第976話 数ヶ月後
カイト達が各々の特訓を開始して、数ヶ月。一度特訓を始めれば即座に終わるわけもなく、時は瞬く間に過ぎ去っていった。それは勿論、遠くウルカでも変わらない。
「おぉおおおお!」
瞬が吼える。目の前には、巨大な芋虫型の魔物がその巨体を持ち上げていた。
「いけ!」
巨大な魔物に対して、瞬は迷いなく槍を投げつける。そうしてその巨体を大きくのけぞらせると、更に連続して槍を周囲に創造した。
「はっ!」
瞬の再度の投擲に合わせて、周囲の無数の槍がそれに追走していく。この数ヶ月で周囲に言われた結果、己のやり投げに合わせてだがカイトと同じ様な攻撃ができる様になったらしい。元々出来ていた事は出来ていたが、その数をかなり増やせる様になったのである。強度等はお察しになるが、数だけだと三桁前半までなら同時に創造する事も可能になったらしい。
と言ってもカイトの様に上空から雨のように降り注がせる事は出来ないし、四方八方からというのも無理だ。さらに言えばカイトが時折やる<<魔素爆発>>を応用した一撃は不可能だ。出来るのは、一直線に投じるだけだ。
「おまけだ!」
瞬は一度投じた槍に続いて、更にもう一度槍を創り上げる。そうして再度、瞬は槍を投じる。
「・・・ふぅ・・・」
瞬はおよそ100本の槍を投げると、目の前で針山の如くに槍を突き立てられた魔物を注視する。が、魔物は動くことなく、そのままゆっくりと後ろに倒れていき轟音を響かせて倒れ込んだ。
「おーし。とりあえずそんなもんで良いだろう」
魔物の単独討伐を終えた瞬に対して、シフが満足気に頷いた。流石にそろそろ帰る時期ということで、瞬に対して一種の卒業試験の様なものを課していたらしい。それが、今の討伐戦というわけであった。
内容としてはランクBでも中級の魔物を単独で討伐してみせる事。これが出来れば、ランクBの冒険者でも一人前と言って良い領域だった。
「良し・・・とりあえずそれで継続戦闘能力を増しつつ、攻撃力の上昇にゃ対応できるだろう」
シフが改めて、瞬へと告げる。瞬はここに<<雷炎武>>の更なる強化か己の血の中に眠るという鬼族の力を使う為に来たわけであったが、シフからそれだけでは駄目だ、と諭されたらしい。
あれらは確かに爆発的な戦闘力を得られるが、それは即ち短期間での戦闘には特化するものの旅路を考えれば逆効果だ。それを考えて、彼も一度立ち止まって基礎的な戦闘技術の向上を命ぜられたのである。
勿論、<<雷炎武>>の系統に関してはきちんと手ほどきを受けた。なので若干の強化はされているが、そちらはあまり重点を置かなかったそうだ。新たな段階に到達したりはしていない。
「で、だ。ここにお前が来てからこの注意が何度目になるかわからないが、お前はちょっと生き急いでいる。もうちょいゆっくりと戦う事を覚えた方が良いな。そこだけは、お前は忘れない方が良い」
「はい」
瞬はシフの注意をしっかりと受け入れておく。やはりベテランからきちんと指導を受けられた、というのは良い経験だったらしい。
彼も意識した事は無かったのだが、瞬の戦い方はどちらかと言うとかなり先手必勝だったり一気に押し切るタイプだ。それを指摘してもらえていた。これは相手に奇策を弄されてこちらが一気に押しきれないとなると、今度は彼が不利になって行く様な戦い方だ。
そこを、シフは懸念したらしい。これから先、ランクAに挑もうとすると今よりも更に奇策を弄する魔物は増えてくる。であれば、この直情的な癖を直せ、と言われたのであった。
勿論これは瞬の性格的な面が大きい為、すぐにというわけではない。そしてそれはシフもわかっていた。わかっていたので、彼はそこを強引に修正するのではなく新たに手札を加えてやって、敢えて出力を増大させなくても戦える様にしてやったのだ。戦士としての力ではなく冒険者としての技を教えたのである。
「まぁ、これでとりあえずランクBに一通り必要な要素は整った。後は、お前次第だろうな」
「ありがとうございました!」
「ああ・・・やっぱ調子狂うなぁ・・・」
シフはしっかりと頭を下げた瞬を見て照れくさそうに笑うも、同時に少しやりにくそうだった。やはりこういう風に部活気質な上下関係がはっきりとした相手はこちらでは珍しいらしい。
リジェやシフ、バーンタインら生え抜きの冒険者を見ればわかるが、基本的に冒険者の大半は年齡を気にしない。それはひとえに、自分達を共に生命をあずけ合う戦友という一括りにするからだ。
冒険者の先輩後輩ではなく、共に戦う仲間なのだ。親しき仲にも礼儀あり、と礼節は通すが、それ故に公の場以外では年上を相手にもタメ口を使う者も少なくない。現にカイトも公の場では敬うが、私的な場ではタメ口の相手は多い。ここまではっきりと、そしてしっかりと礼を言う者は少なかった。
「まぁ、それがお前の味なんだろうなぁ・・・とりあえず、それで良いだろう。後は、向こうのギルドマスターに戦い方の伝授を受けておけば良い」
「はい」
「ああ・・・っと、どうやら、親父の方も形になったらしいな」
シフは遠くで上がった火柱を観察する。そちらではバーンタインが自分の実の子供達を連れて訓練をしており、その成果が表れていたのである。
「第十段階<<暴炎帝>>・・・凄まじいな」
「ああ。あれでまだ、完成じゃない、ってんだから底知れねぇ・・・」
「あれでもまだ、か・・・」
瞬とシフは僅かに背筋を凍らせる。バーンタインは数ヶ月前のバランタインの教えの後、必死で訓練をしていたらしい。それこそ周囲が見たことがないと断言する程に今までの一生涯で最大の訓練を行っていたそうだ。
その結果が子供達の補佐があった上での話になるが、<<炎武>>の最終段階<<暴炎帝>>にたどり着くという結果だった。とは言え、これでもまだ完成ではない。
そもそも一人で出来てはいないし、そこから派生する様々な系統――<<炎巨人>>等――にはたどり着けていない。彼もまた、まだまだ修行の途中だという事だろう。
「親父があれで途中、か・・・っと、地響き響いてるな。数も多そうだ。一応、行くか」
「ああ」
シフの視線を受けて、瞬が頷いた。どうやらバーンタインの力に引き寄せられて、彼らの所へと魔物が近づいている様子だった。そして彼らが駆け始めると、同じように周囲に居た<<暁>>所属の冒険者達が集まっていく。
「「「親父!」」」
『おう、てめぇらか。悪いな、どうにも外でやってたが、引き寄せちまったらしい。一番デケェのはこっちでやる。露払いは任せんぜ』
「「「おう!」」」
バーンタインの言葉に同意する周囲の冒険者達に混じって、瞬も――彼は親父とは言わなかったが――応ずる。そうして、その言葉と同時に上空から三体の巨大な天竜と地中からこれまた巨大なモグラの様な魔物が五体姿を現した。
三体の天竜の内の一体はかなりの年を経ている様子で、鱗はまるで岩の様に硬質でところどころ苔も生えている様子だった。苔むすほどに年を経ているという事は、その分戦いも経験しているという事だった。
「天竜は・・・ランクAが二体か! もう一体は相当古い奴だ! こいつは親父に任せろ!」
「<<大土竜>>は亜種がいやがる! 弱い奴らは気をつけろよ!」
魔物の姿を即座に捉えた幹部達が一気に指示を出す。そして同時に、瞬にも指示が飛んだ。
「瞬! 言われなくても流石にもうわかってんな!」
「ああ!」
瞬は幹部の言葉を受けるまでもなく、地面を蹴っていた。使うのは<<雷炎武・参式>>。それで一気にランクAの天竜の片方より遥かに上にまで舞い上がると、瞬は<<雷炎武>>を停止する。
常に発動するではなく、必要に応じて発動させる。これもまた、瞬がこちらで学んだ事だった。そうして瞬は仲間が一体の天竜に対して攻撃を仕掛けているのを見て、それとは別の天竜に狙いを定める。今度は腕だけに<<雷炎武>>を纏わせる。勿論、参式だ。
「おぉおおおお!」
瞬は大きく吼えると、狙い定めた天竜へ向けて<<雷炎武・参式>>を併用した槍を叩き付ける。威力や速度こそ数ヶ月前と大きく変わってはいないが、その代わりより出力に無駄はなくなっていた。
「良し! 一匹来るぞ!」
「オケオケ!」
「おーし。猿でも出来る狙い撃ちだぞー」
瞬が叩き落とした天竜へ向けて、冒険者達の無数の攻撃が飛んでいく。それは本当に多種多様だったし、おまけに瞬の全力の一撃により為す術もなく落下していくのだ。避けようもなかった。というわけで、瞬が地面に着地する頃には、天竜は見るも無残な姿になっていた。
「はい、オーライオーライ・・・吹っ飛びやがれぇええええ!」
トドメとばかりに巨大なハンマーを持つ巨漢の冒険者がハンマーを振り抜いて、天竜を大きく打ち上げる。それで、完全に天竜は息の根を止めた。
「良し、一匹」
「次だ」
巨漢の冒険者が振り抜く姿を横目に、瞬は次の魔物へと狙いを定める。ここに来て数ヶ月。彼も<<暁>>の冒険者との連携は培ってきた。次にどう動けばよいか、という状況認識能力はかなり養われていた様子だった。そうして、彼は今度は<<雷炎武>>を切って無数の槍を創り上げた。
「行け!」
突き出す動きに合わせて、瞬は槍を投じる。それは冒険者達の間を抜けていった為『大土竜』に大半が直撃する事こそ無かったが、それでも急に飛来した槍に動きを止めさせるだけの効果はあった。
「でかした!」
「行け行け行け!」
瞬の攻撃を受けて足を止めた『大土竜』に対して、一斉に冒険者達が攻撃を仕掛ける。どれだけ強固な鱗を持ち合わせていようとも、これだけの人数を相手に足を止めれば待つのはなぶり殺しという未来だけだ。
というわけで、ほぼ数秒後には物言わぬ肉片に変わり果てる。天竜二体にランクBの魔物五体を全て討伐するのに要した時間は、たったの30秒だった。やはり練度も実力も連携も全てが、冒険部よりも遥かに格上だった。そうして、露払いを終えた彼らは一人ランクSの古い天竜と戦いに臨んだバーンタインを見る。
「親父は!」
『ふんっ!』
一同が見る先で、バーンタインは空中で巨大な古い天竜と殴り合いを行っていた。バーンタインはどうやら、敢えて斧は使っていなかったらしい。彼の斧は瞬達が戦いを繰り広げる前と同じく、地面に突き刺さったままだった。
と、そんなバーンタインに向けて、天竜が尻尾を振るう。が、それは彼の炎と化した身体を突き抜けるだけだった。
『ほぉ・・・こりゃ、良い』
単なる物理攻撃を完全に無効化して見せた事にバーンタインは牙を剥いた様な笑みを浮かべると、そのまま通り過ぎようとする尻尾を引っ掴む。
並の相手の攻撃ならば一方的に無効化し、こちらの攻撃は一方的に叩き込める。これこそが、冒険者達が武神と崇めるバランタインその人が最終段階にして切り札とまで断言した<<炎武>>の真価だった。
『おらよ!』
バーンタインは引っ掴んだ尻尾を手にしたまま、一気に急降下して天竜の巨体を地面へと叩き付ける。そうしてまるで子供がぬいぐるみで遊ぶような感じで尻尾を振り回して、幾度となく天竜を地面へと叩き付ける。
『どっせい!』
バーンタインは幾度か地面に天竜を叩きつけた後、背負投げの要領で天竜を叩き付ける。そうして、彼は魔糸を操って斧を回収する。
『行くぜ』
バーンタインは斧を回収すると、それを肩越しに背負う様にして炎を集めていく。それはかなりの力が集まっているらしく、完全に炎と化していた彼の身体が元の剃髪の大男に戻った。
「<<極炎斬>>!」
バーンタインはカッと目を見開くと同時に大音声を上げて極大の炎を纏う炎の大斧を振り下ろす。それは完全に意識を失っているらしい天竜に直撃して、完全に消滅させた。相手はランクSの天竜だ。それにも関わらず、圧倒的だった。
「終わったな」
バーンタインは完全に敵が沈黙した事をきちんと確認して、戦意を解く。これで問題はなさそうだった。
「おーし、野郎ども。予定無い奴は帰って飲むぞー」
「「「おう!」」」
バーンタインの言葉に一同が応ずる。そうして、瞬も丁度訓練が一段落していた事もあり、それについてウルカへと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第977話『マクダウェルへ』




