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2章 13

 血痕と肉片を吹雪のように張り付けた少女。しかし彼の隻眼を突き刺す瞳には、全身を彩る極彩色よりも遥かに深い圧力があった。

「……っ」

 目を細めると、ふふっ、と少女が笑った。

「だから緋一君の目玉は諦めなよ。あっちのブランダーの目玉は持って行っていいからさ。大事な大事な誰かさんに食べさせてあげなよぉ」

 悼むような、憐れむような、そしてどこか揶揄するような口調だった。

 なぜ、こちらの事情を知っている。青年は詰め寄りかけたが、冷静な思考がそれを止めた。

 代わりに一つ息をつくと、白い影を見上げた。

「……あなたは、どなたです」

 落ち着き払った声が夜闇を越える。

 音の沈んだ空間の先で、悠然とした笑みがそれを受け取った。

「この理論の提唱者だよ」

 その答えを聞くと同時、青年はばっと地面を蹴った。瞬く間に彼の姿は消え、そして僅かな空白の後に安置されていた小箱も消えた。

「せっかちさんだねぇ、狩人のヒツジさんは」

 響子が肩をすくめた。

 その時、彼女のスカートに付いていた肉片がピクピクと動き始めた。

「お、蘇生タイムの開始だねぇ」

 響子は自分からパラパラと剥がれていく緋一の断片を目で追いかけた。意思を持つかのように空中を進んで行く様子は、傍目から見れば何ともコミカルだ。

 赤黒い骸と化していた頭蓋が徐々に再生されていく。崩れて液状化していた脳が元に戻り、血管を張り巡らせた膜に包まれる。その上をパズルのように覆っていく頭蓋骨。つるりとしたミルク色のドームが完成すれば、後は頭皮と頭髪の再構築を待つだけだ。

「ぅぇ、やっぱグロい……」

 そばで聞こえた声に、響子は顔を上げた。

「よくこんなモノ見てられますね、響子さん。スプラッタ映画そのまんまじゃないですか」

 辟易した顔で、蘇生しかけの死体から目を逸らしたDD。

「生物学者なのに〝中身〟が苦手で大丈夫なのぉ?」

「秩序的に開いた肉体とは別モノですよ。こんなシーン、じっくり観察しようとは思いませんね」

 悪趣味だ、となじるように眉をひそめる。響子はさして気にした風も無く聞き流した。

 と、いきなり響子の体ががくんと揺れた。

「ごめん響子ちゃん! 私、落としちゃったんだよね。ホントにごめん!」

 背中から抱きついてきた白羽の仕業だった。

「わ、白羽かぁ」

「もうちょっとで殺されちゃう所だった……っ。あぁ、私のバカ! 何でもっとしっかりできないの!?」

 ぎゅーっ、と響子を抱きしめる白羽。

 自分を責めながら謝る白羽を、響子は肩越しに窺い、目を細めた。

 そっと白羽の髪を撫でる。

「僕が白羽にしっかりしがみついてなかったせいさぁ」

「そうですよ白羽さん! 二人も抱えて飛んでくれたんですから、白羽さんの責任じゃないです!」

 傍らでDDもフォローする。白羽は涙交じりの顔を上げた。

「で、でも……」

 その時、

「私も響子と孫娘に一票。君は悪くないよ、白羽」

 不意に男の声が割り込んだ。白羽は目を見開いた。

「ああ、ハカセ」

 響子が軽い調子で振り返る。

 そこには、白衣姿の青年が立っていた。

「お祖父さん! お戻りだったんですね」

「ああ。先に帰ってもらって済まなかったね、DD」

 たたっ、とDDが青年の下に駆け寄る。

「は……ハカセ……お帰りなさい。……あの」

 白羽は口ごもりながら青年を窺った。

 濃い色の丸眼鏡をかけた目が、白羽を向いてふっと緩んだ。

「翼の傷は研究所に帰って即、治療しよう。新開発の薬を持って来たんだ」

 ポンポン、と肩から下げたクーラーボックスを叩く。

「勇敢なメンバーのために、科学者兼医師として精一杯の対応をさせていただくよ」

 にっ、と彼は笑いかけた。

 白羽は目を瞬くと、「ね?」と隣で笑う響子と共に、ぱっと顔を明るくした。

 そして二秒ほど後、

「あ……つまり、新しい薬の実験台って意味ですか?」

「あれ? そんな事実は一言も言ってないけどな」

「〝事実〟って、もうホンネが出てるよぉ」

「お祖父さん……バレバレですよ」

 あっはっは! と頭を掻く青年を、少女たちはあきれ果てた顔で眺めた。

「そうだ。このライト付きザック、散々馬鹿にされたけれど役に立ったじゃないか」

 彼はくるりと後ろを向くと、背負っていたザックを見せて胸を張った。

「電力増幅型ソーラーパネル搭載で自動発電も完璧。大容量の蓄電池が満タンになるまで日向ぼっこさせておいた甲斐があったよ」

「でもそのせいで、ガーナで買ったチョコが台無しになっちゃいましたよ」

「その件は運が悪かったんだ。DD……私も楽しみにしていたからすごく残念だった。おまけにザックの内側にチョコレートの染みがついて取れなくなってしまったよ」

 至極残念そうに肩を落とす。

「精密機器だから丸洗いできないしね。今度は完全防水タイプを作ってみようか。雪山登山にも対応できるようになればチベット辺りまで足を伸ばせるぞ」

「……ハカセ、ヒマなの?」

「何を言っているんだ。例え逃亡中の身であろうと、日々の研究を怠らないのが科学者って言うモノさ」

 くるりとこちらを向くと、あきれ果てている響子と白羽に宣言した。隣ではDDが「雪山はツラいですよぉ」と別の方向で説得しようとしていた。

「とりあえず、こんなに遅くまでどこに行ってたのさぁ。用事は新市街だったんでしょぉ? てっきりDDと一緒に帰って来るかと思ってたのに」

「いや、ちょっと用事を思い出してね。途中で引き返したんだ」

 言うと、背中のザックを下ろした。ソーラーパネルが搭載された蓋を開け、中をごそごそと探る。

「一年前に比べたら新市街の警備も緩くなったものだね。今はゴーストタウンとの境界の塀がメインみたいだ。私の顔を知らない軍人も多くなったんじゃないかなぁ……。あ、これこれ」

 出てきた円筒系の物体を、少女たちはまじまじと見た。

「ようやく買えたんだよ。『トーキョーニュータウン』のマグカップ!」

 差し出されたのは、NEW TOWNのスクリプトがデカデカと書かれたマグカップだった。

「ニュータウン……新市街?」

「こんなの売ってんのぉ? 平和な街じゃあるまいしさぁ」

 響子が辟易した口調で言う。青年はくすりと笑った。

「『アイラブ・トーキョーニュータウン』。一度壊滅しかけた新市街も、確実に変わろうとしているって事だよ」

 カップを眺める両目が細まる。

「街の外と己の皮の下に広がる問題とは、また別次元のお話ってわけさ」

 濃い色眼鏡の奥の瞳が、侮蔑のような視線でスクリプトを辿った。

 そう――彼こそが彼女たちのリーダー、御影博士だった。

「……思い出した」

 足元から聞こえた声に、響子は視線を向けた。

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