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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第927話 和解への一歩

 さて、少しだけ時は流れる。カイト達が幾つかのやり取りを終えてマクダウェルに帰還した後。ラカムはカナンの一件の沙汰により、ラザフォードとエール率いる若衆をマクダウェルへと寄越していた。

 彼自身はまだそこら急な決定だったので調整が出来ていない、と彼らの訓練をこちらに頼む事にして後から合流するらしい。その若衆の中に、ラッセルらカナンの暗殺に関わったラカムの子らも含まれていた。が、その彼らだがラザフォードを含めて全員が地面に突っ伏していた。


「そちらは・・・猫耳共か・・・そちらもこっぴどくやられたようだな・・・」

「爬虫類が五月蝿いぞ・・・倒れているのではない・・・休んでいるだけだ・・・」


 彼の横に倒れていたのは、『青龍の里』の若衆だ。彼らと同じ訓練を受けていたわけだが、その結果がこれである。ちなみに、どちらも普段からは考えられないほどに口が悪いが、それは状況の特殊性ゆえだ。許してやって欲しいとは、両方を率いてきた者達の言葉である。


「井の中の蛙大海を知らず。世界は広いと知れ。貴様らの父や、そのまた父が駆け抜けた世界は私が見せる世界よりも遥かに広い」


 この状況の原因が傲然と告げる。が、その様さえ、彼女にとっては厳かに見えてしまった。どんな龍達よりも尊大で、どんな獣達よりも誇り高い。と、そんな彼女にボコボコにされたラッセルであるが、同じく地面に突っ伏しているラザフォードに対して問いかけた。


「ラザフォード・・・無事か・・・?」

「最強の剣士の一人・・・拙者では届かぬか・・・」


 どうやらラザフォードの方は負けた事に悔しがるよりもただただ敵を賞賛するだけのようだ。まだまだ余裕だろう。そうして、そんな異母兄弟に安堵しつつ、ラッセルはなんとか仰向けになって呟いた。


「<<熾天の剣(してんのつるぎ)>>が教官役とは・・・」


 武人としてかなり鍛えていたラザフォードはともかく、ラッセルには最早指一本動かす気力は残っていない。ただただ疲れた様子を見せるだけだ。

 まぁ、この様子で大体何があったかわかるだろう。当たり前の話なのだが、若衆は弱い。各地で将来有望な腕利きを集めたわけであるが、それでもカイト達からすれば随分と弱いわけだ。とはいえ、預けられた以上は生きて返してやるのが、カイト達のやり方だ。

 というわけで、現在はこのエネフィアで最強集団と名高い<<熾天の剣(してんのつるぎ)>>を筆頭にして訓練が行われていたのである。

 とはいえ、訓練といってもそれは武芸を教えてもらえる、というわけではない。所謂ぶつかり稽古、強者を前にして生き延びる方法を学ばせる類のものだった。

 勿論、それ故に容赦はない。戦場で敵が容赦してくれるわけがない。現に今もクオンによってものの数分で各地の腕利き達を揃えた若衆軍団は完全に沈黙させられていたのであった。が、それ故に見えた事がある。


「・・・水。飲めるか?」

「・・・かたじけない」


 差し出された水をラッセルは不承不承に受け取る。差し出したのは、『夜の一族』の若者だ。レイナードの補佐官として、若衆を率いてきたらしい。先に入っていたからこそ、余裕があり余裕がない獣人達へと援助をしてくれていたのである。ここ数日は、ずっとそんな調子で彼らの世話になりっぱなしだ。

 少し前の彼ならば受け取るのにかなりの逡巡を要しただろう。現に初日は受け取るまでにかなり時間を要した。が、その時の教官役だったアイシャに睨まれてしぶしぶ受け取った。そして更に激化した今はそんな『些細な』事よりも、身体の渇きの方が深刻だった。


「はぁ・・・」


 そして受け取って受け入れてしまえば、抱くのは情けなさだ。不倶戴天の敵と一族が思っていた相手からの施しだ。情けなくもなる。


「・・・諦めろよ。ここはそう言うところだ」


 そんなラッセルに対して、近くのまた別の種族の若衆の一人が告げる。彼も確かどこかの地方の種族の出身で、一族ぐるみでどこかと揉めていた気がする。そう、ラッセルは思い出した。


「少なくとも、死にたくない・・・それだけはあるだろう? 俺にもお前にも。お前、『金獅子(きんじし)』の出だろ?」

「ああ」

「ウチは水魔の一族だ・・・どうしても生き方と生息地の問題でドワーフの連中とは仲が悪い・・・入って初日は喧嘩したな」


 突っ伏したままの青年が告げる。水魔の一族とは、魔族の一種だ。名を見ればわかるが、水と関わりが深い一族だそうだ。その彼らにとってきれいな水は死活問題になるらしい。

 それに対してドワーフ達は生業や相性の問題等で鍛冶を行う。そしてやはり鍛冶師には水は重要だ。だが、彼らの方法ではどうしても水を穢してしまう。それが彼らにとっての最適な手段だし、無論気を遣ってやっている。が、汚してしまうのだけは、冶金である以上仕方がない。

 が、やはりそれでも良質な水源を穢されると困るのが、水魔の一族だ。そこで長い間揉めてきた経緯がある。勿論、これは仕方がない事故にティナや時の王様、カイト達が仲介したりして何度も和解をした。

 が、同時にどうしようもない問題であるが故に何度も争いを繰り返してきた歴史があるのもまた、事実だった。そうして、そんな彼が倒れたまま口を開いた。


「始め、突っかかってった相手は女の子だった・・・が、止めたのはエルフの男性だった」

「エルフが?」


 ラッセルは上体を起こして目を見開いた。エルフとドワーフは険悪。それが、一般常識だ。そう、一般常識なのだ。このマクダウェル領を除いては、である。

 豪快なドワーフと繊細なエルフ。どちらも職人気質であるがゆえに、方向性の違いから揉めてしまうのである。これは性質である以上、それは仕方がない話だ。そして人が別人が二人居れば喧嘩が起きるのは当然だ。なんら不思議である事はない。


「彼らを見てるとわからないんだ・・・俺は何が気に食わなかったんだ・・・? なんで突っかかった? ここじゃあ、俺が何なのかわからなくなる・・・」


 水魔の青年が呟いた。それはラッセル自身もそうだった。彼の場合、特に声が聞こえなくなってなおさら、その印象は強かった。

 自分は一体何が駄目で、カナンを暗殺しようとしていたのか。あの声は幻聴だったのではないか。日増しに、その疑問は強くなっていった。そうして、今度はタオルを配り始めたまた別の『夜の一族』の女性に対して、問いかける事にしてみた。


「どうぞ」

「・・・一つ、良いか?」

「何?」


 ラッセルの問いかけに『夜の一族』の女性が少し胡乱げに問いかける。やはり、『夜の一族』の側でも完全に和解が成立しているわけではないのだろう。だが、きちんと受け答えはしてくれていた。


「・・・」

「早くしてくれると助かるんだけど」

「あ・・・申し訳ない」


 ラッセルは何を言おうか迷っていた所に出された言葉に、思わず咄嗟に謝罪が口をついて出た事に驚いた。とはいえ、待たせているのだ。何かを言う必要があった。そうして彼が問いかけたのは、自分が抱いた疑問だ。


「・・・貴殿はなぜ、我々にも対等に扱うのだ?」

「・・・陛下のご命令だから。それ以上でもそれ以下でも無いわ」


 『夜の一族』の女性はぶっきらぼうにそう答えた。だが、その答えるまでの間を、ラッセルは見逃さなかった。そう言う彼女自身がその答えを疑っている様子だった。つまりは、彼と同じなのだろう。


「そうか。かたじけない」

「・・・この訓練場で出会った獣人から礼を言われたのは初めてよ」

「・・・そうか。それは失礼な事をした」


 ラッセルは言われて、そう言えばタオルを貰った時にも礼を言っていなかった事を思い出した。お礼一つ言うことにさえ、抵抗があったのだ。それは彼女だって無愛想になるだろう。当たり前の常識をこちらはしてこなかったのだ。不機嫌にならない方が可怪しい。

 そんな当たり前の事を、ラッセルはここで思い出した。が、その一方、もう要件は終わったと見て『夜の一族』の女性は、その場を去る事にしたようだ。


「・・・じゃあ、もう行くわね」

「ああ」


 どこか嬉しそうに去っていく女性の背中を見ながら、ラッセルは今度は『夜の一族』の事がわからなくなる。恐ろしい存在だと聞いていた。憎むべき相手だと思っていた。実際に彼が目の当たりにした者達の多くは尊大で恐ろしい様子を持ち合わせていた。だがかと思えば、先の女性の様に普通の者も存在する。


「あの声は一体・・・何に怒っていたのだ・・・?」


 ラッセルは地面に再び倒れ込んで、晴れ渡る空を仰ぎ見る。かつては毎日の様に聞こえていて、今は一切聞こえない声がわからなかった。彼らが言うのは何時も一つだ。『夜の一族』を許すな、と。彼らを根絶やしにしろ、と。そう言うのだ。祖先の恨みが聞こえる以上、彼にとってそれは慰撫すべき対象だった。だから、カナンを認められなかった。そのはずだ。

 だというのに、ここに居ると共存が可能なのではないか、と思ってしまう。いや、可能だと証明されていた。それがなおさら、自分をわからなくさせていた。


「・・・ここは、ある種のユートピアを目指した男の一つの果てじゃよ」


 そんな若者たちに対して一人の老人が近づいてきた。気配は穏やかで、こんな荒々しい修練場には似合わない外見だ。服装はボロにも見える該当を羽織り、内側には使い古された鎧を着込んでいる。鎧の形式としては軽鎧で、動きを阻害しない類のものだった。顔には深いシワが刻まれており、年齢を感じさせた。

 だがそれだけの老いと年月を感じさせる見た目なのに彼の背筋はしっかりと伸びていたし、足取りも確かだ。衰えて耄碌している、という印象は一切無い。例えるなら、仙人や隠者。そんな感じの老人だった。


「老雄ヴァイス・・・」

「仙人か・・・」

「ふぉふぉ・・・若いのに知られておるとは、善き哉善き哉」


 ヴァイスが穏やかに笑う。だがその一方、ラッセル達は笑ってはいられない。彼もまた、ギルド<<熾天の剣(してんのつるぎ)>>の一員だ。それも最高幹部である<<八天将(はちてんしょう)>>の一人だった。

 この場へ現れている事を鑑みるとどうやら、次の教官役は彼なのだろう。が、まだ始めるつもりはないらしい。なので彼は先の話の続きをしてくれた。


「ここでは、ありとあらゆる種族が今までの因縁を忘れ、手を取り合って生きている。そう言う土地にしようとして、そう言う土地として創り上げた。あの男が旗を掲げ、クズハとアウラ、同じ物を見た者達がそれを引き継いで出来上がったのが、ここじゃて」


 ヴァイスは基地の上に掲げられている公爵家の紋章と、『無冠の部隊(ノーオーダーズ)』の紋章を仰ぎ見る。この旗に集った全ての者達の誇り。それが、あの旗だ。

 あの旗を、部隊の面々はカイトから預けられた。それに誓ってこの地を彼の理想とした、そして自分達の理想とした街とする為に頑張ったのだ。そしてその結果が、今だ。


「ここではドワーフに売られた喧嘩をエルフが買う事は良くある話じゃ。獣人が買った喧嘩に『夜の一族』の者が参戦する事ものう・・・他にも言うだけであれば事足りん。さて・・・こうなった秘訣は何かのう?」

「っ・・・」


 ごくり、と全員が喉を鳴らす。彼は、その答えを知っている。そう思ったのだ。が、ここで彼らは全員、肩透かしを食らう事になった。


「さぁ、お主らで答えを見出してみせい。ここへ送り込まれたということは、ここで答えを見つけよという事に他ならぬ。気付いておらんか? ここに集められておるのは大半が仲の悪い連中ばかりじゃ、とな」


 ヴァイスが笑う。そしてこれは言われなくても理解していた。この場に集められている種族は大半が一応の協調性があったとしても、特定のどこかと険悪なムードを抱えていたりする奴らだ。それを意図的に集めていた事は理解するのにそこまで時間も知性も必要がない。そうして、結局。答えは与えられぬまま、再び修行の日々が開始する事になるのだった。




 そんな光景を、カイトは基地の窓から見ていた。


「ははは。あの調子じゃ、どっちが早いかね」

「終戦と気付くのが、か?」

「そゆことー」


 ティナの指摘にカイトが笑って同意する。端から彼らには期待なぞしていない。周囲で雑魚でも片付けておいてもらえれば良い。一応は面子の問題として若衆を受け入れただけだ。

 もう一度言うが彼らに戦力的な意味では今は何も期待していない。協調性の無い程度なら、まだ良い。勝手に突っ走らせれば良いだけの話だからだ。だが戦闘中に足の引っ張り合いをしてくるのだけは、頂けない。そこをなんとかする方が先だった。


「ま、徹底的に自分を見つめ直してみろよ。ここは空白地。どこの種族とも関わりがあるが、オレが治めた故にどこの種族とも歴史的な関わりが無い。一度全部のしがらみを取っ払っちまって、考え直せよ。それでも許せないなら仕方がねぇさ・・・ま、あそこの若い奴らはんな事無いんだろうけどな」

「お主はジジイか」


 カイトの物言いにティナが笑う。若いと言っても彼よりは年上だ。下手をすると倍とかそう言うレベルではなく、桁が違う。変な物言いといえば、変な物言いだろう。


「あはは・・・」

『すまねぇなぁ・・・じゃあとりあえず。ラッセル達は何か揉め事起こしてるとかは無いんだな?』

「おう。今のところな」

『はぁ・・・俺が見た物と同じものを見てこい。この沙汰が、あいつの一族を変えてくれりゃぁ良いんだがよぅ・・・』


 ラカムは僅かな期待を滲ませる。カイトがここに居たのは、ここ数日のラッセル達の様子を報告する為だった。事件が解決したからか、ラカムも通信に応じてくれる様になったのである。で、適時状況を聞いていた、という所である。


「ま、後はなるようになるだろ」

『ああ・・・っと、じゃあこっちは来月にゃ向かえると思うわ』

「おーう、頼むな」


 ラカムはカイトの返事を聞くと足早に通信を切断する。彼自身が出る事になった為、調整を大急ぎでやっていたのである。なので忙しいらしい。そうして通信が終わった後、ティナが窓の外を見ながらつぶやいた。


「・・・良い子じゃな、カナンは」


 穏やかなティナの視線の先には、カナンが居た。彼女は冒険部での活動の傍ら、空いた時間をこちらで兄達の補佐をする事にしていた。認めてもらおうと必死なのだろう。


「・・・あいつの娘っちゃあ、あいつの娘らしい。あのへこたれなさ。確かに、ラカムの娘だな。レイよりもオレに食って掛かってた時間が長いのは、ヤツだからなぁ・・・」


 それに、カイトも笑いながら同意する。カナンはやはり、あまり受け入れてもらえなかった。が、それでもめげること無く、彼女はここに来ている。


「む? お、エールが気付きおったな。あれは手が出るのう」

「あはは。これはこれで、一つの家族の形になっていくのかもなぁ・・・」


 カイトは相変わらず素っ気ないラッセルに対して説教にも近い苦言を呈しているエールを見ながら笑う。と、そんな時に一つの通信が入ってきた。と言っても緊急というわけではなく冒険部で使っている通信機の方だ。


「ああ、魅衣か。どした?」

『あ、うん。カナン大丈夫かなーって・・・昨日ちょっと落ち込んでたから・・・』

「ああ、大丈夫だ。まぁ、知らなかった身で言うべきじゃあねぇんだろうが・・・ラカムとレイの血統だ。負ける事はねぇさ」

『そか・・・あ、そうだ。じゃあ帰りしなにでもカナンに明後日の朝出発で依頼見っけたー、って伝えといてー。頼まれてたから』

「あいよ、お姫様」


 カイトは魅衣からの伝言を受け取ると、それを最後に通信を切断する。これで、ようやく楽になった。後は家族の問題だからカイトは請われない限りは関われないし、とりあえずカナンの身の安全と家族の存在がわかっただけ万々歳だろう。そうして、カイトは窓を背もたれにして気を抜いた。


「並べて世は事も無し。これで一件ちゃ・・・またかよ・・・」


 一件落着、と宣言しようとした所に入った通信に、カイトがため息を吐いた。今度はクズハからだった。


『ああ、良かった。お兄様。早急にお戻りください』

「どした? どっかで揉め事か?」

『いえ・・・お兄様へと使者が参られています』

「使者? 皇城か?」

『いえ・・・千年王国のハンナという方が。自分はシャーナ女王の侍従長だ、と。身分証も有しておられました』


 クズハの口から、ハンナという名が語られる。それはどう考えてもシャーナ女王の側近にしてマルチスパイのハンナの事だろう。


「わかった。すぐに戻る・・・嫌な匂いがしてきたな・・・」

「気をつけよ。あそこの国はそろそろどうなるかわからんぞ」

「わかってる」


 ティナの言葉を背に、カイトは穏やかな気分から真剣な雰囲気をまとい直す。そうして、彼は一路公爵邸へと戻る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。次回からは新章です。カナンの和解はまた別の時にでも。

 次回予告『異大陸よりの使者』

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