第958話 改造
瞬がウルカ共和国にて修行を行っていた頃。マクダウェル領に残った面子もまた、修行を進めていた。そしてその一人であるソラもまた修行を行っていた。行っていたが、それは一風変わった訓練だった。
「・・・おい、新入り・・・大丈夫なんだろうな」
「俺は大丈夫っす・・・そっち、辛そうじゃねぇっすか?」
声を掛けられたソラだが、彼は地面に大の字になったまま同じく大の字になっていた龍族の若者に返事をする。どちらも、顔は完全に疲れ果てていた。
「おーい、お前ら。動かないと訓練なんねーぞー」
そんな彼らに対して、訓練の監督役を務めていた<<無冠の部隊>>隊員が声を掛ける。彼の方はさも平然と立っており、普通に何時も通りの行動をしていた。と言うか、彼の場合は他の隊員達と一緒に型稽古をやっていた。それが一段落ついたので、というわけだ。
「おいーっす・・・腕が挙がらない・・・」
「っ・・・駄目だ・・・」
ソラは返事と共に腕を挙げて返事をしようとしたらしいが、どうやらどうにもならなかったらしい。そして一方の龍族の若者も無理だったようだ。
まぁ、そもそもソラと龍族の若者であれば龍族の若者の方が基礎ステータスは高い。圧倒的とも言える。それを鑑みれば、そもそもソラが腕を挙げれないのは当然の事と言えた。と、そんなへこたれたソラが相変わらずこちらを覗き込んでいる隊員へと問いかけた。
「・・・すんません。これ、マジで150倍なんっすか?」
「150倍だな。こんなもんだろ」
隊員は大部屋の壁に設置された電光掲示板に表示される数値を見て、ソラの言葉を認める。この訓練は、かつてソラ達が初心者の頃に一括で行っていた人が通常消費する魔力量を意図的に増大させて、魔力保有量の増大を図る為の訓練だ。
なので彼の身体にはただ呼吸をするだけでも150倍の過負荷が掛かっていたのである。勿論、呼吸などの生命維持に必要なものなぞ使う量はたかが知れている。なのでそれが原因でこんな事にはなりはしない。
それに加えてかつてはやらなかった稽古――それも魔術による身体能力の向上ありで――などをやった事によって、彼の疲労度は通常の150倍の速度で蓄積されたのであった。たった1分の稽古が150分の稽古にも匹敵していたのである。
なお、念のために言っておくが一応ここらが限界だろう、というティナの見立てに従って、費用対効果が得られる訓練に参加するようにはしてある。無理はしていない。
「こんなもんって・・・」
ソラが頬を引き攣らせる。こんなもん呼ばわりする部屋で、彼らは絶賛ダウン中なのだ。引きつりたくなるのも無理はない。
とは言え、そんな彼らに隊員も馬鹿にする事もなく、ドリンクの入った容器を差し出してくれた。中身は回復薬だ。魔力の補給をしろ、ということなのだろう。
「ま、とりあえずこれでも飲んでしっかり休め。後20分はここから出られないからな」
「かたじけない・・・」
「すんません・・・」
ソラと龍族の若者は差し出されたドリンクを受け取って、寝転びながら口にする。お行儀が悪い上に情けないが、そんな事を言っていられないのがこの部屋だ。
「この部屋は地獄だ、とは聞いていた・・・聞いていたが、ここまで地獄なのか・・・」
「わかっちゃいたけど・・・あの人らこんなとこでやってんのかよ・・・」
ソラと龍族の若者は並んでため息を吐いた。と、そうしてさらに20分。電光掲示板に表示されている数字が一気に減少していき、『0』を表示した。
「うおっと!」
ソラが跳ね起きる。今まで彼の身体を支配していた倦怠感は一気に取り除かれて、普通に動ける様になったのだ。
「おーし。じゃあ若衆共は一旦外出ろ。こっからは、大人の時間だ」
「うーっす・・・」
ソラは様々な種族の若衆達に混じって、体育館程度の広さの部屋を後にする。そうして、そんな彼らが出て行った後、再び電光掲示板の数字が上昇し始めた。
「せ、1000倍・・・」
ソラが頬を引き攣らせる。先程までのおよそ7倍だ。ソラであれば、十数分で息切れするだろう領域だった。と、そんな彼に横からティナが声を掛けた。
「ふむ。まぁ、この程度はまだ肩慣らしじゃな」
「肩慣らし・・・マジかよ・・・」
「まぁ、肩慣らし言うてもやることは変わらん。普通に生活するなり型稽古するなり、というだけじゃ」
ティナはそう言うと、若衆達に対して次の訓練の指示を開始する。
「では各々保護者のとこ行って訓練再開じゃ。ソラ、お主は余と来い」
「おーう」
若衆達が各々を引き連れてきた隊員と言うか一族の英雄の所に向かったのに対して、ソラは一人ティナに従って歩いて行く。そうして彼が向かわされた所は、オーアの居る基地の研究棟の様な所だった。彼女もこちらに合流したので、久しぶりに本格的なメンテナンスをしてやるから鎧を見せろ、と言われていたのであった。
「ちわーっす。どっすか?」
「ああ、来たね。ま、使い方としちゃ悪くない。ちったー腕に覚えがある、って程度にゃなってたよ」
「ふぅ・・・」
オーアは鎧を磨き上げながらとりあえずは満足げに頷いた。彼女は鍛冶師。それもこの大陸でも有数の鍛冶師だ。戦士を見てきた数は数知れない。そんな彼女にとってこの程度を見通す事は楽勝だったようだ。と、そんな彼女は磨き上げを終わらせると、少しだけ苦い顔をした。
「で、だ・・・まぁ、本当はやりたか無いっちゃあ無いんだが・・・」
オーアはそう言うと、磨き上げたばかりの鎧に手を当てた。これには、ついさっきまで一つの改良が施されていたのだ。そうして、彼女はそれが終わった事を明言した。
「やっといてやったよ」
「おぉ! ありがとうございます! じゃあ、これで?」
「ああ・・・けど、気を付けときなよ。これは諸刃の剣。確かにあんたに強大な力を与えちゃくれる。くれるが、その後に待つのはガス欠って名の絶体絶命だ。ま、とりあえず着てみな」
ソラが頭を下げた事に頷いたオーアだが、少し苦い顔でソラにとりあえずの着用を勧める。というわけで、それを受けたソラは鎧を一度着込んで見る事にした。なお、この間にティナは次の仕事がある、と戻っていった。
そうして着てみた鎧だが、一応の所見た目にはなんの変化はない。オーアの手によってオーバーホールが行われてすり減っていた部分が修繕され、汚れが拭われているぐらいだ。
「やり方はどうすりゃ良いんっすか?」
「前と同じだ。前に黄金化教えてやったろ? とりあえずここであれ、やってみな」
「おっし・・・って、ここでやって大丈夫なんっすか?」
「ああ。一応、調整はやってるからね」
ソラの問いかけにオーアが頷いて、手で大丈夫と念押しをする。というわけで、ソラは言われた通りとりあえず全力を鎧に込める事にした。すると、鎧の各部が黄金色に光り輝いた。ここまでは、何も変わらない。
「さて・・・で、その状態で『リミットブレイク・指定秒数』を告げな」
「えっと・・・指定秒数ってのは何秒か、ってので良いんっすよね?」
「そういうことだな。一応、鍛冶師の権限というか力量を考えて無制限ってのは却下させて貰った。発動が面倒なのも、そこらの関係だ。そこは、諦めな。更にその上はまた使える様になってから、教えてやるよ。今月はまだそれだけだ」
「うっす・・・」
ソラはオーアの忠告を胸に刻む。今回、オーバーホールに合わせてオーアには少し調整を頼んだのだが、その調整は少々デメリットの大きな物だった。なのでこれは聞いておかねばならない事だった。そうして、ソラは試しなので極僅かなだけにする事にした。
「『リミットブレイク・ファイブセカンド』」
ぶぅん、という音と共にソラの黄金の鎧に赤いラインが入る。と同時に、ソラから放出される力が一気に膨れ上がった。
「ぐっ!」
ソラが目を見開く。魔力が一気に食われたのだが、それが彼の想像以上だったらしい。が、設定が5秒だった為か、倒れる事もなく即座に赤いラインが消失した。
「性能は要求書通りの使用にはなってる・・・けどその分、十分に考慮して使わないといけないぞ」
「うっす」
たった5秒でこれだ。冷や汗や脂汗こそ出ていないものの、ソラも身に沁みて理解出来た。
「ま、当分この使用は禁止・・・って、言わなくてもわかるな?」
「うっす。流石にこれはまだ使えないっすね」
「良し。それがわかりゃ、言うことはないよ。万が一の場合の保険、ってのは十分に理解出来てるだろうからね。本来、こんな物は使わない方が良いのさ」
ソラの返事とその顔からしっかりと理解出来ている事を理解したオーアが頷く。今回、ソラの望みに従って必要な手筈は彼女が整えたが、それ故にもし万が一わかっていない様子であれば彼女の側から問答無用に封印するつもりだった。
つもりだったが、しっかりとわかっているのなら問題はない。彼に鍵を預けるだけだ。ということで、彼女はそれなら、と改めてスペックを解説する事にした。
「それじゃあ、一応スペック教えてやるよ。ほら、こいつがあんたの要望書で、こっちが実装時のスペックだ。ここらはあんたの要望通り、こっちがあんたの今の力量を見ながら可能としてる範囲にさせてもらった」
オーアはソラから提示された要望書と共に、彼女らが実装した際のスペックシートを彼へと渡す。今回何をしていたのかというと、実はソラから頼まれて彼の鎧にユニークと言うかあまり施されない改良を施したのである。
その改良というのは、謂わば瞬の<<雷炎武>>の外付け版とでも言えば良い。鎧の側から補佐してやって、強引に当人の持つ以上のスペックを発揮させられる様にしたのである。
とは言え、これはオーアが言うように良い事ではない。戦闘力の向上に当人よりも鎧側の性能が大きく影響してしまう為、未熟な者は本人が自分の実力を誤解してしまいかねないのだ。
そして更に言えば性能が向上する分魔力の消費量は一気に激しくなってしまう事になって、もし万が一戦闘中に時間切れになってしまえば、というデメリットも大きすぎる。
なので往々にして搭載するにしても、経験は十分だが才能やステータスの差からあと一歩痒いところに手が届かない熟練と言われる冒険者向けのワンオフでの機能になる。決して経験日数が一年未満のソラが搭載して良いわけではなかった。が、数日頼み込まれて、彼女も渋々承諾したのであった。そこら、ソラを少しは認めているという事でもあるだろう。
「まず、上昇率はあんたの指定通り3倍まで上昇出来る様にしてやった。が、あくまでも3倍は出力に関してだけの話だ。消費量は3倍以上に一気に増大する。疲労度はさっきの訓練の比じゃあないと思っときな」
オーアは改めて、ソラへと忠告する。あの訓練はあくまでも、日常生活を送る事が主眼だ。魔力による身体能力の向上とてせいぜい軽いスパーリング程度でしかやっていない。
そしてこれは当然の話になるのだが、これを使う時には全力でやる事になる。全力で勝てない相手と戦う為のツールだ。たった1分の使用であっても、全力で10分近く戦ったと等しい疲労度が肉体に負荷として加わってしまうのである。
「ハイリスクハイリターン、って奴っすか」
「そうだね。そう思っておきな・・・まぁ、だからあんたにゃ総大将に申し出てあの訓練に参加させて貰えっつったんだ。しっかり気張りな」
「はい」
ソラがオーアの言葉に頷いた。実のところ、先の訓練に参加させてもらう様に指示したのは、オーア達技術部の指示だった。勿論、本来はそれ相応に費用が発生する所であるが今回もまた別の機能を搭載した装備の実験体となる事を条件に、この機能を搭載してもらう事になったのである。
とは言え、費用の問題が片付いたとてまた別にソラ自身の実力が足りていないという根本的な原因は解決していない。というわけで、今回の鎧の機能追加と調整に合わせて<<無冠の部隊>>の所で基礎ステータスを向上させろ、という事に相成ったのであった。
「おし・・・じゃあ、とりあえずは一度調子だけは見させてくれ。それ次第じゃあ、再調整が必要だからね。ま、辛いだろうけど動かない分マシはマシって思いな」
「お願いします」
ソラがオーアへと頭を下げる。ここらの素直さは、彼の良い所だろう。そうして、彼はこの日から<<無冠の部隊>>の若衆達と共に基礎ステータスの向上の訓練を行いながら、鎧のパワーアッププランに協力する日々が始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第959話『空襲部隊』
2017年10月6日 追記
・誤字修正
『スパーリング』が『スパークリング』になっていたのを修正。




