表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第51章 千年王国クーデター編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

962/3937

第945話 閑話 ある男の悔恨

 今回は久しぶりの述懐形式です。ご了承ください。

 ある男の悔恨の話をするとしよう。その男はかつて、若く理想に燃えたある王に憧れた。


「陛下ー!」

「シャマナ様ー!」


 まだ王都ラエリアが質素で簡素な王都だった頃の話だ。その男は熱狂する民衆の中に居た。そして彼自身が、王の熱狂的な支持者の一人だった。故に、この声の中には彼の声援も混じっていた。


「良し。これで大丈夫」


 彼には戦う力はなかった。天才と呼べる程の知性も無い。あったのは、熱意と努力、そしてこの国を愛する心だけ。だからただひたすら、勉強の日々を送った。


「何時か、あそこで働きたいなー」


 それだけを寄す処に、その男はボロボロのアパートでただ夢を追い続けた。敬愛する王の下で働きたい。そう願い、必死で勉強をしていた。何度も挫折した。何度も登用試験に落ちた。それでも、諦めずに勉強を続けて、参考書が何冊も擦り切れてボロボロになる程に努力した。それだけが、彼に出来た事だった。


「おや・・・君はどこかで見たな。ああ、そう言えば毎年の様に受験していたっけ。ここに居るということは・・・そうか。君の努力が報われたのか。なんだか嬉しいな。内緒だけど、実は密かに応援してたからね」


 親愛し敬愛していた王が、始めての出勤の日にそう笑って声をかけて下さった。その時の感動は、永遠に忘れないと思っていた。

 数多くの新しい有能な者達が毎年入り、そして居るはずなのに。自分をしっかりと見てくださっていたのだ。その時の喜びと周囲の者達の嫉妬は、永遠に忘れないと思っていた。その日から、その男はその喜びを胸に必死で働き続けた。


「・・・私が・・・ですか?」


 そんな日々は、ある時更なる幸運をもたらしてくれた。その男は特に才能に優れていたわけではないので、勿論同僚達が出世する傍ら彼は取り残され、ついには後輩達にさえ抜かれる事もあった。そんなのは日常茶飯事だった。だが、そんな中でも彼は鬱屈せずにひたすらに頑張り続けた。それが、王の目に止まったのだという。


「うん。君になら、任せられると思ってね」

「いえ、ですが、あの、陛下・・・私は・・・その才覚に優れてはいませんし・・・」


 しどろもどろになりながらも、彼は否定をする。ああ、否定しか出来なかった。内心ではやりたい、と言いたかった。だが、自信はなかった。


「そうかな? 確かに運動とか仕事の速度とかだと確かに才覚は優れていないかもしれないけれど・・・この国を愛しているということだと、私にも負けていないと思うよ?」


 彼は笑って、その男にそう告げた。そうして、そんな彼は何度もその男へと命の受諾を依頼する。命ずれば良いのに、依頼だった。それに、ついにその男は折れてその大任を任される事になった。

 それは、ある巨大な、それこそラエリアが滅びる時にさえ残った様な巨大な橋の建設だった。かなりの大規模な事業なのだが、最近彼の傘下に加わったとある種族との合同事業になるという。文化風習などの差で今までの前任者は失敗してきたそうで、相当な困難が予想された仕事だった。

 それ故、大臣達はもっと有能な者に仕事を任せようとしたのだという。だがそれを、王は彼に任せれば良い、と言ったそうだ。彼はそれを、上司の陰口で知った。それが、最後の決め手になった。周囲の反対を押し留めてさえ、敬愛する王が自分に任せたいと言ったのだ。応えねばならない。そう思った。


「だから・・・ううん。我が国ではこういうことになっているから・・・」


 その男は必死で、文化風習の異なる者達へと何度も何度もラエリアのやり方を説いた。時には生命を狙われ死にそうになった。それでも、彼は諦めずに必死でラエリアの信頼に応える為に説得を続けた。そうして事業が軌道に乗り始めた頃、大臣達の集まる会議に呼ばれる事になった。


「ね? だから言ったでしょう?」


 王はそう言って笑う。それはその男が事業が軌道に乗った、という報告をした際の事だ。誰もが無理だと思っていた。が、王の言った通り、その男はやり遂げた。もう彼が居なくても事業は大丈夫な段階にまで到達していた。


「彼の根気は決して私が及ぶものじゃない。確かに彼は才覚が優れていないかもしれない。でも、それだけが全てじゃない。彼はもしかしたら誰よりもこの国を愛してくれて、この国と共に生きる者達を愛してくれている。そんな彼だから、私は新たに迎え入れた民達との仕事を任せたんだ・・・ありがとう、ジュシュウ」

「いえ! 滅相もない事です!」


 ガチガチに緊張した彼は、王よりの直々の感謝に思わず大声で返事をしてしまった。そして同時に、嬉しかった。それからは疎まれる事もあったが、同時に他の仕事も軌道に乗りだした。段々と地位を上げていった。それでも胸には、もっと王の役に立ちたい、という気持ちがあった。

 そんな彼の転落はやはり、その王が流行り病により息絶えた事によるものだろう。当時は流行病による死者は今とは桁が違った。今でこそエンテシア皇国の開発した万能薬とも言える薬のおかげで市民さえ簡単に助かる病でも、それこそ王でさえ助からない事があったのだ。


「・・・陛下・・・」


 幾夜もその男は涙を流した。それからしばらくは仕事どころか食事が喉に通らない程だった。これは彼だけの事ではなかったので、特段の不思議はなかった。だが、彼だけはそれだけではなかった。


「何を僕はしたかったんだろう・・・」


 目標の喪失。それが、彼を腐らせていった。それでもそれまでに培った努力の結果は失われない。そして彼は彼が敬服した男の遺言、この国を頼む、という言葉を胸に仕事を続けた。

 だが10年、20年もすると、悲しみは癒えて想いは風化する。それはその男も変わらなかった。彼が生きていた頃の100年で変わらなかった想いはいつしか冷め、女や酒に溺れる日が続いた。

 幸いそれまでの努力の結果で地位は得ていた。多少そんな事をしても、誰も咎める事はなかった。いや、咎められなかった。それが更に、彼の腐敗を顕著にしていった。止める者の居ない転落は、留まる所を知らなかった。


「・・・殺せ」

「はっ」


 そんな生活をしていたからか、裏社会に関わる者と関わる事も多くなった。そして更に一層、腐敗していく。はじめは法律では裁けない不正や腐敗した者達を密かに始末する為だったはずの暗殺はいつしか己の政敵を葬る為の手段へと成り代わり、王が居た頃には決して手を出さなかった賄賂や甘言もいつしかまるでいつもの会話のように使うようになった。そうして、彼は腐り続けていった。

 長い時間を掛けて、彼は腐っていった。そして気付けば、ありとあらゆる背徳に、ありとあらゆる悪徳に手を染めていた。

 それこそ敵対者達の妻子を手に掛ける事もあれば、戯れに獣と交わらせてそれを見て笑う事もあった。人を人とさえ見なくなった。国を、民を愛していた気持ちなぞ何処かへと消え去っていた。それは世界の命運を懸けた大戦を経てなお、変わらなかった。


「・・・これは・・・?」


 その男が腐敗を始めてから、およそ1000年。ついに彼こそが腐敗の頂点にして最大の害悪と呼ばれる様になった頃の事だ。堕ちに堕ちたその男は、ふとした事で己の書斎に入っていた。

 勉強をするためではない。ここ100年程はろくに読書なぞしていなかった。偶然、何の為かもわからない程にふとした事で書斎に入ったのだ。そしてそこで老いた身体の所為で本棚にぶつかって、一冊の本が落下したのだ。


「・・・これ・・・は・・・はて・・・」


 なんだったか。古ぼけていて、なんだったのかも思い出せない。それはボロボロになった参考書だ。何故こんな所に。その男は訝しむ。豪華な屋敷には似つかわしくない、ボロボロの参考書。そしてそこに刻まれていた、己の霞んだ文字。それに彼は、否、儂は思わず涙がこぼれた。


「儂は・・・」


 全てを思い出して、その男は茫然となった。天罰だと思った。思い出さなくて良いはずの気持ちを、思い出してしまった。そうして警護の者達を離れさせて一人、テラスへと歩いていく。


「・・・」


 儂はただ、今の己が恥ずかしくなった。かつて愛した王の国を、他ならぬ己がここまで腐敗させてしまった。そんな時よ。後ろに気配があった。それは儂にとっては非常に馴染みのある気配だった。


「・・・お主、シャリクじゃな?」


 儂は問いかけた。耳に入ってきた事はある。シャリクという王族が自分達を排除しようと動いている、と。大大老達の間で対処をどうするか考えていた所だった。

 当たり前ではあるが、奴程度の動きを気取らぬ程に儂ら大大老は甘くはない。そうして、バレた事を悟った奴が、儂へとしゃにむに襲い掛かってきた。せめて、一人だけでも。そんな覚悟が滲んでいた。


「っ! 死ね!」

「愚か者がぁ!」

「っ!」


 シャリクが思わず立ち止まった。まさか儂から叱責されるとは思っておらんかったのだろう。儂も何故叱責したかわからん。いや、おそらく。何を為すべきかを理解してしまったからだろう。


「・・・お主、何故このような事をする」

「貴様らを殺す理由か?」

「然りよ」

「胸に手を当てて考えろ」


 シャリクの言葉に、儂は素直に己の胸に手を当てて考えてみる。が、浮かぶのは苦笑だけだ。


「これは運命ですか、陛下・・・儂に償うチャンスを貴方が下さったのですか・・・」

「何?」


 苦笑と共に、儂の目から涙がこぼれた。天罰だと思った。そして同時に、陛下が下さった贖罪の機会なのだとも思った。そうでなければ、このタイミングで若く理想に燃えた男が儂の前に来るはずがない。来れるはずもない。この国を愛するシャリク様が、苦難に挑む祖国の未来を知り彼を寄越してくれたのだと今なら思える。


「・・・シャリクよ。お主は本当に幸運よ・・・儂を殺せ」

「何?」


 儂の言葉にシャリクが困惑する。まぁ、それはそうよ。本当になんの迷いもなく、それこそ警護も付けずに手を広げて刃を受け入れようとしているのだ。だが、そうではない。今ではないのだ。


「しかし・・・それは今ではない。シャリク・・・儂と手を組まぬか」

「何を・・・言っている?」

「・・・儂の心を読むが良い。お主であれば、嘘か真かわかろう」


 儂はこの時、死ぬ時を決めた。この国を、愛した国を荒らした。それどころか、国体さえ危うくしてしまった。このまま死ねば、儂はおそらく陛下に顔向けは出来ん。いや、最早すでに顔向けなぞ出来はせん。だがせめて、詫びる事ぐらいは許されたかった。

 そうして、10年。まさかあの頃の様に必死で努力するとは思わなんだ。ああ、シャリクは敢えて妻子を儂へと差し出させた。己の手駒と偽らせる為に、よ。

 だから、誰にも露呈せなんだ。なにせ人質を儂に出した奴が儂と吊るんで儂を滅ぼそうとしている、なぞ誰も思うはずもない。勿論、シャリクへは救助の為に暗殺者共との伝手を教えてもやった。そして、ついに。


「まさかシャリクが裏切るとは・・・」

「妻子を即座に殺せ!」


 他の大大老の中でも、儂と共に避難しておった者達が口々に周囲の者へと指示を飛ばす。


「すまぬな、シャリク・・・数人は残ってしまおうな・・・」


 決意は変わらなんだ。おかしなことに、ここ数年はまるで若い頃の様に目標の為に動けた。目標が無ければ儂は腐らずに済んだのやもしれん。そこは最早、儂にはわからぬ。所詮は、たらればよ。あり得たかもしれん、というだけよ。


「ジュシュウ! 急がぬか!」

「おお、わかっておる」


 腐敗の象徴の一人の言葉に、儂は少しだけ歩く速度を早める。が、やはり少しだけ、怖かった。故に、彼へと問いかける。


「・・・シャリク。聞いておるな」

『ああ』

「後は、任せて良いな?」

『・・・ああ。だが、忠臣とは呼ばんぞ』

「わかっておる」


 シャリクには僅かに感情の揺れがあった。儂はそれが少しだけ、嬉しかった。あの王の血だと思った。だから、儂は最後の迷いを捨てる。それは生命を捨てるか否か、の迷いだ。あれには王となってもらわねばならん。儂という贄の血を吸い、王としての覚悟を固めさせねばならん。


「なんじゃ!?」

「これは・・・シャリクの手勢か! 一体なぜこの通路がわかった!」

「佞臣共よ。貴様らの動きは、私にはわかっていた」


 シャリクが告げる。その顔は、王としての威厳に満ちあふれていた。儂はそれに、遥か彼方の日に消えた王の姿を幻視した。


「諸君らとて、かつては良き臣であった。その忠を鑑みて貴様らの死を見世物にはせん・・・ここで、我が手に掛かり死ぬが良い」


 シャリクが命を下した。それは儂もろとも殺せ、という命令よ。それで、儂の一生は終わる。最後を恥辱に塗れたものにしてしまったが、お陰で他の腐敗も一緒に片付けられた。帳尻は合わせられたと思う。

 それに、慌てふためきみっともない姿を晒す同胞達に対して、儂はただその刃を受け入れるべく立ち尽くす。そうして、彼らが目の前にやってきた。


「・・・最後に言い残す事はあるか?」


 儂に向けて、シャリクが問いかける。すでに同胞達は死した。故に憚ること無く同志として語れるが、逆に言い残す事は思い当たらん。当たらんが、問いたい事はあった。


「・・・シャリクよ。一つ、お主の臣として問わせてもらおうか」

「良いだろう。王として、許可を下ろそう。佞臣とはいえ、我が臣であった。最後の望みを聞き届けよう」

「では・・・陛下・・・この国は耐えられますかな?」

「・・・耐えられよう。初代陛下が信愛され、そして我もまた愛する国はこの程度では滅びぬ・・・それを、信じよ」

「ほっ・・・信じよ、か」


 儂はシャリクの背に、かの王の笑みを見た。背格好も笑顔も何もかもが似つかわぬ男であったが、ただ一つ、ラエリアを愛している事だけは変わらなかった。そして、儂の顔に笑みが浮かんだと同時。シャリクが刃を抜いた。


「・・・さらばだ・・・佞臣にして最後に忠を果たせし男よ。その護国の想いは、確かに我が引き継いだ。初代陛下の愛されたこの国を、信じるが良い」


 ごとん、と音が響く。そしてその最後に、僅かに溢れていた涙を顔に受けた。これが、儂の一生涯の最後。こうして、国を腐らせた佞臣であった儂の一生は幕を閉じた。最後に陛下に謝る機会をくれたこの国に、儂は感謝しかない。ここでこうして真のラエリアの王の手に掛かり死ねた事は、真の幸いであったのだろう。


「民達に大大老筆頭であったジュシュウの死を触れ回れ。されど、彼ら佞臣とはいえ死罪により咎は雪がれた。貴君らも我が臣であれば、死した遺体を晒し者にせず弔ってやれ」

「「「御意」」」


 儂の死と共に、大大老という組織は瓦解するだろう。元老院という組織もまた、儂の手引きによって瓦解するだろう。しかし、それで良い。儂は・・・いや、私はなんとか陛下の愛した国を壊さずに済んだ。だから、陛下。貴方に謝る事を、許して頂けますか。

 これ以降は、死んだ私にはわからない。後は、全てシャリクに任せてあります。私は彼を信じている。貴方の国を愛している男を信じている。貴方と同じく若く理想に燃えた男を信じている。それで、全て良いのです。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第945話『さよならと共に』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ