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2章 8

 遅れて鈍い金属音が響き、白羽とDDがようやく異常に気がついた。

「えっ」

 彼女たちの目が、早くも光の失せ始めた砲口から頭部へと移る。四人全員の注目を待っていたように、首の切れ目からガスが噴き出した。

「内圧ガス……」

 DDが唖然と呟いた。

 ブランダーの体がかしぐ。バランスが崩れ、胴の上に乗っていた頭部があるべき場所からずれた。

 生命を失った半生体機械の輪郭が二つに分離する。そしてほんの少しの間を開けながら、双方の部位は地面に倒れた。ずしん、と重なった鈍い地響きが足元に伝った。

 四人はしばし無言でその光景を眺めていた。乾いた旧市街の地面。堆積したコンクリートの塵が、砂の代わりに煙を上げた。灰色の霞みが一時、ブランダーの死骸を覆い隠した。

 そして霞みが晴れた後も、四人はそこから視線を逸らせなかった。

「っ」

 緋一は目を細めた。

 胴体を離れて転がったブランダーの頭部の前に、一人の男が立っていた。

 細身の体躯。長い脚。首の後ろで縛った髪がベストの襟を撫でている。後ろ姿だったが、青年と呼ぶにふさわしい歳のようだ。

 彼はおもむろにベストのポケットに手をやると、内側から何かを取り出した。ナイフだ。遠目にも、星灯りを照り返した小振りのナイフははっきりと視認できた。

 青年はまるで儀式のようにナイフを短く振ると、ブランダーの眼窩から眼球をくり出した。

 ――目玉狩りの狩人。

 その慣れ切った、何の躊躇も無い仕草に、緋一は乾いた感心を覚えた。

「まさか、こんなに早く出会えるとはねぇ」

 響子の声が鼓膜を揺する。目を向けると、彼女は変わらず前を向いたままだった。歓喜するような、うろたえるような顔で、現れた追跡対象ターゲットを眺めていた。

 ばっ、とDDが響子を向いた。

「あっ、あれが狩人なら今すぐ捉えて下さいっ!」

 焦りに覆われた顔で言う。

「狩人が持っている情報は極秘事項です。彼の狩りの動機が世間に広まったら、全ネクスタブルの人権が脅かされてしまう!」

「確かに、ネクスタブル狩りなんて僕も御免だよぉ」

 響子はへらりと笑った。その様子にDDが更に焦りを増す。

「笑ってる場合ですか! もし狩人が眼球の価値を流布させれば争いになるのは目に見えてます。あなたの言うネクスタブル狩りのレベルで収まればまだしも」

 はっ、と突然口をつぐむ。そして揺れる視線を、何故か緋一へと向けた。

 なんだ? と緋一は首を捻った。

「……別によかったのにぃ。緋一君も半ば当事者だから、隠すことなんて無いよぉ」

「……いえ、お祖父じいさんから許しが下りていません」

「へぇ。ハカセも僕の事気遣ってくれてるのかなぁ」

 響子が可笑しそうに笑んだ。くっ、とDDが呻くのが聞こえた。

 と、

「片目のヒツジ……」

 呟く白羽の声が聞こえた。

「あの人も……片目だよ」

 一人彼を見続けていた白羽が、臆した声で発した。緋一はばっと視線を元に戻した。

 青年はとうに、二つ目の眼球もえぐり終えていた。眼球を失くし、ぽかりと開いた空の眼窩に見守られながら、手の中の球体を小さな箱へとしまう。

 横顔になった彼の顔には、大きな眼帯が掛かっていた。

〝片目のヒツジ〟

「なぁるほど。伝言ゲームでヒツジさんに変身しちゃったわけ」

 響子がポンと手を打った。

「ヒツジ? わけがわからないっ。とにかく早く彼を捉えて下さい!」

 青年を指差して食い下がるDD。響子は肩をすくめると、何かを言いかけた。

 その時、ばさりと空気を撫ぜる音が立った。

 視界に舞った白い翼。

「っ! 白羽!?」

 響子が驚いて叫ぶ。

 白羽は翼を広げると、響子が何か言う間もなく地面を蹴った。

 白い少女が弾丸のように空気を付き抜ける。

「あぁ、行っちゃった!」

「当然ですよ。白羽さんも私達の同胞なんですからね」

 DDが腕組みしてフンと鼻を鳴らす。

「狩人だろうとヒツジだろうと、目玉狩りの現場に遭遇したのなら捉えて当然です」

 しかし響子は歯噛みした。

「今の状況……まだ分かって無いって言うのに」

 くっ、と顔を歪めながら、闇の中の白へと目を凝らした。

 白羽は開けた空間を一気に付き抜けた。

 少女の接近に気付いた青年が顔を上げる。隻眼の目が少女を認めるのと、少女が攻撃に構えた時間はほぼ同時だった。

 ィン! と空気が鳴いた。

 スピードを緩めず青年に突っ込んだ白羽は、衝突する直前に体を鋭く回転させた。骨と皮膚で作られた薄く強い翼が、強烈な勢いで空気を切り裂いた。

 翼は青年の体を削るはずだった。

 しかし彼はとうに、元いた場所から数メートルも離れた地面に立っていた。

 白羽は対空したまま彼を向いた。

 青年は、現れた翼の少女を無表情に仰ぎ見ていた。

「白羽……あんな風に攻撃できるんだな」

 緋一は感心して呟いた。やわらかい羽毛に覆われた翼では叶わない、薄膜の皮膚だからこそ成り立つ翼の刃。高梨白羽のセカンドメモリーは、彼女に大空への道を与えただけではなかった。

「そうですよ。宇佐見緋一……緋一さん。白羽もお祖父さんが認めた立派な戦力なんです」

 ふふん、と得意げに言うDD。お祖父さん、と言うのはハカセの事だろう。

 しかしDDの向こうに立つ響子は、変わらず顔をしかめていた。

「確かに白羽は戦えるよ。スピードも誰にも劣らない。翼の一撃を喰らえば首の一つも吹っ飛ぶだろうねぇ」

 ぐっと拳を握る。

「でも……でも! あの男とは殺意の深度が違いすぎる!」

 再び白羽が羽ばたいた。

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