第923話 月の子
さて、ラザフォードの家にて一泊する事になった一同だが、とりあえずカイト達はラザフォードによって歓待を受ける事になった。まぁ、これは不思議でもなんでもないし、誰からも疑われる事はなかった。
なにせ一同の中には彼の父であるラカムが一緒なのだ。歓待を開いた所で、湖獅子族の族長さえ疑わなかったほどだ。というわけで、カイト達はとりあえずそのもてなしを受けたわけだが、そこでラザフォードはどうしても聞いておかねばならない事を聞く事にした。
「父上。一つ、伺いたい事が」
「おう」
「カナンのあの姿。一体あれは如何な变化にござろうか。拙者が相対した中でも、あの力はエール姉上にも匹敵していたと見受ける」
「ちょっとー!? 風評被害やめてよね!」
ラザフォードの言葉に、魅衣とカナンの横でご飯を食べていたエールが悲鳴にも似た抗議の声を上げる。が、実際にそうなのだから仕方がない。実はラカムの子供の中で最強は彼女だったりする。武芸への適正もそうだが、身体能力も父と母譲りらしく相当に強いらしい。それに、ラカムが笑ってスルーして、先を促す事にした。
「ははははは。で?」
「ちょっと! スルーしないでよ! 事実じゃないからね! 嘘だからね! 私あんなに強くないからね!?」
「は・・・拙者はまだ若輩なれど、英雄の子としてそれなりに深くはこの世の真理に触れてきたと自負してござる。が、寡聞にしてかような变化は見たことも聞いた事もござらぬ」
エールの言葉を全部スルーしてラザフォードが問いかけたのは、彼との戦いにおけるカナンの変化だ。確かにこれは誰もが不思議に思っていた事だった。そして更に、他にも疑問はあった。
「更には、父は金の髪。彼女の母であるメリージェーン殿の血筋には金髪か黒髪しかおりませぬ。それが何故、銀の髪が生まれるのでござるか?」
ラザフォードは最もな疑問を問いかける。喩え隔世遺伝を疑ったとしても、カナンは可怪しい。両親ともに金髪か黒髪しか生まれ得ない家系なのだ。なのに、彼女は輝く様な銀髪だ。
実はそれ故、彼は当初カナンがラカムとメリージェーンの子だと思わなかったのだ。なのでそういった事からラザフォードはラッセルに担がれている可能性を見て、敢えて己では出向かなかったのである。勿論、ここらはニエリも把握していた事だ。相談の上である。
本来は人型になる事も無い予定だったのだが、ルゥが出てしまったので人型を取らざるを得ず、更にはそこからラザフォードももしかしたら、と思ったらしい。
ここらの経緯はニエリも武の一門であるが故の武骨さ故、だといえるだろう。どうしても、目上の者を敬ってしまったそうだ。そうしてどうしたものかと考えている内に父がカナンを連れてきたので、この少女こそが噂に聞くカナンなのだろう、と理解したわけであった。
「ああ、あれか。そりゃぁ・・・知らねぇのも無理はねぇか」
ラカムは笑いながら、酒を傾ける。カイト達は平然とカナンの事を『月の子』と呼んでいたが、実はこれは知られていない単語だ。というか、獣人であってもよほど詳しくないと知らないほどの知識だった。
「カナンは『月の子』だ」
ラカムが告げる。が、それは誰にもわからなかった。とはいえ、それも当然だろう。それなりに色々と把握していると自負している――そして周囲も認める――ラザフォードでさえ、知らなかったのだ。そしてそれも無理はない。実のところ、ラカムやレイナードさえ見るのは初めてだったのだ。
「まぁ、知らねぇのも無理はねぇな・・・実際、俺も見たのは初めてだ。と言うより、カイトも見た事ねぇ・・・よな?」
「半端者なら、あるけどな。が、完璧な『月の子』は初だな」
ラカムの問いかけを受けたカイトは己の記憶を辿り、ほぼほぼ見たことが無い事に同意する。彼でさえ、カナン以上の存在は知らないという。ある意味、そこまで珍しい存在だったのだ。と、彼はカナンを見ながら続けた。
「まぁ、詳しい話はティナに任せるとして・・・『月の子』とは種族とかの名じゃない。そう呼ばれる奴、というだけだな」
「これは相性の問題と言うて良い。基本的に、種族に応じて因子に相性があるわけじゃが・・・一般的に、例えば金獅子ら月を奉ずる神獣を祖に持つ獣人と吸血姫という種の相性は悪いとされておる。それが両種族の仲の悪さの原因の一環とも言われるぐらいじゃのう」
ティナは改めて、一般的に知られている事を説明する。生物としての相性が悪い種族、というのはどうしても存在している。こればかりは生物の原理原則として、仕方がない事だろう。
「が・・・実はこれは本来は逆なんじゃ」
「逆、でござるか?」
「うむ。逆じゃ。相性が良すぎるが故に、じゃな」
ティナが笑う。そうして、彼女は続けた。
「獣人の『獣の因子』は祖とする神獣に応じて差こそあれど、太陽か月の魔力を利用して活性化しておる。それに対して、吸血姫・・・一般に『夜の一族』と呼ばれる者達の持つ『血の因子』もまた、月の魔力を利用して活性化が可能じゃ。これは良いな?」
「は・・・」
ラザフォードはティナの告げた事に同意する様に頷いた。ここらは、彼も知った話だ。だからこそ、両種族の生物学としての相性が悪いと言われていたと思っていたのである。
が、これは語弊があるらしい。どちらも同じ力を使って因子を活性化するというのに、そこで相性が悪いというのも不思議な話だろう。そうして、その同意を見たティナは更に解説を続ける事にした。
「さて・・・お主ら金獅子の一族はこれに当てはめれば、月の魔力を受け入れておることになる。まぁ、釈迦に説法じゃろう?」
ティナが笑う。太陽も月も共に星という概念を有している。そうなってくると、必然このエネフィア、もしくは地球と同じ様に魔力の流れを持ち合わせていると考えて良いだろう。
となれば、それが太陽光や月光の様に人々が住まう大地に降り注いでいても不思議はない。そしてその力を受け入れて己の力を強化しているのが、神獣を祖とする獣人達なのであった。
ちなみに、神獣の見た目が獅子や狼と言った夜行性の動物だからと言って一括りに月の魔力を受け入れているわけではない。そこらは神獣によりけりである。と、そういう話はラザフォードにとってみれば当たり前にもほどがある。ティナの言うとおり、釈迦に説法だった。
「は・・・」
「うむ・・・とはいえ、お主ら金獅子や神狼族の者達はその時点でおそらく最大限に引き出せておると言えるじゃろう。もはやこれ以上の力を受け入れられる容量が無いほどにのう・・・それ故、相性が良くない様に見えるわけじゃ。逆に強すぎるんじゃな。強大な力を有しても身を滅ぼすというわけじゃ。特に赤子じゃからのう。そこまで絶大な力に耐えきれるわけがあるまい」
「なるほど・・・」
ラザフォードは言われて理解出来た。要は力が強くなりすぎてしまうのである。強すぎて肉体が受け入れられないのだ。だから、子供に恵まれにくい。なんら不思議のあることではない。
であれば、もし生まれる事が出来るとするとこの力が弱い、即ちカイトの言った半端者か、極稀に生まれ得るのだろうその強大な力に耐え得るだけの肉体を持つ者が『月の子』になる、というわけであった。そして、カナンは後者だったわけだ。と、そんなカナンを見ながら、ラザフォードは更に疑問を得た。
「となると、疑問なのでござるが・・・なぜ先程までのカナンは弱かったのでござるか?」
「ああ、それか。まぁ、それは仕方があるまい」
「へ?」
ガツガツと肉をかっ食らっていた――力の消費の対価として相当腹が減るらしい――カナンはティナからの視線に気付いて、箸を止める。
「ああ、食え食え。相当なエネルギーを消費したじゃろうからのう」
「あ、うん」
カナンはティナの促しを受けて、再び食事に戻る。よほど空腹だったらしい。いつもの数倍は食べていた。身体能力を爆発的に上昇させたわけだが、それ故にエネルギーの消費も桁違いになっていたらしい。
彼女の身体が高熱を発していたのも、それに起因するものだそうだ。新陳代謝が一部何時もの数十倍に跳ね上がっていたそうである。
「まぁ、道理じゃろう。つい先ごろまでこやつは吸血姫の力を一切知らなんだ。完全に錆びついておったわけじゃな。と言うか、生まれてから一度も使わんかったのじゃろう。錆びつくどころか完全に寝ておったわけじゃ。それ故、普通の獣人のハーフと同じ性能しか出せなんだわけよ。知らねば如何な因子とて力を発せぬ。牙を持っている事を知らねば、牙は使えぬからのう」
あまりに道理な事をティナが告げる。数日前にレイナードも告げたが、知らなかったので使えなかったのだ。そしてその使う為の訓練はこれからしなければならないだろう。先程の力を使うには、相当量の訓練が必要だった。
「さて、その上での話をすれば、カナンはあの瞬間、痛みやらもっと強くなれるはずだ、という想いやらで強引に目覚めておったわけじゃ」
「ふむ・・・」
それで、あのようなまるで熱病にうなされる様な形だったのか、とラザフォード一人納得する。そしてそうであれば、カナンのあの前後の記憶が曖昧な事にも納得が出来た。
あの瞬間、ほぼほぼ彼女は理性を失っていた。記憶の混濁も理性の消失も、ただ本能がリミッターを解除した結果だという事なのだろう。
「さて・・・では、先の形態の話をするとするかのう・・・おーい、カナン。流石にちょいと飯を止めよ。先程のお主の話をするからのう」
「ほえ? あ、はーい」
カナンはかなり食べたのでそれなりに満足はしているらしく、とりあえず食事の手を止める。そうして、それを受けてティナは改めて、『月の子』の説明を行う事にする。
「さて、『月の子』の特徴は銀髪灼眼。まぁ、今のカナンじゃな。これは親がどの様な髪色や目の色であれ、平時はこの色になる」
ティナの言葉を受けて、ラザフォードだけでなく一同はカナンを観察する。と言ってもすでに見慣れた面子にとってはなんら不思議な所はない姿だ。明るい銀色の髪に、まるで獣の耳の様に跳ねが特徴的な頭。血の様に真紅の灼眼。いつもと変わらないカナンの様子である。が、これはどうやら『月の子』の証だったらしい。
これで厄介なのはこれが普通に両親からの遺伝によっても生まれる事があることだ。現にティナもカイトもそちらを疑っており、突然変異の可能性はあまりに極小なので無視していたのである。
「さて・・・その上で、まずは第一段階じゃ。灼眼に加えて、炎の様に燃える髪。所謂、『焔髪』に髪が変わったのを、第一段階『焔華』という。腰まである長い髪に灼熱のオーラが合わさってまるで炎の華の様に見えるから、じゃな。この状態で、並外れた身体能力を得るわけじゃ」
そう言われた一同は、立ち上がった直後のカナンの様子を思い出す。彼女の髪はまるで燃えている様に赤く変色していた。おまけにラザフォードは真紅のオーラに気を取られていて気付いていなかったが、あの時の彼女の髪は腰まで伸びていた。それは彼女の纏っていた真紅のオーラと合わせてまるで彼女の髪が炎の様な印象を与えていた。
「そして次に、第二形態。目が月の様に白銀に光り輝いた形態じゃ。これを、第二形態『焔月』と呼ぶ。瞳がまるで灼熱の中に浮かぶ白銀の月の様に見えるから、じゃな。この状態では、瞳に『月ノ瞳』と呼ばれる特殊な魔眼が覚醒しおる。勿論、身体能力も更に桁違いに上昇する・・・が、どちらも無意識的じゃったからかさほど意味は有しておらんかったのう」
ラザフォードは己が見たのはこの第二形態か、と理解する。が、あれでさえまだ半覚醒と言うところらしい。本来はあれを制御してやれるわけだが、カナンは未熟だった事もありただただ力に振り回されただけだった。
「そして、更に上。第三形態。これを、『血解』と呼ぶ。お主も見たじゃろう。背に緋色の翼が顕現したのを」
「は・・・あれが、第三形態の現れであったと?」
「うむ。あれは『緋ノ翼』。あれが顕現した時点で、『月の子』には天地の意味を一切無くす。大空でさえ地面の如く自由自在に駆け回るじゃろう。更に出力も増大するじゃろうな」
ラカムが止めるのも無理はなかった。まだ力に振り回されているカナンであったのでラザフォードも技で応対する事が出来たわけだが、それにも限度はある。あれ以上は厳しかっただろう。
「そして、最後。此度は至らなんだし、あのままでは無理じゃったじゃろうが・・・その上に、最終形態がある。その名は、『炎神・緋ノ神』。身体的な変化はあまり無い。が、この形態では身体全身に緋色の刻印が現れる。炎の様な緋色の翼をはためかせ、神の如く絶大な力を振るうその様は神と呼ぶに相応しい」
ティナは最後の段階を告げる。第二形態で、獣化した獣人を遥かに上回る。<<獣人憑依>>と同等だ。その果てが何処に至るのかは、カイトやそれこそ今ここで解説をしているティナにさえ、わからない事だった。
「が・・・まぁ、この通り平時には使えぬし相当なカロリーを消費するようじゃのう。この様子じゃと本当に一時的なブーストに過ぎんじゃろう」
「んぐっ・・・ごめんなさい・・・」
「ははは!」
どうやら空腹が抑えきれなくなったらしい。カナンは説明の最中から密かにお肉に手が伸びていた。そんな彼女にティナが笑う。結局、何かが変わるわけでもなし。実はカナンには隠された力がありましたよ、というだけにすぎない。
それこそ言ってしまえば龍族の血が発露しかかっているソラ達と一緒だ。その程度が違うだけである。そうして、結局なにも変わらないカナンは訓練内容が一つ増えた事を嘆くだけとなり、それ以外には何も変わらないのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第924話『英雄の苦悩』
2017年9月5日 追記
・誤字修正
『ラカムの子』が『カナンの子』となっていた所を修正。処女懐妊とか何処のマリア様なのか。




