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2章 2

 角がひび割れた木製テーブルの上には花柄のクロスが掛かっている。ほのぼのとした色合いのクロスとこの部屋の雰囲気は実に不似合いで、誰の趣味なんだ、と呟いたら「……私が拾ってきたの」と返って来た。テーブルのささくれを隠すカバーを捜していた所、空の上から偶然見つけたらしい。確かに、旧市街のくすんだ色合いを背景にしたら、このクロスは目立って仕方がない。

 そんな会話を交わした後は、気まずい沈黙が落ちてしまった。

 いや、気まずいと自覚しているのは緋一だけかもしれない。

 テーブルを挟んで向かい合った白羽は、じっと緋一を見つめ続けていた。

 色素の薄い髪は、天井から拡散する黄みがかった光の色に染まっている。その下の剥き出しの肩は、会話が途切れてからピクリとも動かない。

 あからさまに監視されてるな。緋一は彼女と見つめ合いながら確信した。

「響子の言いつけか?」

 ビクっ、と白羽は飛び上がった。

「えっ、えあっ、あの」

「いいんだ。あの牢屋にブチ込まれるより、監視付きでも外にいられる方が数倍マシだよ」

 緋一は頬杖をついた。

「本当は何が目的で俺を雇ったんだ?」

 白羽はあからさまに困惑した。

「俺みたいな外部ビジターのネクスタブルを雇わなくても、響子がいれば大半のブランダーは敵じゃないはずだ。それなのにあいつは戦うどころか、逆に守れなんて言いやがる。非効率なんじゃねぇのか?」

 緋一は敢えて、何でもない雰囲気の口調で問うた。

「それから言ってたよな、お前たちの組織は俺を捜してたって……。まだその理由を教えてもらって無い。護衛が欲しいだけなら、そんな看板掲げたネクスタブルは他にもゴロゴロいるはずだ」

 一週間前の事がよみがえる。いつも通り、旧市街の繁華エリアで仕事を待っていた緋一。足が疲れたなと思って座り込んだ時、目の前にローファーの足が立ち止まった。

 見上げた瞬間に襲われた身の毛のよだちは今も覚えている。

 少女は両目を歪めて呟いた。『こんな風にひれ伏してくれたら最高だなぁ』と小声で。逆光に塗られた顔と体よりも早く、その歪んだ笑みと呟きが、緋一の内にあった一年前の記憶を引きずり出した。

 オオカミ、と緋一が言うより前に、少女がその右手を突き出した。『今度は僕を守ってくれない?』と冗談にしか聞こえないセリフを放って笑った。指の先の爪には、これまた冗談としか思えない、少女趣味なネイルアートが施されていた。

 そして連れて来られた所が、この、研究所とは名ばかりのボロ屋敷。何かのドッキリなのかと呟きかけた時、両側から白衣の人影がタックルしてきた。両方の腕に何かを突き立てられて、そこからしばらく記憶が無い。目が覚めたら、まるで実験動物の飼育庫のような小部屋に押し込められていた。それから三日間、よくもまあ発狂せずに耐え忍んだよな、と自分で自分に感心する。

 緋一はテーブルクロスをなぞっていた目を上げた。正面に座る白羽は、相変わらず困惑した雰囲気で目を左右させていた。

「牢屋から出したって事は、本格的に俺を雇い入れようって事なんだろ? だったらいい加減に教えてくれないか」

「か、狩人を捕まえるためだよ」

 白羽が細い声で答える。

「響子ちゃんからも聞いたでしょう? 私達の組織はすごく小さいし、戦えるタイプのセカンドメモリーを持ってるネクスタブルも少ないって。だから宇佐見君みたいな強いネクスタブルが必要なの」

「それは響子がいれば問題ないだろ。あいつなら一人で何十人分の戦力になる。そんな奴を戦線から引っ込めておく意味が分からないんだよ」

「……」

 白羽は片手を胸の上でギュッと握りしめた。

 緋一は頬杖をついたまま彼女を見つめ続けた。

「……響子ちゃんはもう、戦えないの」

「え?」

「ごめんなさい、これ以上はダメなの。私から響子ちゃんの事を話すのは……ごめんなさい、宇佐見君」

 白羽は逃げるように顔を逸らした。

 虚を突かれた緋一は、白羽をまじまじ見つめた。

 戦えない? あのオオカミが戦えない? 頭の中で疑問符が点滅する。

 殺意と快楽に満ちた爪をこの腹にブチ込んで来た、あのオオカミが――戦えないだって?

 この困惑を白羽にぶつけた所で、答えは返って来ないだろう。白羽はこれ以上の緋一の干渉を拒むように、そっぽを向いて押し黙っていた。

 は、とため息を突く。

「実は他にも、引っ掛かってる事があるんだ。聞くだけ聞いてくれないか」

「……なに?」

「響子って、あの見た目で実は男だったりしないよな」

 一瞬、空気が静止した。

 直後に白羽が吹き出した。

「なっ、何言ってるの宇佐見君! 響子ちゃんはれっきとした女の子だよ!」

 神妙だった顔つきが一転、可笑しそうに笑いながら彼女は言った。

「もしかして自分の事を〝僕〟って言うから疑ってたの?」

「いや、疑ってたと言うか……そんなオチじゃないよなって思ってたくらいで」

「あんなに可愛いのに、宇佐見君、酷いよぉ」

 そんなに可笑しかったのか、白羽はお腹を抱えて爆笑していた。緋一は微妙な心境で頬を掻いた。

「確かに私も、最初に会った時は騙されかけちゃったよ? でも私の時は男の人に変装してたし……」

「変装?」

 緋一が虚を突かれて繰り返した。そこへ、

「ただいまーぁ!」

 勢いよく扉が開く。二人がそちらを振り向くと、部屋の端の勝手口から響子が入って来た。

「あっ、お帰り響子ちゃん」

「何だか楽しそうだったけど、二人でいったい何してたのかなぁ?」

 響子が冗談ぽくからかってくる。白羽の爆笑が外にも漏れていたようだ。白羽は慌てて手を振った。

「べっ、別に何も無いよ! ね、宇佐見君!」

「そうか、相手は緋一君だった。それじゃ空耳だったかなぁ」

 緋一が否定する前に響子が頷く。

「おい、それって馬鹿にしてんのか?」

「だって相手が緋一君じゃねぇ。いつも怒ってばかりじゃないの」

 自分の話題で白羽が爆笑したとは知らず、肩に手を上げて首を振る。右手に乗せた紙袋がカサカサ音を立てる。夕方ふらりと姿を消した時には持っていなかった袋だ。

「お前こそ、いきなりいなくなったと思ったら今までどこ行ってたんだよ」

「ん? 僕の事気にしてくれてるのぉ?」

 ローファーを脱ぎながら言ってくる。

「バカか。パートナーとか言いつつ一人で消えるなって意味だ」

 緋一は腕を組んで響子を見上げた。

「雇った護衛を置いて行く奴があるか? 俺が見てない所で襲われても遅いんだぜ」

「うーん、衛兵の鑑だねぇ。旧市街でウサギさんの評判がいいのも分かるよぉ」

「ウサギ?」

「あ、うっかり」

 響子が口に手を当てた。

「いやぁ、緋一君の事を教えてくれたヒトがそう呼んでたから」

 へぇ、と緋一はあしらった。やはり身内に情報屋でもいるのだろう。

 自衛団体に所属していない戦力の情報は口コミで広がって行く。以前の雇用者から聞いた、というパターンも多いが、中には情報を売りにする人間から買ったという顧客もいた。後者のケースは面倒な仕事になる事が多かった。

 例に違わず、今現在もそうだ。

「心配してくれて嬉しいけど、ここは勝手知ったるホームタウンだし、特にこの辺は人も住んでないでしょぉ。ブランダーもそうそう出ないから平気だよ」

 響子はひらりと手を振った。

「ゴーストタウンや人口の多い繁華街ならともかく、研究所の周りは人っ子一人住んでないから心配ないよ。要は人口比率なんだからさぁ」

 ケラケラ笑っているが、言っている事は正論だ。ヒトがいなければ亢進現象は起こらず、亢進失敗した人間に襲われる心配も無い。納得できるが、どうにもスッキリしない。気ままな雇い主に翻弄されている気分でいっぱいだ。

「で、どこ行ってたんだ。その袋は何なんだよ」

 すると響子の目が怪しく光った。

 ずいっと紙袋を突き出される。緋一は思わず受け取ってしまった。

「目っ玉っ狩りっ」

 歌いながら彼女はくるりと背を返した。

 跳ねるように流しへと向かっていく響子。緋一はぽかんと彼女の背を見つめた。

「め……目玉っ!?」

 遅れて吃驚する。ずしりとした重みの紙袋を、思わず取り落としそうになった。

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