第978話 二人の成長
瞬がウルカを発って数日。その日から秋の月となる事になった日に、瞬はカイトの治めるマクダウェル領マクスウェルに帰還した。時刻は朝の9時。丁度色々と動き始めている頃だ。
「良し・・・じゃあ、とりあえず帰るかな。リジェ、お前は?」
「俺は一度家に帰る。おふくろに会わないとな。親父も姉貴もまだ軍務だから、先に無事に帰ったって言ってくれって頼まれた」
「そうか・・・じゃあ、またな」
「おう」
瞬とリジェは空港で降ろしてもらうと、そこで別行動をする事にする。そうして、瞬は一人冒険部のギルドホームへと歩いていく。と、そんな所で同級生の一人に出会った。
「お、一条じゃん! お帰り! って、俺もまぁ、今帰った所なんだけどな。馬車がさっき着いた所なんだよ」
「ああ、ただいま。そうなのか?」
「ああ、依頼でちょっと南のマクシミリアン領までな・・・にしても、随分日に焼けたなぁ・・・で、遠征はどうだったんだ?」
「まぁ、なかなかにすごかった。度量も技量も色々とな」
瞬と同級生はお互いに帰還直後という事もあって道中での事を話し合いながら、ギルドホームへと帰っていく。そうしてそんな話をしていれば、すぐにギルドホームにたどり着いた。
そこで瞬は久々の帰還という事で様々な者達に声を掛けられつつも、とりあえず荷物を置く前に通り道という事もあって執務室に顔を出す事にした。お土産を置いていこうと思ったのだ。
「久しぶりだな」
「ん? っと、先輩。おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
瞬に気付いた翔が立ち上がって頭を下げた。ここら、部活時代のやり取りは染み付いているからか取れないらしい。
「ああ・・・ん? お前だけか?」
「あっと・・・カイトとソラは一緒に朝の稽古中で、三枝はどっか行きました。なんか特殊な訳ありの女の子に会ってるらしくて・・・天道さんは下で龍族の稽古をしているらしいです。神宮寺さんはレイアの餌やりと朝の散歩、小鳥遊はそれに付き合っているらしいです」
「そうか・・・凛は?」
「あ、凛ちゃんはヴァイスリッター家です。妹さんと仲良くなったらしくて・・・こっちに来てるらしくて、今日は朝から買い物に行ってくる、と」
「ああ、そう言えば手紙で言っていたな・・・」
瞬はまた入り浸っている様子の妹の事を思い出して、ついでにアルの家についても思い出す。アルには少し下に妹がおり、凛とは仲良くやっているらしい。
「ユスティーナは?」
「あ、ティナちゃんは三柴先生と研究所らしいです」
「・・・三柴先生と?」
瞬が首をかしげる。ここは彼の居ない所で起きていた事なので、彼も知らないのであった。
「カイトの古い知り合いらしいです。あ、裏じゃなくて、表って意味ですけど。カイトの親父さんの上司の娘さんらしいです」
「・・・? なぜそれで付き合いが?」
「ああ、なんか家族ぐるみで付き合いあるらしいんで・・・」
「ふーん・・・っと、それならまだしばらくは全員帰りそうにないな。荷物、置いてくるがお土産はここに置いておかせてくれ」
「あ、はい」
瞬の申し出を受けて、翔が瞬の持ち帰ったお土産の入った小袋を受け取って瞬の机においておく。そうしてその間に瞬は一度部屋に戻って、荷解きをする事にした。
「良し・・・埃は・・・溜まっていないか」
瞬は数ヶ月ぶりの自室を見て、とりあえず掃除はされている事を理解する。どうやら付喪神達が入って掃除してくれていたらしい。
と、案の定ベッドの下から小さな男の子が現れて、瞬へとぺこり、とお辞儀をしてくれた。付喪神は精神生命体の中でもかなり特殊らしく、大きさが自由自在に変えられるらしい。なので下に潜れるサイズになって掃除をしてくれる者も結構おり、カイトが特注で彼らの為に掃除道具を発注したらしい。
「っと、ありがとう」
瞬のお礼を受けて、付喪神の少年は子供程度のサイズになるとニコリと笑顔で手を振って部屋を出て行く。あの様子だと、純粋無垢な良い少年に育つだろう。
「さて・・・荷物を出すか」
瞬はそうつぶやくと、しばらくの間持っていった衣服や武具の調整道具等を置くべき所に収納していく。そうして最後に飛空艇で着用した衣服を洗濯用の籠に入れれば、全部終わりだ。
「良し! んんー・・・っと、そこそこ時間が経過したか」
瞬は時計を見て、時間がそこそこ経過したらしいと気付いたようだ。部屋から出て、再び執務室に戻る事にした。と、どうやらカイトとソラが戻ってきていたらしい。
「っと、先輩。おかえりなさい」
「お帰り」
「ああ、ただいま」
ソラとカイトの挨拶に瞬も応ずる。と、そうして瞬が思ったのはソラがかなり成長している、という事だった。
「ふむ・・・かなり成長したな、お前も。なんというか、身のこなしじゃあないんだが・・・」
「うっす。まぁ、そっちもやることはやったんっすけどね」
「いや、それはわかっているさ」
ソラの言葉に瞬が笑って頷く。そこは、彼からも理解出来ていた。が、言いたかったのはそういう事ではなく、魔力の質というか保有している魔力の濃度が色濃くなっている様に思えたのだ。
魔力保有量が増大すればするほど、呼吸の様に常時放出される魔力は濃密になる。男子三日会わざれば刮目して見よ、というが数ヶ月の魔力保有量増大の訓練結果が表れていたのであった。そうして、しばらくの間一同は各々の旅路の事を話し合う。
「そうか・・・やはり砂漠は荒れているか」
カイトは書類にサインしながら、瞬の言葉に顔を顰める。元々砂漠がここ十数年で盗賊達に領有された事は帰還後すぐに聞いて知っている。が、実情としてどうなっているかは遠すぎて知らなかったらしい。
「ああ・・・酷かった。多い時だと一週間に二度程盗賊の討伐依頼が来るぐらいだった」
「ふむ・・・周辺の盗賊達が集まっているのかもな」
「あー・・・確か砂漠は教国ともつながってんだっけ・・・確かに、入りゃ逃げれるかもなぁ・・・」
瞬の言葉を受けて、カイトとソラが推測を述べる。それに瞬も頷いた。
「そうだろう、とバーンタインさんも言っていた。あちらも全てを討伐出来るわけではないらしいからな」
「そうか・・・流石にあの砂漠に逃げ込まれれば、討伐は難しいか・・・」
「ああ。何度も手こずった」
カイトの言葉に、瞬は苦渋を滲ませる。砂漠はやはり草原等よりもかなり戦いにくかったらしい。まぁ、そこらを含めて訓練してきているので、それでも随分手慣れてはいるだろう。と、そうして更にしばらく話し合いを行った所で、瞬が申し出た。
「そう言えば・・・ソラ。丁度いいから、一試合頼めるか? 飛空艇の中ではいまいちな。身体を動かしておきたい」
「あ、うっす。じゃあ、さっさと用意しちまいます」
「ああ、頼んだ・・・カイト、一応どれだけパワーアップしているかわからないから、監督頼めるか?」
「わかった・・・翔、ちょっと留守番頼むぞ」
「おーう」
瞬の申し出を受けてカイトが立ち上がり、そんなカイトの申し出に翔が手を振って応ずる。そうして、三人は一度外の修練場へと向かい、ソラと瞬が距離を取った。
「良し・・・カイト!」
「あいよ・・・ルールはいつも通り。コインが落ちたら開始だ」
瞬からコインを投げ渡されたカイトが、指の上にそのコインを載せる。そうして、お互いが一礼をしたのを見た所でカイトはコインを弾き飛ばした。それは数秒滞空した後、地面に落下してちぃん、という澄んだ金属音を鳴らす。
「さて・・・」
「・・・良し」
瞬とソラは音が鳴り響いた後、少しの間間合いを測り続ける。お互いにお互いがどういう強化をされているのかわからない。この数ヶ月は全く接触は無かったのだ。ほぼ、未知の相手にも等しい状況だった。
瞬はこの数ヶ月の訓練で様子見を覚えて、逆にカウンターメインのソラはいつも通りと言える。と、そんなソラの方が、いきなり動き出した。
「はぁあああ!」
「っ!」
瞬が目を見開く。ソラは知っての通りでカウンタータイプだ。初手から打ち込んでいくのは珍しい。よほど自信があるか、それともこの数ヶ月で戦い方のバリエーションを増やしたか、だ。
「弐式・・・いや、壱式で行けるか」
瞬はソラの速度を見て、<<雷炎武>>はまだ第一段階で行けると踏む。が、これは少々ソラの成長を見くびっていた様子だった。案の定第一段階で回避を選択した瞬に対して、ソラが笑みを浮かべた。
「<<風の踊り子>>!」
「何!?」
瞬が回避した先に、風で編まれたソラの幻影が3体現れる。魔力の増大の結果、今まではほとんど使えなかった風による分身体を普通に使える様になったのである。そうして、足を止めた瞬に対して風の分身が振るう風の刃が襲いかかる。
「ちっ!」
完全に待ち伏せだ。現段階での<<雷炎武>>では対応出来ない事を瞬は即座に悟る。なので彼は三方向からの初撃を地べたに這いつくばる様にして回避して、即座に<<雷炎武・参式>>を始動した。
「はっ! 何!?」
「そりゃ、風っすよ! 足払いは無効っす!」
回転する様にして足払いを仕掛けた瞬であったが、それはまさに空を切る。それにソラが笑いながら風の分身体を消失させて両拳を組み合わせて、今度は巨大な風の手を創り上げた。そうして、それをそのままハンマーの様に振り下ろした。
「ちっ。そうか、実体がないのか・・・相当修行しているな」
迫りくる風の槌に瞬は笑みを浮かべる。素直に、自分の方がパワーアップしていると勘違いした事を認めたのだ。ソラもまた、それ相応にパワーアップしていたのである。鎧のおかげもあるが、この様子なら確実にランクBには到達しているだろう。
と、そんな瞬はそのまま逆立ちする様にして全身を天地逆に屈めると、槍を消失させて更に足にのみ力を集中させる。ウルカで学んだ<<炎武>>の力の一点集中だ。それを、<<雷炎武>>へと応用したのである。
「<<雷襲脚>>!」
瞬は腕の力だけで跳ね上がる様にして、迫りくる風の槌に対して逆の飛び蹴りを食らわせる。本来は上空からの飛び蹴りによる対地攻撃だったが、別に対地でなければ使えないわけではないらしい。勿論、落下の速度を加えられない分それ相応には威力は落ちる事にはなる。
「っ!」
己の風の槌を切り裂く様にして上空へと移動した瞬に、ソラも笑みを浮かべる。楽勝になれるとは思っていなかった。が、それ故に楽しいらしい。その一方の瞬はというと、空中にて無数の槍を生み出していた。
「行くぞ!」
「やっべぇ!」
空に浮かぶ無数の槍に、ソラは笑いながらも次の一手を考える。とは言え、数がある分攻撃力が低い事を見抜いたので、ソラは防御を選択する事にした。
というよりも切り札を切るなだまだしも、それなら速度の遅いソラでは回避出来る規模ではなかった。とは言え、瞬の攻撃の直撃は避けたかったので、僅かに横にずれて瞬の投げる物以外を受ける事にした。
「ふぅ・・・良し!」
「はぁあああ!」
瞬が吼える直前、ソラはしっかりと地面を踏みしめて気合を入れる。そしてその次の瞬間、ソラへと無数の槍の雨が降り注いだ。が、ソラはそれにびくともしない。どうやら、基礎的なステータスもしっかり上昇しているのだろう。
「だろうな・・・だから、そうさせてもらった」
と、そんなソラに対して空中で瞬が笑みを浮かべる。ソラが回避ではなく防御を選択するぐらい、理解していた。そして敢えて防御しか選択出来ない様に、数を放り投げたのだ。そうして、彼は背後で魔力を爆発させて急加速する。
「<<雷襲脚>>!」
「っ! 『リミットブレイク・ワンセカンド』!」
急加速して飛び蹴りを叩き込もうとしてきた瞬を見て、ソラは即座に切り札を解放する事にする。この威力が直撃されるのは拙い。先程の風の槌を切り裂いた事から、そう見抜いたらしい。
そうして、彼の口決を受けて黄金の縁取りがされていた鎧に真紅のラインが入る。そしてその次の瞬間。ソラが緊急回避でその場を飛び退くと同時に、彼の居た場所に土煙が上がった。
「・・・避けたか。風の加護か・・・?」
「っ・・・ふぅ・・・良し」
あの状態から己の攻撃を回避してみせたソラに瞬は訝しみ、一方のソラは過負荷のバックロードで一瞬顔を顰めるも即座に呼吸を整える。連続して十秒と使えるわけではないが、たかだか1秒程度なら問題なかった。
「さて・・・」
「どうすっかな・・・」
お互いにまだまだ手札を隠し持っているのを鑑みて、ソラと瞬は再び様子見に入る。
(流石に武器技は使わない方が良いだろうし、<<水龍の鱗>>は水属性だから逆に先輩には相性が悪い・・・さて・・・どうすっかな・・・)
ソラは今の手札を考える。流石に殺し合いでもないのに切り札中の切り札を使う事は止めたらしい。そして一方、瞬も次の一手を考えていた。
(ふむ・・・一瞬赤いラインが入った様に見えたが・・・気の所為か? 速すぎるのも考えものだな。とは言え、かなり速度は上げた様子だな・・・もし別にあったとして、風の加護まで使われれば参式でなければ対応ができそうにないか・・・参式は燃費が悪いからあまり使いたくはないが・・・)
瞬は様子見である事を考えて、<<雷炎武>>を切っていた。あれは発動するだけで魔力を膨大に消費するのだ。必要がないなら切る。発動速度を上げた結果出来る様になった事だった。そうして、彼は考え続ける。
(とは言え、持久戦は不利か。総魔力保有量であれば、下手をすれば数ヶ月前の倍はあるはずだ・・・一気に攻めきるのが上策か。ならば、やはり参式か)
瞬は己の手札を決めると、再び槍を構える。そうして呼吸を整えている間に、ソラも己の手札を決めていた。
(先輩なら、確実に一気に押し切ろうとするはず。こっちは力同士の押し合いになれば負ける。なら、それを耐えきってその上でリミットブレイクを使えば・・・かな。後はどこまでそのリミットブレイクを温存出来るか、か)
ソラは瞬の考えを読んで、その上で己が勝つ為の一手を考える。様々な要因を含めての実力という意味での差はさほどない。ソラはまだ昇格していないが、実力としてはお互いに同じランクB。勝ち目がないわけではない。そうして、お互いが次の一手を決めた事で、戦いは第二幕へと進む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第979話『二人の成長・2』




