第910話 悔恨
隠し部屋の中に眠っていたネックレスによって判明したカナンの母親の正体。それは、カイトの友人にして『夜の一族』の現在の長である<<夜王>>レイナード・ツェペシュの妹であり、エンテシア皇国現皇帝レオンハルトの妻の一人の叔母であった。が、そこから発覚した様々な状況により、カナンは頭がオーバーヒートを起こして気絶してしまっていた。
「うー・・・あー・・・」
「はぁ・・・」
うなされながら眠るカナンの横で、カイトがため息を吐いた。こうなってくると非常に面倒な話になり、カナンを狙う存在は山ほど考えられる。父親の筋だけではないからだ。
「と言うか、皇族だけでなくてよく考えりゃ、『夜の一族』としての王位継承権も持っているのか」
「そうじゃのう・・・あの小僧の子がどれだけ居るかは知らんが、王位継承権を持つ事だけは事実じゃのう」
カイトの言葉に応じて、ティナもため息を吐いた。<<夜王>>レイナード。彼は『夜の一族』の王様だ。吸血姫や吸血鬼、その他吸血種は全て彼が総ている。その王位は今は彼だし当分揺らぐ事はないだろうが、その後釜を狙う者は多い。王様だ。権威も権力も絶大だ。喩え皇国の配下に入っていようと、皇国としても敬う相手として配している。それ故、皇国でさえその権威も権力も使えてしまう。
その後釜だが、やはり血縁が重視される。もし万が一彼が死んだ場合には、基本的には彼の子供が継ぐ事になると見て良い。とはいえ、ここらは色々な要因が絡むので、一概には言えない。
場合によっては、彼の妹の子であるカナンが継ぐ可能性はゼロではないのだ。なのでそちらからも出来るだけライバルを減らそうと考えている輩が居たとしても不思議はなかった。
「そうか・・・そうだよな・・・よく考えりゃ、レイが護衛つけてる可能性もあるのか・・・あいつなら、十分に秘密にして依頼出来る立場だよな・・・」
カイトが顔を顰める。基本的に、レイナードはあまり何も語らない。そしてこの話が始まったのは明らかにカイト達が転移してくる前の話だ。無関係と話されていなくても不思議はなかった。
「とはいえそうなってくると、ラカムの馬鹿が知ってる可能性は出てくるな。と言うか、知らないとかあり得ねぇな・・・下手すっとあいつのガキの可能性もあるか・・・そうだよな、レイの子供が結婚して子供も居るんだから、そりゃ普通にあり得るのか・・・」
「というよりも、『夜の一族』との縁談なぞあの阿呆共が絡まぬ限りは有り得ん話よ」
「はぁ・・・ちょいと呼び出しするか。レイよりも奴の方が話が早いだろ」
カイトはため息混じりに、とりあえずこの北一帯を治める友人を呼び出す事にする。兎にも角にも、どう考えてもこの縁談に<<獣皇>>と<<夜王>>が絡んでいないとは思えない。血縁として片方は妹だし、基本的に仲が悪い両種族だ。カイトの縁で種族融和を掲げる彼らが絡まない道理がなかった。
「はぁ・・・とりあえず、カナンが目を覚ますまでの間に終わらせるべきを終わらせるか」
「そうしてこい。余と魅衣はカナンの目覚めを待つ事にするとしよう」
「ユリィ。行くぞ。キリエの所行かないとな」
「はーい」
カイトはとりあえずユリィを連れて、外に出る。別にキリエの所へ行ってすぐに彼の住まう土地に行くつもりはない。彼の場合、呼び出した方が早いからだ。
「とりあえずキリエにゃなんて報告するかなー・・・あと、村の人達にも考えないと・・・レイの妹の子供なんぞバレると厄介な話になる・・・」
カイトは家を出て、とりあえずブランシェット家への言い訳を考える。ラカムを呼ぶにしてもブランシェット家にとってブランシュ家は本家筋なのだ。顔を立てねばならない関係で、キリエにはどうしても言わねばならなかった。
「とりあえず、隠し部屋が見付かったけどあまり何もわからないから彼を呼ぶ事にした、で良いんじゃない?」
「そうすっかー・・・」
ユリィの提案をカイトは受け入れる。地下室が見付かった事そのものは隠す必要はない。別に彼女がそこまで入る事はない。いや、入る可能性もあるが、その時はその時だ。その厄介さは彼女も理解出来るはずなので、共犯者になってもらうだけである。
「おーし・・・じゃあ、行くかー」
カイトはキリエへの対処を決めると歩き始める。とりあえずは対処は決まった。なら、次はキリエ達がどこに居るかを探す必要があった。が、これは特に迷う必要は無かった。
「ペンダントスイッチ、オンっと」
カイトはネックレスに取り付けられた遭難防止用の魔道具のスイッチをオンにして、ソラ達の居場所を確認する。別に通信用の魔道具を使ってソラに聞くのも良いが、キリエの視察はきちんとした公務である。その邪魔になる可能性もあったので、ということだ。
「えっと・・・ああ、南の小麦畑の方か。水車のあたり、かな・・・こりゃ、幸運だ。さほど人は居なさそうかな」
カイトは魔道具の反応から、大凡の場所を把握する。というわけで、カイトとユリィはとりあえず南へと向かって、小川の付近にて視察に同行しているキリエ達を発見した。彼女らは小麦の収穫について話し合っている様子だった。
「では、今年の小麦の収穫は例年通りになりそう、で良いのか?」
「ええ。今年は幸いにして天候不順等を気にする必要もなく、例年通りの収穫が見込めそうです」
「そうか・・・では、税の方も例年通りに納めてもらう事になるが、問題はあるか?」
「いえ、ございません」
村の小麦畑の前で、キリエと村長が話し合う。基本的に税は金で収められるのだが、そこはエネフィアだ。臨機応変に対処される。なのでエラクゥ村の様な小規模な村では小麦や特産品を税として納める事も許可されており、この村ではその許可に則って処理してもらっていたのである。
「そうか・・・では、今の所・・・ん?」
「これはカイト殿。何か御用ですか?」
片手を挙げたカイトに、村長とキリエがほぼほぼ同時に気付いた。それに、カイトは小さく頭を下げた。
「今、よろしいですか?」
「ああ、丁度良かった。実は君達に話したい事がこちらもあってね・・・まさか彼らからそれを聞いていたのか?」
キリエは笑いながら、ソラと由利へと視線を送る。どうやらこちらはこちらで何かがあったらしい。というわけで、ソラが口を開いた。
「ああいや、まだです・・・今話していいですか?」
「ああ、構わん。我々の依頼だからな」
「ありがとうございます・・・えっと、実は今、西の森で魔物が巣を作ってるんだと。で、なんとかして欲しい、って話しになってんだけど、ちょっと話してキリエさんからブランシェット家からお金を出すから討伐してもらえないか、って依頼があってさ。受けて大丈夫だろうけど、お前の判断仰いどこうってわけ」
「ああ、なるほど。そう言う話なら、受け入れよう」
ソラの提案を聞いて、カイトは笑って承諾する。キリエには世話になっている。きちんと対価は支払われるし、この程度のご恩返しはしても罰は当たらないだろう。
それにソラが大丈夫だろう、と言うぐらいなのだからそこまで大きな巣ではないと考えられる。彼とて数十人規模の編成が必要な任務なら、いくらカイトが居るからと勝手に受けるわけではない。なら、カイトとしても問題は無かった。こういう点はホタルでは自分の判断を述べないので、この配置換えはこちらからしても正解だったのだろう。
「そか・・・じゃあ、日程についてはまた後で詰め直す事で良いか?」
「ああ、そうしよう」
ソラが頷いたのを見て、カイトも頷く。詳しい話は今日の仕事終わりにでも詰めれば良いし、早急な対処が必要になっても最悪はこれから呼ぶラカムを巻き込めばどうにでもなる。
「と、なると丁度良いな。キリエ。悪いが少し耳を貸してもらえるか?」
「なんだ?」
「いや、実はな・・・ラカム呼ぶ事にした」
「っ・・・」
キリエの顔が驚愕で見開かれる。どうやら、邪推してしまったらしい。いや、この場合は邪推が正しいだろうが、村人達も多い以上はここでは語れない。なので嘘で語ることにした。
「ああ、そこまで驚かないでくれ。カナンの部屋の地下にやっぱ隠し部屋があってな。が、見てもわからんので、専門家を呼び出すか、というだけだ」
「ああ、そういうことか・・・変に勘ぐった。そうか・・・いつ頃にする予定だ?」
「昼一って所か。どうせ数分もすりゃ来る。今すぐはお前も困るだろ? まぁ、視察終わってからになるだろうから、そこまでじゃあないだろうけどな」
「そうだな。そうしてもらえると助かる。一応、村人達に疑われないように後で密かに挨拶には伺わせてもらう、と伝えてくれ」
キリエはカイトの言葉に頷いて、更に視線でクオリアへと用意を命ずる。ラカムが来るというのなら、外に出ていても出来る限りには身嗜みを整える必要がある。
少なくとも、視察で汚れた服を着替えるぐらいはしないといけないだろう。そしてバレないようにする配慮も必要だ。色々とやらねばならないことはあった。
「わかった・・・では、こちらも用意を整えよう」
「ああ・・・ソラ、後は任せる」
「おーう」
カイトはそう言うと、一つ頷いてソラの返事を背に、再びカナンの生家へと戻っていく事にした。と、その道中で、カイトが気付いた。
「あ・・・そういや、ユリィ。お前、それなら何か知らないのか? レイの妹の婚儀になると、確実にウチからも使者出てるだろ?」
「あー・・・うん。これね。うん・・・知ってる。と言うか、旦那さんも知ってる」
「知っとんのかい!」
カイトが大いにたたらを踏む。まさか彼女も知っているとは思わなかったのだ。が、そんな彼女はどこか、と言うかかなり苦々しい表情を浮かべていた。
「何度かしか会った事なかったからわかんなかったけど・・・確かに、言われてみれば結構そっくりだもんね、カナン。と言うか、そっかー。もうあんなに時間が経つんだー」
浮かべる表情や髪色、その他色々な要因が重なって、彼女にもカナンが誰の子なのかわからなかったのだろう。こればかりはカナンの辿ってきた道のりもあるし、そもそもこの様子だとカナンには会った事はなかったのだろう。わからなくても仕方がない。
「で、父親誰なんだ?」
「うん・・・結構近い人。でもまぁ、これ・・・はぁ。当時の事絡むから、私から言わない方が良いね。当人から、聞くべきだよ」
「うん? あ・・・まさか・・・」
カイトが、何かに気付いた。ユリィの苦々しい顔。そして、レイナードが妹を預ける様な相手。そうなると、必然選択肢は限られていた。そうして、カイトは大凡を想像しながらも、その確証を得る為にとりあえずは友を呼び出す事を改めて決意するのだった。
さて、一方その頃。ティナ達というか魅衣は一人の青年の呼び出しを受けていた。
「あんたは確か・・・」
「ファルス。フォルス・アニマスだ」
「ああ、確かカナンの幼馴染って聞いたわね」
魅衣はフォルスに対して少しだけ、敵意を見せる。カナンの様子から、大凡の状況は理解していた。なら、この塩対応は当然と言えるだろう。
「で? なんの用事?」
「いや・・・その・・・さ。カナンはどうしてるかな、って・・・」
フォルスは少し気まずそうに、視線を逸らす。それに、魅衣が大凡を理解した。
「別に普通にしてるわよ・・・ああ、わかってたけど、一応、後悔はしてるわけ」
「っ・・・聞いた・・・のか?」
少しの悔恨をにじませた様子で、フォルスが問いかける。
「まさか。聞くほど馬鹿じゃないって」
魅衣は苦笑混じりに肩を竦める。人の傷口を抉る程、彼女は悪い女ではない。それが親友ともなればなおさらだ。
「ま、わかんないではないし。私もこれでも一時期除け者にされてたし。大凡の様子から分かるわよ。まぁ、私の場合除け者にされても荒れてたからいじめる側だったけどさ。基本的にはだからこそわかんのよ。怯え方とかから。あ、こいついじめられてるんだな、って」
魅衣はため息を吐く。彼女は少し前に言われていた通り、一時期大いに荒れていた。ソラ、由利、魅衣の三人には絶対に触れるな。それが、カイトの帰還前の中学校での不文律だった。
彼女の場合、最初は実家の関係で腫れ物扱いされての事だ。教師さえ、彼女は腫れ物扱いした。そこから学校に居辛くなり、必然居場所が無くなり治安の悪い所に出入りする様になったのである。
そうなれば必然、周囲は今度は彼女自身に怯える。当たり前だろう。治安の悪い所に出入りして、実家は良い噂を立てられていない。普通に学校でお山の大将を気取っている奴とて怯えるだろう。正真正銘のヤバイ奴だ。しかしそれ故、いじめられている者特有の対人関係への怯えを理解出来たのである。
「で? そんな奴がなんの用?」
「わかんだろ」
フォルスは不満げに、魅衣へと告げる。とはいえ、わかるはずがない。その場に魅衣は居なかったし、カナンも何も言っていない。わかりっこないのだ。だからこそ、的はずれな答えを言うしかなかった。
「何? 好きな子ほど意地悪したくなるとかそんなのだったから口利きでもしてくれ、ってわけ?」
「違うって・・・あの後物凄い後悔したんだよ。まさか本当に出て行くとは思わなくて・・・」
好きとか嫌いとかではない。幼心には己の一言でカナンが本当に出ていってしまったのでは、と思うだけで十分だったのだろう。その顔には後悔だけではなく、最早怯えさえも滲んでいた。
「やれやれ・・・で、今更ながらに後悔して、自分が恨まれていないか確かめに来た、ってわけ?」
「・・・そういうことだよ」
フォルスは少し憮然と頷いた。後に彼の周囲――同年代の若者達――が密かにカイト達へと語った話だが、ここ当分のフォルスはカナンの話を聞いた時には大いに怯えて慌てふためいたらしい。もしかして復讐されるのでは、と思ってしまったそうだ。
元々カナンの運動神経は獣人のハーフにしてかなり良かったらしく、フォルスは純粋な獣人にしては逆に――今もだが――運動神経があまりよく無いらしい。どうにもフォルスにはそこらが気に食わなかったらしい。まぁ、そんなことを言えば彼は商才があるので得意分野が異なっているというだけだろうが、幼い頃からそれがわかっている者は稀だろう。今だからこそ、幼いころの失敗だと言えるだろう。
とは言え、その当時は純粋な獣人である自分より半端者であるカナンの運動神経が良いのが気に入らなかったのだろう。嫉妬していた、とはかなり後に彼自身が語っていた。それに、魅衣がため息を吐いた。
「はぁ・・・恨んじゃいないでしょ。そう言う子じゃないわよ、カナンは」
「・・・そう・・・だと良いんだけどさ」
フォルスが顔を顰める。彼はカナンが去った後のことを知らない。そこでどんな道筋を辿り、今どのような性格なのかはわからないのだ。わからないからこそ、報復におびえているのである。
そんな怯えの滲んだ煮え切らない態度に、魅衣が呆れ果てた。先程からずっと彼は眉間に皺を寄せて、何かを思い詰めている様子だった。それに、彼女が邪推する。
「何? それともまさか相当恨まれる事やったわけ? その場合は、私の方が容赦しとかないけど」
「っ・・・いや、そこまではしてない・・・はずだよ。やった側だから何も言えないけどさ」
少しだけ剣呑な雰囲気を見せた魅衣に対して、フォルスは念を入れる事は忘れなかった。基本的に、彼は保身的な考え方の若者なのだろう。商人としては不思議ではないかもしれない。
勿論もしかしたらカナンが帰って来ると聞いて一時的にそうなっているだけかもしれないが、それは魅衣達一時訪れただけの者達にはわからなかった。それに、魅衣がため息半分で瞳に宿した剣呑な光を収めた。
「ま、良いわ。とりあえず、カナンは復讐とかしないわよ。それだけは、明言しておいてあげる。出ていった後、いい人達に出会えた、って言ってたもの。その人達に感謝しておきなさい。それにそもそも、今回帰って来たのだってカナンのご両親を調べる為だし」
「カナンの両親? ああ、メアリーさんか。旦那さんは見たことないなぁ・・・」
フォルスは魅衣の言葉に思い出す様に今度は先程までとは別の意味で眉間に皺を寄せる。と、そんな彼はしばらく考えた後、口を開いた。
「メアリーさんが誰かと会ってたってのは多分聞いてるよな? その人達がこの家建てる依頼したってのも」
「ええ、一応は」
魅衣はこの情報が間違いが多い事は把握しているが、そこは知らせない為にも黙っておく事にして頷いた。安易に教えてやるつもりはない。特に事がここに至っている以上、言うべきではないと判断していた。
「ウチこの村で商店開いてるんだけど・・・そこの古い帳簿の写し、くすねてこようか? 古い帳簿ならもう誰も見ないから気付かれないし、基本、この村で何か支払いする時にはウチを通す事になってる。外と繋がってるのウチか村長さんぐらいだからな。親父達も何か知ってる可能性はある」
「良いの?」
「カナンに迷惑掛けた詫びだと思ってくれ」
「・・・わかった。そういうことにしておくわ」
フォルスの言葉に、魅衣が頷く。彼の言葉には言外にとりなしを頼む感があった。それを、魅衣は受け入れる事にする。ここから父親について何かがわかるかもしれないのだ。そうして、この後。魅衣は密かにフォルスから商店の古い帳簿の写しを入手するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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