第909話 カナンの立ち位置
カナンの生家の地下にて見付かった隠し部屋の中に隠されていたネックレスによって、カナンの母親はカイトの親友にして『夜の一族』の長、レイナードの妹と発覚する。とはいえ、早計は禁物だった。
「いや、待て・・・早計は禁物だろう。ティナ。一応開封してくれ。こちらはその間に色々と他を捜索する」
「・・・そうじゃな。そうしよう。こちらは任された」
「あー・・・そうでもない見たいよ?」
流石に安易な判断はすべきでない、とティナに開封を頼んだカイトに対して、魅衣が告げる。そんな彼女は、カイトとティナの二人の視線を受けて、顎で困惑するカナンを指し示した。その視線は、ただただフランへと注がれていた。
「あの・・・誰・・・なんですか?」
「・・・この様子だと、確定の様子ね」
問いかけられたフランは、カナンが自分を見て複雑な表情を浮かべている事を理解して、そしてその複雑な表情の理由も大凡理解した。
「お母さんに・・・似ている。そうね?」
「・・・はい。あの・・・それで、あなたは?」
「はぁ・・・カイト」
フランは説明をカイトへと放り投げる。すでにこの時点で、事態を解決する為には『勇者カイト』として、カイトが動くしかなくなったのだ。そうしないとフランの正体を語れない。
そしてそれを語らない事には、カナンの母親は何時までもカナンにとっては謎のままだ。流石にそれはいくらなんでも駄目だろう。
「・・・はぁ・・・彼女の名は、フランドール・バートリー。オレの使い魔の一人だ。ルゥと一緒のな」
「バートリー? それって・・・」
流石にカナンもバートリーの名は聞いたことがあるらしい。それ故、より一層混乱している様子だった。それは何故そんな名家の女性がカイトの使い魔なぞを、という当たり前の疑問だ。
「はぁ・・・ったく。あのバカ共の尻拭いか・・・しゃーないか・・・」
カイトは諦めて、己の正体を語る事にする。親友の妹の子供だというのだ。ならば、彼にとっては家族に近い。その失態だ。仕方がない、と諦めるしかない。そうして、カイトは本来の姿を晒す事にする。
「カナン・・・この姿に見覚えはあるだろ?」
「・・・え?」
ぽかん、とカナンが口を開いて呆然となる。見たことがあって当然だ。少し前に、『彼』が中心となって『死魔将』達を押し戻したのだ。その姿は、全ての冒険者達がしっかりと目に焼き付けていた。それは、カナンとて例外ではなかった。
「ぶっちゃけると、そういうわけだ。そうそう都合よく日本人で腕の良い冒険者の名前がカイトで、その相方の女性魔術師の名がティナ・・・ユスティーナ・ミストルティンなんていう組み合わせであるわけがない」
「えぇええええ!?」
今度は、カナンが絶叫する。どうやら、自分の母親の正体云々よりもカイトの正体の方がびっくり仰天らしい。と、そんな彼女は先程の会話を思い出して、今度はゆっくりとティナの方へと視線を向けた。するとそこには大人状態に変わっているティナの姿があった。
「まぁ、余は当然魔王ユスティーナじゃな」
「えぇええええ!?」
再び、カナンが絶叫する。それに、魅衣もティナもカイトも笑った。
「忙しない奴じゃのう」
「え、ちょっと待って!? 魅衣は知ってたの!? と言うか、本物なの!?」
「ごめんごめん。実はずっと前から知ってた・・・と言っても私たちも知ったのこっちに来てからよ?」
魅衣は目端を伝う涙を拭いながら、手を振って一応の所を否定していく。始めから担いでいたわけであるが、彼女も始めは担がれていた側だ。
が、流石にこれはカナンも信じられなかったらしく、困惑しながらも彼女はユリィを見る。彼女が学園長でカイトの相棒である事はカナンも知っている。彼女に問いかけるのが一番正確だった。
「え? あの、えっと・・・」
「あはは。本物だよ。私の相棒のカイト。私が、断言する。こんな困ったちゃんはカイト以外に、ぐぅ!? ちょっ! 潰れる潰れる!」
カイトから握りつぶされて、ユリィがカイトの手をタップする。一言多かった。
「だぁれが困ったちゃんだと、こら・・・てめぇよかマシだ!」
「自覚してるんだ・・・」
カイトの言葉に魅衣が半笑いになる。と、そんな魅衣を横目に、カナンはなんとか今の流れを噛み砕いていた。
「え、ちょっと待って・・・えーっと他に誰が知ってるの?」
「上層部は全員な。まぁ、正体が正体だしこの間のバカ共の問題もある。貴族共のゴタゴタもな。明かせなかったのは悪いと思ってるよ」
混乱する頭で問いかけるカナンに対して、カイトは一応の謝罪を入れる。どういう理由があれ、騙していたのは事実だ。それに、カイトの手の中のユリィが続けた。
「それに、可笑しいと思わない? どうして私が平然とカイトと一緒に居るのさ。私は、カイトの相棒。なら、答えは一つでしょ?」
「あ・・・」
そう言われれば、たしかにそうだ。カナンもユリィの言葉に思わず納得してしまう。今回、万が一の為にキリエが呼んでくれた事になっていたが、それにしては彼女はずっとカイトの側だし、キリエよりもカイトの方が親しげだった。違和感を指摘してもらえれば、たしかに可怪しいと理解出来た。
「えっと・・・本物・・・なんですよね?」
「ああ。これでも、勇者カイトその人だ。地球では三年しか経過してなかったから、この姿というわけだ・・・いや、ぶっちゃけると色々とあったことはあったんだがな」
おずおずと問いかけたカナンに対して、カイトは苦笑混じりに頷いた。まぁ、ここらは真実だし、嘘を言う必要の無い事だ。なのでカナンは受け入れていた。
「えっと・・・それで、それがこれとどういう関係があるんですか?」
「それか。オレのダチにレイナード・ツェペシュという男が居てな。知ってるか? <<夜王>>レイナード」
「はい」
カイトの問いかけにカナンは頷いた。この名を知らないはずがない。
「さっきのはさっきも言ったが、あいつの妹のフランドール・バートリー。で、何故似ているか、なんだが・・・まぁ、多分だが・・・お前のお母さんが、フランの妹だからだろうな」
カイトはため息混じりに今のところ推測される事実から最も可能性の高い結論をカナンへと告げる。まさか、こうなるとは。カイトでさえ想定外だった。
「え?」
「はぁ・・・厄介な上に厄介な血筋にたどり着いたもんだ・・・で、ティナ。その顔だと、答え出たらしいな」
「うむ・・・出たぞ。確定じゃな」
ティナはそう言うと、苦虫を噛み潰した様な顔のままカイトへとネックレスを渡す。やはりカイトの予想通り、それは写真を入れられるロケットタイプのネックレスだったらしい。そして、その中には一枚の小さな写真が収められていた。
「あぁーあ・・・カナン。これは、お前の母親だな?」
「あ・・・はい」
カナンは一人の男性と一緒に写る女性を見て、はっきりと頷いた。確かに、彼女はフランに似ていた。少なくとも血縁関係にあるとは分かる容貌だった。
「それで、その・・・そっちの男性は・・・」
「レイの馬鹿だな。くそっ、あの馬鹿・・・こういうことはしっかりと言っておいてくれよ・・・」
カイトはため息混じりに舌打ちする。大いに遠回りしてしまったが、答えは他ならぬカイトの近くにあったのだ。それこそ電話一本で答えは出せたのである。
「はぁ・・・カナンの両親のどっちかが『夜の一族』だと分かった時点であの馬鹿に電話しときゃよかった・・・」
「えーっと、それで、あの・・・私はどうなるんですか?」
「やーばいな。うん、ガチでやばい」
カイトは大いにに頭を悩ませる。少なくとも、おちゃらけたくなるぐらいにはヤバイ状況だった。が、これがわかっているのはカイトとティナ、そしてユリィの三人だけだ。ということで、魅衣が問いかけた。
「ん? どういうこと?」
「あっはははは。喜べ。ガチの皇族だ、カナン」
「「え?」」
カイトから断言されて、カナンと魅衣は顔を見合わせてぽかん、と口を開ける。
「え? どういうこと?」
「いや、まさかそんな事にはなりませんよね?」
「あっはははは。これが事実なんですよねー」
「ねー」
「のー」
状況が理解できている三人は三者三様にふざけ合う。大凡の概形がわかっている為、最早笑うしかなくなったらしい。
「はぁ・・・いや、マジでどうするさ? 皇位継承権は無いが、ガチで皇室の外戚だぞ、これ」
「わーっとるわ。まさかそんなこんな事になるとは余も想定外じゃったわ」
「はぁ・・・厄介だねー、これは。しかもウチとまで関係あるわけだから、物凄い人物になるよ、これ」
ふざけあった様子から一転、カイトとティナ、ユリィは真剣な顔で話し合いを始める。と、そんな三人に対して、自分の事なのに放置を食らったカナンがおずおずと申し出た。おずおずと、なのはあまりに真剣だったので、事態の拙さが理解出来たからだ。
「いや・・・あの・・・できれば教えて貰えれば・・・」
「はぁ・・・良いか。よく聞け」
カイトはそう言うと、懐から写真を撮影している魔道具を取り出す。そうして映し出したのは、シアの写真だ。
「彼女は皇族の第一皇女であるシア・・・レイシア・フランドール・エンテシア。まぁ、一応は公爵としてのオレの婚約者にあたる。ぶっちゃけてしまえば皇国がオレに課した鎖だな」
「はぁ・・・」
別にカナンとしてもカイトが公爵であることも、そして公爵であれば皇女を婚約者としてあてがわれる事にも疑問はない。が、それが何故ここで関係してくるのかが、疑問だった。
「はぁ・・・シアの幼名はフランドール。さっきの女もフランドール。その名にあやかったわけだ・・・で、名付け親は彼女の祖父であるレイ・・・まぁ、非常にわかりやすく言ってやると、お前は皇帝レオンハルト陛下のお妃様の従妹だ。あ、異族派のトップな」
「「えぇええええ!?」」
今度は、魅衣とカナンが同時に絶叫を上げる。つまりは、そういうことだ。現皇帝であるレオンハルトの妻の一人には当然、レイナードの娘が居る。その娘から見てみれば、レイナードの妹というのは叔母で、その娘は必然従妹になる。
であればそれは厳密には皇族ではないものの、その親戚、所謂外戚となるのであった。しかもこの場合、現皇室の中で一番権力を持つ異族派のトップの皇妃の外戚だ。必然、大奥の中での影響力は計り知れない。その従妹であっても物凄い地位になるのであった。
「しかも、それだけじゃないのよねー、これが」
あはは、と笑いながらユリィが続ける。物凄い厄介な話として、これだけではないのだ。カナンには更に特殊な地位が付随してくるのである。それは、カイトとシアの関係を考えた場合にわかる。
「さっき言ったシア。これはカナンにとって、従兄弟違いにあたるわけ。ってことは、必然カイトはその従兄弟違いの婚約者になるから、カナンは必然マクダウェル公爵家にとっても重要人物になっちゃうのよねー」
「・・・きゅう」
「あぁ! カナン! ちょっとしっかりして!」
どうやら、思考がオーバーヒートを起こしてしまったらしい。目を回してぱたん、と倒れていた。それに、魅衣が慌てて駆け寄ってティナも大慌てで治療の用意を整えていた。ちなみに、従兄弟違いとはいとこの子供のことだ。カナンの場合は従姉姪とも言う。
「だろうな・・・オレもできれば気絶して忘れたい」
「あはは・・・それができればねー」
半ば同情する様なカイトの言葉に、ユリィが笑う。本当に今回の一連の事件は無かった事にしたい所だ。が、もうパンドラの箱は開けられてしまった。後は、どこかに希望が残っている事を信じて進むだけだ。
「さぁーあ。厄介な話に更に厄介な話が入ってきたぞー」
カイトは自棄になって呟いた。これで、襲撃者については完全に降り出しに戻ったわけだ。それどころか悪化してさえいた。
今までは父親の周辺が怪しいと思っていたが、こうなるとレイナードの周辺を狙う敵対者の可能性も出て来た。更にはこれを知る皇族の醜聞を狙う者の可能性まである。考え始めればキリがない。
当然、元から存在していた父親の周辺もまだまだ残っている。選択肢を狭めるつもりでここに来たはずが、逆に選択肢はものすごく広くなってしまった。
「はぁ・・・とりあえず、上に戻るか。めちゃくちゃ厄介な話になっちまった・・・この部屋もまた再調査しないとなー・・・おーい、とりあえずカナン部屋に運ぶぞー」
カイトはパンドラの箱から、とりあえず出る事を一同に提案する。とりあえずカナンを寝かしてやらないといけないだろう。
「そうじゃな・・・余も流石に一度頭の中を整理したい」
「あ、じゃあ私も」
カイトの言葉にティナも己の考えをまとめる為にともに上がる事にして、それなら、と魅衣も一緒に来る事を選択する。そうして、カイト達は一度パンドラの箱となった地下室から出て、カナンの部屋へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第910話『悔恨』




