第917話 犯人探し
ラカムの従姉であるラムニーから告げられた、ラカムの息子・ラザフォードの来訪。それに端を発して、一同は誰がカナンを襲撃する手筈を行ったのか、というのを話し合う事になった。が、その名を出された後、意外な事にこれを否定したのはレイナードだった。
「ラザフォードか。あれは無いだろう」
「そうなのか?」
「私も、無いと思うよ?」
レイナードに続けて、ユリィもまたその言葉に同意する。カイトは残念ながらカナンというある意味の隠し子を除けばラカムの子供の誰とも会ったことがない。なので誰も知らないのだが、ユリィは勇者カイトの相棒として、ここらに出入りしている。知っていても不思議はない。そうして、彼女は続けた。
「湖獅子族は・・・まぁ、置いておいて。基本的にえーっと・・・良い言い方をすれば愚直。悪い言い方をすれば、脳筋・・・なんだよね、彼」
「父親の前でズバリと言い切ったな・・・」
「否定出来るか?」
「同意するしかねぇよぅ・・・」
レイナードの問いかけにラカムは悲しげに半笑いするだけだ。が、それ故に信じられたのであった。少なくとも彼に主体性は無い、と。
「はぁ・・・あいつぁ・・・悪い子じゃあないんだがよぅ・・・どういうわけか力至上主義な奴でよぅ・・・」
「古い獣人に良くある考え方だな」
「昔病弱だったので鍛えさせる為にも奥地の古い方々に預けたのですが、どうにもそれ故、古臭い考え方をするようになってしまったらしく・・・」
「愚直で悪くない子ではあるんだけどねぇ・・・逆に鍛えまくったからか、弱いやつは切り捨て、って考えができちゃったらしくて・・・」
無表情に事実を告げたラムニーに続けて、ユリィが半笑いで告げる。幸いそういう性格なので妖精族にしては無茶苦茶強いユリィは認められているらしいが、逆にカナンを自分の妹と認めていない可能性は十分にあるらしい。とはいえ、ここらは実は獣の性質の強い獣人になると、良くある性格だ。なのでカイトも苦笑するだけだ。
「まぁ・・・オレらからしたら弱いって言っても・・・なぁ・・・カナンもそれなりにゃ、強いんだが・・・」
「皆さんからすれば弱いのは事実ですし・・・あ、あはは・・・」
カイトはカナンを見る。しかし、彼女は引きつった笑いを上げるだけだった。カナンとしてもハーフといえど一応は獣人である関係で、そう言う古い性格の獣人に出会った事はあるらしい。
なので自分の身内にもそういった類の者が居たのか、と驚き半分諦め半分と言うところだった。そして、それならまだ妹と認めてもらう事は可能だ。強ければ認めて、弱ければ認めない。古い獣人の基本はそれだからだ。
なら、後は強くなって認めさせれば良いだけだ。幸い血統としてはかなりの有力株だ。そして喩え今が弱かろうときちんと強くなった者に対しては、古い獣人達は最大の賞賛を以って受け入れる。まだ、脈ありと言える。後はカナンの頑張り次第だ。
「んー・・・とはいえ、今の時点で危急かぁ・・・何か関係があるかも、って事はあるかもか?」
「どうだろう・・・わかんない」
カイトの言葉にユリィは首を傾げる。要件は何も告げていないらしい。日を改める、という事はまた数日後に来る予定なのだろう。それを待つのもありだし、こちらから向かうのもありだろう。とはいえ、それを決める為には、まだ情報が足りない。
「なぁ、ラカム。今、お前のガキどのぐらいここに居る?」
「んぁ・・・そうだなぁ・・・とりあえずガキは多いが・・・ここにはエールとクルルってのが居るぐらいか。エールってのは昨日帰って来てな・・・こっちも南から帰ったから怪しいっちゃ怪しいが・・・いや、あいつはそんな事する子じゃねぇな」
ラカムは一瞬自分の娘を疑いそうになり、それはない、と首を振る。ここらは、やはり彼も親だからなのだろう。客観的な判断ではないが、それは親として仕方がない、と思うべきだろう。というわけで、そこらを指摘するのがティナの役目だった。
「バカモン。そこら、お主は甘いというに。300年経ってもなお変わらんようじゃな」
「ティナ様。もっと言ってやってください。この馬鹿は何度言おうと、甘い所が治らないのです」
「う・・・ユ、ユリィ・・・なんとか弁護は・・・」
ティナに続けてラムニーから言われたラカムは少しだけ気圧される。基本的に、彼はティナにも勝てないのであった。
「ちょっと無理じゃないかなー・・・これだと。うん、私も白だと思うけどねー・・・」
「とりあえず、そういうことなら連れてこいよ。カナンの姿見て反応すりゃ、何か知ってるってわけだろ? 関わって無くても何か知ってる可能性もあるしな」
「・・・はぁ。わかった。ラム姉。頼んで良いか?」
「良いでしょう。そのかわり、一族の長として振る舞いなさい」
「はーい・・・」
カイトの言葉を聞いて、ラカムが決心したらしい。ため息混じりにラムニーの言葉を受け入れる。娘を守る為にも、やらなければならないのだ。なら、やるしかなかった。
まぁ、ここらで相手もまた別の娘だ、という因果な話なのは、どこの世界でも変わらない貴族の悲しい性だろう。そうして、しばらく。ラムニーに連れられて、エールがやって来た。
「お父様がお呼び?」
「ええ・・・伺いたい事がある、との事です」
「でもどうしてラムニーさんのお家へ?」
「それは、お父上より伺いなさい」
当たり前の話しかもしれないが、父の居城ではなくラムニーの家へ呼び出された為エールは疑っているようだ。とはいえ、ラムニーの言うことなので信じている、という所だろう。
「・・・っ」
エールは呼び出された部屋に入って早々、父の気配がいつもとは違う事を察した。それは彼女が怯むのも当たり前なほどの威圧感だった。彼とて一族を率いる長。やれば出来るのである。
そして、その上に横にはレイナードと妖精を連れた見知らぬ蒼い髪の男。何かとんでもない事件が起きた事を察するには、十分だった。なお、ユリィとの面識はあるのだが、彼女にはそんな事に気にしていられる余力も無かったらしい。
「ああ、来たか・・・エール。俺はお前を信じている。まずは、それを言わせてくれ」
「はい、父上」
「その上で、聞いておく。お前・・・ここ当分俺に何か隠し事はしてねぇか?」
「あの・・・それはどういう意味ですか?」
エールは知らない、という様な顔で冷や汗を流しながら、ラカムへと問いかける。何かがあったのだな、とは理解しているらしい。が、その何かが理解できないようだ。
「・・・おい」
とりあえず、いまの所は何も知らなさそうだ、と判断したラカムはラムニーに命じる。そして、彼女は隠れていたカナンを連れてきた。横には、護衛として隠れていたティナと魅衣が一緒だ。
「あの・・・彼女は?」
「・・・嘘は、吐いてなさそうだな」
ラカムは娘の目をしっかりと見て、その瞳に正真正銘何もわからない様子があった事を理解する。そして同じく汗の匂い等で密かに確認していたラムニーとレイナード――こちらは心拍数等で――も頷いた事で、ようやく彼は気を抜いた。
「だから、言っただろ? この子は潔白だってな」
「まぁ、我もそう思っていた」
「じゃあ言えや」
「ふん・・・身内の恥を晒しているのはそもそもで貴様だろう。こちらが言ってやる必要はない」
「ちっ・・・」
レイナードの言葉にラカムは舌打ちする。ここで彼も念押しをしてくれれば、カイト達を説得出来た可能性はあった。が、やはりその場合でもティナが苦言を呈して確認をさせることにはなっただろう。
実はティナから怒られるのが嫌でレイナードは何も言わなかった事は、彼だけの秘密である。彼もティナには勝てないのであった。
「あの・・・父上。それで出来れば事情を説明して頂ければ・・・」
「っと。悪いな・・・カナンは知っているか?」
「ええ・・・あぁ!」
エールはその名を聞いただけで、見知らぬ少女――カナン――の正体を理解したらしい。目を見開いていた。どうやら、彼女から見てもカナンはメリージェーンに似ていたのだろう。そしてエールの年齢を考えればメリージェーンと関わりがあっても不思議はない。であれば、わかっても不思議はなかったのだ。
「大きくなったねー! 私、エール! 覚えて・・・ないよね?」
「え、あ・・・あ、ごめんなさい・・・」
「あー。そりゃそうだよねー。ごめんね?」
どこか苦笑混じりに謝罪したエールに対して、まさかここまで好意的に受け入れられるとは思ってもいなくて、カナンは思わず困惑する。元々彼女は排斥されて、エラクゥ村に追いやられたのだ。なので風当たりが強いだろう事を覚悟していたのだが、まさかこんな好意的とは思っていなかったらしい。
「ん? どした?」
「え? この子ガチでお前の娘? 可愛すぎね?」
「言うに事欠いてそれかよぅ・・・」
カイトの言葉にラカムががっくしと肩を落とす。ちなみに、正真正銘彼の娘である。とはいえ、そう思いたくなるのも無理はない。かなり大柄なラカムに対して、エールは女性としても比較的小柄な部類に入る。150センチはあるだろうが、確実に160センチは無いだろう。小柄なラムニーよりも更に小柄だった。
「いや、だって、お前の娘だぞ? それがねぇ・・・」
カイトがカナンを楽しげに観察するエールをどこか感慨深げに観察する。と、その一方で、ティナは何故か落ち込んでいた。それに、魅衣が気付いた。
「・・・ど、どしたの?」
「ふふふ・・・泣きたい・・・あの小娘の子とは・・・」
「はい?」
「のう、ラカム・・・母はエーテラじゃな?」
「ああ、ティナの姉御にゃわかったか」
魅衣の疑問符を完全スルーしたティナの問いかけに、ラカムが笑って頷いた。確かにティナには300年当時の各地の者達とあまり付き合いは無いが、それでも完全に知らないわけではない。どうやら、その数少ない知り合いだったようだ。
「エーテラ? あぁ、あの一番流浪してる奴らの・・・へー・・・まさかあの子がお前の嫁さんになってるとはねぇ・・・良い人ではあったけど・・・古馴染みだっけ?」
「まぁな。それで、お前が去るちょっと前から付き合っててよぅ・・・」
「はぁ!? オレが居た時から付き合ってたのか!?」
少し照れくさそうなラカムに対して、カイトが驚く。まさかそんな昔から付き合っていたとは思いもよらなかったのだ。ちなみに、そういうわけなので実はラカムとメリージェーンの関係をとりなすのにも、彼女が一役買っていた。なので実はここを明かせば、始めからティナにさえ疑われなかったりする。
「いや、悪いとは思ってるけどよぅ・・・言い出せなくてな」
「はー・・・てことは、結婚式は結構早めにやってたのか」
「おう。お前が去った混乱があったんで少し伸びたけどな」
「そりゃ・・・悪いな」
カイトはラカムの言葉に少しだけすまないと思う。とはいえ、あの当時ああするしか無かったのもまた事実だ。そして、それはラカムもわかっていた。そもそも帰る事は言われていたのだ。間が悪かった、としか言えないのだろう。
「いや、良い。それに・・・まぁ、実はお前が帰るってのに言って機を逃す事になっても悪いって思ってよぅ・・・敢えて言わなかった」
「そりゃ・・・気を遣わせちまったな」
二人は少し笑い合う。どちらも、気を遣ったらしい。と、そんな二人に対して、エールが問いかけた。
「あの・・・父上。その方は? えらく親しげな様子ですが・・・」
「っと・・・紹介が遅れたな。こいつは俺のダチだ」
「カイト・マクダウェル。以後お見知りおきを、お嬢さん」
カイトはエールの手を取って、その手に口づけをする。ここら、気分が乗ったらしい。貴族として振る舞っていた。が、そんなカイトの姿に一瞬エールは顔を真っ赤にして照れるも、名前を反芻して完全に動きを止めた。
「・・・え?」
父が友人と言うカイトだ。当たり前だが彼女はラカムから何度もカイトの武勇伝を聞かされている。ラムニーからもユリィからも聞いている。そこで、彼女もユリィに気付いた。
「あ」
「納得した?」
「はじめまして! エールといいます! お噂はかねがね聞いています!」
エールは元気よく自己紹介をしてぶんっ、という音が聞こえそうなぐらい勢いよく頭を下げた。どうやら、基本的には礼儀正しい良い子と考えて良いようだ。ここは母もそう言う人格の人だったので、母譲りと考えて良いだろう。どうやら、全部が全部子育てに失敗したのではないのだろう。
「うん。お前に似なくて良かったって素直に思うわ。つーか、もっと血薄くなんね?」
「うるせぇよぅ」
「はぁ・・・まぁ、それは良い。エール、我の問いかけに答えよ」
「はい、なんでしょうか」
二人の巫山戯合いを遮ったレイナードの問いかけに、エールが姿勢を正す。彼女はメリージェーンとも仲が良かった。なのでそこらを加味しているらしく、レイナードもかなり好意的に扱っていた。
と言うか、なにげにメリージェーンとはさほど変わらない年齢だった事もあってか、母と共に基本的に腫れ物扱いされていたメリージェーンを馴染ませる事に奔走していたらしい。
「カナンに暗殺者を放った者が居る。心当たりはないか?」
「っ・・・すいません。南側へ行った時にそれなりに同族には会っていたのですけど、私は何も・・・」
レイナードの問いかけにエールは苦々しい顔を浮かべるも、思い当たる節はないらしい。そもそも心当たりがあれば、先程の時点で何らかの反応があったはずだ。なので、これはある意味わかった話で確認に過ぎなかった。
「そうか・・・」
「あ、でもクルル・・・私の妹は無いと思います」
「クルルはねぇー」
エールの言葉にユリィも同意する。どうやら、何かあるらしい。ということで、カイトが問いかけた。
「そうなのか?」
「5歳の女の子だよ? まだ旅もしたことのないような・・・」
「あー・・・そりゃ流石に無理筋か」
流石に一桁の女の子が立てた作戦でラカムとラムニーから隠し通せる事はないだろう。ならば、彼女は白と見るべきだった。
「うーん・・・そうなると怪しいのは・・・ラッセルとかは?」
「奴か・・・あー・・・あいつはあり得るなぁ・・・てか、一番はあいつだよなぁ・・・」
エールの言葉にラカムも同意する。いくらなんでも彼の子供だから、と全員が全員良い子ではない。皇帝レオンハルトの子供達を見ればわかるが、基本的に当人の性格には養育者の資質が大きく影響してしまう。
「んー・・・どっちが近いんだ?」
「そうだな。とりあえずフォードに事情を聞いてみる、ってのが筋だろう。何か知ってる可能性はあるからな」
「フォードが来たんですか?」
ラカムの言葉にエールが首を傾げる。どうやら、彼は誰とも挨拶を交わさずに去っていったようだ。
「ああ・・・とはいえ、どうにせよとりあえずは明日からだな」
「うん? ああ、なるほど・・・しゃーない。大目に見てやるよ」
「?」
カイトとラカムから視線を向けられて、カナンが首を傾げる。何が何だかさっぱりだった。とはいえ、カイト――とティナとユリィ――にはそれで通じたらしい。全員が仕方がない、と受け入れていた。
「とりあえず、エールが白ってわかったなら、家はなんとかなるだろう。じゃ、とりあえず俺の家に行くか。結構長話して腹も減ったからな」
ラカムが立ち上がる。今まで彼の家に向かっていなかったのは、そこにも容疑者が近くに居たからだ。彼女が容疑者から外れれば、帰っても良いだろうという判断だった。
そうして、一同はラカムに従って歩いて行く。たどり着いたのは、この街でも一番大きな建物――と言っても公爵邸より少し小さい程度――だ。そこが、ラカムの屋敷だった。
「・・・カナン」
「はい?」
「おかえり」
「え・・・?」
笑顔のラカムから告げられた一言に、カナンが呆然となる。そして今度こそ、心の底から理解した。彼女は、帰ってきて良かったのだ、と。
「元々、ここでお前は生まれたんだ。だから、ここもお前の家だ」
「あ・・・はい」
カナンの顔に、少しだけ朗らかな笑顔が浮かぶ。まだ、慣れないだろう。受け入れる事も難しいだろう。少なくとも、ラカムが受け入れてくれている事だけは、しっかりと把握した。そうして、とりあえず一同はラカムの家で一泊する事にしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第918話『兄と妹』




