第914話 親友たち
キリエが去ったとほぼ同時。カイトはとりあえず冒険者ユニオンのエラクゥ村支部へと顔を出した。
「と、いうわけだ」
「ああ、なるほど・・・そういう事なのですね」
シャリマに対して、カイトが事情を説明する。その事情とはカイトが姿を偽っていた事と、キリエからの一仕事受ける為だ。
「一応、先の話じゃここらは嫁さんの領域なんだろ? で、一応の確認をな」
「ああ、それなら大丈夫です。今日は僕からの依頼で少し研究の材料を取りに行って貰っているので・・・どちらにせよ少し数が多そうだ、とは村長さんも仰っていましたからね。彼女だけでは不安でしたし、今回は皆さんにお任せした方が良いでしょう。僕から、フォローさせて頂いておきます」
カイトから事の次第を聞いて、シャリマが頷いた。彼も妻を危険に晒したくはないらしい。なので、カイト達が受ける事にしている、という話を素直に受け入れた。
魔物の巣を潰すとなると連戦、もしくは大規模な戦闘になる可能性があるのだ。冒険者一人でやるにはかなりの腕が必要になってくる。それでもカイト達クラスでもなければ避けるべきは避けるべきだ。その判断をしたのだろう。が、それでも頷けない事が、カイトの後ろに控えていた。
「で、あの、その・・・その後ろの方々は・・・」
「ああ、オレのちょっとした友人だよ」
「いえ、あの・・・友人と言うか・・・その・・・」
シャリマは頬を引き攣らせる。ユニオンの職員は情報収集も仕事に入っている。であれば、新聞も当然読んでおかねばならない。世界各地の現状などを知っておく、というのもまた仕事だからだ。となれば、カイトの後ろの圧倒的な威容を誇る二人を知らないはずがなかった。
「レイナード・ツェペシュ様とラカム・ブランシュ様ですよね・・・?」
「別人だ」
「ああ、別人だ」
ラカムとレイナードは二人して、別人であると言い張る。が、どこからどう見ても二人共当人にしか見えなかった。
「ま、色々とあるんですよ。お仕事にも」
「は、はぁ・・・えっと・・・この村が余波で滅ぶ様な事には・・・」
「ならないならない。流石にオレ達もそんな事しねぇよ。山もきちんと無事に終わらせ・・・るんじゃね?」
カイトは笑いながら首を傾げる。基本的に彼は出来ない体で進めている。勿論、彼らが全力で戦えば山一つが吹き飛ぶ事もあるだろうが、そこまでするつもりはない。
今回は行き掛けの駄賃というか、ホタルと合流する為にこちらで一泊する関係でその暇を潰したいだけだ。なので勿論練習の為にソラ達も連れて行くし、ラカム達も一緒だ。ちょっとしたハイキング気分だったらしい。
「は、はぁ・・・まぁ、その・・・お願いします」
シャリマは複雑な表情で、カイトの後ろのラカムとレイナードに頭を下げる。というわけで、カイト達は改めてキリエからの依頼を受諾して、山へと出発する事にするのだった。
さて、山に入ったカイト達だが、改めて依頼の内容を確認していた。
「今回の依頼内容は山中の洞窟に巣を作った魔物の討伐。洞窟での殲滅戦だな」
カイトは村長から借りた地図を見ながら、改めてソラ達へと依頼内容を語る。ソラと由利は依頼内容を把握しているが、その他面子は把握していない。カイトにしても詳細は聞いていないのだ。なので、改めて確認はしておくべきだろう。
「ふむん・・・」
ラカムが鼻を鳴らす。彼の鼻は獣人の中でも更に高位の獣人だ。鼻はよく利く。
「・・・20キロ先って所だな。数は・・・わからねぇ。が、くせぇ・・・相当な数が居る、と見て良い」
「ま、準備運動にゃ丁度良いでしょ」
ラカムの見立てを聞いて、カイトが笑う。明日にはラカムの案内で、カイト達は更に北の草原へと入る予定だ。当然、カナンも連れて行く。カイトも入る。勿論、最悪の場合は喧嘩ありきでの対応で、だ。
そして先日の獣人の男の性能を考えれば、最悪はここの魔物よりは激戦になるだろう。この洞窟はそう言う意味では、準備運動には丁度よいだろう。
「すまねぇなぁ・・・」
「やれやれ・・・だから貴様は駄目なのだと」
「うるせぇよぅ」
レイナードの苦言を遮って、ラカムが不貞腐れる。駄目な事ぐらい彼もよく理解していた。そもそも彼は武闘派。口は苦手なのだ。そうして、そんな不貞腐れたラカムはついで、カナンを見た。
「・・・カナン。行けるか?」
「あ、うん・・・」
どこか話しにくそうにしたラカムの言葉に、同じくどこか答えにくそうにカナンが答える。実のところ、カナンとしてはラカムを悪くは思っていない。色々と事情があったのだろうな、とは彼女も理解している。
さらに言えば彼と共に暮らした3年間で、彼が不器用ながらも父親に近い愛情を注いでくれていた事もきちんとわかっていた。
とはいえ、それでも今更いきなり彼を父親と呼ぶには抵抗があるらしい。これは仕方がない事だろう。どんな風に彼と向き合えば良いかわからないのだ。そんな彼らを見ながら、カイトは笑う。ここは時間が解決するしかないと思うし、それが正解だろう。
「ま、ここからはオレも抑えなしに行くから。どっかでミスって良いぞー」
カイトがぶっちゃける。メンバーの中で唯一正体を知らなかったカナンへ向けても己の正体を明らかにした。これで正体バレを気にせず思う存分戦えるのだ。なら、適度に訓練をさせつつも思いっきり戦うだけだった。そうして、カイト達は一路西の森の中にあるという魔物の巣を目指して、歩いて行くのだった。
と、それから三時間ほど。カナンは自分の目で見ているものが信じられなくなっていた。
「・・・あ、あははは・・・」
引きつった笑いをカナンが上げる。目の前で戦っているのは、カイトを筆頭にしたかつての英雄達だ。が、正体が明かされた事によってカイトは抑えを解いていた為、道中の危険なぞ有りはしなかった。そしてそれは、巣にたどり着いた現在も変わらない。
「おーい、次新手来たぞー。さっさと戻ってこーい」
「おーう」
カイトに対して、ラカムも気軽に答える。彼らが相手にしているのはランクCの中でもかなり上位に位置する魔物だ。カナン単独であればかなりの激闘になる様な相手だった。ランクBの冒険者でも入りたてなら、苦戦する事があるだろうかなり動きの素早い魔物である。だが、それにラカムは平然と並走していた。ソラの横を追い抜こうとしたので、ラカムが追撃に出たのだ。
「おらよ!」
次の瞬間、ごうん、と彼の丸太のような腕が振るわれる。それは、かつて幾度となく見た己の記憶の中にある彼の拳となんら変わらない。
だが彼から離れて仲間たちに連れられて旅をした経験があるからか、それが桁違いの力が込められている事が彼女にも分かったのだ。速度を維持しながら、この威力。そして、それでなお手加減をしている。明らかに桁違いの実力者だった。
「・・・ほ、本当に私のお父さん・・・なのかなぁ・・・?」
カナンが呟く。というのも、先程までカナンが後ろで別の魔物を相手をしていたのだが、苦戦するカナンを見ていられずにラカムが思わず手を出してしまったのだ。
カイトからもレイナードからも呆れられたが、咄嗟に思わずやってしまった事だったので仕方がなかったのだろう。そして、それ故に今ラカムがカイトから呼び戻されていたのである。ソラを抜いた魔物はついでだった。
あまりに、圧倒的。自分が彼の血を引いているのが疑わしくなるほどに、彼は強かった。そして、そんな彼女は視線だけを動かして、もう一人の自分の関係者、伯父であるレイナードを観察する。
「ねぇ、魅衣・・・」
「何?」
「私・・・さ。どっかで担がれてないかな・・・?」
ラカムに負けないほどに高速で敵に肉薄しては血色の斬撃を爪の先から生み出すレイナードの戦いを見ながら、魅衣へとカナンが問いかける。その顔は先程からずっと引きつっていた。
「何が?」
「いや・・・私あの二人の血縁だって・・・信じられないんだけど・・・」
「いや、どう考えても身内でしょ」
カナンに対して、魅衣が笑う。どう考えても身内。そう断言出来る理由は、そもそもの二人の行動を考えればわかった。
「さっきまでのラカムさんとかどうみても娘見守る父親の図にしか見えなかったわ」
「うーん・・・そうかなぁ・・・」
ラカムが自分を見る視線は7年ほど前からずっと変わらない。それは即ちその当時から彼女の事を娘として扱っていた事に他ならないのであるが、逆に当人からしてみれば父親として意識した事が無いためにイマイチ実感が無かったのだ。
「で、レイさん・・・まぁ、彼には流石に冗談なんて言わないじゃない?」
「何が?」
「いや・・・だってお母さんそっくりだ、って話なんでしょ? 冗談言いそうにない人だから、あの人・・・」
「まぁ・・・母娘だから・・・」
カナンは己の母親、即ちレイナードの妹であるメリージェーンの事を思い出す。いや、そもそもレイナードの妹云々を疑いたいカナンなのであるが、それを横においておくとしてもカナンと母親のメリージェーンは似ている。彼女の言う通り、実の母娘なのだからよほどの事情がなければ当たり前だ。
「言われてみれば、たしかにレイさんともちょっと似てる・・・様な気がしないでもない」
「どっちよー」
「うーん・・・似てる方で一つ」
「もぅ」
魅衣の自信なさげな返答に対して、カナンが少し口を尖らせる様に笑う。そんな二人に、後ろから忍び寄る影があった。
「・・・ずぅいぶんと余裕じゃのう」
「あれ?」
「えーっと・・・ティナ・・・ちゃん?」
後ろに立っていたのは、ティナである。流石に現在のカナンを最前線に進ませるのはカイトが却下したのでティナの援護に立たせていたわけだが、それ故、彼女に見咎められたのである。
「ぼさっとせずに警戒はせんか! 先程も魔物が来た所じゃろう! カナンは土の中にもきちんと気を配る! 魅衣は後ろの警戒!」
「「ごめんなさーい!」」
ティナの雷に対して、二人が悲鳴にも似た声を上げる。基本的にカイト、ラカム、レイナードの三人組が最前線を進んで中衛にソラと由利の二人、後衛にティナとこの二人が居るわけだが、そもそも大戦期の英雄を4人も加えたパーティに危険があるわけがない。
しかもその4人も内二人が大戦期においての最強で、現代でも最強の二人、残る二人も大将軍クラスの戦闘力を持つ<<獣皇>>ラカムと<<夜王>>レイナードだ。普通に考えればブランシェット家を相手にしても勝てるだけの戦力だ。こんな田舎の討伐任務に出るには過剰戦力にも程がある。
が、それとこれとは話が別だ。それが即ち気を抜いて良い、というわけではない。カナンがどういう反応をするのかわからないが故に魅衣とティナを側に置いたのであって、サボらせる為ではないのだ。
「ふんっ・・・うむ。良かったではないか」
ティナは小さく、再び警戒に入ったカナンと前線で戦いながらもこちらへとちらちらと視線を送るラカムに対して優しげな微笑みを浮かべる。まだどういう対処をすれば良いかわからないだけであって、カナンはラカムの事を父親と受け入れられてはいるらしい。
「やはり親子は共に暮らせる方が良いのう」
ティナは少しだけ、羨望の眼差しをカナンへと向ける。彼女には、二親は居ない事になっている。これは政治的なものなので仕方がないが、彼女とて両親が恋しいわけではない。それ故の羨望だった。
「教国にあるという中央研究所・・・そこに、何かあると良いがのう・・・」
ティナは少しだけ、戦闘用の別思考を使って戦闘を行いながら意識だけで教国の総本山のすぐ近くにあるというマルス帝国の中央研究所の事を考える。実は彼女はあそこへと立ち入った事は無いのだ。
勿論今は教国との軋轢があるし、300年前には流石に宗教的な事情が絡んでいる所に魔女であり魔王であった自分が行くのは駄目だろう、とこれだけの技術力を持ちながら立ち入った事がなかったのだ。
だが、今度の一件では一応ティナは人間として通している。魔道具を使って密かに魔女の因子を不活性化させて研究所に入るつもりだった。やろうとすれば魔女も因子の不活性化は可能だ。
それでも本来は入り込めるほどではないが、彼女謹製の魔道具に加えて前提として今の『地球人のユスティーナ・ミストルティン』は人間であるという幸運な前提がある。検査は殆どされない見込みだし、教国側も人間を相手にあまり詳しい検査をする事はなく潜り込めるだろう、と予想していた。
「姉上から聞いた話では、余はマルス帝国崩壊の折りに拾われたという話じゃからのう・・・当時のマルス帝国は魔女を管理しておったし、マルス帝国で拾われたのであれば、戸籍ぐらいは残っていよう・・・何か・・・わかるかのう・・・」
ティナは少しだけ、ここに来る前のカナンと同じ顔をする。実は、彼女はマルス帝国の中央研究所へと立ち入れる見込みが出来た時点で自分の母親について調べるつもりでもいた。
調べるつもりは一切無かった。育ての親であり義姉でもあるミスティア達に義理立てしていたからだ。そして、興味も無かった。無かったが、どうしても立ち入れるとなって気になってしまったのだ。
自分の母はどの様な人物だったのか、と。母は魔女だというのは、今の彼女が魔女である事からもわかっている。であれば、マルス帝国の中央研究所に情報として残されていた可能性はあるのである。更には、この話題だ。どうしても彼女も抑えきれないほどに気になってしまったのである。
「・・・せめて、顔写真ぐらいは見てみたいものじゃのう・・・くっ。まぁ、見てもわからんのが、関の山じゃろうがな」
ティナは自分に対して呆れた様に笑う。まだ一時期なりとも暮らした経験のあるカナンに対して、ティナには暮らした記憶は一切ない。それ故、写真を見てもわからないだろうことは彼女にもわかっていた。せいぜい、似てるかも、というぐらいしかわからないだろう。
だがそれでも、気になってしまったものは仕方がない。見てもわからないし両親への取っ掛かりはない、とわかるだけですっぱり諦められるのだ。彼女としてもそれで良いつもりだった。こうして、さらなる騒動を生み出す事になる火種が、今ここに生まれたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第915話『カナンの処遇』




