一は居たたまれない気持ちでいっぱいになった。
この少女も確固たる意志を持って御影に付いている。例え底に血縁のパイプがあったとしても、それに被さる絆の厚さを思い知らされれば、怒鳴られた事も致し方なく思えた。
口をつぐんでいると、DDが問いかけた。
「緋一さんは、何で自分の方から手を出さないって決めたんですか?」
顔を上げる。僅かな上目遣いの目と視線が交錯した。彼女の瞳にあった酷い憂いは消えていた。
「結局、相手から戦意を受けた後は応戦するじゃないですか。それならどっちから手を出そうと同じですよ」
緋一は軽く首を振った。DDは不可解そうに眉を寄せる。
「理解できなくていい。俺がそう決めたんだよ。俺以外が理解できないのも当然だ」
「説明して下さいよ。そうしたら納得できるかもしれません」
科学者の気質なのか、身を乗り出して説明を要求する。
「もしかして、神様の審判を恐れてるとか」
緋一は思わず吹き出した。
「神様って、お前。こんな世の中になってもまだ全知全能の神なんて信じてるのか?」
「なっ、違いますよ! 信仰なんて生まれた時から持ってません。信じられるのは絶対普遍の科学現象だけですよ!」
実験台を叩いてまくしたてる。ムキになって反論する少女に、緋一はますます笑った。
そしてひとしきり笑い終えた後、
「誓ったんだよ」
「誰にです」
「俺の中の罪悪感に」
DDは虚を突かれたように目を見開いた。
「ざい……あくかん……?」
「ああ。十三の頃から住みついてる、増えも消えもしない罪悪感にな」
全部話してしまえば、少女はきっと納得する。ポーカーフェイスが苦手なこの少女は、たまらなくバツの悪い顔で『そうですか』と頷くだろう。心の奥では『詭弁だ』と唱えながら。
理解なんて最初から求めていない。
理論の裏付けなんて無くても、この誓いは、宇佐見緋一にとっての唯一無二の救済なんだ。
言葉を切ったまま佇む緋一に諦めたのか、DDは軽く息をついて歩き始めた。ちょうど、遠心分離機が回転を緩め始めた所だった。
「もう少しだけ操作があります。別に見てても構いませんけど、いちいち説明はしませんよ」
「いや、戻るよ。明日は大仕事があるからな」
DDが驚いた顔で振り返る。緋一の何でもない口ぶりが心底意外だったようだ。
緋一はその顔へ問うた。
「ディー・ディー、ってどういう意味なんだ?」
少女は更に驚いた顔になる。
「ずっと気になってたんだよ。本名を隠すつもりで使ってる通り名なら、イニシャルでもないんだろ」
しばらく二人は見つめ合っていた。
「科学者娘。フロリダにいた頃の、単純なあだ名ですよ」
ぶっきらぼうに答えた少女の口元は、小さく笑っていた。




