第973話 閑話 カイトの記憶
昨夜気付いたのですが、一話だけ投稿を忘れておりました。大筋には関係無いので無くても問題はないのですが、22時頃にそれを追加で差し込ませて頂きます。申し訳ありませんでした。
該当の話は『第970話』の前です。該当話は序文で『サリアとの会談~』となっていますが、ここに繋がるお話です。タイトルが似た名前なので投稿を誤った様子です。
遠い過去の話になる。数字で表せば、おそらく数万数億という月日ではないほどの過去だ。もう遠い昔の様に、その日の事が感じられる。だが、今でもあの感触は忘れられない。
『あはっ・・・あははははは!』
泣きながら笑った。目の前には、巨大な『花火』が上がっていた。火種は一つの『星』。何もない星ではない。数多の命が芽吹いていた星だ。壊したのは、オレだ。壊れた心には、こんな地獄の光景が綺麗としか思えなかった。
『あっはははは・・・うぇええええ!』
堪えきれずに吐いた。正直、もう耐えられなかった。一つの文明を滅ぼした時よりも、一つの国を滅ぼした時よりも、遥かに多くの生命を奪ってしまった。
だが、そうするしかなかった。こうしなければ、この世界全体に被害が拡大してしまう。それだけは、避けねばならなかった。今以上に生命が失われるのだ。
数十億を犠牲にして無量大数の生命が助かるのなら、そうするのは自然の摂理だ。世界は合理的だ。そして、人ではない故に容赦も無い。合理的に、多くが助かる方を選択する。故に代行者であるオレは、それをやっただけだ。必要だからやっただけなのに、辛かった。人の身には耐えられない程に、辛かった。
『あはは・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・』
泣きながら謝った。この星には、数多の生命が暮らしていた。罪のない生命だ。何が起きたかさえわからない者達は沢山居ただろう。間違いなく、失われて良い生命ではない。
それを、オレが奪った。無慈悲に、一切の容赦もなく。勿論、警告はした。何年も何年も、各国の首脳達に説得を重ねた。
だが、信じられるはずがない。この星そのものに異常が出ていて現在対処は不可能である、なんて。故郷を捨てて他の星に移住してくれ、なんて唐突に言われて信じられれるはずがない。取り付く島は、一つもなかった。その結果が、これだった。
『・・・どうして、こうなったんだろう・・・』
オレは思う。何故、こうなったのか、と。それは簡単だ。かつてある世界である男が起こした大災害。それは、全ての世界の理を歪めるものだった。それが、全ての発端だった。
だが、オレはそれを否定したくはない。彼の無念は良く理解出来るものだったし、今になっては最早自分ももしかしたら、と思う程の事だ。
確かに、それで起きた悲劇の数々がそれで赦される事ではない。されて良い事ではない。彼は非難され、糾弾されるべきだ。だがそれでもその彼の抱いていた想いだけは否定はしないし、オレがさせはしない。
『・・・私は・・・どうしてももう一度彼女に会いたいんだ・・・!』
戦いの最中。血を吐くように、その男は言った。老齢にも差し掛かった男だった。彼はただひたすら、一つの愛を寄す処にその事件を起こした。
どういうこともない。世界を狂わせたのは、ただひとつの愛だった。そうでなければ、世界を狂わせる事なぞ出来はしなかった。野望なぞ、欲望なぞでは世界は狂わせられない。
それでは想いが足りないのだ。世界さえ理解し得ぬほどに狂おしいほどの感情だけが、世界をも狂わせられる。それは如何な形であれ、愛としか言いようがないだろう。
『・・・わかるよ、その気持ちは。だから、同情は示そう』
『わかった様な口を聞くな!』
彼は血を吐く様にではなく、正真正銘血の塊と共に怒りを露わにした。だが、わかるのだから仕方がない。なにせ、オレも同じだからだ。
『わかるに決まってんだろうが! こちとらお前のお陰で結婚式の最中に無理やり呼び出されて! この後何時彼女の所に帰れるかもわからねぇ! それどころか帰った後の世界がどうなってるのかもわかんねぇって言われて! それでも、ここに来たんだよ! オレはもう会えないって言われたんだよ!』
オレはその男を素直に同情する。今なら、心の底から彼の行動に敬意を表したい。そして赦されるのなら、彼と同じように全てを犠牲にしてでも彼女と会いたかった。
彼女とは、結婚式の最中だった。どれほど恋い焦がれたかわからない程で、どれだけ嬉しかったのかもわからないほどだ。
だが交わされたキスの後。オレは『世界』達によって呼び出された。無作為の抽出ではない。オレでなければ駄目なのだ、と言われた。こちらの意思は一切介在していない。強引な召喚だ。
勿論、オレだってこんな事はしたくなかった。愛する女を残してきた。やりたいはずがない。だがそれでも、全ての条件に合致する者がオレしかいなかった。オレが、やるしかなかった。
『挙句、オレは人間じゃない、と知りたくない事まで教えられて!? その所為でお前と戦わされて!? 地位も名誉もどうでも良い! アイツさえ居れば良い! なのにそれも理不尽に奪われてここに来てるんだよ! もうお前を倒す以外にもうオレにはアイツの所に帰る道は無いんだよ!』
『っ・・・それは・・・すまない事をした・・・だが、だがそれでも・・・それでも!』
己と同じ様に血を吐く様に告げられた言葉で、彼にもわかったらしい。しかし彼とて己の譲れぬものの為、ここまでの事を起こした。その彼がここで止まれるわけがない。オレに同じ想いをさせた事がわかっても、止まれない。
そして、オレとて止まれるわけがなかった。彼を打ち倒さなければ、オレは元の世界に帰れないのだ。そして倒したとて、即座には帰れない。もうどん詰まりなのだ。だが、それでも帰るには倒すしかなかった。
『・・・名は?』
『カイト・マク・・・カイト・シンフォニア。奇妙な名なんだが、歴史ある王家の入婿でね。元々は孤児で、かつての名は育て親の親父から貰ったマクダウェルなんだが・・・いや、実の親の名も世界から教えられたんだがそっちは馴染まねぇんだよな、どうにも。まぁ、さっき聞いたばっかだからなぁ・・』
『そうか・・・では、カイトくん・・・謝れる身分ではないのだが・・・すまなかったね・・・君にだけは、謝ろう・・・そして願わくば・・・私と同じ嘆きを得ない事を・・・君は逢えると・・・しんじ・・・』
戦いは、オレの勝利だった。今世界が正常に運行している事ことが、その証だ。そうしてその男はオレに名を言うこともなく、ただオレの無事を祈って微笑みだけを残して塵になるように消えていった。
彼は、おそらくオレの一生涯、いや、全ての生涯を見回しても最強の敵だった。これ以上の難敵は存在していない。幾度膝を屈しても、彼は何度も何度も立ち上がった。これぐらいどうということはない、と。
そんな彼は戦う前から、己の身を焼き尽くさんとする炎で燃え尽きかけていた。オレの末路も似たようなものだったのだから、当然なのだろう。
ただ、もうひと目だけ愛した女に会いたい。その気持ちだけで、彼はここまで戦い抜いたのだ。オレと同じだった。勝てたのは、ひとえにオレが後だったから、というだけに過ぎなかった。
燃え始めと燃え尽きかけで戦って、どちらが勝つか、なぞわかりきった話だろう。それを倒して残ったのは、ただの虚しさだけだった。
『原因・・・消滅。戦いは終わった。他の世界は?』
『・・・異常は全世界的に波及している・・・』
『・・・最早何処かの世界に留める事は不可能・・・』
『・・・早急な対処を行っているが、現状は対処で精一杯だ・・・』
『わかった・・・じゃあ、全部の世界を巡って、もし万が一異常が起きればそれを排除すれば良いんだな?』
『・・・然り・・・』
『・・・わかった。行こう。全部、オレが片付ける。だから、そっちは世界を元に戻せ』
『・・・頼もう。全てが終われば、約束通り元の世界に戻す・・・』
内心、この時は高を括っていたと思う。全部の世界を巡る事はそんなに難しい事ではない、と思っていた。まさか世界が数万数億と存在しているとは、思いもしなかったのだ。
『頼む! 話を聞いてくれ!』
幾度となく、説得の日々が続いた。時には攻撃された事もある。いや、そちらの方が多い。当たり前だ。何処の馬の骨ともわからない奴が唐突にやってきて、この星は遠からず世界中の異変の原因になります、だから消さなければならないんです、と言われた所で信じるわけがない。
運良く少しでも話を聞いてもらえたとて、なんとかオレが無い頭でかき集めたデータを見ても一瞥されるだけだ。理論が違いすぎるのだ。納得なぞ得られなかった。そんな日々が続いて、タイムリミットが訪れる事が山ほどあった。
『あはは・・・また、駄目だった・・・』
消えた星の残滓を見ながら、乾いた様に笑う。オレは幾度となく挫折を味わった。ここには、罪のない人々が暮らしていた。それを無慈悲に消し飛ばした。時には星の海に足を踏み出した文明と戦う事もあった。
『あぁ! 俺達の故郷が!』
『そん・・・な・・・』
『ちくしょう!』
『絶対に奴を殺せ! なんとしても奴を討ち取れ!』
自らの故郷を、自らの家族を無慈悲に消し飛ばされて、憎悪の声を投げかけられる事は山ほどあった。それを遥かに上回る復讐の刃を、オレは受けてきた。
だが、それを受けてやるわけにはいかなかった。オレしかやれない以上、こんな所では死ねないのだ。力を失うわけにもいかない。憎悪を受けるわけには、いかなかった。
『くそ・・・くそっ! なんで話を誰も聞いてくれないんだよ!』
オレの声は虚しく、宇宙の中に声が掻き消える。宇宙で音が届かない様に、オレの声もまた届かなかった。この文明レベルならば、誰も被害を出さないで良い。そう思ったのに。理論的に話せばわかってくれると思っていたのに。なのに誰も、話を聞いてくれなかった。
勿論、誰もと言うと語弊はある。数千回の説得の果てに、聞いてくれた人は確かに居た。一人や二人ではない。最終的には数万人にも登った。そんな彼らが周囲の説得に力を貸してくれて、救えた事もあった。それは、例えば地球よりも少し進んだ文明の大統領の様な人だった。
『聞いて・・・くれるんですか?』
『ああ。今の君が提示してくれたデータは、私から見てもなんら不備の無いデータだった。学者ではないので即座に理解出来るわけではないのだが・・・精査、させて貰えないだろうか?』
『お願いします! 出来る事はなんでも協力します! 必要な理論があるのなら、それもお教えします!』
『ははは・・・何故君が頭を下げるのかね』
彼は笑って、頭を下げたオレからデータを受け取った。勿論、彼はともかく側近達はあまり信用してくれてはいなかった。が、それでもオレの言うとおりのデータが出て来るのを見れば、信じるしかなかった。
そうして彼らと協力して、二十年程。ついに、その星に住む全ての人々を星の海へ避難させる事が出来た。勿論、全員が納得しての事ではない。強制疎開に近い形になった国や、果ては国が滅んでしまった所もある。経済圏なども大きく破綻した国も多い。だが、それでも。目の前の『花火』には巻き込まれなかった。
『・・・物悲しいものだね、これを見てしまうと・・・』
『悪い・・・オレには異常を正せるだけの力がないから・・・いや、オレだけではないな。世界にも無い』
『いいさ、今それを作ろうと世界が動いていて、そして君が神様ではない事はこの長い付き合いでよくわかった・・・それで、本当にどうだね? 私の孫娘は。贔屓目だが、良い子だぞ?』
『あはは・・・言ったろ? 故郷に妻が待ってるって・・・ああ、もう時間みたいだな・・・身体が薄れ始めた・・・じゃあ、ありがとう。それと、アイツにはごめんって。まぁ、アイツにはきちんと言ったけどな』
『なぁ、最後に教えてくれないか?』
『いいぜ? なんだよ。長い付き合いだ。今更だろ?』
『何時も思うんだ。どうして君はそんなに熱心に我々に協力してくれたんだ?』
『・・・オレ、さ。今まで何千回も失敗してるんだ。だから、嬉しかった・・・初めてなんだ。信じてもらえたの・・・だから、ありがとう。これで人類に絶望しないで済んだ。これからも、救える様に頑張るよ』
多分、今にして思えばこれは呪いにも等しいのだと思う。彼らが光を見せてくれた。そのお陰で、オレは最後まで人類を見限る事はなかった。
けどもこの道のりも過ちだった事は、オレも予想していなかった。こうやって説得に長い月日を費やして、そして救って。その結果、その費やした日々の所為で異常は大きくなっていく一方だった。どこかで、諦めねばならなかったのだ。
勿論、世界達も食い止めてくれていた。けど残念なことに、時を狂わす異常だった所為でその方法を作っている彼らでもどうしようもなかった。ここで時間を費やした分、他の異常が加速してしまったのだ。
所詮、オレは一人。他には誰もいない。本当ならば、救うではなく容赦なく全てを切り捨てねばならなかったのだ。だから、ついには警告さえも出来ない程に追い詰められた。
『・・・ちくしょう・・・警告さえ、してやれないのか・・・』
消すしかなかった。次の異常の検出がもう報告されていて、それどころか次の次も、その次さえも報告が来ていた。同時に幾つもの異常が見つかる事もあった。そうなると、もう説得なんてしていられなかった。問答無用に消すしかなかった。
勿論、故郷を滅ぼされる事に抗う者達も沢山居た。それは正しい事で、当たり前だ。誰も否定出来るわけがない。それがなおさら、オレの心を砕いていった。そしてその抵抗が、オレの心を殺していった。
『待って、カイト!』
『っ!』
彼女が、そこに居た。わかっている。これは幻だ。幻術を使って、彼女の幻術を見せられたのだ。はじめは、解呪する事も容易だった。だったが、この頃になるともう解呪さえしている余力もなくなっていた。時間が、一分一秒が惜しい。だと言うのに、敵は抵抗してくる。だから、オレは決断するしかなかった。
『悪い・・・こうするしか・・・こうするしかないんだ・・・消えろ!』
『何!? 彼女は愛する者なのだろう!』
『そうだ・・・だが、彼女はここには居ない・・・あはははは! そうだ、あいつは居ない! あはははは!』
この瞬間に、正直もう自分が嫌になった。殺せないと思っていた人を、殺してしまった。喩え幻でさえ、簡単に、ためらう事もなく殺せてしまった。もう笑うしかなかった。
だが、こうするしかなかったのだ。こうしなければ、より多くの人が死ぬかもしれないのだ。己一人の嘆きぐらい、今まで奪ってきた命の数を考えれば躊躇う余地なぞ与えられなかった。
そしてこの日から、彼女の記憶がオレを苛む呪いになった。もう人類を救う意味さえ見失った。そんな日々が、幾千幾万と過ぎ去った。その頃には狂気も理性も、それどころか人間性の全て失っていた。
『カイト・・・カイト・・・』
『・・・君は・・・誰だ・・・?』
オレを呼ぶ彼女の声が、誰のものかわからなかった。数千万、数千億の月日の果て。彼女の記憶なんて摩耗しきっていた。何故戦っていたのかも思い出せない。どこかへ帰りたい。そう想っていた事だけは覚えている。それだけが、オレを突き動かしていた。かつて最初に奪った命と、ほとんど変わらなくなっていた。
『・・・なんだ、お前は・・・』
あまりにあっけなく。愛した女の幻を斬って捨てたオレを邪魔する者が怯えて後ずさる。この銀河系で一番強い者だという。が、その程度だった。オレはこの程度の幻術は幾度となく受けたのだ。今更、この程度で止まるはずも止められるはずもなかった。
最早この程度では、摩耗しきったオレには攻撃の意味を成さなかった。そんな彼と一緒に、彼の守っていた星を消し飛ばした。警告はしていなかった。ただ問答無用に対象だけを攻撃した。感慨も何も無い。彼はその範囲に入っていただけだ。
『次だ・・・』
『・・・次は・・・』
数億年を越えてなお、旅は終わらなかった。無慈悲に生命を奪っていってなお、終わらなかったのだ。その頃のオレは、無慈悲な殺戮を振りまく日々とその異常の検知を受けるまでただ決められた様に訓練を行うだけの機械に成り果てていた。どれだけ効率よく異常を殺せるか。それしか、考えていなかった。
最早どれだけの日々とどれだけの星々を吹き飛ばしたかは、オレにも正確にはわからない。ただ、殺した事実だけを覚えている。同じような毎日だった。ただ淡々と、滅ぼすだけ。それだけしかなかった。が、その日々も終わりを迎える。
『お主が、カイトじゃな』
『・・・新たな大精霊か』
『うむ。時の大精霊じゃ。随分とまぁ、迷惑を掛けたと世界は言っておる。とは言え、これで終わりじゃ。調律を始める故、少しの間補佐を頼めるか?』
『良いだろう・・・次は何を滅ぼせば良い?』
『吾の指示に従って、しばらくは動け。何、ここを基準として追加で一千年程になるだけじゃが、問題はあるまい? ああ、それと滅ぼすだけではない。今度は防衛も頼む事になる』
『一日も一千年も意味はない。必要があれば呼べ・・・オレはそこで訓練をしている』
『うむ・・・では、仕事を始めるとするかのう』
この日、今で言う所の時乃達と初めて出会った。数多のチェック機構を通過して今で言う所の8人の大精霊の更に上、『時・空間・精神・物質』の4つを司る高位の大精霊が生まれたのだ。
わかると思うが、彼女らの権能は桁違いだ。どれか一つでも世界を意のままに操れる。神のごとくに振る舞う事は容易だ。『世界』達が今まで生まなかったのも当然だし、これほど時間を要したのも当然だった。この力はあまりに、危険すぎるのである。そうして、更に一千年。オレの地獄は、とりあえず終わった。
『うむ。これで良い。カイトよ。全部、終わったぞ』
『そうか・・・』
『って、ちょっと。どこ行くの?』
『まだ仕事か?』
精神の大精霊の問いかけに対して、オレはそう言うだけだ。何も覚えていなかった。どこかへ帰りたい。その想いはあったけども、何故帰りたいのか、どこへ帰りたいのか完全に失っていた。
『契約。世界との契約によって、元の世界に帰す』
『元の世界・・・? オレに・・・元の世界があったのか・・・? そもそもオレは・・・』
『・・・まぁ、今まで数億年・・・いや、数兆年やもしれんが・・・ようやった。ではな。お主が必要とあらば、吾らを呼べ。それぐらいはしても罰は当たらん。全ての大精霊は、お主と契を交わしておる。それは吾らとて変わらん』
時乃が悼ましげにオレを見ていた。それほどまでに、当時のオレは空っぽだった。愛した女もわからず、愛した故郷もわからない。完全に、別人だと言える程だった。同じなのは、その見た目だけ。それにしたって変貌を遂げている。同じものなぞ、一切なかった。
『・・・最後にこれを告げるのは酷じゃが・・・いや、酷とさえお主には思えんじゃろうが・・・あの世界は数百年の月日が流れ、お主の想い人は遠の昔に故人となっておる・・・すまぬ。吾には何もしてやれぬ』
『想い人・・・』
誰かの姿が、僅かにフラッシュバックした。が、それだけだ。何も思い出せなかった。が、それでもどこかへ行かねばならない事は、わかっている。だから、それに従った。
「ここ、は・・・」
懐かしさはなかった。自分が最後に立っていたと同じ場所に立っていたはずなのに、何の感慨も抱けなかった。
「どこなんだろう・・・」
何も、わからない。草が生い茂り、人っ子一人居ない廃都。戦火に焼かれ、崩れた廃墟。見る影もなくなった、己の故郷。そこに、オレは帰り着いた。
「・・・君は・・・誰なんだろう・・・」
この時、涙が流れた事は記憶している。だが、それが何故流れたのかさえもわからなかった。そうして、そこでオレは数百年を過ごす事になる。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第974話『閑話』




