第975話 お説教
過去を思い出していたカイトだが、肉体の方は眠っていた。というわけで、彼は珍しい事に己の私室でお昼寝していたのであった。
「あらぁ? 珍しい・・・御主人様がお眠りなんて・・・」
ユハラが目を見開いた。別に寝てる事が珍しいのではない。珍しいのは、己の間合いに完全に心を開いていない奴が入っても寝ている事だ。勿論、その相手だって殺気を抱いていないが故に入れるだけだ。殺気でも抱けばその次の瞬間には目を覚ますだろう。
「しー」
そんなユハラに対して、シャーナが口に手を当てる。なにげにアウラも眠っていたのだが、それはご愛嬌という所だろう。ユハラが珍しいと言ったのは、彼女が入っていたからだ。が、それ故に見過ごせない人物が、ユハラの横に居たのも事実だ。
「シャーナ様。あまりみだりに男性と手を繋いではなりません。お力に差し障ります」
口を開いたのは、シェリアだ。彼女はハンナの死去以降侍従長に近い立ち位置になっており、シャーナに少しだけ厳しく行く事を心に決めていたらしい。
「むぅ・・・」
それに、シャーナが口を尖らせる。女王という責務や大大老という重しが取れた事で、彼女にも年頃の少女らしさというものが見えるようになっていた。
ちなみに、今のカイトは眠っている。なので彼女に伝わっているのはほぼほぼ安堵の感情だけだ。力に差し障るという事はない。と、そんな僅かに不機嫌な感情を感じ取ったからか、カイトが目を覚ました。
「ふぇ・・・?」
どうやらまだ寝ぼけ眼らしい。カイトは目を瞬かせて周囲を見回していた。
「・・・うそ・・・オレ、寝てたわけ?」
「はい」
シャーナが笑いながら頷いた。が、そこでカイトがふと気づいた。かなり睨まれていたのだ。実の所、部屋には更に二人ほど待機していたのである。
「お・わ・か・り・い・た・だ・け・ま・し・た・か?」
「・・・」
珍しい程に強圧的な口調のリーシャと、無言ながらも高圧的な雰囲気を崩さないミースの二人だった。
「・・・はい」
がっくり、とカイトが肩を落とす。シェリアが声を上げてさえ眠りから覚めなかったのだ。カイト自身が疲労困憊だった事は、想像に難くない。それぐらいカイトにも分かる。
というわけで、流石にこの話に関わらせるわけには、とユハラに頼んでシャーナを帰らせてずるいと拗ねるクズハにフォローを入れて寝ぼけ眼のアウラを引き取って――幸いアウラの仕事は終わっていた――もらって、カイト専属医師団とのお話し合いが始まった。
「で?」
「面目次第もございません・・・」
始まったお話し合いだが、まず始まったのは正座でお説教だ。あれだけ駄目です、止めなさい、と言われているのに続けた結果がこのザマだ。怒られて当然である。
「何度も申し上げましたが、カイト様のお身体は現状普通ではありません。本来はそのお身体では無理は出来ないのです」
「だーかーらー、何度もそう言ったわよね? リーシャに迷惑掛けまくってる事をちょっとは理解しなさい」
「ごめんなさい・・・」
いい歳の大人がしゅーん、としょげ返って反省する。何度も注意されていたのだからお説教が当然である。というわけで、しばらくそんなお説教が行われた後、妥協案が二人より提示された。
「あの訓練は一週間に一度。私達が無理と判断したら即刻中止。もしくは延期も視野に入れる」
「それと影響を考えてコアには二重に封印を施させて頂きます」
「はい・・・」
醜態を晒したカイトには、彼女らの言い分を飲むしか残されていない。というわけで、カイトは不承不承ながらもこの言い分を飲む事になった。ちなみに、一週間に一度と言いつつ延期させて更に間延びさせるつもりらしい。
そうしてカイトが真摯に受け入れた事を受けて、二人も矛を収める事にした。というわけで、リーシャが話を変えた。
「そもそも、ですが。カイト様の戦闘能力は現状にてずば抜けています」
「えーっと・・・なんだっけ? <<共鳴神化>>だっけ? 第一段階とやらで十分じゃないの?」
リーシャに続けて、ミースが問いかける。<<共鳴神化>>。これが、カイトが現在進行系で習得しようとしている力だった。そうして、リーシャがカイトから教わった原理と言うか効果を聞く。
「えーっと・・・第一段階で確か通常の数万倍の攻撃力を出せる必殺技・・・でしたっけ?」
「行き過ぎだ。第一段階で百倍だ」
リーシャの言葉にカイトが首を振る。まぁ、ぶっちゃけるとそういうことだ。純粋にカイトの攻撃力が百倍になるらしい。これを過去世のカイト、カイト自身曰くの最盛期のカイトが使っていたのだから、簡単に星なぞ消し飛ばせるわけである。
と言っても習得も並々ならぬ修行が必要だったらしく、あの地獄の時代を終わらせてなお、カイトの想定した最終形態には届かなかったらしい。才能の有無ではなく、それほどまでにヤバイ力らしい。
まぁ、その最終段階も言ってしまえば一つの目安らしい。ここまでで大丈夫だろう、という目安が最終段階なのだそうだ。届かせようとすれば更に上も行ける、とは後の彼の言葉である。
「で、第二段階で万倍・・・だっけ?」
「そそ。第二段階で万倍、第三段階で百万倍な」
ミースの言葉にカイトは同意する。どうやら、段階が一つ上がる度に百倍ずつ攻撃力が上がっていくらしい。で、現在はカイトは過去の性能を取り戻すべくやっているわけなのだが、この第一段階も習得出来ていないらしい。出来ればこの訓練期間中に最低でも第一段階は取り戻したい、との事である。
「それで、やろうと思えば出力調整自由自在って・・・正直、便利すぎるわ」
ミースが呆れ返る。カイトの言う言葉が正しいのなら、この必殺技とやらはその上で出力調整が自由自在らしい。なぜ誰も開発出来なかったのか、と非常に疑問になる便利な技だった。
が、それもそのはずでほぼほぼ無限に等しい時間があったカイトが暇にかまけて、もしくはやることがそれしか無かったのだから習得出来たのであって、こんな便利な技をそう安々と開発出来るわけがなかった。彼の出会った人々も誰ひとりとしてカイトの手ほどきを受けてなお、出来た事はなかった。
「と言うか・・・そんな技ほんとにあるの?」
ミースが訝しむ。そもそも彼女らもまだ見せてもらった事はないのだ。非常に便利かつ、非常に高効率の力だ。存在自体が怪しいと思うのが普通だ。
「ああ、あるぞ」
「ふーん・・・」
「あ、信じてないな」
素っ気ないミースに対して、カイトが不満げに口を尖らせる。が、それは仕方がないといえば仕方がない。というわけで、カイトは論より証拠と立ち上がった。
「じゃあ、見せる。ほれ」
「ごめんごめん。ちょっと言ってみただけよ」
手を差し出したカイトに対して、ミースが笑いながら謝罪する。が、そんなミースの手をカイトが強引に取った。
「ダーメ。ってか、一度はやっとかないと調子わかんないし」
「やれやれ・・・」
カイトの言葉を受けて、ミースは仕方がないので立ち上がる。というわけで、カイトはミースとリーシャを連れて公爵邸の外へと出て来た。
「んっ」
カイトは僅かに気合を入れる。すると、彼の右目が真紅に染まった。過去世の己と繋がったのだ。
『「良し」』
カイトの声に僅かにエコーが掛かる。半端に融合している所為で、一体化が出来ていないらしい。これをなんとかする為に過去の記憶に手を入れているらしいのだが、少々急ぎすぎた結果が、先程の醜態なのであった。
『「おーし・・・とりあえず、十倍ぐらいでやっとくか」』
お試しということで全力ではなく十倍にする事を決めたカイトは、とりあえず少しだけ集中する。すると、一瞬だがカイトの右腕がブレた様な感があった。
「「?」」
それを見ていたリーシャとミースの二人は気の所為か、と思いそうになり、しかし二人共同じ違和感を感じた為気の所為ではないと理解する。
『「さて・・・」』
カイトはそう言うと、ほぼほぼ気合も入れる事なく軽く刀で一薙ぎする。が、それだけで豪風が巻き起り、雲が二つに割れた。再度いうが、軽く一薙ぎである。
「へ?」
『「あー・・・やっぱ大不調・・・昔この段階でミスとか無かったのに・・・」』
唖然となる二人に対して、カイトは顔を顰める。これで、失敗なのだ。正直言って何処が失敗かさっぱりだった。というわけで、ミースが問いかけた。
「え、えーっと・・・どの辺が失敗?」
『「ほら、さっき一薙ぎした時、後ろに幻影付いてたろ? あれが失敗の証」』
カイトはそれを示すように、今度は腕を持ち上げる。すると、彼の腕にはまるで残像のように幻が付着していた。そうして彼は何も無い左手で頭を掻いた。
『「本来は残像も無くなるはず、なんだよ・・・これだと共鳴が完璧じゃあないから、威力落ちるんだよなー。ロスが生じて効率も悪いし・・・」』
「ぐ、具体的に効率が悪いって・・・どの程度ですか?」
『「んー・・・今ので何時もの倍程度の力って所で、出力としちゃ4倍ちょいか」』
リーシャの問いかけを受けて、カイトは少し考えて体感で答えた。流石にこれを調べる術はないので、目算という所だ。
「あっはははは。うん。やっぱヤバイわね、それ」
ミースが乾いた笑いを上げる。これが事実だとするのなら、明らかにこの失敗作の時点でふざけるな、という領域らしい。
さもありなん、だ。通常自己強化の技はここまで高効率にはならない。と言うより、普通は総合的に戦闘力の収支で考えればマイナスになる。普通は、デメリットの方が多いのである。やらない方が良いのだ。
例えば比較的高効率なノーマルの<<雷炎武>>でおよそ通常の倍の消費があり、スペックの上昇率としては平均的に1.5倍程度だ。これ以降、段階が上がる毎に消費量も上がるし出力も上昇するが、決して収支はプラスになる事はない。
参考までに言えば、現段階での最終形態である<<雷炎武・参式>>で通常の5倍の消費量でおよそ3倍の上昇率だ。<<炎武>>でも似たようなものだ。自己強化というのは、通常はそう言うハイリスク・ハイリターンの技なのである。
莫大な魔力を消費する事により、何時も以上の戦闘力を手に入れる。しかしそこにロスがある為に決してプラスにはならないデメリットだらけの欠陥品。そのはずなのである。が、カイトはこの道理に損なって収支がプラスとなる技を開発していたのであった。
『「そりゃねー。ぶっちゃけ、時間あったから出来たんであって、最終形態とか未だ到達出来ず、ですからねー」』
「そりゃそうよ・・・で、もし成功してた場合の効率は?」
『「んー・・・第一段階だと10倍で100倍って所かな」』
「待って・・・つまりその<<共鳴神化>>って・・・10倍の効率があるわけ?」
『「てか一番高効率なのが、10倍の段階ってだけ。他は効率落ちるよ」』
完全に聞き流していたらしいミースへ向けて、カイトが実情を露わにする。彼の言う通りやはり最高効率で何時も行けるわけでは無いらしく、様々な状況を加味した結果で最高効率を出せる段階で段階分けをしていたらしい。最終形態が何処なのかはカイトにしかわからないが、最大で10の入力で100の出力だ。効率としては10倍という非常に巫山戯た力であった。
『「ま・・・とりあえず久々に一発ぶっ放してみるか」』
そんな解説をしたカイトは、唖然となるミースとリーシャの横でカイトは刀を構える。そうして、天高くに向けて斬撃を放った。
「・・・」
「・・・」
軽く斬撃を放っただけで、雲がキレイに消し飛んだ。その光景を見て、リーシャもミースも頬を引き攣らせるしかない。そして、同時に思った。
それは習得しようとするだろう、と。こんなもの、簡単に言えば普通の一撃を必殺技にしてしまうようなものだ。才能の乏しいカイトからしてみれば喉から手が出る程欲しいはずだ。さらに言えば効率を考えてみれば、出力の増大が即ち生命の問題に直結しているカイトにとって何よりも重要な力だろう。
「な? 結構すごいだろ?」
「ええ、そうね」
「はい、すごいです」
唖然とする二人を見て、元に戻ったカイトが笑う。すごいの一言しか出ないが、同時に習得を急ぐ理由も理解出来た。これを手に入れられるか手に入れられないかは、カイトにとってまさに死活問題だったのだ。
そうして、実は内心一週間に一度と言いつつも減らしていく方向へ持っていこうとした二人は翻意せざるを得ず、カイトは数ヶ月に渡って過去世との融合を進める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回からは新章です。
次回予告:第976話『数ヶ月後』




