第957話 思いの丈
瞬がウルカ共和国での修行を始めて、数日。彼の訓練だが大凡やることと言えば単純に戦う事だけだった。とは言え、それはそうだろう。そもそもここには腕を磨く為に来たのだ。それ以外にやる事があっても困る。
「はぁ!」
ごうん、という音と共に瞬の手から槍が射出される。それは軽々と音速を超えると、現在の討伐対象だった魔物を数体纏めて貫いて、吹き飛んでいった。
「なるほど・・・こういう使い方もあったのか」
「おうよ。まぁ、こりゃ本家の奴らもやらねぇやり方だろうさ。片腕一本動いてりゃ、戦える。俺たちゃ軍人さんみたいに補給や撤退場所があるってのはすくねぇからな。そんな中でやろうとすりゃ、些かこういった小細工も必要なのさ」
<<暁>>のギルドメンバーの一人が告げる。彼は獣人だったが、どうやらバーンタインの従兄弟の子供らしく<<炎武>>を使えるらしい。
冒険者としてはランクAで、実力としてはギルドでも上位層の中でも中堅に位置するらしい。瞬がランクBかつ独自の<<雷炎武>>を使いこなす事から、滞在中の瞬のしばらくの面倒を任されたのであった。名はシフというらしい。正式にはもっと長いそうなのだが、当人が面倒くさいらしく名乗らなかった。
「つってもこれをバーンタインの旦那やオーグダインみたいになると、出力を集中することも出来るんだが・・・まぁ、そりゃ今は考えなくて良い。今はエネルギーのロスを抑える事を考えろ」
「はい」
瞬はシフの言葉をしっかりと胸に刻む。彼から今学んでいたのは、身体の一部だけを<<炎武>>によって強化するという手段だ。
<<炎武>>にせよ<<雷炎武>>にせよ、一番のボトルネックになるのは消費する魔力の多さだ。燃費が悪いのである。瞬の<<雷炎武・参式>>に至っては10分も不可能だ。強化可能な出力も高いが、その分消費する魔力も甚大だ。これをなんとかしないことには、冒険者にとって何よりも大切な継続戦闘能力が悲惨な事になってしまうのである。
というわけで提示されたのが、このウルカ側のバーンシュタット家が好んでやるやり方だった。彼ら冒険者にとっては軍人以上に継続戦闘能力が必要だ。旅をしていれば2日3日満足に休めない事なぞザラにある。特にここから北にある砂漠は特定のエリアは一気に駆け抜けねばならないらしく、下手に休憩を取れないらしい。そこらを考えれば、消費量を抑える事は何よりも重要だったらしい。
「始めのウチは違和感アリアリかもしれねぇけどな。ま、そこは慣れだ慣れ」
「ああ」
「ああ・・・っと、まぁ、それはさておいても。とりあえず片腕だけとかになってる時は体幹が随分狂っちまう。その点だけは注意しておけ。何時もと同じ要領で<<縮地>>使ってコケるのが年何人かいる・・・ってことで、慣れない内は戦闘中は使わずか、足止めろ」
「ああ」
シフの続けての注意をしっかりと瞬は聞いておく。先程彼も使ってみてわかったが、右側が少し軽くなった様な感覚があったのだ。全身の時は全身が雷化していたわけで気にならなかったのだが、片腕だけとなるとその分そちら側が軽くなっていたわけだ。その分、何時もとは身体の重量バランスが大きく狂っていた。
「良し。じゃあ、当分は俺が見といてやるから、練習続けろ」
「頼んだ」
シフの言葉を受けて、瞬は先程と同じように片腕だけに<<雷炎武>>を使用する事を試してみる。兎にも角にも、練習あるのみだ。そうして、この日は終日この練習を続ける事になるのだった。
さて、練習が終わった後。瞬は久しぶりにゆっくりと出来る時間を得ていた。ここ数日は生活の用意やウルカ共和国での手続き――滞在期間が長いので長期滞在の手続きを行った――などで立て込んでいたが、この日からは完全にフリーだった。
「良し・・・」
瞬は身嗜みを整える。彼の目の前には身嗜みを整える為の鏡があった。これは部屋に元々設置されている物で、冒険者といえど貴族や上役達と会う事もあるのだから、と<<暁>>のギルドが各部屋に設置している物だ。
「・・・ふぅ」
すぱん、と己の頬を己で叩く。とりあえず、気合を入れておくだけだ。意味は無い。が、彼としても珍しいぐらいに緊張していた。
「良し。行くか」
瞬は立ち上がって、何を言うべきか考える。が、考えても答えは一つしかなかった。というよりも、飾った言葉は己らしくない、と思ったのだ。だから、言うべき事は一つだけ。たった一言で十分だ。言うべき相手もわかっている。なら、何も問題はない。
そう思っていたのだが、やはり想像しているだけと実際にその時が来るのとでは感覚が違うらしい。かなり緊張していたのが、彼自身にもわかるほどだった。が、彼らしいというかなんというか、実際に事に臨む事になると腹をくくるのは早かった。
「好きだ」
ただ、一言。瞬は言うべきことを言わなければならない相手へと告げる。相手が誰か、なぞ考える必要もないだろう。リィルしかいない。そして彼女の返答も、決まっていた。
「・・・はい」
照れくさそうに、リィルが頷いた。何時もはクールな彼女であるが、流石に今回ばかりは顔を真っ赤に染めていた。質実剛健。ただ、なんら飾ることもなく端的に要件を告げるだけの味気のない告白だ。味気ない告白だが、この二人にはそれが正解だろう。それに、賑やかすなら別に最適な奴が覗き見している。
「おい、ちょっと待て! なんだよその味気ない告白! もっとド派手ってか情熱的にさぁ!」
「・・・リジェ?」
「おまっ! 何時から覗いてた!?」
リィルが首を傾げ、瞬が大いに焦る。ちなみに、答えは最初から、である。他にも彼の知り合いらしい<<暁>>のギルドメンバー達が覗き見していた。
「ひゅーひゅー!」
「おっしゃ! 祝い酒もってこーい!」
「な、なんだ!? 何がどうなっている!?」
瞬が大いに混乱する。彼が大いに緊張していたのは事実だ。となるとやはり周囲への注意も怠るわけで、何か面白いことが起きそうだ、と見抜いたリジェや彼と懇意にしている者達が動いたのだ。
更には数日で瞬が得た友人達――シフも入っている――も動いており、というわけである。元々リィルの話はリジェから聞いている者も多く、身内の家族が初恋人というのなら賑やかしてやるか、と要らぬおせっかいを焼いたのであった。
と、そんな所に丁度訓練を終えたバーンタインが現れた。一応人目の付かない所だったのだが、大騒ぎの所為でどうやら結構目立っていたらしい。
彼は最近はバランタインから教わった技をなんとしてもものにするのだ、と基礎訓練からやり直しているらしくよく出歩いており、偶然と言うか流石に自分のギルドの連中が集まっていれば気にもなったのだろう。
「お? なんだ、面白そうな事になってるじぇねぇか」
「おお! 親父! 聞いてくれ! 瞬の奴が告りやがった!」
「おい!」
誰かの発言に瞬は大いに焦る。が、そんな瞬に対して、バーンタインが豪快に笑みを見せた。
「がーっはははは! そりゃめでてぇ! お相手はそっちの本家の小娘か! 堅物ってぇ聞いてたがどうにも男の見る目があっただけじゃねぇか!」
バーンタインが銅鑼のような大きな声で笑う。彼からしても瞬は見どころのある男と言えるらしく、リィルが素気無く誘いの言葉を切っていた理由を良しと断じたらしい。
「おい、シフ! ウチの流儀で瞬を祝ってやれ! 代金は気にすんな! 俺が全部出してやらぁ!」
「おお! 親父! 勿論、俺達の分も、だよな!」
「あったりめぇよ! てめぇら全員、何時ものあれやんぞ! おぉ! ついでだ! ウルカの例のアレも持ってこさせろ!」
バーンタインは笑いながら、当人達を無視して矢継ぎ早に指示を下していく。彼からしてみれば、瞬も家族だ。その家族の慶事だ。祝わない道理はなかった。そして家族に慶事があったのだ。ならば、家族全員で祝うのが、彼ら<<暁>>のやり方だった。
「おい、女どももわかってんな! 例のアレだぞ! リーナにも事情説明して手伝わせろ!」
「おーう!」
「あったりまえよ! さ、嬢ちゃん。こっち来な」
「え?」
完全に置いてきぼりになっていたはずのリィルが急に手を引かれて困惑する。が、そこはウルカの冒険者達の強引さというか<<暁>>のやり方というか、だ。彼女は即座に連行されていった。
「さぁ、行こうや! 今日は久しぶりに飲み放題だ!」
「お、おう・・・?」
瞬はバーンタインにずるずると引きずられながら、ギルドホームへと戻っていく。と、そうして連れて行かれた先ではすでに準備が出来上がっていた――どころかすでに始まっていた――らしく、何時も以上に大賑わいだった。
「おぉ! 今日の主役が来やがった!」
「おい、新入り! てめぇ着いた早々から女口説いたって!」
「やるじゃねぇか! 見直したぜ!」
「よ! 日本一ぃ!」
「意味わかって言ってんのかぁ!?」
「知らねぇよ!」
「おっしゃ! 俺も続いてチィちゃんに告白すんぜ!」
「誰だ、皆のアイドル・チィちゃんに告白とか言いやがった奴ぁ! 表に出ろ!」
「そいつだ! 血祭りにしろ!」
一応、瞬の事を祝ってくれているらしい。祝ってくれているらしいが、完全に単に何時も以上に酔っ払い達が管を巻いているだけだった。
と、そんな彼だったが特に祝い酒を振る舞われるわけではなく、ギルドホームの中央にバーンタインによって座らせられただけだ。が、そうして困惑していられるのも少しだけだった。
リジェとシフがギルドホームに設置されている酒場のカウンターから、巨大な木のジョッキを4つ持って現れたのだ。ジョッキの大きさは豪快なバーンタインが持てば似合う様なサイズで、瞬の頭を大きく上回る様な大きさだった。まるでバイキングの盃だな、と瞬が思った程だが、その豪快なジョッキはこの場の冒険者達にはよく似合っていた。
「おぉし! 親父! 用意出来たぜ!」
「『ティルドーン』も持ってきたぜ!」
「おぉ! やっとか!」
ごとん、と大きな音を立てて置かれたジョッキにバーンタインが笑う。そして、同時にシフが大瓶を置いた。『ティルドーン』という名前のお酒らしい。
「おし! 親父、これで準備出来たぞ!」
「よぅし! 瞬! 覚悟は出来てんな!」
バーンタインはリジェが注いだ盃を手に取ると、瞬にも同じようにする様に勧める。そしてこの状況だ。瞬とて何をすべきかは、わかっていた。
「ああ」
「気をつけろよぉ? これ、むちゃくちゃ効くぜ?」
「ま、これを旦那と酌み交わしてこそ、ホントの家族だ。慶事は全員で祝って、弔事は全員で笑って送り出す・・・覚悟、良いな?」
「ふぅ・・・良し、来い!」
リジェとシフの茶化しとも忠告とも取れる言葉に、瞬は大きく息を吸い込んで覚悟を決める。この時点で彼の鼻にも強烈なアルコール臭が漂っていたのだ。かなりキツめのお酒であるぐらいわかっていた。それに、バーンタイン以下<<暁>>の三人が牙を剥いた。
「よく言った! よぅし! 野郎共! 音頭取ってくれ!」
「「「おぉおおお!」」」
バーンタインの言葉に合わせて、三階ぶち抜きの酒場が一斉に一度静まり返る。そうして、全員が手拍子と共に異口同音に口を合わせた。
「「「3・・・2・・・1・・・勇者カイトのご加護を!」」」
勇者カイトのご加護を。冒険者達にとっては何ら不思議の無い挨拶だ。謂わばご武運を、というのと同じだ。が、この場合より荒々しく、死地に向かう者に投げかける文句にも近かった。そうして、交わされた合図と共に、四人の男達が一斉にジョッキを呷る。
「ごふっ!?!?!?」
一口飲んだ瞬は、そのあまりの度数の高さに思わず咳き込んだ。と言うかなにげにリジェもシフも咳き込んでいる。が、それでも口は離さない。説明はなかったが、そういうルールらしい。暗黙の了解という奴だそうだ。
ちなみに、流石にジョッキの口は大きい。なので酒はバーンタインを除けばかなり溢れていたが、それでも飲んでいるならオッケーらしい。大雑把なルールだったが、それもまた冒険者らしいといえばらしいと言えるのだろう。
「おぉ! 新入りが久しぶりに一気成功か!?」
「おい、賭けようぜ!」
「おせぇよ! もう賭けてるよ!」
「ほれ一気、一気、一気!」
「新入りぃ! 辛くなったら置いて良いんだぞー!」
「いや、てめぇならやれる! てか、飲め! 大穴張ったんだよ!」
<<暁>>のギルドメンバー達が瞬らを煽りまくる。と、そんな間にシフがむせ返って思わず盃から口を離してしまった。
「ぐっ!」
「シフ脱落! 順当だな!」
「ちぃ! 今回は無理だったか! 確率半々じゃ読めねぇな!」
「ちっくしょ! むせちまった!」
残った酒を浴びたシフが赤ら顔で笑いながら悔しがる。如何にぶっ飛んだ冒険者達とて人だ。生理現象には勝てないのである。そして次に、リジェがむせ返ったようだ。
「ごぼっ!・・・んっぐ!」
むせ返ったリジェだが、なんとか盃を口から離す事は避けたらしい。その一方、バーンタインはさすがというべきかむせる事もなく一気に飲みきっていた。
「ぷふぃー・・・やっぱ慶事で飲む酒はうめぇな」
「一位親父! さっすがだぜ! 今回も飲みこぼしなし! 連勝記録更に一追加だ!」
「よ、日本一ぃ!」
「だから意味わかって言えや!」
ごとん、と置かれた木のジョッキを受けて、ギルドメンバー達が自分達のギルドマスターを褒め称える。
「さて、で? はなたれ小僧共はギブアップかぁ!?」
一人先に飲み終えたバーンタインが瞬とリジェを茶化す様に囃し立てる。如何に彼でもこの酒は流石に酔わずにはいられなかったらしく、顔は結構赤く染まっていた。そんなやんややんやと囃し立てる声を聞きながら、二人はなんとか酒を飲み干していく。そうして、ついに。同時にジョッキを机に叩きつけた。
「「らぁ!」」
どごんっ、と言う音と共に、ジャッキが置かれる。瞬は気合と根性で、リジェはある思いから、気合と根性と意地で乗り切ったらしい。
「「「おぉおおお!」」」
「どうしたリジェ! お前初突破じゃねぇか!」
「はっ! これから兄貴になろうって奴の前で弟が不甲斐ねぇとこ見せられるかってんだ!」
「・・・は?」
リジェの啖呵に瞬が思わずぽかん、となる。ちなみに、後に聞いた所によるとリジェは相当酔っていたらしい。何を口走ったかわかっていない様子だった。そうして、そんなリジェは立ち上がると勢い良く頭を下げた。その勢いたるや、机にヒビが入る程だった。
「姉貴、頼むわ! あんなのでも姉貴なんだ! だから、よろしく頼む!」
「・・・ああ、任せておけ! 惚れた女だ! 何があっても俺が守り抜く!」
どん、という音と共に瞬が机に上がって堂々と宣言する。酔っていたのは、リジェだけではなかった。瞬もまた、酔っていたらしい。完全に勢いだけで全員に向けて宣言していた。それに、ギルドホーム全体が沸き立った。
「「「おぉおおお!」」」
「やるじゃねぇか、瞬! 言ったからには、きちんと守ってやんな!」
「よ! 日本い」
「もう良いわ!」
高らかに宣言した瞬に対して、バーンタインや<<暁>>のギルドメンバー達が賞賛を送る。が、その一方のリジェはというと全く動かなかった。
「・・・おい、リジェ?」
「・・・こいつ・・・寝てらぁ」
「ぐぉー・・・ぐぉー・・・」
訝しんだ瞬に対して、同じく訝しんだシフが肩を揺らす。そうして聞こえてきたのは、リジェのいびきだ。それに、同じく訝しんでいたバーンタインが半ば呆れ、半ば笑いながらため息を吐いた。
「はぁ・・・おーい、どいつかこいつに一応回復系の魔術使っとけー」
「おーう」
「おいせ、ほいせ・・・ついでだし落書きしとくか?」
「いいねぇ! 大穴食わされた腹いせだ! 思う存分書いてやれ!」
どうやら、哀れリジェは治癒魔術でアルコールを無毒化される間に腹いせにおもちゃにされる事になったらしい。と、その一方の瞬だが、彼は机の上に立っていたがそこでふと、顔を真っ赤に染めた一人の美少女と目があった。
「・・・リィル?」
「うぅ・・・」
彼女は真紅の髪と変わらない程に顔を真っ赤に染めていた。そんな彼女は、横の女性冒険者達に連れられて、瞬の所にまでやってきた。いや、どちらかと言うと連行されてきた、という方が良いかもしれない。
「綺麗だ・・・」
呆然と瞬が呟いた。素直な彼の感想だった。というのも、実は連行されたリィルは女性冒険者達の手によっておめかしさせられていて、かなり扇情的な格好をさせられていたのである。が、そんな衣装を身に纏ってなお、彼女は色っぽいではなく美しかったらしい。
「そ、そんな・・・私なぞ訓練一辺倒で・・・筋肉質ですし・・・」
「いや、本当に綺麗だ」
「うぅ・・・」
リィルとて瞬が酔っ払っている事はわかっている。わかっているし瞬も後で大いに悶絶するわけなのだが、それでも今は理性が半ば取っ払われているからか賞賛にも恥ずかしさがなかった。
「よぅし! よく言ったぞ、小僧! さぁ、小僧! 次は別の意味でも男を見せる時だ!」
「・・・うん?」
リィルに見とれていた瞬は、リィルの手を引いてきた赤髪の女性――バーンタインの実子でピュリの妹――に担がれる。それに首を傾げた隙に、リィルもまた担がれた。
「ほら、ご両人のお通りだ! あんたらはやることわかってんだから、やることやんな!」
「「「おぉおおお!」」」
「リーナ! 鍵だ! 忘れんじゃねぇぞ!」
「っと、親父、サンキュ!」
リーナというらしい赤髪の女性はバーンタインからどこかの鍵を受け取ると、そのまま二人を担いでギルドホームを歩いて行く。と、そうして到着したのは、瞬の個室だった。どうやらあれは彼の個室の合鍵だったらしい。
「こっちは嬢ちゃんにあたしら<<暁>>からの祝いだ。小僧の部屋の合鍵だ。好きに使いな」
「あ、はぁ・・・」
混乱するリィルは投げ渡された瞬の部屋の合鍵を咄嗟に受け取る。さすがの彼女も最早何がなんだかわからなかったらしい。
「男にあれだけ言わせたんだ。女にゃ女の責任の取り方ってもんがあんだろ。で、男も男であんだけ啖呵切ったんだ。責任の取り方ってもんがあんだろ」
「責任は取る」
瞬は先程と同じく、堂々と宣言する。どうやら酒のおかげか完全に男としての意識が前に出ていた。が、それにリーナは気を良くして一つ大きく頷いた。
「よく言った。それでこそ<<暁>>の家族だ・・・なら、後はわかんね? ま、覗こうとするバカどもはウチの女衆が排除してやるし、多少大声出しても下はどんちゃん騒ぎ。誰も気づきやしねぇ。好きに・・・てか思う存分ヤりな」
「っっっっっ!」
言われた意味を理解したらしく、ぼんっ、とリィルが一気に顔を真っ赤に染める。それは先程よりも遥かに真っ赤だった。
と言うか、なにげにリーナは激励する様にぐっ、と拳を握っていたのだが、親指は人差し指と中指の間から出ていた。女握りと言う隠喩だった。
「っと、つってもどうにもその様子ならおぼこちゃんか。なら、流石に酒の勢いは嫌だろ。ほれ」
「・・・うん?」
ぽん、という音と共に瞬に光が浴びせられる。そうして、瞬が一気に素面に戻った。
「っっっっっ!」
ぼんっ、という音と共に瞬が今までの事を全て思い出して、彼も赤面する。と、それと同時だ。リーナが手を振りながら部屋から立ち去った。
「じゃ、ごゆっくりー・・・あぁ、あたしらも聞かないからねー。あ、後朝までここら一帯、立入禁止にしといてやっから」
「「あぁ、ちょっと!」」
二人は同時に大慌てでリーナを追いかけるが、その目の前で扉は閉じられた挙句、要らぬお節介なのに扉を外側から閉じていた。
「ふぃー・・・良いことすると気持ち良いね」
後ろの初々しい雰囲気を感じながら、リーナが額の汗を拭う。間違ってはならないが、彼女らは全て善意で行っている。これが、彼らなりのやり方だ。そして一方の瞬はというと、彼は彼で相当に混乱していた。
「あ、あの・・・」
「あ、ああ・・・」
そもそもがうぶな二人だ。気まずくはないものの、微妙な空気が流れていた。が、瞬とてここで進まねば男ではないぐらいはわかっている。
ここまで周囲がお膳立てしてくれたのだ。リィルは誰が見ても恥ずかしくないぐらい綺麗な姿だ。これで何もしませんでした、というのは正直に言って、チキンどころか誰からも軽蔑される事だろう。
据え膳食わぬは男の恥、というが食われぬのは女の恥なのだ。とは言え、兎にも角にも、言わねばならない事はあった。
「リィル・・・改めて、言わせてくれ。愛している」
「・・・はい。私も、愛しています」
リィルも今度はきちんと、返事を行う。兎にも角にも、リジェの所為で正式は返事は出来なかったのだ。改めて、という事だ。
ちなみに、この数日後。仕事終わりにリィルによってボコボコにされたリジェの姿があったとかなかったとか。まぁ、僅かに手加減をされていたのは、この日の結末が彼女にとっても悪い物ではなかった、という事なのだろう。
そうして、この日を境として瞬は正式にリィルと付き合う事になり、更には<<暁>>のギルドの一員として認められて数ヶ月に及ぶ修行の月日を本格的に開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。ここで、一旦瞬のお話は終わりです。次からはまた別の奴の修行開始です。
次回予告:第958話『改造計画』




