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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第51章 千年王国クーデター編

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第930話 閑話 剪定する者

 千年王国。正式名称は神聖王国ラエリア。建国が何時かは定かではないが、少なくとも現在のエネフィアで最古の王国である事だけは確かだ。

 一応、公文書などで確認されている所での年数は建国より1300年と少しという所だそうだ。とはいえ、これは公文書だ。なので伝説として唄われる開祖シャマナ・シャマナであった場合は、1500年近くの歴史だ。

 彼ら自身が、そして他国からも千年王国と言われるのも不思議のない年数だった。真実として、1000年以上続いているのである。が、それ故かすでに国体としては古く、すでに当時の者達の掲げた理想は形骸化して腐敗や背徳の温床となっていた。


「・・・」


 その腐敗した国の王子の一人が、この男。空軍元帥シャリク・ラエリアだった。彼は今、一人で千年王国が開祖シャマナ・シャマナという男の育った地へとやってきていた。

 とはいえ、これは王族ならば珍しい事ではない。なにせここは開祖の育った地なのだ。そして同時に、祖先が祀られている墓所も近い。大大老達さえ、これからの戦いの戦勝祈願の為と言えば疑わないほどの場所だった。そして、そこに嘘はない。ただ違うのは、誰に対する戦いの戦勝祈願なのか、という所だけだ。


「開祖シャマナ・シャマナ・・・この地で知恵を蓄えた山の賢人とも言われる知恵者・・・」


 シャリクは一人、自らの遠い祖先の墓を祀る慰霊碑に手を合わせていた。開祖はこの地で育ったと言われている。両親がどうだったのか、などは聞いた事がない。伝説的に話されると、彼は大地を両親として生まれたのだ、とさえ言われる。

 まぁ妖精達のようにどこかの大精霊の眷属になるとそういうこともあり得る事ではあるが、彼らラエリアの民はおそらく違うと考えられている。なので、違うのだろう。とはいえ、生まれはどうでも良いのだ。重要なのは、どこで生まれたかではない。どう生きたか、だ。


「貴方は、ここで知恵を蓄えられた・・・彼により知恵を授けられた貴方は、当時戦乱の世であったこの大陸に覇を唱え・・・いや、戦乱を統めようとされた」


 シャリクは開祖シャマナの成し得た事を敢えて口に出して読み上げる。当時はいわばこの大陸での戦国時代という所で、それを統一したのが彼だという。

 カイト達のエネシア大陸で例えると、エンテシア皇国の初代皇王イクスフォスではなくマルス帝国の開闢帝カインだろう。時代を考えても、事情も似たようなものとかんがえられる。

 この大陸に存在していた古代文明メイデアが滅んだとされている時期はおよそ2000年前。時期的にはほぼルーミアと同じだ。その後エネシア大陸と同じく戦乱期があっただろうことは想像に難くはない。そうして、そんな彼は何かの決意を語る様に、口を開いた。


「・・・日本には、こういう話があるそうです。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿と。単に見栄えを言うだけのことわざだそうですが・・・どうにせよ、今のままでは我が国は来る嵐に耐えきれないでしょう。我が国は梅か、桜か。陛下。貴方の興された国を、私は信じましょう。剪定を経て我が神聖王国という木は腐らぬと、信じます」


 シャリクはざんっ、と神聖王シャマナの墓の前に敬礼する。彼は己を剪定者と思った事はない。だが敢えて、それに喩えた。大大老と元老院を、彼は腐った木の実に例えたのだ。

 そして、その腐った木の実は伐採が間に合わず、ついには枝にまで腐食を進行させてしまった。このままならば、遠からず木全てを腐らすだろう。ならば、これ以上になる前に枝ごと切り落とさねばならない時が来たのだ。そうして、そんな彼は更に奥へと歩を進める。此処から先は、大大老達でさえ入る事を許されない一種の禁足地になっている。入れるのはラエリアの王族だけだ。

 そしてさらに言えば大精霊の休憩所でもある。ゆえに魔物はほぼ出現しない。そして幾ら暗殺が危ぶまれた所で、ここでだけは誰も暗殺はしない。

 これが盲点になり得る様に見えるが、流石に大精霊の威名が鳴り響いているエネフィアでそんな事を出来る者は教国を除けば誰一人として居なかった。勿論、命ずる事もないだろう。

 彼女らの目からは逃れられないからだ。暗殺を命じたとて、その命じたのが自分達だとバレていては暗殺の意味がない。彼女らの勘気を買う事だけは、大大老だろうと元老院だろうと避けるのである。


「・・・」


 シャリクはある程度まで進むと、跪いて手袋を脱いで素肌で地面に手を当てる。彼の目の前には、雄大な自然と共に幾つもの山々が連なる山岳地帯があった。ここら50キロ四方は全て、この禁足地だった。おおよそ山岳地帯が一つすっぽりと収まっていた。


「『大地の賢人』よ・・・我が声を聞いてくれ・・・」


 シャリクは呟く様に、そう問いかける。そうして、彼は彼に与えられた一族の力を活性化させる。この力は一般には隠されているが、リーディングと共にある程度まで活性化出来ればライティング、つまりは意思を相手に送る事も出来るのであった。それを使っているのである。


「・・・そうか。感謝する」


 しばらく後。シャリクは跪いたまま何者かへと頭を下げる。彼が己の力を用いて対話していたのは、『大地の賢人』と呼ばれる特殊な存在だ。大精霊とは違うのだが、精霊の一種と考えられている存在だった。

 彼、ないしは彼女の知恵は莫大で、おおよそ知らぬものは無いという話だった。勿論、転移術についても人並み以上には詳しい。シャリクがかつて言ったように、もしかしたら世界を渡る術さえも知っている可能性はあった。そして戦略や戦術についても詳しいらしい。

 どこまでその叡智が及ぶのかは、シャリクもわからない。わかっているのは、彼によって神聖王シャマナは知恵を与えられ、戦乱の世を統一出来た、という事だけだ。

 少なくとも、大混乱の大陸の覇者となれるだけの知恵を与えられるほどの知恵者であるという事だけは、確かなのであった。そうして、彼はその場を後にして、部下達の待つ所へと戻っていった。


「お待ちしておりました、陛下」

「閣下だ。間違えるな」

「っと、申し訳ありません」


 部下は気が早かった、と少し照れた様子で頭を下げる。どこで誰が聞いているかわからないのだ。とはいえ、もう時が近いのだ。この程度の失態は致し方がないのだろう。それほどまでに、全員が我慢し続けてきたのだ。その日が近くなるとどうしても、興奮が抑えられないようだ。

 そうして、彼らは乗ってきた小型の飛空艇に乗り込んだ。ここには、シャリクが心を読んで信頼の置ける側近中の側近しか配していない。というわけで、シャリクは現在の進捗状況を問いかける事にした。


「ハンナは?」

「そろそろ、出発した頃かと・・・ああ、通信に伝言が入っていました。先ごろ出発した、と。護衛艦隊はすでに引き返した様子です」

「そうか・・・」


 シャリクは今のところは上手く言っている、と安堵を浮かべる。とはいえ、全部が全部上手く行っていたわけではない。そうして、彼は先ごろ届いたある書類に目を落とした。


「・・・やはり、勘付くか」

「まだ疑っている、という所かと。彼の隠蔽が効いているのでしょう」

「当然か」


 シャリクは僅かな苦味を顔に浮かべるも、それを意識的に追い出す事で対処する。書類に記されていたのは、カイトの勲章授与に関する事だ。自分達の思うように進んでくれれば良かったが、そうはならなかったのだ。

 まぁ、ここまで動く予兆があるのだ。幾ら北側の軍を掌握しているとはいえ、大大老達とてそろそろ可怪しいと思い始める頃だった。と、そんな所に別の側近が通信機から入ってきた連絡を報告する。


「閣下。その件で呼び出しが入っておりますが・・・」

「ふむ・・・」


 シャリクは側近の伝令にどうするかを考え始める。これはどう考えても弁明をしろ、とかそういう類には思えない。彼らは疑わしければ容赦なく暗殺してくる。それが彼らが生き残ってきたやり方だ。つまり、シャーナ女王と共にシャリクもそろそろ葬ってしまおう、という算段だったのだろう。であれば、おおよその道筋も見えている。


「・・・行くつもりはない。基地に到着後、予定を調整する、と返答しておけ」

「了解しました」


 大大老達はこちらが何時動くかまではわかっていないだろう。シャリクはそう予想する。でなければすでに今頃呼び出しではなく彼らが先に軍を動かしているか、内通者達がこちらへと急報を告げに来るだろうからだ。


「後は・・・あのカイトという男が来るのを待つだけか・・・」

「可能、でしょうか」

「・・・わからん。が、可能と私は信じたい」


 側近の問いかけにシャリクは断言ではなく、願望を告げる。それは軍人ではなく、一人の兄としての顔だった。


「こちらから接触は不可能か?」

「おそらく、不可能かと。道中での接触も難しいかと」

「そうか・・・その点は、彼に何時の日か詫びれれば良いのだがな・・・」


 シャリクは少しだけ、申し訳なさそうにため息を吐いた。側近達も似たような顔だ。それ以外に方法がなかったとはいえ、やはり何も知らない者を何も知らぬままに巻き込んでしまう事には抵抗があったのだろう。だが、それしかなかった。

 何処まで行っても、彼らは善人だった。が、善人だから悪い事が出来ないわけではない。悪道と理解してなお、それを為す事もあるのだ。


「ヴェルフ基地に連絡を送れ。ハンナの航路はどうなっているか、と」

「了解です」


 シャリクが命令を送る。幸いにして彼の地位は空軍元帥だ。飛空艇の多くは彼の指揮下にある。その代わりに数としては最も少ないし陸軍や海軍との共同の関係で多数の他軍出身者も含まれるのだが、逆に今回は飛空艇を率いているというのがメリットになった。

 国境警備の中でも飛空艇を使う事に関する部分は彼の領分だからだ。彼自身の内通者も国境警備の担当者の中に潜り込ます事は容易だったのである。そうして、すぐに返答があった。


「来ました。3番航路を使う予定との事です」

「3番となると・・・一番短い航路か」

「はい。大大老達にも疑われない為には、それが一番と判断した様子です」

「確かに、そうか」


 シャリクはハンナの意図に同意する。彼女はシャリクの協力者であって、シャリクの部下ではない。彼の命令で動いているわけではなかった。彼女も彼女の何らかの意図により、動いていたのである。


「とはいえ、今回の場合は長所短所両方あるか・・・」

「近いければ疑われず、遠ければ彼らの手勢も、という所ですからね」

「こちらの内通者が動ける見込みは・・・なさそうか。一応確認だけは頼んでおくか」

「わかりました。おそらく第3機動隊の管轄になりますので、そちらに連絡を」

「頼んだ」


 側近の言葉にシャリクは同意すると、椅子に深く腰掛けた。


「・・・俺さえも退け、更には多くの強力な使い魔を抱えた彼ならば・・・いや、使い魔は使えんか。単独での脱出・・・してみせてくれよ」


 シャリクは小さく、カイトへと激励を送る。何の因果か、おそらく一番危険な場所に配置されるのはカイトだった。それを伝える事は彼には許されないし、出来る可能性は限りなく低いと予想される。出来るのは、この場から小さく激励を送る事だけだった。


「ハンナに例の鍵は?」

「すでに」

「そうか・・・後は、彼女の胸三寸、と言うところか」


 シャリクは打てる手を全て打ち、後は天運に全てを任せる事にして、目を閉じる事にするのだった。




 それから、数日後。カイト達の飛空艇は、千年王国の国境警備隊と遭遇していた。


『こちら第3機動隊所属117分隊。そこの飛空艇、応答を求む』

「はい」

『船の所属と目的を告げろ』

「管理番号は・・・」


 ハンナは国境警備隊の分隊の指示に従って、船の管理番号と目的を告げる。そしてこれは当然だが、国として指示を受けての事だ。なので向こうもすぐに事情を理解してくれた。と、そんな通信士だが、密かに左右を見回して、己の状況を確認した。


(左・・・大大老派。右は元老院派だ。駄目だな)


 彼は左右の同僚達が全て違う派閥だった事に僅かに顔を顰める。これで彼一人だったりすればよかったのだが、残念ながら通信室には他の密偵達も入っていた。

 一応この時間には本来は彼一人の任務だったのだが北部のヴェルフ基地が疑わしくなった事で、彼らの派閥からもなるべく待機する様に命令が出ていたのだろう。

 現に彼も表向き所属する元老院派の上司からなるべく通信室で待機する様に命ぜられていた。しかも二人で、だ。自分達の中に内通者が居るのかも、と疑っている様子だった。


「そうですか。客人の来訪を歓迎します」

『ありがとうございます』


 シャリク派の通信士の耳に、ハンナの声が響いた。そうして通信が切断されると同時に、横の大大老派の同僚が声を掛けた。


「誰だ?」

「ああ、お人形さんの側付きの人だよ。ほら、勲章もらうとか言う奴呼びに行ってた、って話だったろ?」

「ああ、そう言えば・・・っと、次の船が来る前に、ちょっとトイレ行ってくる」

「あいよー」


 大大老派の同僚はそう言うと、その場を後にする。彼の方はこの叙勲式が近いのでなるべくミスの無い様に、という事にされているらしい。そうして、元老院派の同僚がこちらへと視線を送る。


「通信機、借りるぞ」

「ああ」


 元老院派の同僚はそう言うと、少し急ぎ足で通信機を手に取った。同僚が同じ派閥だと思っているのを良いことに、元老院へと連絡を入れるつもりだった。

 そうして通信に意識を取られた同僚を横目に、彼は少し気を抜いた様に見せつつ、ドアの方を見る。表向きは先程の大大老派の同僚が帰ってこないかを見張る為で、実際には。


「ふふっ・・・」


 密かに彼の顔に笑みが浮かぶ。これを隠す為だった。カイトの来訪こそが、彼らにとっての狼煙だった。そうして、ついに。彼らにとって最後のピースが揃ったのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第931話『千年王国』

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