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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第51章 千年王国クーデター編

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第935話 闇の名家

 ふとした偶然からハンナの出生の秘密を知ってしまってから、およそ3時間。真夜中を回ったか回らないか頃の時間だ。そこで、部屋へと一人の来訪者があった。


『あの・・・シェルクです』

「ああ、開いている」

「失礼します」


 入ってきたのはパジャマ姿のシェルクだ。パジャマも色気のあるものではない。とはいえ、万が一はあるので、カイトは念のために一応明言しておくことにした。


「あー・・・こんな時間に何か用事か? 一応お姉さんの方にも言ったんだが、帰って彼女待ってるから抱かないぞ?」

「ああ、いえ・・・はい。伺っています」


 シェルクはどうやらカイトが盗聴するよりも前に、シェリアからカイトの身の上の話を聞いていたのだろう。カイトの言葉に頷いた。


「それで? どういう要件なんだ?」

「・・・お願いがあります」


 シェルクは意を決した様に、カイトへと申し出る。とはいえ、この時点でカイトには何が言いたいかわかったが、それを言う事はできなかったので先を促す事にした。


「シャーナ様に頼んで、私達を下賜しては頂けませんか? 最悪は私はともかく、シェリアだけでも・・・」

「下賜? 奴隷として貰い受けろ、ということか?」

「皇国では奴隷制度は撤廃されている事は存じ上げています。そして我が国でも、表向きは撤廃されています・・・ですが上位の貴族に限り、特例的にまだ残っています。勿論、奴隷という名ではありませんけど・・・従属という形で、所有物として扱う事を裏向きに許可されています」


 表向き地球人でこちらの常識を知らない事になっているカイトに対して、シェルクが告げる。これは仕方がないというか、カイトの影響力も完璧ではない事の証だ。

 何度も告げたが、彼は確かにエネシア大陸というエネフィア最大の大陸からは奴隷制度を全廃してみせた。これは彼らがエネシア大陸を中心として活動していたからであり、それ故にカイトと大精霊の影響力が強力に及ぶ範囲でもあったからだ。

 だが、流石に他大陸へは影響力の行使は限定的になってしまっている。こればかりは彼が他国の貴族だから、という仕方のない事情がある。いかに彼でも内政干渉をおおっぴらに出来るわけがないのだ。

 幾つもの他国がある大陸一つから全廃出来て、あまつさえ他の大陸へも影響力を及ぼせるだけすごいのだ。カイトならば世界を統一してみせられる、と言われるのも頷ける話だった。

 とはいえ、それ故に全力を出さぬのなら全てとはいかないのだ。例えば彼の影響力が及ばないウルシア大陸では未だに大半の国で奴隷の保有は合法だし、双子大陸でも奴隷制度が合法の国は未だに存在している。

 こればかりは、地球と同じく長い時間が必要だろう。地球でさえ、5000年ほどの歴史があり、奴隷解放がされたのはここ200年の話だ。貴族主義が大勢を占める中でたった300年やそこらで解決出来る問題ではなかった。


「ふむ・・・では、オレは無理だろう? この国では単なる旅人だしな」

「いえ・・・一つだけ、可能なんです」

「どういうことだ?」


 カイトもここは知らなかった――300年の間で出来た法律なので――ので、知らない風を装う事もなくシェルクへと問いかける。


「従属の保有を許可された貴族より下賜された場合にのみ、その者もその従属に限り従属を有する事が可能になります」


 まぁ、これは些か道理ではないだろう。一応言えば、下賜されたからとて従属を保有する事は不可能だ。法律で可能なのは、上位の貴族だけだ。ならば下賜されたからとて下々が出来るわけがない。が、そこは暗黙の了解として認められるのだろう。

 千年王国とて一応は法治主義であるが、実態としては貴族主義が大勢を占めている。これは貴族達が趨勢を占めているから、というよりも国の腐敗の末の法の形骸化と言えるだろう。なので法律よりも大大老達の意向が優先されているだけだ。これは良くある話だし、何か珍しい話ではない。よくある国の末期症状だ。


「ということは、オレにそれをしてくれ、と? いや、流石にそれはシャーナ女王がなんというか・・・」

「いえ・・・これはシャーナ様のご意向でもあります」

「どういうことだ?」


 努めて何も知らない風を装うカイトに対して、シェルクは彼女らの身の上話を始める。


「デンゼル?」

「デンゼル・レゼルヴァ伯爵です・・・シェリアは今、彼に狙われています」

「レゼルヴァ家か・・・」

「ご存知ですか?」

「流石に少しはな」


 カイトは思わず顔を顰めてしまい、仕方がなしにシェルクの問いかけを認める。300年前当時はさして関わる事はなかったが、その家名を聞いたことはあった。いや、この国に滞在していれば知っていなければ可怪しいほどの名だ。良い意味でも悪い意味でも、名家とも言える。


「所謂、警視総監とかの家系であるセルヴァ侯爵家の分家だろ?」

「はい・・・当代の伯爵がなんと呼ばれているかご存知ですか?」

「流石にそれは知らん・・・想像は出来るが」


 カイトは主家にあたるセルヴァ家の来歴を思い出す。一応、セルヴァ家はこの国で言えば彼の言うとおり警察組織の長官に近い立ち位置を占める家系だ。名家中の名家と断言して良い。

 だが、カイトが活躍するより更に古くにはもう一つの裏の顔があったという。それは尋問、それも拷問に近いやり方で情報を吐き出させる尋問官としての顔だ。

 元々は処刑人として罪人を処罰する事から始まったらしいが、国が腐敗していく中でそれを趣味として行う者達が出て来た。それがセルヴァ家から独立した結果が、レゼルヴァ家というわけだ。

 分家の一つとも言えるが、実態としては流石に腐敗している国の中とはいえその酸鼻を極める趣味をセルヴァ家が扱いきれなくなって、爪弾きにしたに近いだろう。早い話がエネフィア版のハプスブルク家だ。


変態人形蒐集家スプーキー・ドールコレクター・・・そう呼ばれているんです」

「ご大層な名前だな、おい・・・」


 先程のシェルクらの会話とレゼルヴァ家の概要からおおよそを理解して、カイトは顔を顰める。この人形とは、明らかに真っ当な人形ではないだろう。そうして、そんなカイトの顔を見ておおよその理解は得られたと考えて、本題に入る事にした。


「シェリアは、そんな伯爵から身請けの話が出されています・・・ですがそれは・・・」


 シェルクは言外に、これが彼の趣味を満たすためのものだ、と告げる。そしてカイトも聞く限りでは、そうなのだろうと理解した。

 確かに、シェリアとシェルクの二人は美少女である事はカイトも認められる。女王の側仕えには見た目も求められるからだ。そして確かに侯爵家の分家で当人も伯爵であれば、その側仕えを召し抱える事は可能だろう。

 筋は通っているし、レゼルヴァ家は他国のカイトが知っているほど悪名高い家だ。先程の密談とハンナの不可解な態度を考えても、嘘とは思えない。そしてそうであれば、答えは決まっていた。


「わかった。一度明後日にでもシャーナ女王と密かに会おう。そこらを詳しく詰めないと、彼女にも迷惑が掛かってしまうからな」

「ありがとうございます」


 シェルクは深々と頭を下げる。そうして、カイトは彼女を早い内に帰らせる。と、そうして彼女が出ていって寝息を立てた頃、再び扉がノックされた。


「わかっているから、入れ」

「失礼します」

「まったく・・・姉妹だからか似ているな」


 カイトは苦笑する。入ってきたのは、シェリアだ。やはりここら姉というべきか、彼女は密かにシェルクが起きてこちらに来た事を悟っていたようだ。聞き耳を立てていたのである。シェルクは気付かなかった様子だが、カイトが気付かぬ道理はなかった。


「別に構わねぇよ。女の子救うのに理由は要らねぇからな」

「まだ何も言っていないのですが」

「言う必要があるか? そんな格好で」

「これは・・・私服です。何時もの寝間着です」


 カイトの指摘を受けてシェリアが真っ赤な顔で俯いた。相当に照れているらしい。というのも、今の彼女の服装は所謂シースルーのネグリジェだ。下着もかなり色っぽく、気合の入った物を着用している様子だった。

 彼女らに捧げられるのは、己の身一つだ。それとて自由にはならない。感謝の証というか、なるべく可能性を高める為にはこうするしかなかったのだろう。


「そうか。じゃあ、何も無いな。帰りなさい」

「うぅ・・・」


 照れている所は姉妹で似ているな、とカイトは笑いながら、シェリアを隣まで送り届ける。流石に送り狼になるつもりはない。と言うかなっていれる時間が無い。そうして彼はシェリアを部屋へと送り届けて眠ったのを気配と寝息で確認すると、窓を開いた。


「・・・居るんだろう?」


 カイトは月明かりが照らし出す外へと、声を掛ける。が、そこには何も無い。カイトにさえ、気配も感じられなかった。だが、居ないとは思わない。そして、その答えを示す様に気配だけが僅かに揺れて闇が染み込む様に、部屋へと侵入してきた。


『・・・』

「デンゼル・セルヴァを殺る事は出来ないのか?」

『・・・』


 闇は声を返す事はなかった。だが、気配だけで否定を返す。とはいえ、そのかわりに、闇の中から一枚の写真が零れ落ちる。


「・・・これが、デンゼル・セルヴァか。耽美な男・・・の様に見えるな」

『・・・』

「相当な外道か。ターゲットには?」

『・・・』


 闇はカイトの問いかけに気配だけで答える。その答えは、否定だ。どうやら残念ながら、今回のターゲットには入っていないらしい。今回の彼らの仕事はシャリクの妻子の奪還と保護だ。そうして、また別の写真が闇から零れ落ちる。それは一人の老人の写真だ。とはいえ、カイトは見たことがなかった。


「これは・・・?」


 カイトの問いかけに対して、闇が今度は一通の手紙をカイトへと見せる。と、その紙から僅かに少し前に彼が嗅いだ甘い匂いが漂ってきた。

 まぁ、実は問いかけていた相手は実のところ封筒を送って警告してくれた相手だった。律儀にもここら近辺でカイトに危険が及ばない様に密かに警護してくれていたのである。


「サラザン・マーシャル・・・マーシャル家か。大大老派の大物だな」


 書かれていた内容をカイトが小さく口にして、おおよその当たりを付ける。軍の名門の一つの当主なのだが、そこにシャリクの妻子は囚えられているのだろう。写真の男はおそらく、そこの当主だ。

 暗殺者(アサシン)達の中でもカイトの目の前の闇の中に潜む者は、金では動かない。義によってのみ動く。そして確証が取れた時にのみ、動いてくれる。その暗殺者(アサシン)達の中でも大幹部と言われる連中が動いた事を考えれば、シャリクの妻子を捕らえているだけではなく相当なあくどい事をやっているのだろう。


「・・・わかった。流石にオレの依頼でも聞いちゃくれねぇのがあんたらだ。今回は諦めるよ。運がよけりゃ、シャリク殿達が始末つけてくれるだろうしな」


 カイトはそう言うと、闇へと感謝を告げる。彼ら暗殺者(アサシン)はカイトを重要人物として保護してくれるが、彼だからと動いてくれるわけではない。公然とカイトとも交戦を宣言する奴らだ。そしてそれ故、カイトも信頼していた。なので文句はなかった。


「っと。そうだ。そう言えばシャリク殿の妻子はどういう血統なんだ? 場合によっちゃ、そっちの保護も必要なんじゃないか? そっちは大丈夫なのか?」

『・・・』


 カイトの問いかけを受けて、闇は小さく気配を送る。それは心配するな、という所だった。そうして、闇が窓へと近づいていく。


「そうか・・・ありがと。今度森にでも遊びに行くよ」


 カイトは去り際の闇へと感謝の言葉を返す。それに、闇が僅かに、喜色を滲ませた。一切の感情を見せなかった闇が初めて見せた暗殺者(アサシン)の人としての感情だった。

 と、そんな闇はふと何かを思い出したかの様に一瞬止まり、一枚の手紙を残して闇夜へと消え去った。今度は、完全にカイトから離れただろう。仕事に入ったのだ。


「これは・・・おいおい・・・嘘だろ・・・?」


 カイトは残されていた手紙を見て、目を見開いた。そこに記されていた情報は、端的に言って彼にはにわかに信じがたいものだった。が、そうであれば筋が通るとも思った。そうして、彼は驚き半分呆れ半分に、ベッドに横たわった。


「まったく・・・いっつもいっつも来る度にびっくり仕掛けてくのやめてくんねーかな、あの人・・・オレはあんたらのおもちゃじゃねーんですけどねー・・・」


 そう言って、カイトは真紅のキスマークの記された手紙を弄ぶ。その顔は呆れが混じっていたものの、非常に楽しげだった。


「ほんと、あんたらも姉妹だよ、アルミナさん」


 カイトが楽しげに先程来ていた闇に潜んでいた者の名を告げて、手紙を跡形もなく消滅させる。そうして、カイトは明日と言うか数時間後に迫った叙勲式とクーデターに備える為、眠りにつく事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第936話『クーデター・勃発』

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