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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第52章 それぞれの修行編

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第961話 月の子と九尾の狐

 さて、カイト達天桜学園の関係者達が訓練を始めたわけだが、別に彼らだけが訓練に熱を上げ始めたわけではない。冒険部の中にはエネフィア出身の冒険者もいるわけで、彼らもまた、そんな天桜学園の冒険者達に影響されて修行を行う事が多かった。その中でも一人、少し特異なものが居た。カナンだ。公爵家の従者達が訓練を行うエリアの一角にて、彼女も一緒に訓練させて貰っていた。

 彼女の血筋がわかった事でその力の訓練させてやりたいのだが、残念ながら色々な軋轢から彼女の存在はまだ公には出来ない。とは言え、彼女の『月の子(ムーン・チャイルド)』としての力は有用だ。それは皇国にとってもであるし、彼女自身からしても、という意味だ。

 と言っても、先のラザフォードとの一件を見ても分かるだろうが生半可な施設では彼女の力に耐え切れない可能性はかなり高い。となると後は街の外に新設された『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』の軍基地か公爵邸になるわけだが、前者は何も知らない者達からすればどうしてここに彼女が、となってしまう。そうなると残るは公爵邸の訓練設備を、というわけであった。


「うひゃぁぁあぁあぁあぁ~・・・」


 とまぁ、訓練をしていたわけなのであるが、残念ながら現在のカナンは『月の子(ムーン・チャイルド)』の力をきちんと使えるはずがなかった。そもそも彼女は少し前までは普通の獣人のハーフだと思っていたわけで、『夜の一族』の力を使った事なぞ無いのだ。


「あぁあぁあぁあぁ~・・・」

「ほいっと」


 ずどどどど、と土煙を上げながら、カナンが転がっていく。と、その最中にてカイトが足をひっつかんで、回転を停止させた。天地逆になっているが、そこは我慢してもらうしかない。


「あられろら~・・・」


 どうやら三半規管が多少異常を起こしたらしい。カナンがくるくると目を回していた。


「あうぅぅ・・・あ、ありがとうございました~・・・」


 まだ目を回しながらであるが、カナンがカイトへと礼を述べる。一応、止まった事は理解出来ているらしい。


「あはは。まだ当分は使えそうにないな」

「は~い~」


 フラフラと揺れながらカナンが頷く。とりあえず当分の間は彼女も己の力に振り回される事になることは請け合いだった。


「よいしょっと・・・えっと・・・」


 とりあえずカナンを地面に下ろしたカイトは、三半規管の調子を整えるように魔術を展開する。別に放置でも良いのだが、せっかくなのでというわけだ。そうして三半規管が落ち着いて、彼女の髪が何時もの銀色の髪に戻った。

 なお、あれだけド派手に吹っ飛んでいたのだから怪我が気になる所であるが、幸いな事に『月の子(ムーン・チャイルド)』としての力を使っていたお陰で身体の丈夫さも底上げされている。なので服が汚れた程度で怪我はしていなかった。


「ふぅ・・・ありがとうございました」

「おう」


立ち上がったカナンが改めて頭を下げる。そんな彼女の髪だが、今は先程まで『月の子(ムーン・チャイルド)』の力の特訓をしていたからか灼炎の様な色だった。

 が、今は意識を本能に取られているわけでもなく、普通にカナンの意識が保たれていた。いたのだが、そのおかげかカナンは何かに気付いたらしい。一応落としては居るが、まだ底上げされていたようだ。


「あれ・・・?」


 すんすん、とカナンが鼻を鳴らす。そうして、カナンがどこか茶化す様に問いかけた。


「・・・マスター・・・また、浮気ですか?」

「おい! 風評被害やめて!? 浮気してませんよ!?」


 カイトは即座に周囲を見回す。ここは公爵邸。ある意味では敵が一杯なのだ。が、幸いな事に彼女ぐらいしかいなかった。

 まぁ、それはそうで、カナンの練習を見ていたレイナードが所用で外すのでカイトが監督を変わる事になったからだ。カナンの力がどういう現象になるかわからない為、貸し切りにしたのである。なお、訓練場はここだけではないので一つ貸し切った所で問題はない。


「ふぅ・・・なんなんだよ、いきなり・・・」

「あ、いえ。誰か知らない方の匂いがしたので・・・」

「うん? ああ、ステが底上げされてるからか。気を付けて・・・る必要は無いからまぁ、カナンなら気付いて当然なのかもな」


 カイトはカナンが何に気付いたのか、を理解する。以前にティナも言ったが、『月の子(ムーン・チャイルド)』は『夜の一族』の力を以って獣人の力を底上げしてやっている。となると、彼女の基礎能力は何時もよりも遥かに活性化されていたのである。鼻もよく利く、というわけであった。


「ちょいと訳ありの狐族の女の子を引き取っててな。ああ、中津国のじゃなくて日本の、なんだが・・・その子のリハビリを兼ねてちょっと魅衣に話してもらってるんだが、ついさっき話が終わったから引き取りに行ってた。で、匂い付着してたんだろうな」


 カイトは玉藻についてを話題に上げる。そうしてふと見てみれば、案の定彼女の金色の髪の毛がカイトの肩に引っ掛かっていた。


「あ、それです、匂いの元」

「やっぱりか・・・どする?」


 カイトは自分の持つ異空間の中に引っ込んでいる玉藻に問いかける。と、返って来た答えは頑張ってみる、という事だったのでカイトは彼女を紹介しておく事にした。


「玉藻の前。ちょっと日本で色々とやっちゃって、今は対人恐怖症みたいな感じでな。リハビリ中だから色々と勘弁してやってくれ」

「あの・・・こんにちは・・・」

「あ、こんにちは」


 唐突に現れた玉藻に対して、カナンは少しだけびっくりする。そうしてびっくりして、次にはその容姿の美しさに更にびっくりした。一言で言えば、傾国の美女。賞賛の意味ではなく、存在しているだけで争いを生みかねない容姿だった。

 それはそうだろう。彼女は分かたれたとはいえ玉藻の前。彼女が望まずともその中には危うい色香が潜んでおり、ただ彼女が怯えているという様さえ男の庇護欲を掻き立てるのだ。

 そして庇護欲が暴走していき、争いが起きる。そんな美女だった。が、今はカイトの庇護下に入っているおかげでただ怯えるだけの少女なので問題はない。


「『月の子(ムーン・チャイルド)』・・・」

「知ってるの?」

「初めて見たけど・・・知ってる」


 カナンの問いかけに対して、玉藻はカイトの影に隠れながら頷いた。魅衣の時もそうだったが、兎にも角にもある程度の距離を取らねば話せないらしい。


「えっと・・・あの・・・これ」


 玉藻がおずおずとカイトの影から数枚の御札をカナンへと差し出す。


「これは?」

「あの・・・さっき見てたらまだ慣れてないと思うの・・・だから、力の一部を抑えられる様な御札を、って・・・」

「良いの?」


 カナンが目を見開いた。確かに、貰えるのなら貰っておきたい。今の彼女は所謂出力過多の状態だ。抑えられる道具があるのなら、ぜひとも欲しい所だろう。


「服の内側に忍ばせて使ってください・・・出来れば素肌に密着する様に貼り付けて使えればベストです・・・」


 玉藻はおずおずとカナンへと御札を差し出す。それに、とりあえずカナンもおずおずと受け取った。


「本来は敵に投げて貼り付けて敵の攻撃力を抑える為の物だけど・・・今の貴方ならこれぐらいがちょうどいいと思うから・・・あ、これは使い捨てじゃないから、安心して?」


 玉藻は一応の所原理を伝えておく。というわけで、非常時にはこれを敵に貼り付けて動きを封じる事も出来るそうだ。使い方としてはエネフィアに存在する呪符と変わらないので魅衣の様に逐一使い方――彼女の場合、作成方法も学んでいるが――を気にする必要はないだろう。


「えっと・・・使ってみて良い?」

「うん」


 玉藻が頷く。使ってもらう為にカナンにあげたのだ。そしてあげた以上、もう勝手に使って貰って問題ない。というわけで、カナンはカイトに背を向けて一度服の胸元を開いて服の裏側に貼り付けた。


「良し・・・えっと・・・んっ!」


 とりあえず服の裏側に御札を貼っ付けたカナンはカイト達の方を向くと、少しだけ気合を入れる。『月の子(ムーン・チャイルド)』の力を使うには、『夜の一族』の力を使うだけで良いらしい。そしてレイナードのおかげで彼女の因子は目覚めたわけで、しかも血統を理解したお陰で使えない事もなくなった。

 振り回されてはいるが、自由自在に『月の子(ムーン・チャイルド)』と通常状態を行き来する事が出来る様になったそうだ。そうして、彼女の髪が銀髪から『焔髪(えんはつ)』へと変わり、髪は背中まで伸びる。まぁ、ここまでは良いのだ。ただ単に立つだけならなんの困難も無い。


「良し・・・えっと・・・」

「とりあえず、走ってみ?」

「はい」


 カイトからの提案を受けて、カナンはとりあえず走ってみる事にする。先程は<<縮地(しゅくち)>>を使うでもなくただ走ろうとしただけだった。が、それでもあまりの出力の高さ故にスッテンコロリンというわけであった。


「・・・っとととと、とととと! 止まれ」

「っと、ギリギリセーフ」

「あ、ありがとうございましたぁ・・・」


 止まれない、と叫ぼうとした所でカイトが前に出て、こけそうになっていたカナンを抱きとめる。先程よりもまだマシになっていたとは言え、まだ自力での停止はできそうになかった。


「うーん・・・これでも駄目ですね・・・」

「あの・・・それだったらもう一枚貼っ付けたら・・・」

「え?」

「一応二枚同時も出来るから・・・」


 カナンは玉藻の意見を受けて、先程貰った御札をもう一枚服の内側に貼っつける。そうして、またカイトの促しを受けてカナンが少しだけ前傾姿勢を取った。


「っと」


 先程と同じように、再びカナンが走る。今度は、上手く停止出来た。そうして彼女が静止すると同時に、衝撃波が発生した。どうやら相当な速度で走っていたらしい。少なくともただ走るだけで、平時の彼女の<<縮地(しゅくち)>>を上回っている様子だった。それは制御不能だろう。伊達にカイト達でさえ見たことがない、と明言するだけの事はあった。


「ふぅ・・・なんとか走れました!」

「おう、とりあえずそれでゆっくりと慣れていけ」


 嬉しそうなカナンに対して、カイトも笑顔で頷いた。とりあえず二枚同時に使えば、彼女の現在の力でもなんとか対応出来そうだった。

 とは言え、それは逆に言えば玉藻の前謹製の御札を二枚使わなければ長年の経験がある彼女でも対応出来ないという凄まじい才能を秘めている、ということだ。当分御札は使わなければならないだろう。というわけで、カイトはとりあえず当分の彼女の筋道を立ててやる事にした。


「うーん・・・まぁ、当分はティナに頼んで幾つか上の制御用の魔術を教えてもらうべき、だろうなぁ・・・まさかそこまでの性能を持っているとはオレ達も予想外だった」

「そうなんですか?」

「うーん・・・そうだなぁ・・・20年後とかにはラカムとレイナードクラスにはなれるだろう」


 カイトは今の性能を見ながら、推測される到達点を予想する。が、これでさえまだまだ中途の段階だ。幸いというか彼女の血統を見れば、これ以降肉体の成長は非常に緩やかなものになる事は請け合いだ。

 肉体的には20年先でおそらく今のエール程度、つまり高校生程度と言うところだろう。そこで一度成長はほぼ停止する事になる。これは血統を考えれば自然な事だ。それで肉体的には全盛期にまだ遠い。成長途上だ。果ては何処に至るのかは、カイトにも見通せなかった。


「後は・・・100年後とかだと下手すりゃラカム達を超えるだろうなぁ・・・」

「そんな・・・なんですか?」

「ぶっちゃけ、完全な『月の子(ムーン・チャイルド)』と『全龍(ぜんりゅう)』はどっちが珍しいか、ってレベルだ。ティナいわく、ガチのおとぎ話のレベルだ、そうだぞ?」


 カイトはティナからの又聞きなので自信なさげだったが、実のところかつてティナが語った竜殺しのおとぎ話の主人公が、実際には『月の子(ムーン・チャイルド)』だそうだ。それぐらいには珍しいのである。

 後にラカムが語ったのだが、彼女の偽名のオレンシア――正式な家名はブランシュ――という名はそのおとぎ話にあやかって名付けていたそうである。そこらの関連性に気付かなかったのは、カイト達の不手際というか詳しく知っている者が両親と思わなかったミスだった。


「へー・・・」

「ま、つっても今はそんな力があっても宝の持ち腐れだ。ほれ、練習再開。とりあえず御札一枚ぐらいは取れる様にならないと何にもならん」

「いえ、今でも十分ヤバイ様な気も・・・」

「まぁ、そりゃそうだがな・・・つってもラカム達でも苦戦する奴らがこの世には居るんだ。油断禁物、頑張る事」

「はい」


 カイトの忠告をカナンは素直に受け入れる。確かに『月の子(ムーン・チャイルド)』の力は二枚の御札を使った状態の第一段階でさえカナンを振り回しているが、それでも性能の面で見れば冒険者のランクとしてはランクAクラスという所だ。今のカナンから見れば2ランクも上の性能を持っていたとしても、勝てない敵は多い。まだまだ、要修練である。

 そうして、この日からカナンはカイト・ラカム・レイナードの三人の監督の下、『月の子(ムーン・チャイルド)』としての力の訓練を開始するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第962話『武蔵と剣道部』

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