第959話 空襲部隊
ソラが<<無冠の部隊>>の若衆と共に訓練を行っていた頃。彼女の由利はというと、瑞樹と共にレイアの上に跨っていた。
「レイア! 急降下!」
瑞樹の指示を受けて、レイアが500メートル程の高空から400メートル程降下していく。そうして、規定の高度にまで達すると彼女は手綱を引いてレイアへと指示を送り、急停止させた。
「由利さん!」
「ええ」
瑞樹の促しを受けて、瑞樹の後ろで弓を構えていた由利が矢をつがえる。そうして即座に標的――空中に浮かんだ風船の様な物――を見据えると、矢を射た。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
矢を射る事三度。由利は風船を3つ完璧に射抜いてみせた。それら一連の流れを、ナダルがストップウォッチで計測していた。
「・・・ダブルで1分32秒って所か」
「まぁ、始めて数日だとこんなもんじゃねぇか?」
「ま、どこぞの無茶やる小僧なんかと比べちゃなんねぇか」
カイトの言葉にナダルも同意する。色々と手直しが必要な所はあるが、初心者にしては良い動きと言えるらしい。ちなみに、一連の流れというのは地面を飛び立って所定の高度に到達、天竜のブレス系の攻撃を放って標的を撃破、急降下の後に射撃――もしくは斬撃――して別の標的を撃破、という竜騎兵の仕事としては至極普通の物だ。
基礎の重要な事はこれに詰まっていると言われる程重要な流れらしく、当人達の力量を測る意味でも使われるらしい。そもそもナダルが訓練した瑞樹も一緒なのだ。レイアの力量は信じられている。それを考えれば、この程度は妥当と言えば妥当と言えたらしい。
「そか・・・おーい! 降りてこーい!」
とりあえずの結果が出た為、カイトが声を張り上げて瑞樹と由利に告げる。それを受けて、瑞樹はレイアを操って再び地面へと降下した。
「良し。良いですわよ、レイア」
瑞樹は地面に降り立ったレイアを撫でる。それに、レイアがぐるぐるぐると機嫌良さげに喉を鳴らした。一方、ナダルがそんな二人に対して結果を告げる。
「1分30秒って所だ」
「あら・・・」
「あー・・・ごめんねー」
少し意外そうに目を見開いた瑞樹に対して、由利が申し訳なさそうに謝罪する。実のところ、瑞樹だけの場合はもう少しだけ記録が縮まるそうだ。現にこの訓練を始める前の時点で由利が一度一連の動作を見せてもらっていたのだが、その時よりも記録が伸びていた――具体的には20秒程――らしい。
ここまで短期間で平均値を上回れる様になったのは、瑞樹の訓練の賜物とレイアの素質というべきだろう。ナダルの言うとおり、ここらの天竜は質が良いらしい。偶然ではあったが、良い天竜を捕獲出来たと思うべきだろう。勿論、ナダルの腕もある。
「ああ、いえ。そういうことではないのですが・・・由利さん、それなりに早そうでしたわよ?」
「ああ。まぁ、新人で数日にしちゃ、悪くはねぇ。それは俺も太鼓判を押しておいてやろう」
瑞樹に対してナダルも一応の所を念押ししておく。先程も言ったが、彼としてもカイトとしても腕前としては良いと太鼓判を押せた。そこについては、安心して良いだろう。そうして、ナダルが更に続けた。
「はっきり言うと原因はレイアの警戒心がまだまだ解けてない事だな。更にこいつもまだ人を二人も乗せて飛ぶ事に慣れてねぇ。バランスが取れてねぇんだ。ま、こればかりは練習あるのみだからな。今は平均的な値を出せてる事を良しとしておけ」
ナダルからのアドバイスに、とりあえず二人は安堵の表情を浮かべる。練度が足りないのなら、練習するだけだ。そして練習する為に、全員一度立ち止まったのだ。別に気にする事ではなかった。
「まぁ、それと。実のところ最短タイムにゃ程遠い。平均値は平均値だがな」
「参考までに、どれぐらいなんですかー?」
ナダルの言葉に由利が問いかける。ここは素直に興味があったらしい。
「シングルで30秒弱。俺の受け持った限りだが、まぁ、それが最速だろうな」
「「え゛」」
ナダルの答えに二人は一瞬頬を引き攣らせる。平均値の三分の一を切っていた。圧倒的といえば圧倒的な速度である。
「はぁ・・・こいつと日向の組み合わせだ。転移術とかは無しだ」
「ぶい」
「あー・・・」
Vサインで応じた日向――今日は人型――に、なるほど、と二人も思う。カイトと日向の組み合わせだ。チートと言える。
「ま、一度見せてやれ。シングルでも参考にゃなるだろう」
「あいよ・・・日向」
『ん』
日向がカイトがまたがれる程度の竜の姿へと変わる。それに、カイトが跨った。
「良し・・・ゴー」
『ん』
だんっ、と日向が地面を蹴る。そうして助走をつけた彼女は、ある程度の加速をすると一気に宙へと舞い上がった。そしてそれと同時に、ナダルがストップウォッチを作動させる。ここまでは、瑞樹・レイア組となんら変わらない。が、変わったのは所定の高度までかなり近づいた時だ。
「日向!」
『ん』
カイトの号令に合わせて、日向は上昇しながら息を吸い込む。狙う風船は総計で10個。が、その次の瞬間だ。カイトは日向の上から飛び降りて、天地逆になって弓を引き絞った。
「すぅ・・・」
カイトは落下しながら、大きく息を吸い込んだ。そうして、吸い込んだ息をそのままに呼吸を止める。
「・・・はっ」
溜め込んだ息を吐くと同時に、カイトは引き絞った矢を射る。それと、同時。日向が<<竜の息吹>>を放った。それは分裂しながら突き進んでいくが、その結果を見るよりも前に日向も一気に降下を始めた。
「良し! 日向ー!」
カイトは風船の数だけ矢を放つと、くるん、と回転した上で大の字になって風の抵抗を受けて速度を落とす。そしてカイトの声を受けると、日向が更に加速してカイトと並走する。
「良し!」
己と並走した日向の背をカイトが掴んで、たんっ、と背中を叩いて合図を送る。それでカイトがしっかりキャッチ出来た事を悟った日向が減速して、グライダーの様に翼を広げて減速も兼ねた上昇を行う。
「ま、こんなもんだろ」
日向が風に乗って滑空を始めると同時に、カイトは日向の背に腰を下ろした。そしてそれと同時に全ての的が破壊されて、ナダルがストップウォッチを停止させる。
「40秒フラット、って所か。まぁ、手抜きだからこんなもんか」
ナダルがまぁ満足気に頷いたのに対して、瑞樹も由利もぽかん、と口を開けっ放しにするしかなかった。ああいうやり方もあるのか、と思わされたのだ。
「ま、ああいうわけだ。別にわざわざ足止めてやる必要なんぞどこにもない」
ナダルは滑空する日向の影を見ながら、二人に告げる。そもそも二人が時間が掛かっているのだって、わざわざ的を破壊する為に逐一停止しているからだ。これさえなければもっと記録は縮まる。
それを、カイトはやったわけだ。が、これはお互いに抜群の連携が無ければやれないことだ。更には天竜の側にも操者の意思をしっかりと理解出来るだけの知性も要求される。自らのなすべきことをしっかりと理解出来る程に賢くないと駄目なのだ。
その点、日向は生まれた直後からカイト達と暮らしていた為、300年前当時の時点でも小学生並の知性はあったらしい。なのでカイトの言うことをしっかりと聞いて、自分だけで風船を破壊する事が出来たそうだ。
「で、もう一個由利。俺はしがない調教師だから詳しい事はわかんねぇが、お前さん、身体能力の向上なんかどうやってる?」
「えーっと・・・」
由利はナダルから問われて、己が普段使っている動体視力の高速化に関する魔術を思い出す。彼女は基本的には狙撃手だ。基本的には戦闘は遠距離で良いわけで、あまり高等な術式は使っていなかった。
それなら遠くまで見通せる様にした方が射程距離を伸ばせる為、動体視力を鍛えるよりも視野角や見える距離を伸ばす方が戦闘力の向上に繋がったのである。
「目は距離強化を大幅って所ですー」
「やっぱか・・・それ、ちょいと弄れないのか?」
「弄れますよー?」
由利が首を傾げる。なお、身体能力に関する魔術については、あまり名前は呼ばれない。一応あるらしいのだが、誰も気にしないそうだ。
「なら、距離を落としてでも認識加速と動体視力上げた方がいいな。ここらは慣れや練習になるだろうが、そっちはそっちで詰めてくれ。俺っちにゃぁわからねぇ範囲だ」
ナダルはそもそも戦士ではなく竜の調教師だ。故に戦闘に関する事はさほどよくわからない。なのでアドバイスだけで、手出しは無用にしておいたようだ。
勿論、戦闘が出来ないというわけではないが、それの大半はどちらかと言えば龍族の能力の高さを活かしてのものだ。戦士の技量としては、あてにはならない。と、そんなアドバイスをしていると、カイトが戻ってきた。
「おーう。こんなもんか?」
「おう・・・まぁ、シングルだから参考にしかなんねぇが、あんなので十分だろ」
「だな。基本的に何をするにしても常に動き止めなくなったら十分に竜騎士と騎竜として一流と言える」
ナダルの言葉を引き継いで、カイトが日向の上から改めて解説を行う。基本的な話として、二人の行動の中で一番時間が掛かっている理由は逐一停止しているからだ。狙って撃つ。狙って放つ。狙って斬る。その際にしっかりと狙える様に一度レイアを立ち止まらせているのである。
それさえなくなれば、今の瑞樹だけでももっとタイムは縮める事が出来る。更には速度に変化が出ない為、レイアへの負担も減る。これらが完全に出来て一流なのである。
そして勿論、もし瑞樹と由利の息が合えば先程のカイトの様に由利がレイアの上から飛び降りて空中でキャッチ、という事も出来るのだ。まだまだ要訓練というべき所だろう。
「後は、練習次第だ・・・じゃあ、後は今の練習を繰り返し、だな」
ナダルが何度も繰り返す様に告げる。そうして、二人はこの日から空の上から攻撃する術を学び始めるのだった。
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次回予告:第959話『人の子と九尾の狐』




