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3章 7

 緋一は響子を見た。彼女は歯型がついたクッキーを口に放り込むと、

「今、新市街の本条邸に住んでるのは全部で八人。本条夫妻と彼らの一人娘。三人のお手伝いさんに、庭師もやっちゃうお抱えシェフ。それから、特別なヒツジさんが一人」

 悪戯っぽい顔で言った。

「はっ?」

 緋一は一瞬耳を疑った。

「ヒツジ? 金持ちの屋敷にヒツジって――あっ」

 頭の中で単純な伝言ゲームが解決した。

「執事か! ヒツジヒツジ言われてたあれは執事の事だったのか」

「そぉ。片目のヒツジの正体は執事さん。いろんな所で情報が回るうちに可愛く変身しちゃったんだねぇ」

 響子は可笑しそうに言った。

「狩人も片目だった。噂の執事と狩人は同一人物なんだな」

 片目のヒツジ――執事に気をつけろ。

 と、緋一はふと疑問を抱いた。

「噂の奴が執事だって事は、何で初めから分かってたんだ?」

「やっぱり格好からじゃない? 昨日も、まんま執事さんだったしさぁ」

 適当な言い草で返されたが、緋一はすんなり納得した。思い出してみれば、とある邸宅の夫人に雇われた時、彼女の一歩後ろで付き従っていた男と全く同じ格好だ。

 御影がマグカップを置いた。

「狩人、片目のヒツジ、本条家の執事。この三者は同一人物で間違いない。私達はそう判断したよ」

「これだけ情報が集まれば裏を取るのは簡単だったよぉ。ねぇ、白羽」

「うん」

 白羽が頷いた。緋一は意外な気分で白羽を窺った。

「空から本条のお屋敷の様子を見て来たの」

 白羽は背筋をピンと伸ばした。

「お屋敷にはご夫婦と三人のお手伝いさん、コックさんだけだったから「あれ?」って思ったけど、一時間くらい待ってたら、庭の離れから男の人が出て来るのが見えたの」

 白羽の眉間に薄くしわが寄る。

「あの人だった。遠目だったけど、絶対にそうだったって言える。眼帯を駆けたあの人の顔、忘れるわけがないもん」

 絞り出すような声だった。

 あの晩、狩人は実質的に白羽に勝利した。スピードはほぼ互角だった。しかし一撃に織り込められた圧倒的な殺意が、彼に白羽の全てを凌駕させたのだ。

 悔しげな白羽の顔を見、緋一は言い知れない不安を覚えた。白羽もまた、狩人ともう一度勝負したいと思っているのだろうか。響子が自分へ一年前の再戦を迫るように。

 じっと見られている事に気付いたのか、白羽がこちらを向いて「?」と首を傾げた。思わず顔を逸らすと、今度は響子と目が合った。彼女の方はなぜか、やけに不満そうな顔だった。

「きょろきょろとどうしたんですか。ちゃんと理解できてますか? 緋一さん」

 DDがクッキーをパクパク食べながら揶揄してくる。

「まったく、緊張感がありませんね。この事件に勝負をつけるのは緋一さんなんですよ」

「はっ? 俺が?」

 緋一は目を丸くしてDDを窺った。

「何で俺がカタをつける役になってるんだよ」

 DDは何を今さら、と言うようにマグカップを取った。

「忘れたんですか? あの時言ったじゃないですか。『俺の意思で狩人を捉える』って」

 緋一はあっと息を呑んだ。

 そうだ、確かにあの時はそう言った。

 何も知らなかったからそう言ってしまったんだ。

「……っ」

 この組織に漂う不穏な気配。緋一はそれからさっさと逃げるために、狩人の捕縛を宣言した。

 しかし狩人は逃走した。そして響子の口から語られた組織の内情には、一傭兵を越える役割を付された自分がいた。

 緋一は顔を歪めた。護衛として頼られるのは構わない。しかし誰かの事情のせいで組織に縛られるのは御免だった。敵から依頼者を守っても、そいつの良心を守る道具になるのは話が別だ。

 ただ――この瞬間、立ち上がってこの部屋を飛び出す意思はどこにも存在しなかった。その選択肢を掴まない自分が、緋一は自分自身で理解できなかった。

 ちらりと隣を見る。響子は呑気な顔でコーヒーをすすっていた。手には二枚重ねのクッキー。その指先はラメ入りの黄色いネイルに彩られている。

 狂気に震える鉤爪が頭を掠めた。

 ――僕の方が強いのにっ!

「緋一さん?」

 DDが怪訝な顔でこちらを見ていた。緋一は無意識の回顧から意識を引き戻された。

「まったく、聞いてましたか? 作戦会議中に上の空になるのはやめてください」

 腕組みし、偉そうな調子で窘める。緋一はカチンと来たが、ぐっと堪えた。視界の淵では御影が苦笑していた。

 DDは「じゃ、続けますよ」と言うと、後ろの棚に手を伸ばして地図を取り出した。

「新市街の地図です。ここが中央官庁。このマークはメトロの駅です」

 緋一は地図を覗き込んだ。爪を短く切った指が主要なランドマークを辿って行く。

「そしてここ。新市街の外塀に近接する巨大な邸宅が本条邸です」

 ぐるぐると示されたエリアは公園かと思える広さだった。

「ここ全部が個人の屋敷なのか?」

「そうです。それで、緋一さんはここから塀を越えて庭に侵入してください。白羽さんの情報では、ここが一番侵入しやすそうだと言う事です」

 淡々と説明するDD。彼女はそのまま説明を続けようとしていたが、緋一は口を挟んだ。

「待てよ。つまり、こっちから乗り込めって言うのか?」

「当然ですよ。敵の居場所が分かってるんですから、向こうが出て来るのを待つまでもないでしょう」

 緋一は地図から身を離した。

 そして、

「できないな」

「は?」

「俺は自分からけし掛けない。この仕事を始めた時からそう決めてるんだ」

 DDが顔を上げた。

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