第982話 竜と龍のお嬢様
ソラが一体目の赤い天竜を完全に沈黙させた頃。上空では瑞樹達天竜に乗った5体の天竜と竜騎士からなる竜騎士部隊と黄色い天竜が戦闘を繰り広げていた。
「あちらは、もうそろそろ終わりそうですわね」
「こっちもすぐに終わらせられそうだけど?」
「あら・・・あまり早々に終わらせては、下に迷惑ですわよ」
背の由利の言葉に瑞樹が余裕を見せる。これは実戦だが訓練だ。全力でやる必要は無いし、そもそもペース配分は冒険者にとって重要なファクターだ。一応一戦ごとに休憩は設けているが、何も全力でやる必要はなかった。
「でもそろそろ、一体討伐出来るんだから良いんじゃない? こっちもそろそろ雑魚を掃討しておきたいし」
「それもそうですわね・・・では、お遊びはお終いにする事にしますわね」
「回収、忘れないでね」
「一応緊急離脱は覚えていらっしゃいますわよね?」
「覚えているけど、あれは万が一。戦場のど真ん中に弓兵が降りて良い事はないわ」
瑞樹と由利はどこか揶揄する様に会話を交わす。お互いにまだ抑えていたがそろそろ、本気を出す事にしたらしい。そうして、由利がレイアの背から飛び降りた。
「レイア、一気に決めますわよ。由利さんを回収するまでが、ワンタームですからね」
由利が飛び降りると同時に、瑞樹がレイアの背を叩く。許される時間は僅か十数秒。その間に、瑞樹は天竜一体を仕留めるつもりだった。そうして、そんな瑞樹の指示を受けたレイアが一気に加速した。
「レイア、<<竜の息吹>>!」
瑞樹は黄色い天竜の真横を通り過ぎる瞬間、レイアに<<竜の息吹>>を指示する。と、これは黄色い天竜によって、軽々と回避される。が、それで良かった。
「ふふ、読み通りですわね」
瑞樹は黄色い天竜が魔力をブーストさせて緊急回避したのを見て、読み通り、と笑みを浮かべる。そうして、彼女は迷いなくレイアの背を蹴った。目指すは、黄色い天竜の真上だ。
「はぁああああ!」
瑞樹は吼えると共に、大剣に魔力を溜めて大きな斬撃を放つ。<<大斬撃>>だ。とは言え、これで仕留めるつもりはない。地面に墜ちてくれれば、それで良い。というわけで、瑞樹の強力な一撃を受けて黄色い天竜は勢い良く地面へと墜落していく。
「レイア!」
斬撃の反動で更に上空へと舞い上がった瑞樹は、レイアへと追撃を命ずる。己の回収は後で良い。今は、とりあえず地面に叩きつけさせる事が重要だった。そうして、レイアが<<竜の息吹>>を放って更に黄色い天竜の墜落速度を加速させる。
「良し・・・では、モード・大砲」
瑞樹は大剣を大砲形態へと組み替える。そうして、空中で魔力を使って姿勢を姿勢を整えた。
「ふふ・・・これは余裕ですわね」
勢い良く地面に叩きつけられ、地面にめり込んで身動きの取れない黄色い天竜はただ大きいだけの的と変わりがない。ほとんど狙わなくても当てられる。なので瑞樹はほとんど標的を定める必要もなく、姿勢を整えるだけで良かった。
「ファイア!」
瑞樹は照準を合わせると、容赦なく引き金を引く。そうして、彼女の持つ大剣型の大砲から極太のレーザーが放出された。その反動で瑞樹は落下の勢いを殺して、再度浮かび上がる。
「ふぅ。随分と楽になりましたわね」
瑞樹は胸のペンダントを見てその効果を実感しつつ、くるりと回転して姿勢を整える。彼女もソラと同じように魔力増大の訓練を行っていた。
それは彼とは違って部屋で訓練する類の物ではなくカイト達と同じ様にペンダントを使って常に薄く過負荷を掛け続けるだけのものだったが、今では連続して砲撃を行っても問題ない分の魔力保有量を得られていた。ソラと瑞樹だと、総量は結局的にさほど変わらないだろう。じっくりと時間を掛けてやるか、それとも他には脇目も振らず急速に高めるか、の差に過ぎなかった。
「レイア!」
姿勢を整えた瑞樹はレイアを呼び寄せる。この間、所用たったの12秒。彼女らが言うとおり、余裕だった。そうして、即座にレイアの背に跨って由利を回収すべく彼女を探す事にするのだった。
さて、一方の由利だが、彼女はレイアの上から飛び上がるとそのまま自由落下を行う事にする。
「・・・」
見るのは、戦場全体。ここは戦場の遥か上空だ。それは容易い作業だ。しかも上空で怖いのは天竜だけで、その天竜の片方は瞬によって地面に墜落させられ、もう片方は瑞樹に掛り切りだ。残るは、雑魚の鳥型の魔物だけだ。
「はっ!」
由利は近づいてくる鳥型の魔物に対して、腰に帯びていた片手剣を抜き放って切り裂いた。そうしてついでにその背を蹴って、更に大きく飛び上がる。
「このぐらいで十分ね」
由利は適度に高度を稼いだ事を確認すると、そこで弓を構える。狙うのは、地上で冒険部のギルドメンバーを攻撃する魔物。その中でも手傷を負っていない魔物を狙う。
「・・・まずはこいつ」
由利は一番手傷を負っていない虎の様な魔物に狙い定める。そうして、彼女の意識が一気に高速化して、それに比例する様に周囲が一気に緩やかになっていく。
(標的・・・『灰色の虎』・・・行ける)
由利は高速化した意識の中、敵の動きを見定める。狙う瞬間は、敵が攻撃を仕掛けた直後。どんな熟練者だろうと絶対に避けられない攻撃後の隙を狙い撃つ。目標は眉間。頭を撃ち貫くつもりだ。
「・・・はっ」
由利は攻撃の瞬間を見通すと、その瞬間を狙い撃てるタイミングで矢を放つ。結果は見ない。見なくても分かるし、そんな暇があるのなら次の標的を狙い撃つ方が良い。そうして、由利は高速化した意識の中で次の標的を探す。
「そこ」
由利は更に矢を連続して放つ。それを繰り返すこと、およそ30回。たった10秒程で由利はそれだけの数の矢を放ち、一射につき一体の敵を射抜いた。そして、地面までおよそ100メートル程になった所で声を上げた。
「瑞樹!」
「ええ! この通り!」
「っと」
由利は弓を背負うと、両手で瑞樹の後ろに設置された己用のタンデムシートの取っ手を掴んで姿勢安定用のベルトを身につける。
「お見事ですわね」
「そっちもね」
「ありがとうございます・・・レイア、再び上昇を」
由利を回収した瑞樹は再びレイアを操って上空へと舞い戻る。そうして、彼女らは更に空中の魔物の討伐を進める事にするのだった。
そんな二人と一匹の様子を、中軍で桜が見ていた。
「・・・さすが、というべきでしょうか」
轟音が響いて何事か、と見た先に瑞樹が砲撃を行っていたのだ。とは言え、いつまでも仲間の賞賛をしているわけにはいかない。そして、彼女もここ数ヶ月訓練していたのだ。迷いはない。
「最近、薙刀よりもこちらの方が扱いやすいですね」
桜はそう言うと、両手の指先から魔糸を生み出す。どういうわけか、桜には魔糸に対する適正がかなりあった。これはカイトとしても予想外の出来事だったが、下手をすると数万人に一人というぐらいの才能があった。
確かに種族的な問題でこれで服を編む事は難しいし良質な布は作れないのだが、戦闘はそれとはまた別だ。良質な魔糸を作れるから、とそれが戦闘向きであるかどうかはまた別なのだ。妖精族が魔糸に対して特段の適正があろうと、彼女らが戦闘に向いた種族ではない事からもそれはわかるだろう。
「さて・・・」
桜は敵を見定める。狙うは、三体の地竜の内のどれか。その内、桜は普通タイプの地竜を相手にする事に決めた。
「では」
桜は薙刀を背負うと、魔糸を走らせる。竜種を相手に近接戦闘を挑むのは、よほどの腕自慢だけだ。<<竜の息吹>>は勿論の事、丸太の様に太い腕や長い尻尾のなぎ払い、ワニやカバよりも遥かに強力なその顎、巨体や加速を活かした猛烈な突進等、竜種は全身が凶器だ。よほど防御と回避に自信があるのでなければ、間合いを取るのが基本だ。
「っ」
桜は竜の腕に魔糸を絡みつかせる。なぜ腕かというと、丁度攻撃を仕掛ける所だったからだ。
「今のうちに」
「っ! ありがと!」
桜の言葉を受けて、軽装備の少女がその場から撤退する。と、どうやら邪魔をしてきた事に怒ったのか、地竜は桜へ向けて一気に急加速した。
「<<緋色の壁>>」
突進してきた地竜に対して、桜は己の前に魔糸を展開する。それは突進してきた地竜を柔らかく受け止めて、その勢いを完全に殺した。
「<<緋色の繭>>」
地竜を柔らかく受け止めた魔糸はそのまま、地竜へと絡みつく。そうして、その巨体を縛り上げた。
「ふむ・・・」
桜はギリギリギリ、と地竜の身体を締め上げる。その際、桜はついでに地竜の種類を測定しておいた。その結果わかったのは、『風地竜』という風属性の地竜だった。些か属性がわかりにくい名だが、基本は頭の文字が属性を表しているらしい。
「これなら、なんとかなりますね」
桜は相手が風属性メインである事を見て、少しだけ心に余裕を持って対処する事にする。龍の力を習得しつつある彼女にとって、基本四属性の攻撃は効果が薄い。単純に風属性の相手なら、かなり有利に戦えるのであった。
「無駄です」
完全に拘束した『風地竜』が暴れるのに対して、桜は無駄である事を告げる。『風地竜』は己が傷つくのも構わず爪に魔力を纏わせて風刃として桜の魔糸を引きちぎろうとしていた様子だが、龍の力を宿した彼女の魔糸はそんな程度では引き裂ける物ではなかった。
「さて・・・どう料理しましょうか」
桜は次の一手を考える。が、別に彼女がやる必要はない。彼女の主な戦い方は牽制と防衛。支援型だ。とは言え、この程度の地竜ならば単独で討伐出来ておきたい所ではある。
「なら、これですね」
桜は己の手で討伐する事を決めると、攻略法を決めた。すでに敵はまな板の上の鯉。どうにでもなるし、この状態だからこそ出来る手段があった。
「<<閃狐・緋色の閃>>」
桜は魔糸の大半を解除して、たった数本の魔糸に力を込める。残った魔糸はまるで鋼糸の如くに硬質化して、鋭い刃に変わった。当然、力は掛け続けている。となれば当然、待ち受けるのは輪切りという結末だけだ。
これは月花が使う<<閃狐>>という系統の武芸の派生技だ。魔糸に関して抜群の適正を見せた桜を見て、カイトが急遽月花を指南役に付けたのであった。そこで、魔糸を使った攻撃方法も学んだのである。
「ふぅ・・・」
『風地竜』を幾つもの断片にぶつ切りにした桜は魔糸を消滅させる。桜の言うとおり、彼女は薙刀よりも遥かにこちらの方に適正があった。薙刀を使うとランクC上位程度しかない彼女であるが、魔糸を武器として使った場合はランクBもそこそこの実力があったほどだ。
薙刀を含めれば遠近中の全ての間合いで戦う事が出来る様になった上に、支援の手も増えた。おまけに、龍の力も加わったお陰で防御力も桁違いに上昇している。ということで、今後は薙刀をセカンドウェポンとして使う事にしたらしい。
「天道!」
「あ、大丈夫です」
一息ついた所に飛んだ警告に、桜が微笑んで大丈夫だと明言する。後ろから数体のゴブリンが近づいていたのだ。が、今の彼女に死角は無かった。ソラの風の分身体もそうだが、この魔糸も彼女の魔力で出来ている。薄く周囲に張り巡らせる事でセンサーの様な役割を持っていたのだ。
「<<閃狐・鋼糸の断>>」
桜はゴブリン達が加速したと同時に、魔糸を一気に硬質化させる。薄く硬質化した魔糸はまるでピアノ線の如く切れ味を持つ。そしてそれはほとんど見える事もない不可視の糸。なのでゴブリン達は気付くこともなく、桜へと襲いかかる。
「むぅ・・・やはり障害物が無いと駄目ですね」
桜が不満げに少しだけ眉を顰めた。幸いゴブリン達の首に魔糸が引っ掛かったらしく首を刎ねたのだが、それは結果論だった。首でなく胴体の部分などは斬れていない部分があったのだ。
とは言え本来、この技は木々や障害物の間に張り巡らせて使うらしい。その起点となる障害物が無いのだから仕方がないだろう。地の利が得られなかった、と見て良い。
「さて・・・では、次ですね」
桜は周囲に再び不可視の糸を張り巡らせると、次の魔物との戦いに備える事にする。そうして、戦いは更に続いていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次回予告:第983話『獣のお姫様』




