第919話 兄と妹
とりあえずラカムの本拠地にて一泊する事になったカイト達だが、その翌日には普通に出発する事にする。とはいえ、流石に飛空艇はラムニーと三人娘に預けて置いていく事にした。
「乗っていかないんですか?」
「目立つからな。基本はここに置いておく」
カナンの問いかけに、カイトが飛空艇を見ながら答えた。今回乗ってきたのは三人娘が万が一の時に魔導殻を使う為の移動拠点となる中型の飛空艇だ。大きさとしては全長30メートルほどにもなる。
サイズがサイズ故に積載量としては十分な容量があるのだが、それ故大きさとしてもそれ相応の大きさだ。地球の戦闘機より長さだけでも二回りほど大きい。なので見咎められる事を考えて、ここに置いていく事にしたのだ。
幸いマクダウェル家とラカム達との関係だ。マクダウェル公爵家の紋章が印字された飛空艇がここにあっても可怪しくはないし、怪しまれる事はない。が、それ故他の所にあると流石に怪しまれるだろう。
「ま、つってもたかだか30キロって所だ。すぐに到着するだろう」
カイトは早朝の気持ちのよい空気を吸い込みながら、東の空を見上げる。朝日はすでに登っており、空には雲ひとつ無い。夏の暑い一日を予想させた。
「じゃあ、後は頼む」
「わかりました。では、お早いお戻りを」
ラカムは後事をラムニーに任せる事にしたようだ。まぁ、基本的にラカムは動き回る方が得意だ。そして今回はその当主に隠れての身内同士での暗殺劇だ。流石に彼が動かねばならない案件だろう。
「良し・・・じゃあ、行くか」
カイトは前を見据える。目の前に広がるのは、碧色の草原だ。後は、とりあえず突き進むだけだ。そうして、カイト達は1時間ほど掛けて30キロ先にあるという湖へと向かうのだった。
一時間後。カイト達は自治区にある里の一つにやって来ていた。とはいえ、今回は事の性質を考えて一切の前もっての通知はしなかった為、ラカムが来た、となり大いに騒動になる事は明白だった。
そうして出て来たのは、湖獅子族の族長だった。彼は30代後半ぐらいの男で、ラカムが来たと知るや多慌てで彼の下へとやって来ていた。
「これはラカム様にエール殿まで。一体どういう御用でしょうか」
「ラザフォードに会いに来た。こいつはちょっとな。俺が出かけている間に来た、って話を聞いたもんで・・・ちょっと近くに用事があったんでな」
「左様でございますか。ご子息様でございましたら、ご自宅にいらっしゃるはずです。ご案内致します」
湖獅子族の族長は大慌てでラカムの案内を開始する。ここら一帯で一番敬われるのはラカムだ。それが唐突にやって来た、というだけで十分に何かやばい事があったのか、と勘ぐりたくなるらしい。
しかも、エールはともかく今回はレイナードまで一緒だ。いくら彼らがラカムとメリージェーンの妹の仲を疎んでいたとしても、いくらなんでも大戦期の英雄を前にそんな事は見せられるはずもなかった。応対は努めて丁寧だった。
「あの・・・それで、そちらの方々は・・・ああ、いえ。レイナード様を見知らぬわけではないのですが・・・」
湖獅子族の族長は慌て気味に念を入れて、ラカムの後ろで色々と見て回るカイト達の素性を問いかける。明らかに大半が獣人ではないし、さらに言えば一人はハーフだ。疑問になるのも無理はない。
「ああ、あっちの一人は俺の古いダチだ。で、あっちの魔女はその婚約者で、他の奴らは庇護下に置いている奴ら、と思っておけ」
「はぁ・・・古いご友人でございますか」
「ああ・・・古い、古いな」
ラカムが牙を見せた獣の笑みを浮かべる。それに、彼もカイトの素性はわからないまでもラカムの『無冠の部隊』時代の友人なのだな、と理解する。そうして、そんな緊張感を持ったまま族長は歩き続けて、彼は一つの少し大きめの館へとたどり着いた。
「では、失礼致します」
「ああ、助かった」
ラカムが族長を見送る。そうして、改めて一同は屋敷を確認した。そこはどことなく武家屋敷の様な印象を受ける広いお屋敷だ。建屋の大きさとしてはラカムの家よりも小さいが、敷地面積としてはラカムの館よりも大きかった。そして門の前には二人の門番が立っていた。ラザフォードの立場と館の大きさを考えれば、門番が居た所で不思議はないだろう。
「声が・・・聞こえる?」
「ああ。まぁ、本当は武人ってわけじゃあないんだが・・・若い奴に武芸の稽古なんかをつけてもやっているらしくてな。『中津国』の連中にデザインして貰った家に客人・・・あぁ、旅の武芸者とかを招いたりしてるらしい」
カナンが訝しんで発した言葉を聞いて、少し苦笑混じりにラカムが解説を行う。いくらカナンへの暗殺を知らなかった彼でも、常日頃息子達が何をやっているかぐらいは把握している。
というわけで、これも知っていたのであった。ちなみに、声というのは稽古の時に響く様々な声だ。ここは所謂道場の様な物、と考えて良いのだろう。
これそのものについてはラカムとしても獣人という種としても有り難いし、ラザフォードの腕を聞きつけたブランシェット家の軍人や家人が時折武芸の稽古を付けてもらう為に来たりもしているそうだ。怪しい事は何も無かったし、周囲もラカムも好意的に捉えていた。
「これはラカム様。ラザフォード様に御用ですか?」
「ああ。一昨日来たと聞いた」
「は・・・不在でありましたのでお戻りになられた、と伺っております。そして、ラカム様が来られるかも、と」
どうやら門番達にしてもラカムが来るかもしれない、という事は聞いていたのだろう。ほぼほぼ何ら疑う事もなく、道を開いてくれた。
その際にカナンにのみ少しだけキツイ視線があったのは、やはり彼らもカナンの事を知っていたから、なのだろう。そうして、一同は門番の片方の案内を受けて、敷地の中を少しだけ歩いて行く。
「こちらへ。ラザフォード様は現在、稽古場にて子供らの稽古を見ていらっしゃいます」
「子供? ここには子供も通っているのか?」
「はい、ラカム様のお客人」
カイトの問いかけに門番が頷く。どうやら、門番を任されるだけはあるらしい。カイトが一際別格である事は理解出来ていたようだ。ここら、ラザフォードの影響なのか彼らも基本的には古い獣人の性格を持ち合わせているらしい。
そうして、一同は子供達の声のする所へと案内される。そこには、数人の若い獣人が見守る中で子供の獣人達が稽古をしていた。
「来たか」
若い獣人達の中心に居たのは、若かりし頃のラカムを思い起こさせる偉丈夫だ。金髪の髪に、日に焼けた肌。厳格そうな顔立ち。これが、ラザフォードである。
体つきはがっしりとしており、巌とまでは行かないまでも筋肉はまるで鎧のようだ。少なくとも知らされていなければその昔は病弱だったとは思えない。これだけを見れば、確かに古衆に預けたのは正解だったのだろう。無病息災としか思えない体付きだった。
とはいえ、若さと血気盛んさが滲んでいたラカムとは違い彼の表情は武骨で寡黙さが滲んでいた。服装もどうやら少し中津国風にアレンジしているらしい。やはり親子でも趣味などには多少の差はあるのだろう。
「ラザフォード。少し用事があって、ここまで来た」
「承知しております・・・おい」
ラカムの言葉を聞いたラザフォードは門弟達に合図を送る。流石にこれからの話題に子供達を関わらせるわけにはいかない、とわかっているらしい。
「かしこまりました。おい! 師範にお客様が参られた! これより我らは外に出て、訓練を行う!」
「「「はい!」」」
門弟達の言葉を受けて、子供達が元気よく返事を返す。それは子供とはいえ拙いながらも武の一門としての礼儀作法が整えられており、しっかりと調練されている様子が見て取れた。
確かに、この様なしっかりとした調練を施せるほどの武骨さを持ち合わせる男がカナンの暗殺を主導するとは思いにくかった。そしてやるにしても、彼の場合は自分が主導していれば正々堂々と自分で出て行くだろう。暗殺者を仕向けるとは思えない。そうして、子供達と門弟の大半が出て行った後、ラザフォードが立ち上がった。
「父上。ご用向きは理解しております・・・ですが、その前に。拙者に一つ示して頂きたく思う所存です」
「示す?」
「は・・・そこの少女が本当に、父上とメリージェーン殿のお子なのか、とです」
ラザフォードはそう言うと、己の横に置いてあった長い棒を手に取った。
「忌むべき血とされ追放された我が妹・・・かの事件について、拙者は御山にて修行の日々を送っておりました故に何も存じ上げてはおりませぬ。それ故、拙者にとって彼女は見知らぬ女。メリージェーン殿も度々こちらに来ていただけの女。拙者にとってはその程度にございましょう。どちらも等しく、家族と受け入れる事は出来ませぬ」
「っ・・・」
ラザフォードの言葉に、カナンの顔が歪む。こういう反応は、覚悟していた。だが、覚悟していようと実際に言われると辛いものがあるのだろう。
そして彼のその当時の状況が彼の言うとおりであるとするのなら、その反応も致し方がない所とは言える。彼からしてみれば、自分が知らない間に全部終わっていたのだ。
いつの間にかやって来ていた女が自分の母の一人となっていて、そして父の子を産んで知らない間に追放された。これでカナンとメリージェーンを家族と受け入れろというのも、確かに彼の方から見てみれば酷な話といえば酷な話だろう。
一時期とは言え姉妹と受け入れていたエールとは違い、彼からしてみればほぼほぼ接点は無かったのだ。ただ、妹が居た、という過去形で教えられただけだ。だが、彼はそれを言いたかったわけではなかった。
「然れども、我ら獣人はその血の繋がりを以って家族の証としております。拙者は湖獅子族の者達が言う様に、レイナード殿の血を穢れたものとは見做しませぬ。彼ほどの英傑の血を引いているのであれば、その血を誇るべきでございましょう。そして同じく英傑たる我が父と同じ者を父としているというのであれば、彼女にはその証を立てて頂きたい」
カナンを見据えながら、ラザフォードが告げる。彼からしてみれば、カナンの存在は降って湧いた様なものなのだ。当たり前だがそれを認めろと言われて認められるほど、彼とて人は出来てはいない。
そしてそれが普通だ。降って湧いた存在を家族と受け入れろ。そんな事をすんなりと受け入れる事の出来る者なぞ居るはずがない。それを今からでも家族と受け入れるのであれば、何らかの儀式や証明が必要となるのは至極当然の話だった。
だから、これにはラカムもレイナードも何も言えない。勿論、カイト達も何も言えない。認めてもらいたければカナン自身が、証を立てねばならないからだ。
「覚悟はござるか?」
「・・・はい」
カナンはラカムとレイナード、その他の者達の見守る中で、どうありたいかを考えて頷いた。家族と認めてもらえるのなら、認めてもらいたい。それだけは素直な感情だ。だから、頷く事に迷いはなかった。
「よろしい・・・簡単な事にござろう。父ラカムは英傑。そしてそなたの母のメリージェーン殿の兄であるレイナード殿もまた、英傑にござる。そなたの母のメリージェーン殿もどの様な形と言えど、強くあられたと聞く。その子であるというのなら、戦いを証として頂こう」
ラザフォードは真剣な顔で棒を後ろに構える。己が直々に試す、ということなのだろう。そして、これは家族の問題だ。門弟達に試させる事は確かに可怪しい。そして、そんな愚直と言うかある意味頑固な義母弟の姿に、エールが代わって謝罪した。
「ごめんね? こいつ、こういう性格だから・・・」
「あ、いえ・・・」
「良し。頑張ってね」
「はい」
カナンはエールの応援を受けて、決意を新たにする。認めてもらえるのであれば、出来る限りは受け入れてもらいたい。その嬉しさを、昨夜知った。なら、自分を受け入れてくれる人がもっと増えて欲しいと思う。そして受け身では駄目な事ぐらいは彼女にだってわかっている。
相手が歩み寄ってくれるのなら、こちらからも歩み寄らねばならないのだ。これもまた、ある意味の歩み寄りと言えるだろう。そうして、カナンは己が愛用する短剣を抜いて、ラザフォードに対する様に構えたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第920話『家族』




