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2章 6

 一段下の街の景色に、金属質の輪郭が躍った。ブランダーだ。

 疑似機械の装甲に覆われた体は、星闇の夜にも無機質な光沢を抱いている。細胞分裂異常により巨大化した体積。その重量を支える柱のような足が地面を蹴りつける度、地震のような振動が街を振るわせた。

「デカいやつだな」

 緋一は思わず呟いていた。ここまで大きなブランダーに出合う事はそうそう無かった。

 しかし隣の響子は全く違う事を気にしていた。

「運が悪いお客さんは誰かと思ったら……DDかぁ」

 緋一は顔を上げた。響子は皮肉るように笑いながらも、頬には冷や汗を伝わせていた。

 再び彼女の視線を辿る。巨大化した体を投げ打つように走るブランダー。調子の狂った機械音を発しながら何かに向かって突進する。

 その先には、小さな影があった。

 緋一は息を呑んだ。

 闇に沈んだ石畳を走る小さな影。どう見ても人だ。闇に際立つ白装束を翻しながら、背後に迫るブランダーの足元を必死に走っている。

「白衣なんて目立つモノ着てるから、単純思考なブランダーを引きつけちゃうんだよぉ」

 響子がため息をつく。

 そして、

「白羽! 行って!」

 下を見たまま叫んだ。

 緋一が身じろぎする間もなく、弾丸のような白い影が視界を付き抜けた。

「DDだけ拾って!」

 緋一は慌てて手すりから身を乗り出した。

 白い翼を生やした少女が猛烈なスピードで地面に迫る。ブランダーを斜め後ろから追い越し、突き刺さるような勢いで石畳を撫でた。

 ばさりと翼が羽ばたく。

 再び彼女が空高くに舞い戻った時、腕の中にもう一人の人物を抱えていた。

 緋一は唖然と上空を仰いだ。助けられた白衣の人物――幼い少女も、何が起こったのかも分からない顔で空中を見つめていた。

「迎えに来たよ、DD」

「っ……しっ、白羽さんですか!」

 天を向いた少女の言葉が薄く耳に聞こえて来る。

 白羽に抱かれた少女は、丸淵眼鏡の奥の目を何度も瞬いた。

 二つに結った髪が空に吹く微風に揺れている。歳はまだ十二歳やそこらだろう、幼い体格は小柄な白羽よりも二回りほど小さい。

「……」

 少女の体を包む白衣が、緋一の警戒心を強く揺すっていた。

 白羽が背の翼をはばたく。くるりと体の向きを変え、腕の中の少女と共にこちらへ滑空した。

 すとん、とバレエシューズが煉瓦を叩く。続けて白衣の少女の革靴も地面に降り立った。

「お帰りぃ、DD。いつになく騒々しい帰還だったねぇ」

 なじる笑いと共に響子が手を振った。

 生真面目そうな瞳がキッと響子を見上げた。

「あのですね、こっちは死にかけたんですよ! 馬鹿にするのは止めてくださいっ!」

 人差し指を突きつけながら、DDと呼ばれた少女は響子を非難した。

「からかわれる筋合いなんて無い! いきなりブランダーが追いかけて来たんですよ!? 逃げるしかないじゃないですか。まったく災難でしたよっ」

 勢いよく腕を組んで言い捨てる。しかし響子は含み笑いを止めない。

「白衣なんて着てるから、反射的にブランダーが追いかけちゃったんだよぉ。道歩いてる時くらい脱げばいいのに」

「あなたは分かってませんね。白衣は科学者の正装です。私が心身ともにこの立場に立ち続ける限り脱ぐなんてとんでもない」

 白衣の襟を整えながら反論する。

「そもそもこんな場所にブランダーが現れた事の方が異常なんですよ」

「DDがゴーストタウンから連れて来たんじゃないのぉ?」

「なっ、私を疑うんですか! 私がブランダーと鉢合わせたのはすぐそこですっ」

「あはは。確かにDDの足じゃ、ゴーストタウンからここまで逃げるのは無理だよねぇ」

 響子がいつもの調子で笑う。ぷぷ、と白羽も堪えていた笑いをこぼした。

 DDはますます頭に湯気を立てて怒鳴った。

「いつまでも人をからかってないで、早くあのブランダーをどうにかしてください!」

 びっ! と階下の街を指差した。そこでは白衣の標識を失ったブランダーがうろたえたように辺りを見回していた。

「ああ、それは心配いらないよぉ」

 響子は目を細めた。

 その時、突然ブランダーがこちらへ腕を擡げた。

「あれ?」

 ドン!

 強烈な爆音と同時、四人の体を凄まじい衝撃が揺さぶった。ブランダーが撃ち出した濃縮エネルギーの弾丸が、すぐ下の壁に大穴をあけていた。

「うわっ」「きゃあっ!」「ひ、ひぁっ!」

 緋一、白羽、DDが悲鳴を上げる。

 砲撃を受けた壁が一気に崩壊し始める。その巻き添えを食い、緋一たちが立っている煉瓦の足場もみるみる崩れ始めた。

「あれぇ~?」

 響子の間延びした疑問符を纏いながら、四人の体は瓦礫と共に落下し始めた。

「ちっ」

 緋一は困惑を振り切って舌打ちした。同時、隣で白羽が翼を羽ばたかせるのが見えた。

 白羽がちらりとこちらを見る。宇佐見君は大丈夫。冷静に逸れた目がそう告げている。

 彼女の手が響子を掴む。続けてもう片方の腕をDDへと伸ばそうとした。

 無理だ。この高さじゃ二人も助けられない。緋一は白羽よりも早く察していた。

 白羽の目が丸くなるのが見えた。そして次の瞬間、緋一は背中から地面に叩きつけられた。

「ぐっ!?」

 抱きしめた人物が、緋一越しに付き上がった衝撃に呻くのが聞こえた。

 当の緋一は、押し潰された肺から空気を吐き出すのが精一杯だった。

 鋭角の瓦礫が背中をえぐっている。いつもより長い鈍痛に、やっぱり傷が潰れるタイプの怪我は治りが遅いなと実感する。神経の修復が遅いせいで即座に立ち上がれない。

「な……ど、どうなって……」

 腕の中で少女が混乱していた。

 ようやく体が自由を許す。緋一は瓦礫に手を突いて身を起こした。

「無事か?」

 白衣の少女がはっと振り返った。

「う……宇佐見……緋一」

 ずれた丸淵眼鏡の奥で、薄い色の瞳が狼狽に揺れた。

「この高さなら怪我は無いだろ。俺も砕けなかった」

「く、砕け……っ」

 少女は飛び上がるように立ち上がった。そして続けて立とうとした緋一の肩をがしっと掴むと、地面に押さえつけてまじまじと体を見回した。

「超速治癒のセカンドメモリー。すごい。シミュレーション以上の治癒速度です」

 興奮の混じる声で少女は呟いた。あのな、と緋一が呆れて窘めようとすると、

「さすがぁ。救助もお見事だねぇ」

 響子が覗き込んで来た。その隣には白羽。白羽に助けられた響子も無傷だ。

「DDを助けてくれたって事は、護衛の契約はちゃーんと生きてるって事だね?」

 にやり、とまるで勝ったような笑みを投げかけて来る。

 緋一は短く息をつくと、まだ観察し足りなさそうにしているDDを押しのけて立ち上がった。

「言っとくが、それが仲間になったって意味にはならないからな」

「分かってるよぉ。僕だって言ったじゃない。契約ってね」

 響子は飄々とした調子で肩をすくめた。

 そこへ、

「ギィィィィ!」

 はっ、と四人はそちらを向いた。

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