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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第51章 千年王国クーデター編

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第949話 その後の顛末・3

 シャーナ達の亡命が認められて、しばらく。カイト達がまた別の活動を始めた頃だ。シャリクは大大老や元老院の生き残りと敵対しつつ王都の混乱をほぼ鎮圧して、彼の指揮の下で王都の復興が始めていた。が、そんな中。彼の所に彼の頭を盛大に困惑させる情報が舞い込んできた。


「・・・無い? どういうことだ?」


 シャリクが盛大に顔を顰める。王城だった頃に彼のクーデターで出た死傷者の収容は完全に終了し、彼自身の職務も――忙しいながらも少しは――落ち着いた事で部下へとある仕事を命じたのだが、その返答が確認出来なかった、という事だったのだ。


「近衛のバリー大尉を呼べ。確か突入部隊は奴に指揮させていたはずだ」

「はっ」


 シャリクの指示を受けて、即座にバリーが呼び出される。そうして呼び出された彼は当たり前の話だが、鎧姿ではなく軍服だった。彼は灰色に近い髪を持つ黒人の大柄な男だったようだ。中央軍の再編にともなって彼は近衛兵団に編入されたらしく、北部の軍服とは違う様子――そもそも軍服を仕立てたのは最近らしいが――だった。


「お呼びですか、陛下」

「ああ・・・少し聞きたい事があってな・・・彼女は見た事があるか?」

「は・・・」


 バリーはシャリクから差し出された写真を観察する。そこに映っていたのは、皇城のデータベースに残されていたハンナの写真だった。


「・・・ああ、覚えています。少年への追撃部隊よりこのご婦人がエレベーターを封じた、と報告がありました。壮絶な覚悟と死に様でしたので、その後結界の解除を頼まれた自分もその前で敬意を払わせていただきました」


 バリーはハンナの顔を見て、多大な尊敬を滲ませながら頷いた。少し前まで冒険者だった彼からしても、仲間や守る者の為に生命を投げ打ったハンナは尊敬の対象だったらしい。

 とはいえ、これは彼に限った話ではなく、今回のクーデターに参加した兵士の中でもハンナの死に様を聞かされた者達は総じて、彼女に対して尊敬と畏敬の念を持って接している。

 特にシャリクの側でおおよそを聞いていた軍高官の中には、彼女が壮絶な最期を迎えたエレベーター前に花束を捧げる者も少なからず居たぐらいだ。とは言え、それを聞きたかったわけではない。


「そうか・・・一応、聞いておきたいのだがな。確かに、水晶と言うか結界の中には、彼女の遺体は確認されていたのだな?」

「はい。確かに自分も確認しております・・・それがどうかされましたか?」


 バリーが首を傾げる。彼はハンナの結界が解けた際には別の戦線で戦っていて不在だったのだが、その前に一度確認した時には確かに彼女の遺体が結界の中にあった事を確認している。


「いや・・・それが、彼女の遺体が収容された遺体の中には無いらしい。消滅した、と言う者も居ないそうだ。遺体が消えていれば誰かが気付く。収容されていないと考えて良いだろう」

「それは・・・まさか、彼女は生きていたと?」

「わからん・・・」


 シャリクが顔に困惑を浮かべる。確かに、あそこでハンナは死んだはずだ。あの結界は彼女の持てる全てを使って展開されたもので、強度はあの透明なシャッターをも遥かに上回る強度だった。

 あの中では時さえも歪んでおり、如何にランクAの冒険者だったバリーでも解除が不可能な程に強固な守りだったらしい。出力が自慢のカイトでも、些か困難だっただろう。それほどの結界だった。まさに、忠誠心の塊。それを見たクーデター派の兵士達はあれをそう呼んで、畏敬の念と共に絶賛したそうだ。


「・・・とはいえ、もしかしたら生きている可能性は無くはない。死んだ、と判断しているのは我々の勝手な判断だ。あの中では時さえも止まっていた。相当な低温だったはずだ。冬眠状態だったのを死亡したと勘違いした可能性はある。彼女を失うのは国家としての損失だ。調査隊を組織してもらえるか?」

「わかりました。彼女程の忠臣。まだ新参の私も見習いたい所です。私が直々にお探し致しましょう」

「ああ、頼んだ・・・とはいえ、彼女が生きている可能性を知られれば大大老や元老院は必ず狙いに来る。彼女こそ、このクーデター最大の立役者だ。相当恨んでいるはずだ」

「そう、ですね・・・わかりました。信頼の置ける者だけで調査を開始します」

「ああ・・・ああ、調査は片手間で良い。勿論、確認不足という線もあるからな。報告が上がってくるかもしれんし、大尉も仕事を抱えている。そちらを、優先してくれ。これは所詮、私の私情なのだからな」

「わかりました」


 シャリクの指示を受けて、バリーが早速手筈を整えるべく行動を開始する。と、そうして彼が出て行った後、側に控えていた秘書が提案した。


「シャーナ先王へはお伝えしておきましょうか?」

「いや・・・今はまだ良い。下手に今のシャーナに生存の可能性を伝えたとて、逆に期待させてしまうだけになる可能性もある。結界の消滅と共に遺体が消滅しただけの可能性もある。というよりも、その可能性の方が高いだろう。確認不足だっただけの可能性が高い。当時は何処もかしこも人手不足だったからな」

「残存兵の抵抗などもありましたからね・・・」

「ああ。エレベーター前も一時空になった。その間に消えていたとするのなら、辻褄は合う」


 秘書の言葉にシャリクは同意して、深く椅子に腰掛けて眉間をほぐす。顔に浮かんでいたのは、僅かな申し訳無さだ。もし消滅していた場合、それが致し方のない事とはいえ国の忠臣に対してしっかりとその最期を看取ってやる事も出来なかったのだ。悲しくもなった。


「・・・出来れば、生きていて欲しい。そう願うのは罪だろうか・・・」


 シャリクは目を閉じたまま、小さくつぶやいた。この戦いで死んだ兵士達は多い。それを考えれば、願うのは許されないかもしれない。だがそれでも、シャリクは降って湧いた生存の可能性に僅かでも縋りたかった。


「・・・良し。仕事に取り掛かろう。早ければ来月には、調査は終わるはずだ」

「早くともそれぐらいは必要ですか」

「だろう。まぁ、何もなければ、だがな。遅くとも秋口までには終わるだろう」


 シャリクはおおよその見通しを立てて、再度書類仕事に戻る。彼だけではなく、バリーや秘書達にもやるべき事は多い。そしてそれは、帝都を混乱させてしまった彼らのやらねばならないことだ。

 バリーにしたって調査チームを立ち上げて調査を、というが実際には誰もが空いた時間での片手間仕事になるだろう事は自明の理だ。生きていれば何処かの病院に運び込まれているのだし、死んでいた場合は何処かで死亡報告があがる事になる。どちらにせよ、混乱が一段落した頃には自然と調査結果は出る事になると思われた。


「さて・・・地方の方面軍はどうなっている?」

「西軍は我らへの参加を決めた模様。どうやら預言者殿が動いてくださった様子です」

「そうか・・・ユニオンへの地位などの協定の保全が役に立ったか。であれば・・・」


 シャリクは東の空を仰ぎ見る。それに、秘書たちも一様にそちらを見た。いや、見たという生易しいものではない。睨みつける、という方が相応しい感じだ。そうして、シャリクが問いかけた。


「・・・東部はどうなる?」

「おそらく、各個撃破を避ける為にも軍を集結させるかと」

「やはり、そうなるか。状況は?」

「現在、各地で武装蜂起が相次いでいます。兵士達の反乱も絶えない模様・・・陛下の演説は兵たちの心を打った様子です」

「私一人だけではないさ・・・シャーナの力も大きかった」

「そうですね・・・」


 シャリクが苦笑して、秘書もまた苦笑する。彼一人だけでは、この結末は得られなかった。


「良し。我が軍も兵力の集結を急げ。合わせて奴らが去った後の東部へと即座に近衛を入れろ。治安の回復を急がせろ。治安の回復と国力の回復。これは急務だ」

「「「はっ!」」」


 シャリクの号令を受けて、側近達が敬礼する。そうして、彼らもまた、各々の形で戦いを始めるのだった。




 帝都から遠く離れた東部のある街にて。とある貴族の保有する飛空艇の中で、一人の若い男が怒り狂っていた。


「じゃあ、取り逃がしたってのか!?」

「は、はい・・・ひぃ!」


 怒り狂った主の打った鞭のばしんっ、という音に兵士が怯えを見せる。が、それでは終わらなかったのは、彼の不幸という所だろう。


「何みすみす取り逃がしてんだよ! 相手は飛空艇一隻! それも非武装の奴だろう!? それが寄ってたかって30隻撃破された挙句取り逃がしましただぁ!? 巫山戯てるのか!?」

「ぎゃあぁあああ!」


 若い男は苛立ち混じりに兵士へと鞭を打ち据える。鞭は単なる鞭ではない。素材は柔らかい金属製で、おまけに棘が無数に生えていた。

 それで打ち据えられるのだから、当然一撃でも兵士の肌はズタズタに切り裂かれる。それが何度もになれば兵士がボロ雑巾の様になりただ痙攣するだけになるのには、さほど時間は要しなかった。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」


 倒れ伏した兵士へと何度も鞭を振るった後、更に全力で鞭を振るっていた若い男は息を切らせる。


「はぁ・・・はぁ・・・あー・・・うん?」


 男は一通りの苛立ちを発散させて落ち着くと、椅子に座る。と、何かに気付いたらしい。首を横に向けて、何かを見つめていた。そうしてそんな彼は何かに気付くと、大慌てで先程の狂態が嘘の様に優しげな顔で立ち上がった。


「あぁ! ごめんよ、マリアンヌ! 汚すつもりはなかったんだ! あぁあぁ・・・君の綺麗な衣装が台無しだ・・・」


 彼は大慌てに、その部屋の左右に並んであった等身大の女性の人形の様な『何か』へと駆け寄って、その身を覆う衣服の血を自らのハンカチで拭う。先程の凶行によって飛び散った血が付着していたのだ。


「あぁ、リアンもごめんよ」


 彼は更に横の人形を見てその顔に付着していた血痕を拭う。その様は先程とは違い慈愛に満ちており、その血痕を拭う際に自らが汚れるのも厭わない程だった。そうして、部屋中の人形達の清掃を終えた彼は、嘆きと共に再び椅子へと腰掛けた。


「はぁ・・・あぁ、あぁ、シェリア・・・」


 そんな彼は一つの名を呟く。その声は恋い焦がれる一人の少年の様でさえあった。


「折角君の為の特等席を用意しているというのに・・・あぁ、どうして僕らは出会えないんだ・・・」


 彼は嘆きの色を深める。それはこの場が正常であり、更には彼の想いが正常であれば、見る者全てが痛ましく思う程の嘆きと苦しみだった。と、そんな彼へと、また別の兵士が怯えながらある報告をもってやってきた。


「デ、デンゼル閣下・・・その、本家の方が・・・」

「何?」


 デンゼル。そう呼ばれた若い男は僅かに気怠げに不機嫌そうな様子を見せつつ、新たに入ってきた兵士へと視線を向ける。それに、兵士は跪いた。


「南部軍と合流せよ、と・・・」

「はぁ・・・わかった。すぐに向かうと伝えてくれ。合わせて東部は放棄。僕らだけで纏めきれる状態じゃあない。全軍を飛空艇に収容し、撤退の準備。使用していた館は完全に焼き払え。周囲の貴族にもそう伝えろ。勿論、今まで採掘した資源の輸送用意も忘れるな。中央を通らない様に東の果ての川沿いのルートで行く。船を使えるのなら使え。が、こちらは人員の輸送に使い、物資の輸送には飛空艇を使え」

「かしこまりました」


 デンゼルは即座に指揮を執る。それは先程の凶行を見せた男とも狂態を見せた男とも全く違う姿だった。そしてその指示には淀みがなく、そして過不足もない。現状だ。兵士よりも物資の輸送を優先するのは、戦略的に見て正しかった。

 彼ら腐敗した貴族にとって、兵士とはつぶしが利く存在だ。それに対して物資は穀倉地帯である南部に入れば手に入りにくい。重要度は圧倒的に上だ。

 もし万が一シャリク達と遭遇しても、飛空艇だけは逃がせば良い事だ。そうして一通りの指示を終えたデンゼルは、再び嘆きの色を深めつつ彼もまた、南部へと移動していく事になるのだった。




 少しだけ、時は巻き戻る。カイト達が脱出した時の事だ。遠く。そんな帝都からも東部の都市からも遥かに遠いとある森の中。周囲の村の人々から『迷いの森』と恐れられる森の中。そこに、声が響いていた。


「・・・泣いてた、わね」

「泣いてたな」


 森の中から、数人の若い男女が口々に誰かが泣いていた事を口にする。


「あいつの魔力は泣くとよくわかるな。揺れすぎなんだよ」

「そう言うなって。泣き虫じゃん、あいつ。口では泣いてないって言いながら魔力丸わかりだし」


 若者達は誰もが親しげに、感じた魔力の主についてを俎上に載せる。そうして、その中のリーダー格と思しき女が遥か西を見つめて呟いた。


「・・・どうにかして、あいつと連絡が取れれば良いんだけど・・・後もう少し、南に来てくれれば・・・」

「情けねぇなぁ」

「しょーがないでしょ、私らじゃあどうにも出来ないんだから」

「わかってるから、情けねぇんだろうが」


 少女の言葉に青年に近い年頃の男がため息を吐いた。情けないのは相手ではなく、自分だった。と、そんな彼らの背後で、がしゃん、という音が鳴り響いた。


「またか」

「・・・もう一度、あいつが来てくれると信じよう。あいつなら、きっと」

「ああ。あいつらなら、きっとな」


 若者達は武器を手にして、戦う準備を始める。そうして、誰かを待つ若者達は、無数の金属音の根源との終わりのない戦い始めるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第950話『新たな決意』

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