第950話 新たな決意
シャーナと共にカイトがエネシア大陸へと帰還して、数日。とりあえず公にはシャーナの事は隠される事になった一方、カイトはようやく冒険部へと帰還する事が出来た。と、そんな彼を出迎えてくれたのは、冒険部の面々だった。
「おかえりー!」
「おーい! スケコマシ野郎が帰って来たぞー!」
「無事だったんだ!」
口々に寄せられる言葉に、カイトが笑う。まさかここまで心配されていたとは思いもよらなかったのだ。そうして、カイトは言わねばならない言葉を口にした。
「ああ、ただいま」
「「「おかえり、マスター!」」」
カイトの返事に、ギルドメンバーの全員が口を揃える。そんなカイトの顔は何処か照れくさそうで、やはり勇者だなんだと言われようと、そして心構えが僅かに変わろうと彼が根っこの部分ではあまり変わっていない事が明らかに示されていた。そうして、そんな出迎えを受けたカイトは、とりあえず冒険部の全員へ向けて一つの演説を行う事にした。
「まぁ、とりあえず。心配掛けた。シャーナ様の警護の関係でどうしても連絡が取れなかった」
カイトはとりあえず、まずは何も連絡を寄越せなかった事を詫ておく。まぁ、先程もそれに関しては詫たが、改めて、という所だ。それに、ソラが答えた。
「おう・・・で、とりあえず無事は無事だったんだよな?」
「まぁ・・・失ったものがないではないけどな・・・」
カイトはソラの問いかけに対して、僅かな嘆きを滲ませる。全ては、救えなかった。それだけは過去になろうと、事実なのだ。それに、一同はカイトが多くは語らないまでも何かがあったのだ、という事を理解した。とはいえ、カイトとて同情が欲しいとかではない。なので彼は、本題に入る事にする。
「まぁ、それは良い。それは良いんだ・・・」
カイトはそう告げる。そう、そこではない。彼らとて失う覚悟は出来ている。させるべきは、それではないのだ。そうして、彼は一度だけ俯いた。響いたのは、彼自身の中に眠る過去の己の声だ。
『もう、良いのか』
「ああ、そうだな・・・戻り始めよう。かつての、オレに。本当の最強の勇者カイトに」
『ああ・・・最強たる神の血と魔神の血・・・それを最弱故に可能性の象徴たる人間の血を以って一つとしよう・・・』
「ああ」
カイトが顔を上げる。その彼の右の瞳は、真紅に染まっていた。過去の己の一つとの融合を始めたのだ。その結果、その魂と共に眠っていた因子が覚醒を始めていたのである。
「え?」
全員が目を見開いた。唐突にカイトが見せたことのない変化を見せたのだ。当たり前だろう。だが、そんな彼は瞬き一つで、再び何時もの黒の瞳に戻っていた。
「皆、聞いてくれ」
カイトは語らねばならない事を語り始める。それは己の悔恨でもあり、己の嘆きでもあった。
「オレはあそこで、ハンナという女性を失った。彼女はシャーナ様の側仕えにして、乳母だった人だ・・・」
カイトは語り始める。それはハンナの事で、そこで彼の得た決断だ。そうして、一通りを語り終えた彼が告げる。
「殺したくない。それは良い・・・だが、覚悟だけはしておいてくれ。殺さなければ、どうなるのかを。確かに、ある意味頭の狂った人々は言うだろう。敵であっても殺すな、と。それも良いだろう。オレは否定はしない。それはそいつらの信条だ」
カイトは数々の戦いを経た己の得た結論を告げる。敵をなるべく殺さない。それは確かに犠牲者を減らせるだろう。戦争という中でそれを貫くのも良いだろう。
許し合えると信じるのは良い。それもまた信条だろう。だが同時に、そのせいで誰かが殺される覚悟だけは、しておかねばならなかった。そしてだからこそ、彼は告げる。
「だが・・・だが、その信条を抱くのなら、覚悟だけはしておいてくれ。今回、オレは敵に情けを掛けた。殺せるタイミングで、殺さなかった・・・誰もが言うだろう。あのタイミングで殺す必要はなかった、と。確かに、そうかもしれない。だがオレが敵を殺していれば、彼女は確かに救えたかもしれなかった」
別に不思議な事はない。殺さないで良いのなら、殺さない。それは誰もがわかっているし、よほどの狂人でもなければそうする事だ。
だが、カイトの言っている事もまた一片の真実は捉えている。敵を全て殺せば、確実に仲間の安全は担保される。あの時点でカイトが大大老派の暗殺者達を足止めではなく皆殺しにしておけば、少なくともハンナが命懸けで足止めをする必要はなかっただろう事だけは事実なのだ。
「勿論、こんなものは所詮たらればだ。あの後に敵が更に増援で現れた可能性はある。あれが最善だった、という事もわかる」
カイトは同情を買わない様に、敢えて言い含める。もしも、あり得たのなら、というのならどういう想定でも可能だ。だからこんな想定は無意味だ。単なる慰めにしか成りえない。
「だが・・・いや、だからこそ、敢えて言おう。オレのような後悔はお前らにはしてほしくない。殺す事を楽しめ、とは言わない。絶対に殺せとも言わない。だが、殺さなければならない時にだけは、迷うな。オレ達は物語の主人公やヒーローじゃあない。どこかの物語の様に敵の攻撃力を削いだだけで戦闘が終わるなんて事はあり得ない」
カイトはあくまでも冷酷に、現実を突きつける。内心では自嘲している。彼は主人公であり英雄になった男だ。それが出来る身だ。だが、ヒーローだと言われようとご都合主義の様に誰も死なない様にする事なんて出来ないのだ。だから、彼は己の神格化を絶対に否定する。ご都合主義の存在ではないからだ。
「行動には責任が伴う。誰もが言う事だ。そして選択にもまた、責任が伴う」
カイトは続ける。殺さなければ、傷付けなければ一切の罪を背負わなくて済む。そんな都合の良い話は、この世界には転がっていないのだ。敵を傷付けなかったからこそ、背負わなければならない罪もあった。
「だから、忘れるな。殺さないという事もまた、一つの選択だ。殺さないから殺されないなんてことはない。彼らにも彼らの事情が、彼らにも彼らの想いがあって戦っている。殺さなかったから敵も味方を殺さない、という事はあり得ないんだ。オレ達は全員が同じ信条を抱えているわけがないんだ」
カイトは全員に語りかける。それは当たり前の話で、だからといって誰もが理解しているわけではないことだった。そうして、彼は大切な事を告げる。
「だから、敢えて言おう。戦場で敵を殺したとて、それを非難する者はどこにも居ない。居るとすればそれは戦場を知らない奴らか、頭の狂っている奴だけだ・・・だから他人の事を気にするな。お前が守りたいのなら、何が大切なのか、という事だけはしっかりと覚えておいてくれ。殺さないという信条か。それとも、仲間なのか。それだけは、しっかりと覚えておいてくれ・・・ありがとう」
カイトは全員へ向けて、語り終える。今回、彼はそれを誤ったのだ。守るべきはハンナだった。それ故の結論だった。そうして、カイトは白のロングコートを翻して歩き始める。
だが呆気にとられた冒険部のギルドメンバー達はそれをただ見送り、各々の頭でそれを噛み砕き理解していくだけで精一杯だった。故に、一緒だったのはユリィだけだ。
「・・・ユリィ。オレ・・・元に戻るよ」
「そっか・・・うん、カイトなら大丈夫だよ」
右手をじっと見つめるカイトの決意の表明に、ユリィが少しだけ辛そうに笑って同意する。これはカイトにとっても大きな決断だった。だがそれでも、彼は何が一番大切なのか、というのを見直せた。
彼は冒険部のギルドマスター・カイトではない。彼の根っこは勇者カイトなのだ。それに、立ち戻るのである。そうして、そのカイトの決意を受けて、ユリィも決めた。
「・・・私も、過去世を受け入れるよ」
「・・・良いのか? 付き合わなくていいんだぞ」
「ううん・・・私は相棒・・・ううん。わかってた。私達は貴方の相棒だから」
ユリィは前を見据える。私達。そう、カイトの相棒は本来、彼女一人ではない。常にカイトの側には、三人の腹心達が一緒だった。かつて彼女の語った過去世ではそうだったし、その前の一生涯でもそうだった。常に三人で一緒にカイトを支えてきた。
が、今回の一生ではそれが異なった。何故かはわからない。わからないが、幸いな事に地球とエネフィアの二つの世界でカイトは冒険を行った。その際に、彼は何の因果かその過去世の相棒達との再開を果たしていたのだ。もしかしたら、それ故だったのかもしれない。
「足手まといは嫌だよ。私はカイトと同じ目線から、カイトと同じ道を見る。それが私の願い・・・そして、ヒメアが望んだ事でもあるから」
ユリィはヒメアとの会合より、急速に過去の記憶が補完されていった。それ故、今の彼女には幾つもの事が分かるようになっていた。カイトの特殊性、<<蒼の巫女>>など、様々な事がそこに記されていたのだ。
「うーん、やな話だけど、今の私が死んだら自由に何処にでも行ける力が手に入りそうだなー」
「うん?」
「いや、だってカイトと一緒に歩いてくんなら、その力必要でしょ?」
「あっははは。そりゃそうだ」
カイトは笑う。確かに、それもあり得るかもしれない。とはいえ、これもまた、たらればだ。今の彼女にはなんら関係がない。
「ま、そんなわがまま一つ貫き通す為にも、力がいるか」
笑うカイトの姿が一瞬別のそれに変貌する。右目は真紅に染まり、髪は腰を超える程に長くなる。顔立ちも更に精悍になり、凛々しさが滲んでいた。
それはカイトの本来の姿を更に洗練させた様子だ。元々大人になれば尋常ならざる美丈夫であった彼であるが、ここまで来ると最早神がかってさえいるほどだった。いや、この姿は神の因子を持つ存在であるが故に、間違いではないのだろう。
『「・・・オレは・・・」』
カイトは言葉を発して、それが二重にブレている事を察して首を振った。そしてそれと同時に、彼の姿は何時もの本来の姿に戻る。
「駄目か・・・やっぱこのままじゃあ・・・融合を進めないとな・・・」
カイトは再び右手を見つめる。どうしても、意図的に融合を進めようとしても融合がある程度までしか進まないのだ。カイトが受け入れた事で緩やかにではあるが過去の己の中でも最も特殊な者と融合を始めたわけなのであるが、何かの要因で拒絶反応が出ていたのである。
「そりゃそうでしょ。だって、そのカイトは今のカイトじゃないんだから。どっちかっていうとカイト・プロトとかそんなのでしょ?」
「はぁ・・・お前、よく知らねーだろ」
「まぁ、相棒ですし? 分かるのですよ」
ユリィがえへん、と胸を張る。それに、カイトは思わず吹き出した。
「ぷっ・・・お前な。会ったのたった一度だぞ、あの時は」
「でも、願いは叶ったんだよ」
「・・・そうだな」
万感の想いと共に告げられた言葉に、カイトが思わず目を見開いた。だから、彼女は手放せない。一番大切な事だけは、ちゃっかりと一番最初に思い出していたのだ。
「まったく・・・最高の相棒だよ、お前は」
「えへへ・・・でもだからこそ、今はまだ完璧じゃないよ。私達もまた、三人必要だから」
「わかっている・・・何時か、地球とエネフィアで行き来出来る様になる。その時こそ、オレ達は完璧になれる。オレ達は、4人で最強の魔王だ」
カイトは前を見据える。やることは変わらない。前を向いて歩いていけば良いだけだ。何時も、そうだ。なら、その通りに歩くだけだ。
「良し。じゃあ、今日も今日とて歩いていきますか!」
「と言ってももうお昼回っちゃってるんだけどねー」
「それは言うな。こういうのは気分なんだよ、き・ぶ・ん」
カイトが口を尖らせる。結局、何もこの二人は変わらない。これまでも相棒だったし、これからも相棒だ。なら、それで良いのである。そうして、結局の所何も変わらない二人は再び二人でいつものように、歩いて行くのであった。
お読み頂きありがとうございました。次回から新章です。
次回予告:第951話『各々の修行へ』




