第966話 お小言
嵐のごとく灯里が去っていった後。残された面子は総じてぽかん、となるだけだった。が、そんな空気を変えたのは、弥生達神楽坂三姉妹が入ってきたから、だった。
「やっほー。カイト・・・あれ?」
弥生が挨拶しに来たのだが、そこでまるで嵐が去っていったかの如くの様相に首を傾げる。ぎゃあぎゃあ騒ぐだけ騒いで去っていったのだから、当たり前なのかもしれない。
「み、皆して・・・どうしたの?」
弥生が頬を引き攣らせながら問いかける。何時もと違う雰囲気が蔓延していれば、こうも思うだろう。
「あ、うん・・・さっき灯里さんが来てた」
「ああ、なるほど。そう言えば桜ちゃん達会った事聞いた事ないものね」
魅衣の言葉に弥生が笑う。弥生もカイトの縁で灯里と知り合って彼女を慕っており、彼女が去った後だとすればこの状況にも納得が出来たのであった。
「え、えぇと・・・三柴先生とお知り合い・・・だったんですか?」
「ええ。まぁ、授業中とかじゃわかんないでしょ? あの人はあれが素よ。一応仕事だし猫かぶるけど笑わないでねー、とか言ってるけど・・・あの人の猫かぶりはユリィちゃんとタメ張れるわねー」
桜の問いかけに弥生は笑いながら更に補足する。というわけで、仕事中はクール・ビューティーなどと言われる灯里であるが、職員室などでは気さくな先生として一部生徒からは認識されている。
されているが、流石にそんな生徒達も彼女が酒豪かつ下ネタ大好きな中身エロオヤジとは知る由もない。あれは家族に見せる顔で、今回はカイトが居た事とアウラとの話が弾んだ結果だろう。
「カイトなんかは大昔に未確認生命体Aとか言ってたけどね」
弥生がウィンクする。どちらも居ないから言える事だった。そうして、彼女は灯里のざっとした来歴を教えてくれた。
「高校でアメリカへ単身留学して一年飛び級。大学は天桜と提携してる所へ入って更に一年飛び級・・・これをやった理由は飛び級試験がどんな内容か知りたかったから。で、日本に戻って天桜学園の大学部に編入。更に大学院までノンストップで首席卒業・・・面白半分に取った教職員免許でウチに入学・・・あの人の行動はほんとにわからないわよねー」
「う、うわぁ・・・」
実はここらは魅衣も知らなかった事なので、改めて知らされた灯里の来歴に頬を引き攣らせる。まさかそこまですごいとは思いもよらなかったのだ。が、ここまですごくでも話題にならなかった理由が、更に身近に潜んでいた。
「ま、それでも有名にならないのは桜ちゃんの弟くんが居たから、らしいのだけどね」
「あー・・・」
桜はどうやら得心が行ったらしい。一人しきりに頷いていた。桜の弟は天才にして神童と呼ばれている。灯里もすごいが学力的な意味ではこちらは更にすごく、数年前にカイトが交渉――しかも軍事面で――しなければアメリカ政府が出国を認めなかった程の知能だった。
勿論、こちらも飛び級しまくり――灯里とは違ってアメリカ政府の思惑も大きかったらしい――で中学三年生にしてすでに大学院まで卒業済みだそうだ。こちらの影に隠れておそらく百年に一人の天才だろう灯里はあまり着目されなかったのである。
「あれのう・・・あそこらは天桜学園というか天道財閥の思惑も絡んどるぞ」
「あら・・・ティナちゃん、居たの?」
「灯里殿が来るので隠れておった」
「相変わらず苦手ねぇ」
ティナの言葉に弥生が笑う。今は夕方で、業務終了時間間際だ。一応外に依頼に出ている面子を除いて街に居る面子はよほどの事情が無い限り時間には一度集合する事になっており、ティナもきちんと集合していたのである。集合する理由は業務報告があるからだ。
で、こっちも終わるから少し話したい事があって灯里が乗り込んできた、というわけであった。偶然全員が修行に熱を上げているが故に、こんな大人数の時にカイトと一緒になったのだろう。
「苦手というわけではないがのう・・・余の知り合いにはおらぬタイプの性格じゃった。付き合い方がわからぬ」
ティナが口を尖らせる。嫌いというわけではないらしいのだが、あそこまで立場も何も気にせずズケズケと乗り込んでくる良く言えば人懐っこい、悪く言えば図々しいタイプの人間は初めてだそうだ。と、そんなティナに対して、魅衣が問いかけた。
「で、天道財閥の思惑って?」
「ああ、うむ。ほれ、彼女は飛び級しておるじゃろう?」
「うん、さっき初めて聞いた」
「それで天道財閥から一つ取り引きが持ちかけられておったようじゃな」
「どういうこと?」
魅衣が首をかしげる。ちなみに、今になるまで魅衣達古馴染みが飛び級していた事を知らないのは灯里が意図的に年齡を隠していたからだ。勿論、昔から付き合いのあったカイトも隠していた。弥生がそれを知ったのは、ちょっとした事件――と言っても揉め事などではない――があったからだ。その際に告白されたそうである。
「うむ・・・ほれ、桜の弟の煌士。アヤツの研究は知っておるか?」
「まぁ、一応は・・・でもそれがどしたの?」
「それの手伝いをするなら、天桜学園で雇っても良いという話があったそうじゃな」
「コネって事?」
「いや、どちらかと言うと、数年後に桜の弟が天桜学園に入学する事を見越しての対処じゃ」
魅衣に対してティナは推測を告げる。ここらはあくまでも裏の筋から入ってくる情報を頼りにした推測だ。
「高校に入れば必然、煌士とやらは天桜に入る事になる。中学はわがままを言わせてもろうたそうじゃが、高校は家の意向を聞くつもりじゃったそうじゃ。そうじゃな、桜」
「はい、煌士はそういう約束をしていたはずです」
ティナの問いかけを受けて、桜は隠すこともなく正直に話した。別に隠す必要も無い事だからだ。が、疑問はあった。
「あの・・・ですがどうやってそれを?」
「ウチもエシュロンに似た物持っとるから。メールに書かれておったぞ」
「「「うわぁお」」」
ティナの暴露に一同が再度頬を引き攣らせる。持っていそうだな、とは思っていた一同だが、まさか本当に持っているとは思わなかったらしい。ちなみに、正確には特定の言語だけを任意に抽出出来る改良版だそうである。
「ま、それは良いわ」
いえ、良くないです、という桜の内心のツッコミを無視して、ティナは続ける。
「あれはあれで天才の頭よ・・・あ」
「? どうしたの?」
「い、いや・・・少々拙い事を思い出してのう・・・ちょい待ち。カイトと相談じゃ」
「?」
急に焦り始めたティナに対して、全員が一斉に首を傾げる。まぁ、これはティナもたった今気付いた事であったのだが、それ故に少々急を要する話だったらしい。カイトからも結構焦った様子の返答があったらしい。そうして少しして、ティナが再びこちらに戻って――と言っても念話していただけだが――きた。
「うむ、すまぬ。日本の研究で厄介な事になっとらんかと少々手を施しただけじゃ・・・ふぅ、やばかった・・・」
ティナが僅かに冷や汗を掻きながら一同に謝罪する。どうやら、それなりにヤバイ案件だったらしい。とは言え、それは対処出来たので、再び話題を元に戻した。
「え、えっと・・・それで結局どういうこと?」
「うむ。まぁ、簡単に言えば当時の状況と言うか桜の弟の研究で優秀な研究員が欲しかった天桜学園が粉をかけておく事にした、というわけじゃ。研究内容は秘匿性の高い物じゃし、身内に関しても天道財閥の専務と逐一調査の必要もない。そしてあれはあれで聡い娘よ。飛び級制度にまだ理解の無い日本じゃ。それも教員ともなると、なおさら理解はされん。年齡を公的に誤魔化して働ける場所をわざわざ提供してくれるのなら、とその話を受けたわけじゃな」
魅衣の促しを受けたティナは灯里の思惑を語る。何も考えていない様子で、しっかりと考えていたのである。が、全くそんな風には見えないし、実際考えていない時も多い。
それ故ティナは少し苦手にしているらしい。彼女としては年上として老婆心を働かせるべきか、それともこれはきちんと考えられての事なのか判断しかねるそうだ。対応に困るらしい。
「・・・あの・・・それなら一つ思ったのですが・・・結局、三柴先生は何歳なんですの?」
「む? えぇっと・・・カイトは7~8歳年上つーとったから・・・今でおそらく23~24歳じゃな」
「・・・あれー? 意外と普通ー?」
「いえ、三柴先生はすでに在勤3年目ですので・・・十分ものすごい事かと・・・」
由利が首を傾げたのに対して、桜が訂正を入れる。ちなみに、学内では27歳と言っていた。海外での就学歴で飛び級などを触れられると面倒なので、海外留学で大学を休学していた事にしたらしい。
「まぁ、でもそんな事感じさせないぐらいに気さくな方よ?」
改めて事実だけを羅列すれば気後れしそうな相手だった為少し引き気味な一同に対して、弥生が改めて明言する。
「きちんと筋も通されるから悪いと思ったらしっかり謝るし、きちんと人として尊敬出来る人よ?」
「? 何かあったわけ?」
弥生に対して魅衣が問いかける。彼女は何かを思い出したかの様に笑っていたのである。
「ちょっとね」
そんな魅衣に対して、弥生がウィンクしてはぐらかす。実はカイトと付き合い始めた頃、一度だけ誰にも知られる事なく――カイトもティナも知らない――灯里と彼女は会って話をした事があるらしい。
その際に、土下座と共にある事を謝罪されたそうだ。その折に、彼女は灯里が飛び級したりした事を聞いたそうである。
「言わなくても良いのに謝罪する人なんて滅多に居ないわよねぇ・・・」
弥生は笑いながら、上の階で相変わらずカイトを振り回しているだろう実は密かに憧れている女性を思い出す。詳しい事は彼女は灯里が話さない限り、永遠に墓まで持っていくつもりだった。
「ふふ・・・あの人も普通の人間よ? あまり気後れしなくていいわよ」
弥生は笑いながら、そう断言する。それに一同は何を当たり前な、としか思えなかった。が、勘違いされやすいのが灯里だ。彼女だって辛い事はあるし、カイトの面倒を見るのだってカイトに密かに感謝しているからだ。そうして、少しの間弥生は灯里についてのお話を行う事にするのだった。
さて、その一方の灯里とカイト、アウラはというと、なのだがアウラは居なくなっていた。
「・・・アウラ? 何が言いたいかわかりますね?」
額に青筋を浮かべたクズハがそう言うや否や、強引に引き取っていったのであった。どうやら書類仕事の真っ最中だったらしい。トイレと偽って出て来たのに帰ってこないから探してみれば、というわけである。というわけで、その騒動の後、カイトは改めて本題に入る事にした。
「で? 結局何の用なんだよ」
「ああ、そうそう・・・ちょっとお姉さんのお説教」
「説教? なんかやったか?」
「やってないから、よ」
少しだけ真剣な風を出しつつ、灯里はカイトに対して告げる。ここら、天才の片鱗が見え隠れしていた。
「ちょっと皆に根詰めさせすぎよ、あんた。特に学園に残ってる連中」
「そう・・・か? 一応不満なんかはそこまで出てないと思うけど・・・」
「そうよ、それよ。不満は出てないの。為政者として完璧ってぐらいに。いや、畑違いだから何も言えないんだけど」
灯里はカイトの言葉に同意して、しかしだからこそ、と告げた。
「疲労の方よ。結構皆疲れてんのよ。しかもあんたのこの間の演説でしょ? あれ、学園側にも伝わってんのよ」
「ああ・・・それは知ってる。密偵放ってるからな」
「だからよ。一度休ませた方が良いんじゃない? いえ、休ませなさい」
灯里の言葉で、カイトは彼女が何を考えていたかを悟る。それについては、カイトも把握していたのだ。把握していて、どちらかを優先させねばならない関係でカイトは冒険部を優先した、というだけなのである。
「なるほどね・・・いや、忠告痛み入る。が、そこは今は駄目だ」
「考えてはいるの?」
「おいおい・・・オレは勇者カイト。為政者としても活動実績あるんだぜ? ウチは貴族としちゃ珍しく有給も慰安旅行も完備してるよ。その他代休も託児所も完備しとります」
少し疑っている様子の灯里に対して、カイトが笑う。
「それは知ってる・・・一回応募しよっかな、って思ったし」
「おい・・・で、一応、計画は立ててるよ。温泉旅行な。もう手配はしてるけど、人数の関係とこっちは今全員が立ち止まって次への一歩を踏み出した所だ。この流れを変えるわけにはいかないんだよ」
「そか。なら良し」
真剣そうに告げた灯里であったが、カイトがしっかり考えている様子なのでそれで良しとしておく。少々学園に残った面子の疲労度が目に余る状況に思えたので、一応そこの所を聞いておこうと思っただけだ。と、その一方でカイトはカイトで聞いておきたい事があった。
「で、灯里さんえらくあっさりオレを受け入れてるけど、なんでさ?」
「へ? ああ、それ? だって私一度あんたこの世から消そうとしたもの」
「・・・はい?」
まさかのカミングアウトにカイトが心底仰天する。
「ほら、一度私あんたと距離取ったでしょ?」
「ああ・・・中2の夏から数ヶ月だったっけ?・・・彼氏出来た、つってなかったっけ? 流石にオレも調べてねーけど」
「あの時。実は私、思いっきりあんたが殺されてて誰か背乗りしてるんじゃないか、って疑ってたのよ。アメリカもスラム街とかじゃ時々整形までして、聞くからね」
灯里が正直にカイトへと理由を話す。が、これでカイトは責められるわけがなかった。この年の春に、カイトはエネフィアに飛ばされたのだ。別人と疑われても仕方がない。それが成長しただけとは言え、真実別人に近い状態だった。
「数日前の一学期の中間でわからないから教えてって泣きついてなんとか三教科赤点回避した奴が唐突に学年有数の成績取って? 地元有数の不良達一遍に締め上げて? で、あまつさえそこに自分の伝手で外国人のティナちゃんでしょ? 別人疑うな、ってのが無理でしょ」
「はぁ・・・すまん。世話掛けた。そして色々と黙っててごめん」
「良いって良いって。こっちこそ疑ってごめん」
カイトが頭を下げたのに合わせて、灯里も深々と頭を下げる。相手が年下だろうとこちらが間違っているのなら、素直に頭を下げる。この素直さが、彼女の最大の持ち味だった。
「ま、こういっちゃあ何だけど、研究の協力の謝礼金とかで結構纏まったお金は入ってたからね。興信所使ったりして、ちょっと調査させてたのよ。ほら、少ししてからちょっとご飯食べに行ったでしょ? あれ、詫びのつもりだったのよー」
「ならせめて理由言ってくれ・・・」
カイトがため息を吐いた。その時、彼女は彼氏に振られたから付き合え、と言って何時もの如くカイトを――物理的に――振り回して焼肉屋へと連れ出したのだ。
が、これが実は詫びのつもりだったのだろう。勿論その時にはカイトは正体を明かしていない為、灯里は怖がらせない為にそこら海外で起きる事を黙っていたそうだ。墓まで持っていくつもりだったらしい。
「ま、実際白って出た時はホッとしたけどね。お陰で興信所にはかなり訝しまれたなー。今後、彼氏の浮気調査にゃ使えないわ、あそこ。まぁ、不良達に金払わなくて良くなったから良しだったのかもね」
灯里は笑う。もしカイトがカイトで無ければ、裏でネットなどを使って暗殺者に金を積んでカイトを密かに葬らせるつもりだったらしい。当時そこそこ揉め事を起こしていた中学生の行方不明だ。警察もあまりまともには取り合わないだろう、と推測しての事だった。
とは言え、彼女からしてみれば自分のもう一つの家族の危機で、最悪は弟分の仇かもしれないのだ。そんな事には構ってはいられなかった。
「だってさー・・・ほっといたら浬ちゃんが襲われたりするかもしれいんだよ? そんなの黙ってらんないじゃん」
灯里が笑う。兄弟姉妹は妹だけという家の構成と家の事情からよく来るカイトを主にかわいがっていた彼女だが、勿論浬も海瑠も等しくかわいがっていた。多少付き合いからカイトを贔屓していたが、そこに一点の曇も無い。家族愛に似た感情は持ち合わせていた。
もしカイトを名乗る別人だった場合、浬や海瑠が襲われるかもしれないのだ。が、そんなの誰にも明かせない。なので彼女は全てを密かに一人でやる事にしたのであった。おそらく、天才としての才覚を全て使ったのはここが初めてで、そして彼女の生涯で唯一の事だろう。勿論、彼女の家族も天音一家も今知ったカイト以外はこの事を誰も知らない。
「だからあんたにゃ勝てないんだよ」
「へっへっへっ」
カイトが大の字になったのを受けて、灯里も大の字に寝そべる。傍から見れば誰が見ても姉弟だった。勿論、当人達はそんな事を考えてもいない。が、こういう家族ぐるみの付き合いのある相手が居ても良いだろう。そうして、実は合法的に成人していたカイトはそれ以降もちょくちょく、灯里の酒に付き合う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第967話『魔の技術者達』
2017年10月15日 追記
・誤字修正
『生涯』が『障害』になっていた所を修正しました。




