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1章 2

 すらりと長い足が、すとんと地面に降り立つ。

「まず一つ目。彼はネクスタブルを狩った」

 緋一は息を呑んだ。

「ブランダーと同じく、僕らネクスタブルの眼球にも亢進を抑制する力がある。だから狩人はネクスタブルにも手を出した。これは大きなモンダイでしょぉ?」

 少女はまっすぐに緋一を見た。その不思議なほどの威圧感に、緋一は思わず身を揺らした。

「ネクスタブルを……でも、何で」

「数合わせ」

 少女は即答する。

「狩人は毎回四個の眼球を取って帰る。その時はブランダーが一体しか見つからなかったんだろうねぇ。たまたま居合わせた自警組織のネクスタブルを殺したんだ」

 少女は腕を組んだ。

「結局、狩人にとって獲物が怪物ブランダー同類ネクスタブルかなんてどうでもいいんだよ。二週間に一度、経亢進者を殺して眼球をえぐり取る。亢進しかけた愛しい誰かを守るために、危険も良心も顧ずに狩りをするのさぁ」

 緩い風が後ろから吹きつける。緋一の首元を撫で、そして向かい合った少女の髪をふわりと巻き上げた。

 唐突な微風が過ぎた後、二人の間に沈黙が落ちた。

「……だから、お前ら組織はそいつを捕えるってわけか」

「そぉ。そして緋一君は、そんな僕らを守ってくれればいいだけさぁ」

 垂れ目の目元に笑みが浮かぶ。

「あの条件もいつでも呑むよぉ。僕らに雇われてる間も、緋一君は緋一君のスタンスを守ってくれて大丈夫だから。ね?」

 挑むような、しかし確信した口調で少女は首を傾げた。

 緋一は小さく舌打ちした。

「……いきなり現れたと思ったら、一週間もあんな所に閉じ込めやがって。それでよくもまぁ、こっちの都合もお構いなしに雇おうなんて言えるな」

「研究所の事? ああ、ごめんねぇ」

 少女が悪びれる風も無く手を振った。

「小ぢんまりしててびっくりした? でも仕方がないよぉ。僕らのハカセ、支援者は多いんだけど、追われる身のせいで大っぴらに動けないんだ。研究所を旧市街の僻地に隠してるのもそのせいだよぉ。言われてみれば、ゲストルームもちょっと狭いよねぇ」

「ちょっとどころじゃねぇよ! あれは誰がどう見たって刑務所の独房だ。そんな所に一週間も閉じ込められてたんだぞ、俺は!」

 堪忍袋の緒が切れて喚く緋一。少女は笑ったまま「まぁまぁ、そのうち四日間は眠ってたじゃない」となだめた。

「初めから雇うつもりだったのなら、何で一週間も待たせたんだよ。何の説明も無しにあの部屋に一週間もいられるか? お前は!」

「一週間くらいでワーワー言わないでよ。僕らなんて一年近くも緋一君を捜してたんだからさぁ」

「ああ。言ってたな」

「この一週間は緋一君がホンモノの宇佐見緋一かどうか確かめてたんだ。前にハカセが保存してた宇佐見緋一の遺伝子サンプルと、再会した緋一君の遺伝子が同じ人物の物かどうか」

 ピクリと緋一は身を揺らした。

「遺伝子?」

「そぉ。僕らの細胞を支配してるあの遺伝子。DDディーディーの話だと、遺伝子解析はどう頑張っても二日掛かる。それに研究所に設備が無いから別の施設で実験しないといけない……確か一番近いのは熱海って言ってたかなぁ。それで結果的に一週間も掛かっちゃったんだってさ」

 少女が肩をすくめる。

「遺伝子サンプルって……どこから手に入れたんだ」

 恐々と問いを向けた。彼女は意外そうに眉を上げた。

「どこって、僕の体についてた血からに決まってるじゃない」

 さらりと彼女は答えた。

 その瞬間、緋一は全身が奇妙な脱力感に包まれるのを感じた。

 ――あの時の血か。

「……」

 ぎり、と奥歯を軋ませる。背に警告のような冷や汗が伝った。

 顔を変えた緋一に反し、少女は平静な顔で緋一を眺めていた。

 ふふ、と不意に笑う。

「超速治癒のセカンドメモリーでも、体から遠く離れた血は戻らないんだね」

 緋一は拳を握った。

「緋一君はあの時、血まみれの体で僕と戦ってた。血を振りまいて、肉片をばらまいて、僕の額に銃を突きつけた」

 そして発砲した。

 緋一は胸の中で続けた。

 ちらりと目を上げる。そこに佇む少女の眉間は、厚い前髪に隠れて見えなかった。

 同年代に見える少女は、一年前とはかけ離れた面持ちでこちらを見ていた。飄々とした雰囲気の彼女があの時の〝オオカミ〟と同一人物である事は、一見にして信じられなかった。

 緋一は顔をしかめた。

「……一年前、ここで人を殺しまくってたお前が、何で今は救済者ヅラしてここに立ってるんだよ」

「一年も経てば、状況なんていくらでも変わるよぉ」

 大雑把な答えが返って来る。

「それより、いい加減に名前で呼んでほしいなぁ。これからしばらく付き合ってもらう事になるんだしさ」

 少女はこちらに歩み出した。

「僕の名前は大上おおがみ響子。〝今の僕〟は、世代亢進研究の第一人者・御影博士が立ち上げた地下組織の一人って事になってる。服のポリシーは今をときめく女子高生。僕らの組織に制服や決まった名前が無いのは、巷で悪目立ちしないようにって言うハカセの配慮なんだ」

 極めてどうでもいい情報を挟みつつ続ける。

「僕らの活動内容はちょっとフクザツでねぇ。外身は自衛組織みたいなものだけど、扱うのはある条件が絡んでる事件だけなんだ。今回の狩人の件もそうだよ」

 ネイルを塗った爪の先で自分の眼を差す。

「目玉狩りの狩人はかなりの手練れっぽいでしょぉ。比べて僕らの方は戦えるメンバーが少なくてねぇ。それに事件の調査中にブランダーに襲われたら元も子も無いし。だから護衛を雇う事にしたんだ」

「そのまま組織に入れなんて言わないだろうな」

「あはは。身構えなくても大丈夫だよぉ。僕らは強いネクスタブルに力を貸してほしいだけだから」

 可笑しそうに笑う。

「別に難しくもない依頼だよねぇ。世代亢進から五年間、こんな世界を身一つの傭兵として生き抜いてきた緋一君にとっては朝飯前でしょ」

 緋一は耳を疑った。

「調べたのか、俺の事」

 強張った顔で問うた緋一の前で、少女――大上響子はにやりと笑った。

「言ったじゃない、僕らは宇佐見緋一を探してたって」

 差し出された響子の手の平を、緋一は惑いの眼差しで見下ろした。上背と同じように、少し輪郭の大きな手。まるでピアニストのように長い指が五本、しなやかなラインでこちらを向いている。

 整えられた爪に、一年前の面影は無かった。

 その時、彼女の手の平に影が落ちた。

「あれ?」

 響子も首を傾げた。

 耳に風を裂く音が飛び込んで来る。

「響子ちゃん。まだ着いてなかったんだ」

 二人は同時に声の方向、上空を見上げた。

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