3章 8
「この間の言葉を忘れたんですか? あんなに堂々と宣言したじゃないですか」
「お前は勘違いしてる。俺が護衛の範囲を越えて狩人と戦ったのは仕事を早く終わらせるためだ。〝自分の意思〟って言葉はそういう意味だ。下手にサービスすると『組織の仲間になった』なんてぬか喜びさせるかもしれないからな」
DDがムッと気色ばむ。
「それは侮辱発言ですが、百歩譲ります。大して変わりませんよ。また狩人と戦って、今度こそ捉えて下さい。狩人が目玉狩りを続けると、絶対に真似する輩が出て来るはずです。それで何人とも分からないネクスタブルが死んでもいいんですか」
「それとは話が別だ。俺は自分のやり方を曲げる気は無いって言ってるんだ」
「やり方? 自分からは手を出さないってあれですか? そんな風に格好つけてる場合じゃないんですよ。私達の事情を知っているのなら何で理解してくれないんですか!」
緋一は顔を逸らした。
「事情は知ってる。お前らが狩人を追う理由も分かる」
一瞬奥歯を軋ませる。
「……でも、俺は俺のやり方まで、世界を救う思想に塗られるつもりは無い」
バン! とDDがテーブルを叩いた。
「お祖父さんの決意を〝思想〟だなんて安っぽい言葉で穢さないでくださいっ!」
ダイニングの壁いっぱいに少女の大声が響いた。
緋一は気圧されてDDを仰いだ。丸眼鏡の向こうでは、涙をためた瞳がキッとこちらを見据えていた。
「何が思想ですか。そんな風にあやふやで偉そうな理念で私達は行動してるって言いたいんですか? なんて失礼な。外部の人間だからって、高みにいる気分で嗤わないで下さい」
嗚咽をこらえながら少女は言う。
「私達だって、戦えるのなら戦ってます。無理だから人に頼んでるんです。それなのに下らない理由で拒否して……あまつさえお祖父さんまで馬鹿にして……」
少女の顔がだんだんと下を向く。
「戦える……くせにっ……」
白衣の肩を、白衣の腕が抱き寄せた。
「いいよ、DD。もういい。君の気持ちは充分伝わってる」
御影はDDへ、優しげな顔で囁いた。
「君自身の決意も、みんな伝わってるよ。ありがとう、DD」
「お祖父さ……ぅ……うあああん」
子供っぽい泣き声が上がった。
胸に顔を埋めてむせぶDDを、御影は愛しげに撫でた。
緋一は言葉を失くしたまま二人を眺めた。
――〝下らない理由〟。
緋一はテーブルの下で、ぎゅっと拳を握りしめた。
下らない理由。その中身をこの少女は知らない。
しかし目の前に存在するこのシーンは、どうかすれば緋一に対する悪意に満ちた仕返しとも言えた。
無論、その可能性は皆無だ。
緋一が抱き続ける〝下らない過去〟を、この少女は知らないのだから。
「……」
「ほら、緋一君も落ち着こうよぉ」
響子がにゅっと覗き込んで来る。思わず緋一は飛び上がった。
「いきなり〝特攻隊長やってぇ〟なんて言われたら誰だって怒るよねぇ」
いつもの飄々とした調子で言う。
「心配しなくても大丈夫だよぉ。最初に言ったでしょ? 緋一君は緋一君のスタンスを守ってくれていい、って。今回もそのまんま。僕らを守ってくれるウサギさんでいいんだよぉ」
下から不敵な笑みを浴びせられる。こちらもこちらで居心地が悪い。緋一は響子から顔を逸らした。
「ウサギ? また不思議な異名だね」
御影が首を傾げる。彼の腕の中から、ひとしきり泣き終えたDDが顔を上げた。
「……粗方、自分から仕掛けず呑気に待っている性分が由来でしょうね」
眼鏡を拭きながらイヤミっぽく言う。
響子は「そんなトコだねぇ」と頷くと、
「今回もウサギさんならいいんでしょぉ?」
唐突に尋ねて来た。
「殺されて殺されて殺されて、最後に勝つウサギさん。僕らを守るために狩人に狩られるウサギさん。銃だって、今度こそとびきりのをあげるよぉ」
頬杖を突き、くすりと笑った。駆け引きの勝ちを確信した、悠然とした笑みだった。
緋一は顔をしかめた。
「つまり誰かが囮になって狩人をけし掛けるって事か」
「そぉ。囮はもちろん僕さぁ」
ちっ、と緋一は舌打ちした。
それが褒め言葉に聞こえたように、響子が両目を細めた。
「約束だもんね。パートナーが〝どんなピンチ〟でも守ってくれるんでしょぉ、緋一君」
淡い垂れ目の横で、ネイルの塗られた爪が艶やかに光っていた。




