2章 7
ブランダーが砲台を備えた腕を振りかざした。
「うう撃つ気ですよ!」
DDが緋一の影に隠れる。しかしブランダーは、四人が立つ場所とは全く違う方向に向けて砲撃を放った。
「え?」
DDが目を瞬く。
ブランダーはその場に立ちつくしたまま、まるで見えない何かを探すように頭部を振り回し始めた。
再び砲台の腕を擡げる。DDと白羽が息を呑んだ。しかし撃ち出されたエネルギー砲は、またしてもあらぬ方向の建物を崩落させた。
「こ……こっちが見えて無いんですか」
DDが緋一の服を掴んだまま言う。
しかし突然、ブランダーの顔がぐるりとこちらを向いた。
「わぁっ!」
「伏せろっ!」
緋一はDDを地面に押しつけた。白羽もとっさに地面に身を投げ出した。
しかし響子は、腕組みしたままその場に佇んでいた。
響子、と緋一は言いかけ、息を呑んだ。
「……」
夜闇と同じ深度の瞳が何かを見つめていた。
ひゅん、と緋一の横を風が掠めた。その瞬間、響子は首を僅かに横へと逸らしていた。
ぴちっ、と彼女の頬に筋が走る。
突風にウェーブのセミロングが煽られる。舞った軽やかな髪は、その何倍もの時間をかけてゆっくりと肩へと戻った。
毛先が撫でた頬には、一筋の血液が伝っていた。
にやり、と響子は頬を歪めた。
「……もう一人、いるよぉ」
無表情から帰って来た彼女の笑みを、緋一は地面に這ったまま唖然と仰ぎ見た。
ドン! と空気に背を殴られる。それではっと我に返った。
ブランダーは緋一たちの上空に的を据えていた。エネルギーが通過した虚空に、熱気の痕跡が陽炎のように浮かんでいる。
続けざま放たれた砲撃が陽炎を目茶苦茶にかき回した。
緋一は身を起こすと、宙へと放たれる熱の軌道に目を凝らした。
かき乱される陽炎の淵に、一瞬、濃いシルエットが浮かんだ。
「なっ……ど、どうなってるんですか」
DDがうろたえながら立ち上がる。
「一体何を狙ってるんですか、あのブランダーは」
上空を見上げ、熱に揺れる空気へと呟く。
「空……?」
白羽が呟いた。
「響子っ」
緋一は彼女を向いた。呼び声に、彼女は何もかも見透かしたような顔でこちらを向いた。
長い指が頬の傷を撫でる。
「狩人さんの登場に、一票」
その直後だった。
「ビィィィ!」
ブランダーの嬌声に、緋一ははっと振り返った。
砲台を備えた腕の装甲に鋭い亀裂が走っていた。関節の上を横断する軌道。部分的に装甲が途切れる部位だ。
よろめきを、ブランダーは足を踏みしめて制した。そして断たれかけた腕を、最後の力を振り絞るように持ち上げた。
「来るよ」
響子が落ちついた声で言う。
その声に導かれるように、きゅぃぃぃ、と砲口の中から鋭い音が聞こえて来た。
「! 強烈なのが来ますよ!」
DDが蒼白な顔で叫んだ。
しかし響子は何一つ臆さないままブランダーの姿を眺めていた。
緋一も、彼女と同じ所を見つめていた。
「狩人ならこのタイミングを待つだろうな」
「緋一君だってそうでしょ?」
ブランダーの首筋を見つめたまま、響子はふふっと微笑んだ。
「ああ」
緋一が頷くのと同時だった。ブランダーの首筋に、直線の火花が走った。