第923話 暗殺の詳細
力の覚醒により<<獣人転化>>を使用したラザフォードと互角の戦いを繰り広げたカナンがびしょ濡れになった衣服を着替える間、カイト達はラザフォードの案内を受けて、彼の家の中の大広間に集合していた。
「まずは父上にレイナード殿。碌な挨拶もせずにこのような事をしでかした事、申し訳ございませぬ」
「ああ、まぁ、そういう奴とは知ってたがよぅ・・・いや、そう言う奴だとわかってるから、何も言わねぇ事にすっか」
ラカムは改めて頭を下げたラザフォードに対して笑いながら、言外にお前はそれで良い、と告げる。こういった武骨さが、彼の持ち味だ。頑固者や無頼漢。そういうのが、ラザフォードなのだ。そして、別にこれが悪いわけではない。なお、レイナードの方は諦めているらしく何も言わなかった。
「して、父上。そちらの方々は? 拙者が伺っている分では、カナンの同輩と伺ってござるが・・・」
「伺って、か・・・」
カイトはラザフォードの物言いから、やはり裏には別の誰かが居るのだろう、と理解する。そして、彼は何かを知っているのだ、とも。そうして、ラカムは頭を掻いた。
「・・・ユリィ・・・マクダウェル領のユリシア・フェリシアは知っているな?」
「は・・・拙者とて武人です故。かの伝説の勇者カイトの名とその相棒たるユリシア殿の名は存じ上げてござる」
ラザフォードは病弱だった事から昔から古衆に預けられており、それ故あまりマクダウェル家との繋がりはない。一応繋がり故に、ユリィも見知ってはいるもののそこまで深い知り合いとは言えないらしい。が、それで十分だろう。そうして、カイトが口を開いた。
「なら、話が早いな。オレはカイト・マクダウェル。所謂マクダウェル公カイトだ。こっちは・・・」
「私だよ。お久しぶり」
「これは・・・なるほど。お久しぶりでござる。確かに、それに見合った覇気にござる。拙者は湖獅子族がラザフォード。父の名と共に語られる英傑。それとこのような形とはいえ相見える事が出来た事、誠に恐悦至極にござる」
ラザフォードはカイトとその言葉に促されて大きくなったユリィの姿を見て、納得する。身に纏う覇気が元々只者ではない事を理解してはいたようだ。深々と頭を下げた。そうして、それを受けたカイトは更に魅衣達を紹介する事にした。
「で、こっちの後ろのは今のオレの仲間でソラ・天城、由利・小鳥遊。さっきカナンに付いていったのが、魅衣・三枝とユスティーナ・ミストルティン・・・最後のは魔王ユスティーナだ」
「そうでござったか・・・父のご友人とはつゆ知らず、碌な挨拶もせず申し訳ない」
ラザフォード改めて、カイトへと頭を下げる。なお、カイトも言ったが彼の側に居るのはソラと由利だけだ。が、この二人はカナンの正体探しに協力に来たというよりも、新天地での戦いの事前調査の為に来た趣が強い。カナンの着替えではなく、こちらに集合してカイトのやり方を見学している、というわけだ。
それに流石にソラは着替えに付き従うわけにもいかないだろう。そして、着替えにそんなに人数で押しかけても駄目だろう。さらに言えば先の二人に加えてエールまであちらに一緒――衣服の問題から――なのだ。いくらなんでも4人も一緒に居るのは無駄もいいところなので、由利もこちらに、というわけだ。
「ああ、いや。それは良い。今回はアポも取らずに急な来訪だったからな。頭を上げてくれ」
「かたじけない・・・それで、ご用向きについては、拙者も把握してござる。お探しの男は・・・」
ラザフォードはカイトの言葉を受けて頭を上げると、門弟に対して一つ頷いて合図を送る。そうして、3分ほどで門弟は一人の男を連れて、戻ってきた。それは数日前にカナンを蹴撃した襲撃者だった。
「ニエリと申します。過日はまさかかの勇者殿とはつゆ知らず刃を向けた事、平にご容赦願います」
彼はカイトの前で深々と土下座をすると、カイトへと容赦を願い出る。そして、それに合わせてラザフォードもまた頭を下げた。
「申し訳ない。これについてはご容赦のほどを。拙者の命にて襲撃したまでの事・・・この咎は拙者一人にこそあれ、ニエリには存在してはござらん。もし必要とあらば、この首をお取りくだされ」
「・・・良いだろう。ニエリについての咎は問わぬ。ブランシェット家からはこの事件の沙汰はオレが下す許可を頂いている。後で事の次第は報告させてもらうが、彼が暗殺を狙った事については問わぬ事にしよう」
ラザフォードは武骨な男だ。何らかの事情があった事はカイトにも理解出来た。なのでカイトは被害が出なかった上にこの事件がどこにも流れていない事を受けて、襲撃者については内々に処理した事とする。
とはいえ、流石に事を起こしている以上、その主であるラザフォードにまで無罪放免は無理だ。そうして、カイトが沙汰を告げる。
「とはいえ、無罪放免はやはりならぬだろう。そこで、一つ贖罪の機会を与えたい。どうか」
「受け入れさせて頂きます」
「良いだろう・・・今、オレの地では有力な戦士に事欠いている。理由は承知しているな?」
「はっ」
「ならば、その件への助力。それを我が友ラカムの子、湖獅子族のラザフォードへ下す沙汰とする。存分に先の腕を振るえ。それにて、この件の沙汰は問わぬ事にしよう」
「かたじけない。この身に宿りし神虎の力。存分に振るわせて頂く所存にござる」
ラザフォードは再び、深々と頭を下げる。これはラカムとも話し合っていた事で、実はそもそもラザフォードはラカムが部隊に合流する折りに若衆の一人として参加させるつもりだったそうだ。なので裏向きは懲罰としつつ、というわけであった。
それにこれなら、表向きは何もなかった事にできる。門弟達にも変な勘ぐりをさせなくてすむので、彼とラカムの名に傷が付く事もない。どこにとっても、一番良い落とし所と言えるだろう。
「良し・・・これで、とりあえずラザフォードへの沙汰は終わったかな」
「すまねぇな。わざわざ・・・」
「いや、良いって。さっきの腕なら、安心出来るしな」
カイトはラカムの感謝に苦笑いで首を振る。と、ラザフォードへの沙汰の通知を終えた所でカナンが入ってきた。が、かなり恥ずかしそうだった。
「うぅ・・・」
「おー・・・似合うじゃん」
カナンを見ながらカイトが笑う。カナンが着ていたのは、ここらの獣人達が着る一般的な衣服だ。というよりも、エールが着ているものと一緒だ。が、それ故露出は激しい。今まで外の獣人用の衣服を着ていたカナンにとっては、かなり恥ずかしい衣装だった。
「いやー、尻尾があって良かった良かった」
しきりに恥ずかしがるカナンに対して、エールが笑う。というのも、この衣服は言うまでもなく獣人用だ。というわけで、お尻には当たり前の様に尻尾を出す穴があるわけである。というわけで、もし尻尾がなければお尻が見えてしまうわけであった。
「ふむ・・・それよりも我はシックのドレスが似合うと思うが」
「そうか? こっちの方が似合わねぇか?」
「「・・・」」
ばちりっ、と一瞬ラカムとレイナードの間で火花が散る。基本的に、この二人は良く喧嘩をする。ライバルなので当然なのだろう。ちなみに、どちらも似合わないと言っているわけではない。こっちの方が似合う、と言っているだけだ。
「外でやってこい」
その後の流れはカイトもティナも見えていた。というわけで、二人の後ろに立っていたティナが転移術で二人を放り出す。と、それと同時。轟音が鳴り響いた。案の定喧嘩が始まった、というわけだろう。やれドレスが似合うだの古い獣人の衣装が似合うだのと言い合う声が時々響いていた。
ちなみに、結果だけを言えばこの喧嘩は後にカナンをレイナードの居城へと行かせて実際に着せる事で判断する、という事に落ち着く。
「・・・良いのでござるか?」
「あれがデフォルト。なので問題は無いのう」
「左様でござるか・・・っと、ユスティーナ殿とお見受けする。先程は碌な挨拶もせずに申し訳ござらぬ。平に、ご容赦を」
「おおよそ覗き見て把握しておる。それより、お主はせねばならぬ事があろう」
ティナは水しぶきの音を聞きながら己へ頭を下げたラザフォードに対して、やるべきことをやるように告げる。そしてそれはラザフォードもわかっていた。ただ単に身内の問題と外の問題の優先順位の問題として、ティナへの謝罪を先にしただけだ。そうして、ラザフォードはカナンへと深々と頭を下げた。
「カナンよ。申し訳ない。そなたの命を狙ったのは我が命による我が門弟でござる。この通り、詫びよう。申し訳ない。必要とあらば、好きな沙汰を申すが良い。すでにカイト殿により沙汰を申し付けられた身故にこの身命を捧げる事はできぬが、出来うる限りをしよう」
ラザフォードは三度、深々と頭を下げる。それに対して、カナンは少しの間、目を閉じて考えていた。
「・・・あの・・・じゃあ、一つだけ良いですか?」
「構わぬ。先にも申したが、出来うる限りはしよう」
「あの・・・お兄ちゃんって呼んで良い・・・ですか?」
「は・・・?」
ぽかん、と呆けたラザフォードが目を瞬かせる。そうして、彼は大きく笑い声を上げた。
「あっははははは! 良かろう! その程度であれば、好きにいたせ! 存分に呼ぶが良い!」
「グッジョブ」
大笑いしたラザフォードに対して、エールがカナンへ向けてサムズアップを送る。確かに、カナンからしてみればこれが一番良い決着だったのだろう。
そしてラザフォードにしてみてもすでにカナンを妹と認めている以上、拒む道理がない。そうして、カナンはまた一人、ラカムの子ラザフォードから家族と認められる事になるのだった。
と、そんなこんなでとりあえずカナンはラザフォードから家族と認めてもらい、更には暗殺者の詳細も分かったわけなのだが、まだ疑問は幾つも残っていた。その一つは勿論、カナンへと暗殺を仕掛けた首謀者の存在だ。
「まぁ、父上であれば、すでに把握してござろう」
この暗殺を主導した者の名を問われたラザフォードは、名を告げる前にそう告げる。心構えをさせる為だ。そしてその言葉に、ラカム――喧嘩を終わらせて戻ってきた――も理解した。
「ってことはやっぱり・・・」
「は・・・ラッセルより、拙者に協力の要請が。とはいえ、拙者も素直に信じるつもりは無く。なので確かめる為にも、ニエリをやった、という次第にござる。父の子であれば、退けられようと。少々それは想定違いでござったが、概ね正解は得られていたと」
「はぁ・・・相変わらずの愚直さだな・・・」
「申し訳ござらぬ。が、これはある種の儀式の様な物です故」
ラカムの呆れた様な言葉にラザフォードは再度頭を下げる。わかってはいるのだが、こういう性分なのだ。そしてそれ故、ラカムもレイナードも疑ってはいなかったのであった。
大方、本当にラカムの子供なのか確かめる為だったのだろう、と。とはいえ、それでも兄弟であるラッセルとやらに義理立てした結果が自分では出向かない、という結論だったのだろう。
「ラッセル?」
「山獅子は覚えてるか?」
「ああ。北方の山に根ざす一族だな。そこの子か?」
「おう・・・まぁ、後はわかるな? 悪い子じゃあ、ないんだが・・・まぁ、暗殺も仕方がなし、って家系でもある」
カイトからの問いかけを受けたラカムは一つ頷いた。そしてここはラカムとメリージェーンの結婚からして反対していたらしい。一応一族の務めとして妻は娶らせたが、それ故今でもかなり軋轢を抱えているようだ。ある意味、カナンの母親の死については一番の原因の一つと言えるだろう。
そしてそれ故、妻にもかかわらず日々の大半は地元である山に居を構えて、ラカムの居城により付く事も無いそうだ。
「お山の奴らか・・・まぁ、大体はな。あそこだけは、しゃーねーか。あそこだけはガチの吸血姫嫌いだからなぁ・・・逆に言えばそれでも結婚に漕ぎ着けられたお前は十分すげぇよ」
「ははは。皮肉にしか聞こえねぇよぅ・・・と、言うのはあれか。受け入れとくぜ」
「そうしろ。素直な感想だからな」
ラカムの苦笑混じりの半笑いの笑顔に対して、カイトは肩を竦める。これは彼の言うとおり、素直な感想だ。なにはともあれ、こういった一族を纏め上げて最終的に一度は総意として結婚を認めさせてはいるのだ。十分にすごい事だろう。
「で、それは良いとして、どういう子なんだ?」
「我も知らぬな。ラッセルとやらは我ら『夜の一族』を忌み嫌っているとは聞いているが・・・」
「ああ、その通りだ。このフォードとは違う意味で古い種族の考え方を持ってる奴だ」
レイナードの言葉を受けて、ラカムは苦笑を浮かべる。フォードはある意味、清く正しい獣人と言える。獣の様に弱肉強食を主とした考え方なだけだ。強い者が生き、弱い者は死ぬ。その自然の掟に従っているだけだ。
だがこれはある意味、良い意味での古い獣人の考え方と言えるだろう。それに対してこのラッセルというのは悪い意味での古い獣人の考え方を引き継いでしまっているらしい。確かに、そうであればカナンが狙われたのも不思議はない様に思えた。
「となると・・・今度は北か・・・場所は昔と一緒か?」
「いや、少し移動してる。あの頃の場所から、西へ10キロって所だ。数十年ほどまえに地震が起きて、崩落の危険性が出てきてよぅ・・・安全な所に新たな里を作った」
カイトの問いかけにラカムが答える。そしてそれを含めて、カイトは現在の時間と移動距離などを算出して、到着予想時刻を導き出した。
「あー・・・駄目か、こりゃ。流石に事件解決したり考えりゃ、夜になるか」
「俺達だけで行くなら、どうにかなるが?」
「カナンには最後まで見届けさせるさ」
ラカムの言葉に対して、カイトはカナンを最後までかかわらせる事を明言する。別に置いていっても良いが、彼女とて己がこれから嫌でも関わる事になる一族がどういう一族なのかを知っておくべきだろう。そして、カナンとてその覚悟は固まっていた。
「・・・お願いします」
「ああ」
「・・・カナンよ。ラッセルは拙者とは違い、『夜の一族』の血を毛嫌いして候。辛い事になるが、覚悟は出来てござるか?」
「・・・はい。お母さんは、それでもここに来ました。そして多分、その頃はもっとひどかったんだ、って思います。なら、私もしっかりと見据えるつもりです」
カナンはラザフォードの問いかけにはっきりと頷く。自分の血で嫌われるのなら、仕方がないと思う。だがそれでも、母の遺志を継ぐつもりだった。
「そうでござるか・・・あいわかった。父上、姉上。拙者も同行させて頂きたく候。さすれば、如何にラッセルとて言い逃れは出来ますまい」
「そうか・・・わかった。頼んだ」
「承知」
ラザフォードはどうやら、カナンの気概に応ずる事にしたようだ。父からの許可に深く頭を下げる。こうして、一同はとりあえず更にラザフォードを仲間に加える事にして、この日は彼の館で一泊過ごす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第924話『月の子』
2017年9月3日 追記
・誤字修正
最後の一文にて『ラザフォード』となる部分が『ラッセル』となっていた所を修正しました。




