第963話 受け入れた少女と、受け入れられない少女
予告からタイトルを変えました。
さて、武蔵の弟子として再出発した剣道部一同であるが、絶賛一名ほど大スランプに陥っている者が居た。言うまでもなく、暦である。
「む、むぅ・・・見る影もない程に悩みまくっとるのう・・・」
武蔵が頬を引き攣らせる。と言うかこれは彼が悪いので、流石に叱責する事は不可能に近い。した瞬間、確実に妻からゲンコツが飛ぶ。どの口が言うのか、と。というわけで、彼は己の領分として許されるのでカイトを即座にお呼び出しする事にした。
「はい、なんでしょう、かぁ!」
「おい、カイト・・・なんとかせい」
武蔵はカイトが姿を見せると同時に即座に肩を組んで、カイトへと小声で告げる。練習にならないのだ。と、そんな騒動で暦がカイトに気付いたらしい。
「ひゃあ! せ、先輩! あ、えっと! おはようごじゃいましゅ! じゃなかった! 練習終わったんでこれにて!」
ぼんっ、と擬音が似合いそうなぐらいに一気に顔を真っ赤に染めてその場から逃げ出す。原因は勿論カイトである。まぁ、誰もが予想していた話なのであるが、暦はあの一件――海底探索とその時のキス――以降カイトを師匠としてではなく男性としてしか見れなくなってしまったらしい。
そもそも初心な彼女が死にそうになって気を失って気付いてみれば男とキスしていた上、その相手は憧れの先輩だったのだ。しかもその後、わがままを言って恋人っぽくキスまでしてもらってしまった。
これで意識するな、という方が到底無理な話だろう。現在は桜達に対する罪悪感やら嬉しさやらごちゃまぜになってカイトが近くに居る場合は鍛錬が身に入らないのであった。
「・・・というわけじゃ」
「いや、あんたが悪いんでしょーが」
暦の現状を見せた後に告げた武蔵に対して、カイトが小声で睨みつける。まぁ、勿論ここまで盛大に悪化した理由はひとえに、武蔵が要らない事をしたからに過ぎない。一応、彼としては気を遣ったつもりなのだろうが、それがなんというか豪快と言えばよいのか、彼なりのやり方だったのだ。
「つーか、あのタイミングで女の子を男と同室にしようとしないでしょ、普通」
「構わんじゃろ、別に。あそこまで女の顔させときながら・・・」
「そういうこっちゃないですよ」
「はんっ・・・どうにせよあのタイミングでなければ何処じゃ。ほれみぃ、今もあのザマではないか」
「うっ・・・」
開き直ったとも言える武蔵の態度に、カイトは僅かに道理を見る。実際、あそこでカイトと男女の仲になっていれば暦は今頃普通に過ごしていただろう。半ば生殺しの状態だからこその、この状態なのだ。
「せっかく精を付けられる様にと思うて山芋にニンニクに納豆に生姜に、とあまり気付きにくい料理こさえてやったというのに・・・はぁ・・・変な所で気後れしおって・・・儂なんぞあの夜に3度も交わったわ」
武蔵が嘆かわしい、とばかりに嘆きを見せる。何故かはわからないが、カイトが責められる流れらしい。が、それに対してカイトは小声で怒鳴った。
「わざわざ夫婦の夜の生活なんぞ弟子に言わなくていーっすよ!? つーか、酒にハブ酒入ってた時点でこっちにゃモロバレですからね!? あの時点で思いっきりミトラさんがそわそわしてましたよ!? わかんないとお思いで!? 何年付き合ってると思ってるんっすか! つーか、アニラとヤマトの顔、ものすっごい恥ずかしそうでしたよ!?」
「む・・・マジか?」
「大マジです!」
あれ? となったらしい武蔵が首をかしげる。それに対してカイトは小声で断言した。ちなみに、幸いなことに暦はこれには気付かなかったらしい。
「そ、そりゃすまんかった。そっちは儂も気付かんかった・・・あれにも悪いことをしたのう・・・」
「アニラは夫婦仲良くて良い事、って言ってましたから確実に気付いてますよ。むっちゃ気まずそうでしたけど・・・」
「・・・すまぬ。流石にあそこまで露骨なのは今後は少々自重する・・・のう、カイト。ふと思うたんじゃが、ヤマトも飲んどったな? ヤマトはその後隣の風月ちゃんのとこに行ったか?」
「・・・くっそ・・・そこ忘れてた・・・」
カイトが臍を噛む。武蔵もカイトも飲んだわけだが、そうなると流石に長子であるヤマトも勧められる。そしてカイトと武蔵からの酒だ。ヤマトとしてもこれがハブ酒であるとわかりながらも飲んだ。結構飲んでいたので、火照ってはいただろう。
が、その後彼女と一晩過ごしたかどうかは、確認していなかった。茶化しながらもくっつけようと頑張っているカイトと武蔵にとっては痛恨のミスだった。情事はどうでも良いが、情事を行ったかどうかは気になる。既成事実化を狙っていたのであった。
「い、いや・・・気を取り直そう。そういうこっちゃないんです。とりあえずそりゃ良いんです・・・先生、飲ませてたでしょ」
「・・・そこまで気付いておってなぜ手を出さん。せっかく同室にしてやったというに」
「本気、一発ぶん殴っていいですか? カマかけただけなんっすけど・・・」
カイトは言うやいなや返答を待たずにとりあえず腹にグーパンをお見舞いしておく。じゃれ合い程度の一撃だが、流石に少々オイタをし過ぎだった。
「ぐっ・・・師匠と言うか年寄りは労らんか・・・」
「ハブ酒飲んで嫁さんと一晩に3回もハッスルするような老人が居てたまるか。一応、師匠なんで一発ですよ。これ、他の奴だったらボコしますよ・・・」
カイトの言葉に武蔵が腹を押さえながら笑う。流石にちょっと自分でもやりすぎた、とは思ったらしい。なので彼もやり返す事はなかった。そうして、これでこの話は終わりだ。
「はぁ・・・まぁ、良いわ。とりあえずなんとかせい。あれではそのうち生命を落としかねんぞ」
「はぁ・・・そりゃ、わかってますけどね。かと言ってどうせいと?」
「「はぁ・・・」」
二人はため息を吐いた。そこが、何よりも問題なのだ。これでいっそ覚悟を決めてくれるのならカイトにだって手のうちようはある。が、残念ながらそうではないのだ。避けられていては話にならない。幾らカイトと言えども接触もないのに女を口説けるわけがない。
「うむ。やはりあの時点で抱かなかったお主が悪い」
「そう言われてもねぇ・・・」
カイトがため息を吐く。実のところ、あの時点で抱く事は可能だった。だったが、流石にそれはどうする事も出来ない話だ。
「ぶっちゃけ、ですけどね。あの時点で相当やばかったんですよ? あの時後ろ向いてたら確実に彼女、今以上にオレ避けてましたよ?」
「あ、あー・・・そりゃすまん・・・要らぬお節介というか老婆心と言うか・・・そこまで初心じゃったか」
武蔵は曲がりなりにも面倒を見た者としてそれ相応には暦の事を理解しているつもりだったが、想定以上に初心だった事を理解していなかった。これは性差に比べて時代の差など複合的な要因と、彼らしいお節介が悪い方向に働いてしまった結果、と考えるべきだろう。当たり前だが、彼とて決して悪気があったわけではないのだ。
「ま、まぁ・・・一応惚れられてはおる・・・様子なんじゃろう?」
「そりゃ、ねぇ・・・ぶっちゃけ、酔って寝たふりしてただけですけど・・・」
カイトがため息を吐いた。実は暦はその夜、どうしても火照った身体を抑えきれずにカイトの後ろで一人情事に及んでいたらしい。彼女とて女だ。性欲は普通にある。
ここでカイトも予想外だったのは、まさか男が居る横で及ぶか、ということだった。流石にカイトも気づいた時には動けなかったらしい。どうやら暦は知ってか知らずか少々危うい性癖を持っているらしい。
が、流石にここで襲うのは駄目だろう、と即座に判断したカイトは寝たふりを通す事にしたのであった。随分未来になって暦に聞けば横にいるのはわかってたけどどうしても、という事である。
「はぁ・・・とりあえず、こっちは何か考えときますよ。流石に今のままじゃあ前線には危なくて出せません」
「うむ。それは儂も兼続に言っておこう。まぁ、お主さえおらねば、という話じゃが、お主がおる事が多いのが問題なのよな」
「そうなんっすよねぇ・・・」
二人はその後、しばらく相談を行うがとりあえずの相談を終えたカイトは武蔵の所を後にする。と、そうして後にしたカイトだったが、執務室に戻る所でふと思い立って桜の所に顔を出す事にした。彼女の訓練状況も見ておこうと思ったのだ。
「・・・失礼する・・・桜、大丈夫か?」
「あ、カイトくん・・・はい、大丈夫です」
カイトが向かったのは、ギルドホームの一室を改良した特殊な部屋だ。そこは力が暴走した場合には強制的に中の人の力を封じる様なシステムが組み込まれた部屋だった。
己の中に眠る血の力が目覚め始めた者が居る事を受けて、その訓練で何が起きても良い様にしていたのであった。とは言え、それ故にカイトは来た事がなかった。必要がないからだ。
「へー・・・実は来るのは初めてだったんだが・・・良い部屋だな」
「ええ・・・まぁ、訓練と言っても大半が目覚めさせる為の訓練ですから、座禅とかの精神鍛錬の方が良いので、だそうです」
「ああ、そうらしいな。オレは何分、こういうのはしてなかったからなぁ・・・」
カイトは少し興味深げに周囲を見回す。先程は特殊な部屋と言ったが、実は特殊でもなんでもない。単なる普通の部屋だ。強いて他と違う所を上げれば、純和室というぐらいだろう。精神鍛錬に使いやすい様に、という配慮だった。と言っても壁は流石に金属製だ。床だけ和室、と考えて良い。
「で、調子はどうだ?」
「いえ、まだまだです・・・」
カイトの問いかけに桜は首を振る。流石に一朝一夕で身につくものではない。こればかりはゆっくりとヤッていってもらうしかないだろう。と、そんな話をしていたわけなのであるが、そこで桜がふと口を開いた。
「あ・・・そう言えば・・・」
「うん?」
「暦ちゃんに何もしてないんですか?」
「・・・お、おう・・・」
かなり非難混じりの視線を受けて、カイトが思わず仰け反った。まさか桜から非難される日が来るとは思いもよらなかったらしい。
「はぁ・・・カイトくん。いい加減、機会作ってあげてください」
「え、えっと・・・わかってますけど・・・」
なんで怒られてるんだろう、と思いながらもカイトはとりあえず謝っておく。と言うか何か謝らないと行けない雰囲気だった。
「けど?」
「どうしようもないってのが現状だ」
「はぁ・・・時には強引に行って良いと思うのですが・・・」
桜がため息混じりに首を振る。そんな桜に、カイトは思わず吹き出した。
「ぷっ・・・いや、ほんとに強くなったよ、桜は。わかってるよ」
カイトはぽんぽん、と桜の頭を軽く叩く。そうして、彼は笑いながら畳の上に大の字になった。
「はぁ・・・そう言ってもねぇ。来ない事には手の出しようもないんですよ。と言うか、避けられてちゃどうしようもないだろ。無理に攻めれる時と無理に攻められない時はあるさ」
カイトはそう言うと、ちょいちょい、と手招きして桜を招き寄せる。そうして桜を抱き寄せて胸に頭を乗せると、そのまま桜と話を始めた。
「オレだと今はどうしようもないんだよ。意図的に避けられてるからな。ま、ぶっちゃけなくてもお前達への罪悪感がでかいんだろうな。分かっていても、そういうこともあるさ」
「あー・・・やっぱりカイトくんもそう思うんですか?」
「お前な・・・わかってて説教してくれんなよ」
「ふふふ」
カイトの抗議の声に桜が少しだけ笑う。たまにはお説教させてもらっても良いだろう。そんなじゃれ合いだった。
「はぁ・・・ほんと強くなったよ、桜は」
カイトが諸手を挙げて降参する。付き合い始めた頃は事あるごとに嫉妬だ。が、今はその嫉妬も受け入れ、こうやって時折――今回は冗談だったが――カイトに対して説教する程になっていた。彼女も彼女で成長しているのだろう。
「良家の子女と言いますか・・・古い名家ですからね。ひいお婆様の代の頃は普通にお妾さんというのは存在していましたし・・・お会いした事はありませんが、お祖父様もお妾さんは居るらしいですから・・・」
「日本最大の名家にして、裏組織の顔役の一つ。流石にお妾さんの一人や二人は体面としてではなく、組織として必要か」
桜の今の態度は本妻と言うかそこらの古い名家の本妻のそれだ。妾を認める者の在り方だ。一応、彼女の父は妾を持つ前に前妻が病死している為、後妻がそれに近い立ち位置になっていたのでお妾さんは居ない。が、普通ならば居ても可怪しくない立場なのである。分かっていても、カイトとの事が唐突だった事と幼い故にかつては己に感情に整理が付けられなかったのだろう。
なお、表向きこれは不倫だなんだと言われる関係だが、日本政府としてもそれを必要と認めねばならない立場だ。マスコミもその関係で決して触れさせないし、触れられないらしい。所謂聖域や暗黙の了解という奴だった。と、そんな実情を知る桜が、カイトへと更に語った。
「だからと言っても、浮気は男の甲斐性なんて言えば許しませんよ? ひいお婆様も、時代柄があったとしても浮気は決してお許しになりませんでしたし。きちんとお妾さんという形ですが責任は取らせたらしいです」
「わかってるよ。だから、オレも言ってるんだろ?」
桜の忠告と言うか警告――勿論冗談に近い――というかの発言に対して、カイトも笑う。ここらを、カイトは不倫とハーレムの差だと考えていた。不倫は悪いことと思い、隠して付き合っている。ハーレムは逆に全員が折り合いをつけながら納得して、一つの共同体を作り上げる。そう、彼は考えていた。
「じゃあそろそろ全員教えてください」
「語れる分は語りますよ?」
じゃれ合う様にカイトは桜と笑い合う。が、ここらは流石に桜にだけは明かせない、とカイトは思っていた。勿論、その理由はある。
実のところ、カイトは過去の桜の事を僅かに覚えていた。いや、関わる様になって思い出した、という所だろう。そして同じように、桜も何時かは思い出すだろう。だがそれまでは、過去も関係なく今の己が愛したと彼女に断言させる事が出来る程に愛を育みたいのだ。と、そんな話をしたからだろう。桜の記憶が僅かに、触発されたようだ。
「・・・あれ?」
「どした?」
「・・・いいえ、なんでも・・・いえ、カイトくん? 私、ティナちゃんじゃない金髪の女性って紹介されましたっけ? 私と同じぐらいか、もう少し年上のような・・・」
「・・・さぁ? 金髪ねぇ・・・多いっちゃ、多いけどなぁ・・・」
桜の問いかけにカイトははぐらかす。男女は逆だがあの時と同じ様なポーズだったからか、何か胸に引っかかる物があったのだろう。だが、今はまだこのままで良いのだ。とは言え、そんなカイトに桜も特に気にする必要は無かったので、それでスルーする事にした。
「まぁ、それは良いです。とりあえず今は暦ちゃんです」
「それなー・・・」
「一応、聞いておきます。女の子の唇を奪っておいて責任は取らない、なんて言いませんよね?」
「おいおい・・・まぁ、唇程度、されど唇だから望まれりゃ取るよ。望んでないのに取ったらそりゃ婦女暴行と変わんないだろ?」
「そんな事言ってませんっ」
ぽこっ、とカイトの胸を桜が楽しげに叩く。当たり前だが彼女とて最終的な意思決定は暦にさせるつもりだ。その上でこの土俵に上がるというのなら、迎え入れてその上で迎え撃つだけの話だ。
が、今の状態は彼女らとしても非常にやり難い。味方として迎え入れて良いのか後輩のままで良いのかわからないのだ。これは彼女らの為でもあったのである。そうして、そんなじゃれ合いを行いながら、カイトはそこで少しの時間を過ごす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第964話『龍姫の血を引く少女』




