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3章 2

「起きてたのぉ? 寝たふりして独り言を聞いてるなんてシュミが悪いぞぉ」

「誰が悪趣味だ。お前、最初から俺が起きてるって気づいてただろ」

 緋一は顔を上げた。見上げた響子は、弁明する様子も無く鉄格子の前に立っていた。

「馬鹿じゃないのか? 響子。御影は俺をダシにして、自分の側にお前を拘束しておきたいだけじゃねぇか」

「違うよぉ。僕がここに残ったのは僕のため。緋一君ともう一度勝負するためなんだから」

「それが利用されてるって事だ。御影はお前の復讐心を見抜いてたんだろ? それを利用してお前をここに留まらせたんだ。来るべき時に己の最後の力を使って決着をつけろ、なんて親切心で言う奴がいるかよ」

 響子は肩をすくめた。

「ハカセが僕のためにそうしてくれたのは事実だよぉ」

「いつ食えるかも分からない餌を与えて従順させる。これのどこがそうなんだ。それに勝手に餌にされた俺はたまったもんじゃねぇぞ」

 あはは、と響子が笑い、緋一はむっと眉をひそめた。

「でもホントだよぉ。ハカセは分かってた。ここで僕の顔を上げさせなきゃ、僕を殺すか、一生〝そこ〟に閉じ込めておかなきゃいけなくなるって」

 響子の指が緋一の胸を差す。約一年前は彼女がいた所だった。

「だからハカセは緋一君で僕をつった。つられた僕はハカセの新しい組織の一員になって、仲間探しをしながら緋一君を捜した。あのまま緋一君を見つけられなかったらホントにタダ働きになる所だったよぉ」

 冗談めかして言う響子を、緋一はしかめっ面で見上げ続けた。

「要は利害が一致したって言いたいのか?」

「そぉ。言うなれば僕とハカセもパートナー。もちろん、純粋にハカセの使命に協力してる面もあるけどねぇ」

「逃げた特殊班の残りの捜索と、情報の抹殺ってヤツか」

「ホントに全部聞いてたんだねぇ」

 ち、と緋一は舌を打った。

「そもそも御影がクーデターなんか起こしたから、お前はあんな状況になったんだろ。御影に言われるままに兵士を殺して、殺し過ぎて臨界突破したんだ」

「ハカセは僕らを守るために反乱したんだよ。頭足らずな軍人じゃあるまいし、あのハカセが出来心でクーデターなんか起こすわけがないでしょぉ?」

「そうだろうな。そしてそのせいで街や前身の自衛軍も壊滅だ。あのクーデターには何の意味があったんだ? おまけに首謀者が内部の科学者一人なんて異例にも程があるだろ」

 眉根を寄せる緋一。響子は鉄格子から手を離すと、その手を鉄格子の間に差し入れた。

「ハカセの知らない所で計画が進められてたんだってさぁ」

 そう言うと突然、掴んだ点滴のチューブを引っ張った。

「っつ!?」

「ネクスタブルの組織を薬にして、こんな風に投与しようってねぇ」

 ぷしゅ、と緋一の手首から血液が上がる。

「おっ、お前!」

「目を覚ましたら止めていいって言われてたんだ」

 チューブを頭の横で振りながら言う。先端の針から染み出る栄養製剤が水鉄砲のように緋一を襲った。

「バカ! 止めろって」

 緋一は腕で顔をかばった。針が刺さっていた傷は、緋一が気付かない間にふさがっていた。

「あ、セカンドメモリーが復活したねぇ。これでいつでも狂っていいよぉ、緋一君」

 にっこり笑いながら言う響子。そしてようやく点滴のコックを閉めた。

「待てよ! ちゃんと説明しろ。御影のクーデターの理由は何だ」

「あれぇ、分からなかったのぉ?」

 響子は点滴液が入ったパックを回収すると、馬鹿にしたような顔で緋一を見た。

 そして、

ネクスタブル(僕ら) をぐちゃぐちゃに粉砕して薬にするプロジェクトを阻止するためだよぉ」

 ぞっとするほど普段通りの口調で言った。

 緋一は思わず息を止めた。

「あの日はねぇ、普段バラバラにいる特殊班の班員全員が軍本部に集められる事になってたんだ。会議があるって話だったけど、向かってる先は新市街の研究所だった。輸送車両って窓が無いから偽り放題だよねぇ」

 蛇足を加えた響子だったが、緋一は反応しなかった。

「……研究所って、御影のか」

「そうだよぉ。でもハカセは裏で進められてたプロジェクトを知らなかった。僕らと面識があるから、って、最後の最後まで外されてたらしいよぉ。当日、軍の上司から〝今日の仕事〟を聞かされて初めて知ったんだってさ」

 その日御影は新市街にある別の研究所にいた。突然迎えに来た車に半ば強引に押し込められ、その中でプロジェクトの改定を聞かされた。車が向かっている先は、つい最近試用を検討し始めた、簡易製薬プラントを備えた研究所だった。

 研究所の門の前で御影は降ろされた。そこには百もの兵士が〝護衛〟と称して待ち構えていた。もうしばらくすると材料が届く。その言葉通り、旧市街の方から軍の輸送車両が現れた。

「車がいきなり止まった時はビックリしたよぉ。そしてハカセが扉を開けて『ここにいる全員を殺してくれ』って叫んだ時もねぇ」

 響子は世間話でもするような調子で続けた。

「さすがは研究の第一人者。あんな状況でも説明は分かりやすかったよ。二十秒後には僕ら、車両を飛び出してたもん。戦況は百対十四。護衛って言ってた兵士は僕らが暴れ出した時の静圧要員だったみたいだけど、たった百人の人間がネクスタブル――しかも兵士として戦闘訓練を積んだ特殊班(僕ら)に敵うわけがないよねぇ。後の顛末は緋一君も知ってる通りだよぉ」

「……」

 緋一はその日、特に用事も無く新市街の近くを歩いていた。一応依頼人探しも兼ねていたが、日ごろから軍の警備が強いそのエリアでは声をかけて来る者はいなかった。だから一番初めに緋一の気を引いたのは、花火のように爆ぜた銃声だった。

「一般人も行き来してたエリアだぜ。軍人以外に被害が出る事は考えてなかったのかよ」

「それは不相応に挑んで来た人たちに言ってよぉ。敵いっこないのに、目茶苦茶に発砲して通行人を巻き込んでたのは向こうだよ」

 確かに、現場はパニックだった。自動小銃を乱射する兵士、人ごみへと逃げ出す兵士、戦車の手配をし始める兵士。挙句の果てに中型爆弾が無数に炸裂し、研究所は木っ端みじんに吹っ飛んでしまった。その後に残ったのが、今のゴーストタウンの有り様だ。

 でも、やっぱりあれはやり過ぎだろ――。緋一は唇を噛んで視線を逸らした。

 すると緋一の内側を見透かしたように、響子の瞳が変わった。

「正義の味方になるつもりで戦った仲間は一人もいないよぉ。むしろ楽しんでた仲間の方が多いかなぁ」

「っ」

「でも僕らはそれいい。これでいい。罪は背負っても、立ち止まって潰される気はぜーんぜん無いから」

 くるり、と響子は背を向けた。緩いウェーブの髪が軽やかに揺れた。

「あーあ、全部話しちゃったぁ。でもいいよねぇ。緋一君は僕を守ってる限り僕らの仲間なんだから。世界の果てに逃げちゃっても追いかけるよぉ」

 ふふっ、と彼女は笑う。

「狂って僕に殺されるまで、仲間なんだからさぁ」

「響子」

 歩き出しかけた響子の背に、緋一は呼びかけた。

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