第956話 修行開始
ウルカでの修行を始めた瞬は、バーンタインの依頼を受けて<<暁>>の冒険者達と共にウルカ共和国首都ウルカの北にある旧ウルカ王国の王都跡へとやってきていた。
「ここが・・・王都か」
「元、王都な。今は単なる廃都だろ」
瞬のつぶやきにリジェが笑う。確かに元王都というには都市部の多くは無残な姿を晒していた。一応まだ結界は一部使用可能な状態らしく機能していて<<暁>>のメンバーが活動拠点にしている様子だが、それも殆ど廃屋と呼んで良い有様だ。
「何があったんだ?」
「反乱と一時期結界が停止してた時の魔物の襲来やらなんやらでこのザマさ。まぁ、奴隷王国って二つ名がある様な碌でもない国だったんだ。最後は王様は追い掛け回された挙句縛り首ってわけで・・・そんな国の王都だ。こうなんのが当然の結末って奴だろ」
どうやら、ウルカ王国というのは暴動に近い状態に陥って滅んだようだ。であれば、ここまで廃墟に近い有様を晒しているのも無理はないだろう。と、そんな廃王都に滞在する<<暁>>のギルドメンバー達もこちらに気付いたようだ。
「親父・・・どうした? 依頼か?」
「いや、ちょいとやりてぇ事があってな。まぁ、邪魔はしねぇ」
「やりたい事?」
「ちょいと強敵も多そうだからよぉ・・・訓練って奴だ」
「親父がぁ?」
滞在していたギルドメンバー達が顔を顰める。バーンタインと言えば世界でも実力者に位置している。この間は大将軍とさえ引き分けたのだ。今更訓練が必要とは、思えなかったのだ。
「あぁ? なんだ、俺が修行しちゃわりぃのか?」
「ああ、いや。そういうこたぁねぇよ。まぁ、親父のやることにゃ俺たちゃ逆らわねぇ。好きにやってくれ」
「ああ・・・おい、闘技場跡行くぞ」
滞在していた者達の許可を受けて、バーンタインは一同を引き連れてバランタイン達がかつて戦わされていたというコロッセオ跡へと向かう事にする。
そこは街の中心に近い所で、規模としては皇国の皇都にある闘技場と同程度の規模だ。が、こちらは滅びた都市にある事もあって見た目としてはギリシアのコロッセオをイメージすれば良い。コロッセオの形式上、見世物の趣が強いのでどうしても建物の形状は似ているのである。
とは言え、こちらは遺跡として見出されたギリシアとは違い忌まわしい遺物としてなんの補修もされていないわけで、コロッセオの外壁の大半は崩れ入り口は瓦礫で塞がっている。ということで一同は崩れた外壁から、内側へと入った。
「人は居るのか」
「ウチのがな。ここも結界生きてて、ウチが共和国に掛け合って修行場に使わせてもらってる」
何時も通り、瞬のつぶやきにリジェが解説する。瓦礫を登った彼の目に映ったのは、修行中と思しき冒険者達の姿だ。廃都では結界が解除されている所のところどころで魔物が徘徊していたが、どうやらそれの討伐等を含めて訓練と化している様子だった。やはり世界最大規模のギルドというのは伊達ではなく、ウルカ付近のどこかには<<暁>>の冒険者が居る様子だった。
なお、勿論魔物は冒険者ならばさほど危険の無い程度の物だ。そうでないとここを使おうとは考えないだろう。と、そんな元闘技場へと、バーンタインは入っていく。
「おーう。悪いな、ちょいと俺のスペースも空けてくれや」
「親父!?」
「親父がこっちって・・・珍しいな。なんかやんのか?」
「おう。ってことでちょいとスペースくれ」
「っと、おーい! お前ら! 親父が訓練だ! 全員距離取ってスペース空けろー!」
元々使っていたギルドメンバーの冒険者達はバーンタインが来た事を聞くなり、一斉に自分たちの訓練を停止して彼の為に元々観客達が居座っていただろう所へと移動した。そうして、それを受けてバーンタインはコロッセオの中心へと連れてきた一同を集める事にした。
「すまねぇな・・・さて、全員こっち来い」
「「「おう」」」
「おし・・・さて・・・まぁ、細けぇ話はそこらにぶん投げといて、だ。さるお方からの情報でな。ちょいと試してぇことがある。それにお前らの手が借りたくてな」
「親父が・・・」
「俺達の力を・・・?」
何の詳細も殆ど知らされていなかった一同の大半が首をかしげる。彼らからしてみてもバーンタインとは雲の上の人だ。そんな彼が力を借りたい、というのはあまり実感が無いのであった。
「ああ・・・つってもやるこたぁ簡単だ。俺にお前らの<<炎武>>の火を預けて欲しい」
「・・・<<炎武>>の火を・・・」
「預ける?」
ギルドメンバー達が首をかしげる。実は瞬は知らない事だったのだが、<<暁>>のバーンシュタット家からは同じく<<炎武>>を使える他者へ<<炎武>>の力を譲渡する方法がほぼほぼ失伝していたのである。せいぜい、体力回復程度にしか出来ないらしい。
ここら、個人での行動が多い冒険者と組織として動く軍の差という所で、個々としての技量では西部バーンシュタット家が遥かに上に立っていたが逆に<<炎武>>を多方面に使いこなすという面で言えば、本家バーンシュタット家の方が上だったのである。ここはクズハ達や当時の面々が近くに居たおかげ、という所だろう。
というわけで、そんな方法を考えた事さえなかったウルカ側のバーンシュタット家一同は全員が一斉に首を傾げた。
「どうやって?」
「・・・おぉ、そういや俺達誰も知らねぇよな」
「「「えぇえええええ!」」」
ぽむ、とバーンタインもここで気付いた様に手を叩いた。彼も知らない事はわかっていても、そもそもカイトもそこらは知らないので知っている前提で進めてしまっていたのである。こればかりは使わなかったと思っていたバランタインとカイトのミスだった。
「おい、リジェ。お前さん、なんか知らねぇのか?」
「いや、親父。俺が<<炎武>>使える様になったのこっちでだぜ?」
「だわな・・・どうするか・・・ちょっと時間くれ」
バーンタインはリジェの言葉に笑ってから、少しだけ額に手を当てる。どうやら初っ端から躓いたらしい。彼は一度カイト様に頭下げて、だのと呟いていた。が、そんな彼らはすっかり忘れていたが、もう一人亜種ではあるが<<炎武>>を使える者がここには居た。
「あ、あー・・・一応、俺がカイトから聞いた事で良いのなら、教えられるが・・・それでは駄目なのか?」
「・・・お前、聞いた事あるのか?」
バーンタインが顔を上げて目を見開いた。
「ああ・・・そもそも俺はリィルを見て<<炎武>>をなんとか再現しようとしたことがあって・・・それで無理だったんで、<<雷炎武>>を開発したんだ。で、その前に一度<<雷武>>というものを開発した事があって、そこでカイトから手を借りたんだ」
「ってこたぁ・・・その折に解説受けたってわけか?」
「ああ・・・バランタインさんからも少しだけ」
「ぐぅううう! 羨ましいぞ、この野郎! くっそ! もっと早く行ってりゃぁ・・・」
バーンタインが心底悔しそうに臍を噛む。どうやらバランタイン直々に教えを受けられた瞬が羨ましくてたまらないらしい。が、そんな彼もすぐに我を取り戻して、瞬からの解説を聞く事にした。
「いや・・・そいつぁまぁ、置いとこうや。で、なんて?」
「えーっと・・・バランタインさんは気合と根性注入してやりゃぁ良いんだよ、と」
「ふむ・・・まぁ、やり方としちゃぁ、それでわからぁな」
バーンタインは瞬の要約を聞いて、<<炎武>>の理論を考えて大凡はそれで良いのだろう、と理解する。とは言え、それでは困るのだ。これは感覚論。どうやっているのか、ではない。
「で、カイトは・・・ええと・・・確か活力、もしくは気を受け渡す様にやる、って言ってたな」
「気? 気ってと・・・中津国の奴らが言う気の事か? 魔力とは厳密には違うって話は聞いたこたぁあるが・・・」
「多分、そうだ」
バーンタインの問いかけに瞬は少し自信なさげに頷いた。彼としても中津国の事は知らないし、気と魔力が厳密には違うという事は初耳だった。
とは言え、これは一片の真実は捉えているらしい。気とは即ち肉体に宿る力で、魔力とは即ち意思の力、つまり精神・魂に宿る力だ。厳密には区分する事が可能らしい。だがどちらを使っても魔術を使えるので区別する事は学者以外にはほぼ無意味な為、誰もが一緒にしているらしい。
「つってもなぁ・・・それだけじゃあわからねぇ・・・」
バーンタインが頭を捻る。やはりこれだけでは漠然としていてイマイチよく理解は出来なかった。カイトならこういう場合どういう風にやっているのか教えてくれるのだが、残念ながら彼は居ない。と、思っていたわけだが、そんな所に声が響いてきた。
「あー・・・ワリィな。こりゃ、予想外だった」
「こ、こらぁ・・・失礼しました。何時お出でになられたんで?」
現れたのは本来の姿のカイトだ。そんな彼は背後に向けて指を指していた。そこにはブラスとリィルが立っていた。
「息子が世話になってるからって挨拶に来たらしいんだが・・・こっちに居るって話で来てみりゃ困ってるって話だったんでな。オレの所にまで連絡が来て、こいつらに万が一で持たせておいた連絡用の使い魔使って一時的に顕現させて貰った」
「そりゃ・・・すんません」
バーンタインが頭を下げる。言うまでもなく相手は勇者カイトだ。何も知らない者達でさえ、思わず目を見開いて唖然となっていた。
「悪いが後始末は任せるが、そこは良いか?」
「へい。それはこちらで」
カイトが現れた事への後始末をバーンタインが請け負う。その程度はこれから教わる事を考えれば毛ほどの対価にも成りはしなかった。そもそもカイトの正体がバレると困るのは玉石混交の国に対してだ。足を引っ張られるのが困るのであって、逆に足を引っ張られない相手なら正体を露呈させた所で困りはしない。
「さて・・・って、ことでとりあえず。おーい、おっさん!」
「・・・なっ・・・」
カイトの声で観客席を見たバーンタインが思わず青ざめる。そこに立っていたのは、バランタインその人だ。彼が神妙な顔でコロッセオ全体を見渡していたのである。そんな彼は僅かに悲しげに、コロッセオの中心に降り立った。
「・・・こんなになっちまったか・・・はっ。ざまぁみやがれってんだ」
「おっさん・・・辛いならわざわざ出て来る必要ねぇだろ」
カイトがため息混じりに首を振る。今回、彼が出たいというので出したわけだが、彼が悪態をついたのを聞いて堪えている事をカイトは察したのである。勿論、ざまみろというのも心の底から出た言葉ではある。
「あぁ? って、そうだわな。お前にゃわかるわな・・・はぁ・・・ざまみろとしか思わねぇと思ったんだがなぁ・・・」
バランタインはかつて己が少年時代を過ごした場所が荒れ果てていたのを見て、やはりそれでもここは故郷なのだ、と思ったらしい。少しだけ、本当に僅かにだが辛そうだった。とは言え、そんな彼は首を振って気を取り直した。
「まぁ、それでも。俺は俺のガキのガキの手助けぐらいはしてやらな駄目だろ・・・すまねぇな。本とか記した事ねぇせいで色々と書き記し損ねてたわ。まぁ、名前書くのが精一杯だったんだ。そこらは、勘弁してくれや」
「い、いえ・・・わざわざ手紙を下さっただけで十分です・・・それなのにまさかこんな所にまでお出でくださるとは・・・畏れ多い事で・・・」
バランタインの謝罪にバーンタインが震え上がる。自分の尻拭いとは言えわざわざ、バランタインが己のトラウマである場所にまで出向いてくれたのだ。感極まったのである。
「いや、元々は俺の尻拭いだ。これぐらいはさせろや・・・おい、カイト。譲渡側は頼む」
「あいよ」
バランタインの指示を受けて、カイトが僅かに距離を取る。書類で説明出来ないので、実演で説明するつもりだった。百聞は一見に如かず。一度見せた方が早いと思ったらしい。そうして、まずはカイトが右手を挙げてバランタインへと向ける。
「さて・・・一度しか言えないからよく聞けよー」
右手を上げたカイトが<<暁>>のギルドメンバー達に対して告げる。流石に勇者その人からの講習だ。誰もが真剣そのものだった。
「まず、譲渡する側は出来る限り攻撃の意図を無くせ。で、その上で<<炎武>>の力を高めろ。闘気とか高めてやってる奴はそれ無しでも出来るから頑張れ。そこらは後でそっちの日本の若いのにでも聞いとけ」
カイトは説明しながら、<<炎武>>を身に纏う。そんな彼は闘気は身に纏わず、右手に己の生み出した炎を集めていく。
「さて・・・んで、これを渡すわけだが・・・ここら、イメージになって悪いが考える事は相手に活力を渡す・・・まぁ、ぶっちゃけりゃ元気になってくれ、って思え。で、後はそれを強く念じると・・・」
カイトが少し気合を入れると、手のひらから炎がバランタインへと伸びていく。そしてそれを受けて、バランタインが解説を変わる。
「で、こいつを受け取るんだが、その際に一つ気をつけろ。こいつぁ暴れ馬みてぇなもんだ。が、強引に取り込むんじゃねぇ。はじめは力を抜いてこの力を受け入れろ。んで、自分の力として<<炎武>>の要領で全身に循環させていけ」
バランタインはカイトから受け取った<<炎武>>の力を自らの力として体内に取り込むと、それを漲らせながら<<炎武>>を低練度で展開する。彼自身の力は今回の性質を考えてまだ使っていない。そうしてカイトから注ぎ込まれる力が増えていくに従って、<<炎武>>の段階も上へと上がっていく。
「第三・・・第四・・・基本的にゃ、これで出力を上げてける・・・が、こりゃ受け渡される事だけを考えた場合だ。ここに、己の<<炎武>>を加えると事情が変わる。おい、カイト。切ってくれ」
「あいよ」
「おし・・・ふんっ!」
バランタインはカイトからの力の流入が止まったのを受けて、今度は己の力だけで<<炎武>>を展開する。今度は最初から最大の力だ。それを見て、バーンタインが呟いた。
「<<暴炎帝>>・・・」
『おう、覚えてやがったか』
炎そのものとなったバランタインが笑う。とは言え、これを見せたくてやったわけではない。なので、即座にカイトに合図を送った。
「じゃ、また譲渡っと」
『おし・・・おぉ。きたきた』
カイトの力が加わった瞬間、バランタインが身に纏っていた炎が一気に暴れ狂う。が、その様を受けてなお、バランタインは平然としていた。
『まぁ、これの難しい所は<<炎武>>が最大限発揮されてからだ。てめぇの限界超えちまうからな。俺様も当初は難しかった』
「嘘言えや。すげぇすげぇ言いながら危うく草原を焦土化しそうになってたじゃねぇか。お陰で一度練習は海の上でやれ、って言われてんだろ」
『うるせ・・・まぁ、受け取った側は自分の上限を上回る力を制御しねぇとなんねぇ。暴走や暴発の危険はある・・・バーンタインとそっちのガキ。お前らは特に気をつけろよ。お前らの力量で更に上に到達すりゃ、その時点で暴発が命取りだ。お前らのじゃなく、周囲の、だ。練習はしっかりな』
「ま、後は練習あるのみだ。とりあえず受け取って一段上の感覚を理解すりゃ、バーンタイン殿の場合はいけんだろ」
「は、はい。ありがとうございました」
バーンタインが深々と頭を下げる。直々にやり方を教えてもらったのだ。これほど幸運な事は無いし、冒険者ならば最早卒倒しかねない――と言うか数人卒倒していた――状況だった。
そうして、カイト達はとりあえず一通りの仕事を終えたので消える事にしたが、カイトはバランタインを消す直前に瞬へと近寄った。
「先輩・・・なんでリィルこっちに入れてるかわかってるよな? そろそろ、腹括れよ」
「わかっている・・・その為に準備もしてきた」
「そか・・・ま、親のフォローとかはやってやる。後の報告は楽しみにしとく」
「報告はしないぞ」
瞬が少しだけ恥ずかしげにそう告げる。彼はここに修行に来たと同時に、一つの覚悟を決めて来ていた。そうして、彼はカイトに尻を蹴飛ばされた事もあって、覚悟を決める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回、ようやくあれに決着が。
次回予告:第957話『思いの丈』




