第955話 暁の冒険者達
<<暁>>ギルドホームにてリジェや<<暁>>の上役達にカイトの正体が明かされた後。とりあえずカイトとバランタインからの書類は神棚に祀られた上で額縁に入れて当分は金庫に保管する事になる事が決まった後、とりあえず飲み直す事になっていた。
「まぁ、そういうわけでよ。とりあえずカイト様の手紙は受け取った。が、やっぱものすげぇ方だぜ、あの方は」
とりあえずそうなって出たバーンタインのカイトへの評は、ただ一言。絶賛だった。
「バランタイン様が筆不精ってかあまり書類を得意になさってなかったこたぁウルカなら子供でも知ってる事だ。で、そこでこいつだ」
バーンタインはカイトからの手紙をひらひらと振る。その顔には最早畏れさえ滲んでいた。
「はぁ・・・基本的にバランタイン様は説明が得意じゃねぇ・・・いや、天才故にありがちな自己流ってのが染み付いちまってるんだろうな。感覚論ってのが大半だった」
「で、こいつか・・・」
「まぁ・・・こりゃ公にゃ言えねぇが、カイト様ってのは武芸って意味じゃあ凡夫だな。凡夫故に感覚で得た事を再現する為に頭で理論化してる方だ。まぁ、若干天才寄りって感じでその理論化も独自の理論って所がでかいが・・・」
オーグダインの促しを受けたバーンタインが続ける。先に彼自身が言ったが、下手にカイトを貶せば如何に彼とてただでは済まない。なので公には言えないが、と言ったのだ。
「こっちは所謂注釈の様なもんだな。瞬、お前さんの<<雷炎武>>についての注釈もされてたぜ、こいつに」
「ほんとうか?」
「ああ・・・ほらよ」
バーンタインは瞬へとカイトからの手紙を手渡す。そうして、彼はカイトからの手紙を読み始めた。
「えぇっと・・・瞬の<<雷炎武>>だが、これは一見無茶苦茶な様に見えて実は意外と理論的に成り立っているのかもしれない。先にも言ったが、バランタインの<<炎武>>の理論の中の一部には地球の五行説にも似た理論が使われている。もしかしたら地球の五行説がなんらかの流れでウルカに入ってきていたのかもしれないが、ここらはわからない・・・」
カイトからの手紙は様々な見地からの推測が含められており、一種の解説書にも近い内容だった。これによると、当時学のなかったバランタインの開発した<<炎武>>はほぼほぼ独自理論によって行使されており、身体は5属性で構成されていると考えていた節があるそうだ。
その5つとは、『風・火・土・雷・水』。これを五行説で似た属性を当てはめれば、そのまま『木・火・土・金・水』となる。偶然とは言え、一致したわけだ。
「それと照らし合わせれば、瞬の<<雷炎武>>は火生土・土生金の理論を使えると考えれる。が、土とは身体。そもそも身体を金気・・・すなわち雷に変えられる土台はあったわけだ。更には人体の動きには脳から送られる電気信号があるのだが、これを活性化させる事で<<雷炎武>>が出来た、ということなのだろう。何故瞬が雷属性に長けていたのか、というのはおそらく先天性、もしくは遺伝によるものだと推測される。ここらについては祖先の血筋に源頼光という・・・駄目だ。これ以上は理解出来ん」
瞬は読んでいて頭が痛くなってきたらしい。もうこれ以上は止めよう、と首を振った。それに、返された手紙を受け取りながらバーンタインが笑った。
「がはは。そりゃ、そうだ。俺も読んでて途中からこりゃぁ本気でやらねぇとわかんねぇって思ったからな」
「それで、親父もあれだけ真剣だったわけか・・・」
「おう。十年ぶりに真剣に考えたぜ」
オーグダインの言葉にバーンタインが豪快に笑う。そもそも彼らは生え抜きの冒険者。この中には孤児だったりここで生まれ育った者は多い。一応最低限の読み書き程度はギルドでも教えてくれているし望めばウルカ共和国が経営している国立の学校へ通うことも出来るが、それよりも冒険者としての訓練に精を出す者が多いらしい。なので、基本的に学力という意味で賢い者は少ないそうだ。
「ま、とりあえずここまでやってりゃ誰が文句のつけようがある? こんなの書けるのはカイト様ただお一人だろうぜ」
バーンタインが笑う。ここまで<<炎武>>について詳しく書けるのであれば、それは使いこなしている者一人だ。それは幹部達にだってわかったらしい。
「はぁ・・・で、そいつ結局何なんだ、親父」
「ああ、こりゃ、所謂俺達ウルカに渡った奴らの強化プランって所か。本家のバーンシュタット家が学んでる内容をこっちにも教えてくださったらしい」
「本家の? 俺なんも知らねぇよ?」
本家と言われて本家筋であるリジェが首をかしげる。が、これは当然だ。彼は将来的にはそうだが、まだ軍人ではないのだ。というわけで、バーンタインが当たり前の様に告げた。
「たりめーだろ。お前さん軍人になる為に訓練してんだ。大方本家が隠してるんだろ。お前、<<炎武>>は俺が教えたんだろうがよ」
「あー・・・そういやそうだった・・・」
「っと、そうなると、やっぱ試してみてぇのは男心ってもんだ・・・オーグダイン、今いる兄弟を明日の朝に集めろ。ついでに瞬とリジェ。お前さんらも協力しろ」
「おう」
「ん? 俺もか?」
「おう、瞬。お前さんもだ。ちょいと知恵は借りるかも知れねぇし、お前さんのなんらかの取っ掛かりになるかも知れねぇだろう?」
「ああ、それもそうか・・・じゃあ、お願いする」
「おう」
瞬が応じた事にバーンタインが頷いた。そうして、この後は瞬の歓迎会とリジェの帰還した事を祝う飲み会が開かれて、瞬は痛飲させられて酔っ払ったまま、眠りに就くのだった。
翌日の朝。瞬は朝練を終えると、<<炎武>>の訓練を行うという<<暁>>のギルドメンバー達と共に集合していた。
「ああ、瞬か。どうだった、ウチの部屋は」
「ああ、ダインさん。部屋、ありがとうございました。快適でしたよ」
瞬は点呼を取っていたオーグダインへ朝の挨拶を行う。今回の滞在期間では部屋は<<暁>>が用意してくれる事になっており、客人用の部屋を一つ与えられていたのであった。
なお、これは別に彼が特別待遇というわけではなく、<<暁>>の傘下に加わっているギルドの者達がこちらに来る事があり、その為の部屋を一つ使わせてもらっているらしい。現に今も幾つかの傘下のギルドの冒険者が別の部屋で寝泊まりしていたし、リジェも昔はこれと同じ部屋を使っていたらしい。
昔は、なので今は<<暁>>のメンバーと同じ部屋を使っているそうだ。基本的に彼の今の扱いは本家のお坊ちゃんではなく、<<暁>>のギルドメンバーとして扱われているそうだ。
「おーう、兄貴・・・俺も来たぜー」
「リジェか・・・貴様は何時も二日酔いがひどそうだな」
「あんたらが飲ますからだろ・・・瞬・・・お前、大丈夫か?」
少しだけ顔を青ざめたリジェが瞬へと片手を挙げる。どうやら二日酔いがひどいらしい。
「あ、ああ・・・龍族と呑む事もあるからな。そこそこ鍛えてはいた」
「あー・・・そういやそうか・・・ウチの所は龍族もよく来るもんなー・・・ってぇ・・・」
リジェは痛む頭でそういえば、と思い出したようだ。納得した様に頷いて、頭が痛んだらしい。蹲っていた。
「あー・・・リーシャさんの二日酔いの薬・・・使うか? 一応もらっておいたんだが・・・」
「マジか・・・悪い、頼むわ・・・」
「水はないが許せよ」
「いーっす」
リジェは瞬がウェストポーチ状の小袋から数錠の薬を取り出した。こちらに来るときに酒を飲まされる事もあるだろうから、とリーシャとミースが調合した薬を幾つか貰っておいたのだ。勿論、他にも傷薬等も色々と貰っている。こちらは一応念のため、という事で渡されていただけだ。
「一時間もすると、楽になるらしい」
「おう・・・」
リジェはタブレットの様に薬を軽く噛み砕き、唾液で飲み込む。噛んで良いかはわからないが、飲みやすくはなっただろう。ちなみに、彼も一応所属は魔導学園生なのでリーシャの腕は知っている。と、そんな事をしているとバーンタインが現れた。
「おーう、おめぇら。朝から悪いな」
「おーう、バーンタイン! おはよう!」
「親父ー!」
バーンタインに向けてギルドメンバー達が挨拶を行う。今回集まった者は多くが――バーンタインが何をするのか興味で来た者も居る――彼の子供や従兄弟、果ては伯父達も居るらしいので、中には普通にタメ口を使う者や呼び捨てにする者も居た。
そうして、朝の挨拶が一通り交わされた後、彼らはとりあえず北の旧ウルカ王国王都へと向かう事にする。するわけなのだが、そこで瞬は<<暁>>が慕われている事を理解する事になった。
「バーンタインさーん! 今日はどっかお出かけですかー!」
「おーう! ちょいと訓練だ!」
「バーンタインさーん! 酒、届けときやしたー!」
「おう、ありがてぇ! 金は何時も通り頼まぁ!」
バーンタインがどこかを歩く度、声が掛けられるのだ。彼はそれに逐一返事をしていく。しかもそれが一人や二人ではないのだ。なので結局、街の外に出るまでには一時間程の時間が掛かっていた。
「す、すごかったな・・・」
「まぁ、大人数になるとこんなもんだ。一ヶ月もすりゃ慣れるよ」
門番達さえバーンタインに握手を求めていたのを見て呆気にとられた瞬に対して、リジェが笑う。どうやら、これがデフォルトらしい。バーンタインその人も相当慕われているのだろう。と、そんなリジェが更に笑った。
「まぁ、こっからの方がすげぇんだけどな」
「うん?」
「ま、見てりゃわかるよ・・・つっても流石に今日は親父も居るしそこまでにゃならないかもな」
どうやら、何かがあるらしい。そうして少し30名ぐらいの集団で歩いていたわけなのだが、そこで彼の言う事が理解出来た。
「っ! 魔物か!?」
「こりゃ・・・あれか。ワーム系だな・・・って、瞬。別に構えなくて良いって」
「は? いや、明らかにこれは集団だろう?」
リジェの言葉に瞬が困惑する。地面が大きく揺れており、明らかになんらかの巨大な魔物の群れに遭遇した事が彼にも理解出来たのだ。が、そんな彼が周囲を見れば、大半の面子が武器を出してさえいなかった。
「前だ、前。親父達見てみ」
「うん?」
瞬は視線を振動の原因から、バーンタインへと向ける。するとそこではバーンタインが側近達と何かを話し合っている様子があった。と、オーグダインが声を荒げた。
「おい! 野郎ども! 揺れるからしっかり堪えとけ!」
「「「おう!」」」
オーグダインの言葉にさもそれが当たり前と言わんばかりにしっかりと踏ん張る。その、次の瞬間。唐突に更なる地震が一同を襲った。
「なんだ!?」
「親父だ! 地割れ、来るぞ! しっかり踏ん張ってろ!」
リジェは自身も槍を地面に突き刺しながら、瞬へと注意を促す。と、その次の瞬間。彼の言葉通り、地面が大きく砕けた。
「うおっ!?」
踏ん張っていた瞬がよろめく。が、その一方、バーンタイン達は同じく動けない魔物達に向けて動いていた。まず動いたのは、バーンタインの側近達だ。彼らは地面が割れた事で姿を露わにした魔物たちへ向けて、一気に突っ込んでいく。
「親父! 行くぞ!」
彼らは一人で地面に潜っていた数体の巨大な魔物を引っ掴むと、それを上へとまるで紙くずのように軽々と放り投げる。それに、バーンタインが応じた。
「おう! 準備運動はしとかねぇとな!」
バーンタインが笑う。どうやら、これでもまだ準備運動らしい。そんな彼は両手に炎を宿すと、腰を落とした。
「おらおらおらおらおら!」
バーンタインが拳を突き出す度に、炎の拳が放たれる。<<炎武>>を使った技の一つ、<<炎拳>>だ。祖先であるバランタインがかつての竜騎士レースの折に援軍で使っていた<<豪炎拳>>の一つ下の技だ。
更にもう一段階下にも技があるらしいが、実力者であるバーンタインからしてみれば準備運動にはちょうどよいのかもしれない。と、そうして意図も簡単に魔物達は消し炭になった。
「ふぃー」
「どうだ? 親父。もうちょいやっとくか?」
「いやぁ、構わねぇ。ちょいと派手にやっといた。とりあえずお前らも準備運動しとけ」
「「「おう」」」
バーンタインの言葉を受けて、側近達も頷いて残りの魔物達を一斉に討伐し始める。が、こちらもすごかった。ほぼ一撃で30メートルはあろうかという巨大な魔物達が一撃で消し飛んでいったのだ。
「・・・な?」
「あ、ああ・・・」
瞬が頬を引き攣らせる。あまりに圧倒的。自分よりも遥かに上の連中だというのが理解出来たのだ。と、そうして簡単に終わらせられたわけなのだが、すごいのはここらの格上の存在だけではなかった。と、そんな彼の所に、ギルドの年かさの男が声を掛けた。
「瞬だったな。お前さん今日は連携見とけ。初めての奴じゃあ邪魔にしかなんねぇよ」
「おらよっと」
「おいよ」
「・・・お、おう・・・」
瞬はぽかん、となる。側近達の準備運動が終わって今度は瞬達一般ギルドメンバーの番となったわけだが、そこでも彼の出番は皆無だった。例えば、巨人系の巨大な魔物との戦いだが、それは一切敵に攻撃させずに終了した。
まず誰かが足に一撃を加えて足止めすると、それと間を置かずに次の者が手へ向けて斬撃を放ち攻撃を無力化。更に次の瞬間には更に別の者がその巨体を駆け上がって顔の位置に立つと拳を振り抜いて、顔面を弾き飛ばす。そして最後は巨大なハンマーを持つ者が胴体を打ち抜いてコアを完全に破壊した。
これが、たった十数秒で行われていたのである。魔物が変わろうと、一体あたりの討伐時間はさほど変わらない。瞬の出番なぞあろうはずがなかった。誰もが即座に最適を理解していて、流れる様な動きで魔物を完封していたのである。連携の練度が冒険部とは桁違いだった。
これが、冒険部の目指すべき点だろう。カイトの様に個がずば抜けていない冒険部は普通のギルドと一緒だ。目指すべきはカイトではなく、こちらだった。そうして、そんな生粋の冒険者集団の戦いを見ながら瞬は自分達はどう動けば良いか、というのを学んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第956話『修行開始』




