第962話 武蔵と剣道部
カナン達がそれぞれの訓練をしていた一方。当然のお話になるがそれ以外の冒険部でも訓練は行われていた。例えば、剣道部の部員達。彼らは独自に武蔵を招聘したわけだが、今の彼らは武蔵の下で修行を行う事にしていた。
「ふぅ・・・久々の稽古も楽しいもんじゃな」
武蔵が汗を拭いながら笑う。彼はここ当分は息子のヤマトに全てを任せていたわけであるが、それ故に直々に弟子を見るという事は――ヤマトやカイトを除けば――久しぶりだった。
更に言えば、子供に混じって素振りなぞも久しぶりだった。彼の今の修行はもっぱら早朝や空き時間に一人で、というのが多く弟子達に混じって、というのは100年ぶりとかそう言うレベルだった。
「信綱公が作られた竹刀じゃが、やはりこれは良いのう・・・今ではこんな物もあるわけか。時の移り変わりというものは早いのう」
彼の手には、日本で作られた竹刀があった。勿論、日本で作られた書くが素材は日本産の竹ではない。大半は中国産らしい。いや、一応藤堂の私物で彼が入学してからずっと愛用する日本真竹の竹刀はあるのだが、流石に剣士が同じ剣士と戦うのに相手の得物を借りるわけには、と武蔵が固辞したらしい。
「さて、改めて一度やっておこうかのう。竹刀とは元々上泉武蔵守信綱公が作られた袋竹刀と言う物が発祥じゃ。まぁ、改めて上泉信綱公の事を言う必要は・・・あるまいな?」
武蔵は型稽古を終えた剣道部の一同を集めると、改めて基礎的なお話を行う。これを知った事で強くなれるわけではないが、文武両道とも言う。心技体全てが整って初めて、剣術家と言える。それが彼の持論だ。故に、レインガルドの彼の稽古場ではここらの座学も行われており、信綱の事もそれ相応には知られている事だった。なので彼らにもきちんと改めて、というわけである。
「上泉信綱・・・戦国時代の剣術家ですね」
「うむ・・・と言っても儂もまぁ、お主らいわく江戸時代の者じゃからのう。そこら、わからんのは許せ」
武蔵は笑う。彼はわかりきった話だが、その戦国時代の生まれだ。変な言い方ではあるが、それ故江戸時代の初期に亡くなっている。流石に江戸時代の者が後世に江戸時代と呼ばれている事も戦国時代と呼ばれる事もわからないのは無理もない。
「さて・・・その上で一応言えば、上泉信綱と塚原卜伝。この二人はエネフィア、地球の両世界において最強の剣聖と呼んで良いじゃろう」
「塚原卜伝? お会いになられたのは講談では?」
「講談のう・・・まぁ、それは儂は知らん。が、卜伝殿は会った。っと、勿論、信綱公にもあっておる」
藤堂の問いかけに武蔵は改めて明言する。塚原卜伝とは、上泉信綱とほぼ同年代に活躍した剣術家だ。その剣術家の腕としては素晴らしく、どちらが強いか、というレベルらしい。現に現在も存命の二人はライバルの様な関係らしく、カイトをしてこの二人は別格と讃えている程だった。
「卜伝殿は剣の道を進み続けられて、終いには人から外れたお方よ。儂や信綱公は剣鬼と言うておる。人の身にありながら、神域へとたどり着いたお方じゃ。それ故に身の方も人から外れた様子でな・・・それ故、儂ともおうたわけじゃ」
武蔵が笑う。というわけで、実は講談というのは事実に基づいたお話らしい。と、そうなると気になるのは、やはりこれだった。
「どちらが強いか、か?」
武蔵が笑いながら問いかける。やはり気になるとすればこれだろう。宮本武蔵と塚原卜伝。別時代の剣豪故についぞ会合を果たす事のなかった二人だ。それ故に後世の者は物語の中で二人を戦わせて、どちらが強いのだろうか、と想像しているのだ。それは後世の剣術家であれば、わからないではない想いだった。
「ま、卜伝殿よ。蒼天に二つと無し、を掲げるさすがの儂も卜伝殿にはまだ勝てぬのう」
武蔵は笑う。まぁ、ここで『まだ』勝てない、というあたり、やはり彼も剣術家として負けず嫌いなのだろう。
「それはなぜ?」
「信綱殿の剣技には裏・・・そうじゃな。表の新陰流、裏の神陰流という二つがあってのう。儂はこの裏の神陰流を少々の縁で見た事があるが・・・ぶっちゃけると、これは儂が及ぶ所ではあるまいな」
武蔵はカイトからも信綱直伝という神陰流は見せてもらった。それを見た結論が、まだ自分では及ばない、という答えだ。流石に<<転>>を基礎とした武芸は如何に彼でも自分の及ばぬ所である、と言えるらしい。その時の彼――と旭日――は日ノ本一はまだまだ遠いな、と楽しげに笑っていたそうだ。
「ああ、そうじゃ。再度になるが卜伝殿はあまりに強く成りすぎて剣鬼というまぁ、所謂仙人と言えるやもしれん。変な呪いではなく剣術を極めた結果、という奴なのじゃろう。対して信綱公はこれはガチの神じゃ。剣士の神という日本の八百万の神々の中でも更に特異な神じゃそうじゃのう。儂も関ヶ原の折に一度だけお会いした事があるんじゃが・・・その時に伺った。あれは立ち振舞いが段違いじゃな」
武蔵は僅かな興奮を滲ませながら、首を振る。どちらとも試合をした者として、武蔵には両者の剣術家としての格が理解出来ているそうだ。と、そこまで語ってから、脱線していた事に気付いたらしい。武蔵が首を振った。
「っと、話が横道に逸れたのう。兎にも角にも、そもそものお主らの言う剣道の開祖は上泉信綱が興した物と言える。数多の流派か彼の門下が興した武芸が大半じゃて・・・」
武蔵は再び、剣道の興りなどから座学を行う。ここらはやはり彼が教えるまでもない事であったが、中には剣道部も知らない事――例えば信綱の来歴など――もあった。興味深い話ではあったようだ。
「さて・・・それで、よ。改めて言うておくが、儂らの時代の剣術とお主らの時代の剣道ではやはり主眼としておる事が違う。儂ら剣術家・・・疋田陰流や新陰流、柳生一族の興した剣術などは全て剣術よ。そう言う意味で言えば兼続などはその流れを汲んでおる様子じゃな」
「はい・・・一応、当家は柳生新陰流の流れを汲んでいます」
「うむ。そうじゃろうな」
藤堂はあまり学園では話さなかった事だが、武蔵の前では隠す事なく明かした。彼の実家は相当剣道に力を入れている家らしく、藤堂自身もソラの弟である空也という少年と共に日本の将来の剣道を担っていく存在だと見込まれた程の存在だった。
それ故か実家の熱の入れようも相当な物らしく、家に伝わる所謂虎の巻の様な物も見せてもらっていたらしい。更には祖父からは古武術に属する剣技も教えてもらうなど、かなり英才教育が施されていたのである。それ故にカイトの直弟子である暦と互角かそれ以上、という性能を上げれていたのであった。
「その上で、これ以上を望む。となると、それは兼続を除けば実践的な、儂らかつて戦国乱世を生き抜いた者達が練り上げていた殺しの剣術を学ぶという事になる・・・さて、兼続。両者の差を述べてみせい」
「はい・・・剣道は精神を鍛える道。剣術は剣を扱う術。戦う為の術と、精神を鍛える事を主眼とした精神鍛錬。そこに、差があります」
「うむ、良かろう。端的にはそうで良い。勿論儂ら剣術家とて剣の道を歩んでおる以上、精神鍛錬は怠っておらん。儂らは生き死にをやり取りしておる以上、殊更気を遣っておる。外道の剣には外道の技しかない。幾ら言い繕おうと、その剣が強かろうと、外道の技に見る価値は無い。素人の剣技の方がまだ良いわ」
武蔵はおそらく彼の数百年の道のりで見てきただろう外道の剣を思い出したのか、吐き捨てる様に告げる。その顔には嫌悪感が滲んでおり、彼自身の弟子にもそういう事があったのだろう事が察せられた。
そうして、武蔵はそれをわからせておいてから、敢えて老成した剣士としてではなく荒々しい剣士としての格を以って告げた。
「じゃからこそ、敢えて言うておこう。儂に教えを受けたいのであれば、外道には堕ちるな。外道に堕ち外道の技を振るうのであれば、儂かカイトが出向きその素っ首を刎ねよう。勿論、手加減は一切せぬよ。カイトにとてさせぬ。いや、儂よりもカイトの方が厳しかろう。あれは外道を一番嫌う。誇り高ければ敵であろうと敬うが、外道だけには一切の容赦はせぬ。それが身内であろうともな」
武蔵は気圧される一同を更に威圧しながら、警告を送る。これ以降、武蔵は彼らを弟子として扱う。カイトも弟弟子として扱うだろう。二人共一時であろうと他流派であろうと弟子として受け入れる以上、優しくしても甘やかすつもりはなかった。そうして、彼は続けた。
「教えを受ける、というのはそう言う事じゃ。今も儂の弟子の免許皆伝を持った数名は弟弟子にけじめをつけさせるべく世界中を放浪しておる。時には、儂も出向く・・・その流派の剣士にとって、同じ流派の剣士が外道に堕ちるのは己の誇りを穢されると同義じゃ。お主らが儂の技を以って外道を成したのであれば、それは儂だけではなくお主の兄弟子達の顔に泥を塗るも同義じゃ。故に、儂らはその時こそ手加減はせん。特に儂らは勇者カイトの兄弟弟子という誇りがある。その名に誓って、外道は許さん。お天道さまが許そうと、儂らが許さんよ」
武蔵は最後の問いかけに入る前に、剣士としての資格を告げる。これが断言出来ないのであれば、彼はこの場でそいつの首を刎ねるつもりだった。それほどに、彼は真剣だった。そうして、彼は最後の問いかけに入った。
「もし外道をなすのであれば、儂の技は封じよ。それが絶対の条件じゃ。これ以降、儂の弟子となれば儂は儂の教えた者として一定の責任を持とう。それ故、儂はお主らを殺す事もあるやもしれん。さて・・・その覚悟はあるか? お主らに勇者カイトの弟弟子を名乗る覚悟が、生涯外道に堕ちぬ覚悟はあるか?」
武蔵が師匠となる者として問いかける。これが、最低条件だ。腕が悪い。才能が無い。修行についていけないから脱落する。その程度ならば彼は笑って許す。諦めない限り、逃げようとも根気よく付き合ってやるつもりだ。
が、だからこそ一度でも外道の剣を振るえば彼は許さない。良くて破門。悪ければ先にも言った通り、彼自身が首を刎ねる。そこに師弟としての一切の情は無い。親が泣こうが子が泣こうが、そのけじめはつけさせる。それが、同じ剣士としての最低条件と武蔵は考えていた。
「・・・お願いします」
そんな武蔵に対して、藤堂が深々と頭を下げた。元々彼は覚悟が出来ているのだ。そもそも一族の誇りを彼は背負っている。それどころかかつては日本の日の丸を背負って世界で戦ったのだ。喩え何があろうと、彼は外道に堕ちるつもりはなかった。
「良かろう・・・他は?」
藤堂が覚悟と誇りを持って頭を下げた事を受けて、武蔵は他の面子へと問いかける。
「「「お願いします」」」
全員が深々と頭を下げる。覚悟が出来ているかは、誰にもわからない。外道に堕ちた彼の弟子達だって、初めは全員そんな事を考えても居なかった。そんなものは後追いで示される事だからだ。が、それでも覚悟は示された。であれば、武蔵はそれを受け入れるだけだ。
「良かろう。であれば、儂がお主らの面倒を見よう。幸いこちらに全員揃う。妻子も敵の手に及ぶ事を考え、こちらに来るからのう」
武蔵は頷いた。一応、ヤマトや夏月ら一定の弟子を除いては何時も通り弟子たちにはレインガルドの治安維持などを任せる事にしている。が、やはりそれでも武蔵の立場などを考えれば妻子が人質になるのは困る身だろう。
そして、レインガルドは移動基地の役割もこなす事になっている。規模から破壊された際の影響を考えて戦場には近づけないしレガドのお陰でこの数百年ではあり得ないぐらいに安全は担保しているが、ある程度の民衆は望むのなら疎開はさせるつもりだった。これは戦時なので仕方がない。
そして武蔵の家としても先の事情もあるし、彼の次男はまだ生まれたばかりだ。妻も龍族としてそれ相応には強いがまだ産後すぐで、全盛期には程遠い。そこらを考慮した結果、公爵邸で預かる事にしたらしい。
「良し・・・では、本格的に稽古を始める事にしよう」
武蔵が先程までとは顔つきを変えて立ち上がる。これからは、師匠として弟子を見るだけだ。そうして、剣道部の面々は武蔵の弟子――ただし仮弟子――として、訓練を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
第963話『お説教』




