第967話 魔の技術者達
灯里の来訪から、数日。この日もこの日で各々訓練に精を出していたわけなのだが、そんな中で灯里がティナの所へ訪れていた。
「というわけで、カイトから聞いてきたよー」
「うむ。全く・・・こういう事ならばさっさとやっておけば良かったのう」
ティナが少しだけ呆れながら、己の見込み違いに言及する。とは言え、今まで己が黙っていたのだから当然といえば、当然だろう。
「さて・・・というわけで、案内するが故に付いて来い」
「はーい」
本来の姿に戻ったティナの後ろを、灯里が歩いて行く。そうして向かう先は公爵邸だ。と、その道中で灯里が問いかけた。
「と言うか、なんで今さら公爵邸?」
「うむ。そりゃ、こうなりゃ毒を食らわば皿まで、というじゃろう」
「あ、私毒? 毒扱いされてる?」
「・・・大した差は無い様に思うのう・・・ま、ちょいと大金が入るのでな。ギルドホームでは出来ぬ話なのよ」
「お金? どして?」
ティナの言葉に灯里が首を傾げる。何故かわからなかったらしい。さて、ここで話は数ヶ月前にまで遡る。学園が冒険部として始動してすぐの頃の話だ。
「スマホを作りたい? ふむふむ・・・」
ティナからの提案を受けた灯里がティナの思案を聞いていく。
「なるほど、確かにそりゃ必要だわ。で、とりあえず。魔力・・・いえ、この場合魔素と呼ばれる物質は波であり粒子である、という理屈が実際に使えるわけね?」
「うむ。その認識で間違いない」
「ふむふむ・・・」
ティナの推察を受けて、灯里が何時もの調子でぼんやりと考え始める。と、そうして彼女はすぐに疑問を呈した。
「ふーん・・・ならさ、光電子増倍管とかとおんなじ原理で増幅してやれないの?」
「うむ? どういう事じゃ?」
「ティナちゃん、この間ってか転移前にスーパーな方のもハイパーな方のもカミオカンデ行ったでしょ?」
「うむ。縁で行かせてもらった」
「で、光とおんなじ、って事は物理学的には性質、似てるって事でしょ?」
珍しく、ティナが技術分野に置いて疑問を呈する。ここら科学技術との組み合わせはやはり彼女でも容易ではなく、試行錯誤が多かった。
「じゃあさ、光電子増倍管と同じような物を魔科学? 魔道具かしんないけどさ、それとおんなじ原理で電子信号として増幅してやれんじゃないの?」
「なるほど・・・確かに、可能やもしれん。この場合は光は粒子である、という光子の考えじゃな」
「うん。あ、でもでも、流石に魔力って言っても質量保存の法則には従うと思うから、増幅して超高火力とかは無理なんじゃないかな。どっかから引き入れさせないと無理だろうし」
「それは・・・うむ、確かにそうじゃろうな」
灯里の言葉にティナも同意する。質量保存の法則は如何に魔力だろうとなんだろうと逆らえない根本的な事象だ。なんでも出来る様に見える魔術だろうと、魔力という燃料が無ければ何も出来ない。そして注ぎ込んだ魔力以上の結果は起こせない。物理学的ではないかもしれないが、質量保存の法則には従っていると見做せた。とは言え、やはり万能には近い。なので、それを灯里が指摘した。
「でも、魔力ってのはかなり大雑把ってか万能なんでしょ?」
「万能、とは言い切れんがのう」
「まぁ、そうだけどさ。それ言い始めちゃあ、おしまいよ・・・って、そうじゃなくて。念話・・・だっけ? テレパシーみたいなの、あるんでしょ?」
「うむ、ある」
灯里の問いかけにティナは明言する。ここらは一般的に知られている事であるが、まだこの頃には冒険者として活動していなかった灯里は詳しくない事だ。なので、一応念のために問いかけたわけであった。
「ということは、よ。魔力に意思乗っけちゃって、それ、増幅してやる事って出来ないの?」
「なるほど・・・信号として変換する機能を考えるわけじゃな・・・」
ティナが得心が行った様に頷いた。そうして、この会話から更に数週間の月日を掛けて開発されたのが、魔道具式のスマホだった。
そして更にこれを応用して作られたのが、ヘッドセット型の通信用の魔道具である。まぁ、とどのつまり。この二つには彼女の技術的な要素もかなり入っていたわけであった。というわけで、この会話から数ヶ月後こと現在に話は戻る。
「ということがあった事は覚えておるな?」
「うん」
ティナからの解説に灯里は頷いた。当然、彼女も覚えていた。とは言え、そんな覚えているかどうか、なぞどうでも良い。問題はここから先だ。
「というわけで、お主にも結構纏まった金が入るぞ」
「ふむふむ・・・え? どういうこと?」
ふむふむ、と軽くスルーしそうになった灯里だが、流石に大金が転がり込むと聞いて思わずびっくりしたらしい。きょとん、とした顔で聞き返していた。
とは言え、これは仕方がない。実はここらは公爵家が特許を持っていたからだ。というわけで、ティナは今度はこの理論で開発された物についての特許を語る事にした。
「というわけで、ここらの増幅回路の特許の中にお主の名も入っておる」
「ふむふむ・・・で、今? 中抜きとかされてない?」
「まさか」
どこかニマニマとした笑みを見せる灯里に対して、ティナが笑う。今まではカイト達の正体を黙らなければいけなかった関係で一切話していなかった。そしてそれ故、公爵家が彼女の意見を受けて得た特許についての彼女の取り分は彼女にも公表出来なかったのだ。
が、もはやカイトもティナも正体を露呈させたので、ここらの受け取りの手続きをやってしまおう、というわけなのであった。そして勿論、カイトが居る以上灯里の金に手を付けさせるわけもなかった。今もカイトが作らせた口座の中で今もきちんと管理されているわけであった。
「とは言え、書類の手続きとかは必要じゃ。なのでついでに、というわけじゃな」
「また税務上のお話かー・・・めんどくさーい」
灯里がうざったげに顔を歪める。実は彼女は地球に居た頃は天道財閥のちょっと秘密な研究――重力関連技術に関する研究――に協力しており、口止め料やその他雑費等でかなり高額なお給料を貰っていた。
しかもその特性上、家族にも秘密だったらしい。というわけで、税務上の面倒な手続きを何度も自分でやらされていたのであった。と、その話は日本の裏にも関わったティナも知っているので呆れていた。
「お主な・・・額が違うぞ」
「どのぐらい?」
「日本円換算で桁が変わるのう」
「ふむふむ・・・それ、億超えしてるね」
「うむ、億超えしておる。一応、税金で引かれる分はきっちり分けとるぞ」
「天使だ・・・私の天使が居る・・・ねぇねぇ。日本の口座とかも管理してくんない?」
「それは帰ってからにせい・・・」
灯里の言葉にティナがため息を吐いた。と、そんな事をしていると、各種の用意が整ったらしい。ユハラが台車を押してやってきた。
「おろ。今日は女性の方と一緒ですかー」
「うむ・・・って、誰かは知っておろう?」
「はいはい。ご主人様のご友人? ですね・・・あ、こちら紅茶です。おかわりは自由ですよ?」
ユハラはティナと灯里の前にティーカップを置いて頭を下げる。そうして、更に別の所から一通の封書を取り出した。
「では、ティナ様。こちらをどうぞ」
「うむ・・・ほれ、これがお主の受け取る分の金額が入った通帳と、特許に関連する内訳じゃ」
「どもー・・・と言うか、カイトほんとにご主人様って呼ばれてるんだねー」
「まぁ、私達ご主人様に拾われましたから」
「ふーん・・・えっと、これが日本円にするとこれだから・・・って、え゛」
通帳の中を見た灯里が目を見開く。先程まで彼女は比喩として億超えと言ったのだが、本当に億単位が記載されていたのであった。
「ヘッドセット型の魔道具がバカ売れでのう・・・販売から今で大凡10ヶ月という所じゃが、各国から注文が殺到しておってな。この調子なら数年内に普及するじゃろう」
「え、それはわかんだけど、なんでこんな実用化とか早いの?」
「ああ、そりゃ・・・ウチでモニターやって試験やって開発やって、と一括でやれるからのう。設計図さえあれば数週間後には実用に足る物を作れる。更にはヴィクトル商会も一枚噛んでおる。というわけで、この早さで流通出来たわけじゃ」
「そりゃ、法治国家でも貴族主義だってのはわかってたけど・・・こんな早いんだねー・・・」
「変な議会を通す必要が無いからのう。当主の才覚一つでここまで高速化が出来おるわ」
灯里は地球での書類審査等の手続きの面倒さを知っているが故に、ここまでさっさと実用化に漕ぎ着けられた事にびっくりしているらしい。まぁ、これは更に言っておけば予算が潤沢なマクダウェル家だから、という幸運な話がある。が、こちらは良いだろう。その分、公爵家側も取り分を得ている。
「で、その管理は」
「あ、これの管理そっちにお願いしといていい?」
「む?」
己の言葉を遮った灯里の言葉に、ティナが目を瞬かせる。何かを言うよりも前に完全に決めていた。
「いやぁ、これは管理出来ないっしょー。流石にお金の桁が違うわ」
「ふむ・・・まぁ、そりゃ構わんが・・・良いのか?」
「え? 自分ちで管理するだけでしょ?」
ティナの問いかけに対して、灯里はあっさりとここを自分の家認定する。ここらは、彼女の図々しさとも持ち味とも取れる所だ。
「基本的に、ここの家の人は信用する事にしたし」
「む?」
「あら・・・」
「だって、カイトが家族って認めてるんでしょ? じゃあ、私もここの家の人を家族として扱うだけよ?」
少しびっくりした様子のティナとユハラに対して、灯里がニコニコと笑って明言する。実のところ、彼女は基本的に人を信用していない。合理的というか根が冷めていると言うか、彼女はあれだけ人懐っこい性格でありながら一歩引いた所から全体を俯瞰して見ている。
人前で人懐っこい様に見えるのは、ほぼほぼ演技だ。ただし、素も人懐っこい。どこまでが演技で、どこまでが素なのか。その境目は誰にもわからなかった。
「それにー・・・貴方達、今までカイトから託された物をずっと守ってきてくれたんでしょ? なら、カイトが信じるのも当然だし、それは何よりも家族の証でしょ。だって、カイトが好きじゃないとやってらんないじゃん、数百年・・・ううん、それどころか何時帰るかわかんない様な話なんだからさ。貴方達はカイトが好きで、カイトも貴方達を信じてる。じゃあ、私が信じない道理なんて無い」
「はぁ・・・」
真面目に語った灯里に対して、ティナがため息を吐いた。だから、彼女は灯里が苦手なのだ。彼女は家族として受け入れない者については、ある種冷酷なまでに素を見せない。素に似せた仮面を被って対応する。
が、一転家族として受け入れれば、彼女はその家族の為に全部を犠牲にして絶対に守り抜こうと決めて応対する。それこそ家族に危機が迫ればカイトにやった様に、徹底的に、病的なまでに対処する。それを理解するのに、ティナでさえ数年の月日を要した程だった。
「あら、そんな話じゃないですよ? 単に、ご主人様が任せる、とお頼みになられたので私達は留守をお守りしただけです」
「あっははは。それで良いんじゃない?」
「はぁ・・・」
お気楽極楽な二人に、ティナはため息を吐くだけだ。そのくせ、お互いに肝だけは心得ているのだ。恐ろしい事この上なかった。
「まぁ、良いわ。ユハラ、経理部門に言うて総額としては目減りさせん程度に運用させよ。灯里もそれで良いな?」
「あ、うん、お願いします」
「かしこまりました。ウチの経理部門は有能なのでご安心ください。ご主人様が自ら頭を下げに行かれた各種族の選りすぐりがお預かり致します。あ、これは金庫の中に入れておきますねー。ご入用の際は当家の従者を通してお申し付けください。必要な額を引き落とさせて頂きます」
ユハラは再度封筒の中に通帳をしまい込むと、それを台車の中に入れておく。
「金庫?」
「あっははは。大精霊様達がベタベタとおさわりになられた挙句、サインまで残していかれた由緒正しい金庫です・・・どんな大盗賊も触らないある種のいわくつきですよ?」
「あははは」
ユハラの言葉にそりゃ無理だ、と灯里が笑う。大精霊達のサイン入りだ。そんなものを迂闊に扱って天罰、というのは幾ら盗賊達と言えども畏れ多い。そもそも公爵家の金庫に触れられる盗賊が何人居るのか、というレベルでもある。安心は安心だろう。ちなみに、さらに言えば素材はオーアが精錬した物を使い、錠前はティナが作った金庫なので並大抵の事では破壊も不可能らしい。
「ま、そこらは余も関わった以上、安心せいと言うておこう・・・さて、ではこの話も終わった事じゃし、本来の話をするとするかのう」
「本来の話?」
「うむ・・・ということで、場所を変えるとするかのう」
ティナはそう言うと、杖で地面を叩いて転移術を発動させる。そうして、話し合いは地下の研究所へと場を移して続けられる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第968話『開発開始』




