第908話 母の秘密
昨夜投稿するはずだった活動報告は先程投稿しております。遅れた理由はそちらに。すいませんでした。
ホタルの調査によって見付かった住人さえも知らなかった地下室を発見したカイト達。兎にも角にもその調査をしなければ始まらない為、カイト達は地下にあるという食料庫に来ていた。
食料庫といってもそこはそれだ。冷蔵庫もあるので生鮮食品を仕舞っているわけではない。所謂ワインセラーの様な感じ、と考えれば良い。冷蔵庫に入れる程ではないけど冷暗所で保存すべき物を保管しておく所だった。
「あー・・・やっぱり全部空になっちゃってるなー・・・」
カナンは苦笑混じりに食料庫を見回す。流石にここについてはほぼ完全に撤去されていた。残っていたのは、カナンの母親が手に入れていた様子のワイン類等の長期保存が可能な酒類だけだ。その一方で、カイトは早々に調査に入っていた。
「ふーん・・・っと、これは・・・あ、これも・・・」
「どうしたんですか、マスター」
「お前の母親、結構ワイン好きだったらしいな?」
「そうなんですか? 時々ワイン飲んでるのは見た事あるんですけど・・・」
「これ、全部当たり年だ。なかなかに味の分かるご婦人だったようだな」
カナンの言葉を小耳に挟みつつも、カイトは小瓶を回してワインのラベルを確認する。どれもこれも当たり年のワインばかりだった。と、そんな事を確認していたカイトだがそれを確認していたが故に、気付いた。
「・・・いや、違うな。これは多分・・・」
「どうしたんですか?」
「これは多分自分で買ったんじゃないな。誰かからの贈り物だろう」
「え?」
カイトは別のワインのラベルを見ながら、カナンの問いかけに答える。これらは全て、別の産地のものだった。その産地での当たり年とされているワインが、ここに保管されていたのだ。
一つの所の当たり年を買っているとするのならまだ不思議は無いが、流石に各地の銘柄の当たり年だけを買えるというのは身寄りのない女性ではなかなかに難しい。購入資金だけでなく、それ相応の伝手――情報や融通してくれる地位等――が必要だったのだ。誰かが送ってくれていたと考えるのが、妥当だろう。
「ふむ・・・」
カイトはしばらくの間、この送り主について推測する。ここまでの伝手を持ち合わせているとなると、北にいるだろう獣人達とは考えにくい。
彼らは婚姻関係を結ぶ事を考えなければ排他的ではないのだが、基本的に外に出てくる事はない。なので獣人を除けばあまり外との繋がりは無い方だ。その彼らがここまで多種多様な地域と伝手を持つ事は考えにくい。
「唯一あるとすりゃ、ウチを介してラカムの馬鹿が出来る程度だが・・・それやってりゃ、今頃わかるわな。なら、その線は無いか」
カイトはワインボトル片手にこれがカナンの母親の兄、即ち彼女にとっての伯父にあたる人物からの贈り物であると推測する。となると何時贈られてきたか気になる所だが、それはおそらくカナンの母親に援助を渡す時に使者が一緒に持ってきていたのだろう。いわゆる、兄個人としてのプレゼントだ。と、そんな思考の淵に沈むカイトに、ホタルが提案する。
「マスター。それよりも隠し部屋の調査を行うべきと提案いたします」
「っと、悪い悪い。そうだな。そっち探した方が良いな。どっちだ?」
「こちらの壁の先に、空洞が・・・一応、衝撃波等を使用した測定により大凡の輪郭は確認出来ています」
カイトの求めに応じて、ホタルは壁にモニター付きの特殊な装置を貼り付けて起動する。そうして表示された映像を、一同は覗き込んだ。
「ふむ・・・」
「これは・・・おそらく机の様に見えるのう」
「こっちのは・・・大きさからクローゼットか本棚だな」
ティナの言葉に続けて、カイトが見えた形からの推測を述べる。そしてということは、だ。この先には部屋がある可能性が高い、ということだ。そうして、カイトが地下室の壁を叩いてみる。
「・・・駄目だな。対処されているか」
「どうやら、設計段階で組み込まれておる様子じゃのう」
カイトとティナは叩いてみてなんの反応も無かった事で、これは魔術的に隠蔽されていると判断する。やはりホタルを連れてきて正解だった、という所だろう。彼女にしても音響測定だけではなく様々な測定法で確認したらしい。そうして、カイトはカナンへと問いかける。
「・・・カナン。覚悟は良いか?」
「・・・はい」
カナンは一度魅衣の顔を窺い見て、そして彼女が己を促したのを受けて、決意した様に頷いた。ここからは、己の出生の秘密に関わる何かがある可能性があるのだ。緊張が滲んでいた。
「良し・・・ティナ。頼めるか?」
「よかろう。しばし時間をもらうとするかのう」
カイトの求めを受けて、ティナが杖を取り出した。これは魔術的に隠された部屋だ。物理的な鍵は無いと考えられる。であれば何らかの魔道具か、それともカナンの母親当人がキーとなって開く様になっている可能性が高かった。そうして、ティナは杖を壁へと接触させた。より詳しい調査をするつもりだったのだ。
「・・・ふむ・・・なるほどなるほど・・・これは確かに隠蔽された部屋があるのう」
「大きさは?」
「この地下室よりも一回り小さい程度じゃな・・・さほど大きくは無い・・・ふむ・・・見取り図では確かこの上がカナンのご母堂の寝室じゃったか・・・ふむ・・・もしやするとそちらに入り口があるのやもしれんのう・・・」
ティナは魔術的な調査をしながら、推測を口にする。ここら彼女の手腕は確かだ。誰も疑っていない。
「ふむ・・・扉は・・・ふむ・・・やはり上に続くはしごの様な物があるのう・・・が、こちらは非常口の様な物か・・・まぁ、万が一に立てこもる場合を考えれば当然じゃろうな・・・ふむ・・・」
ティナは更に調査を続けていく。苦慮している様に見えるが、実際には自壊されたりしない様に対処しながらやっているので時間が掛かっているだけだ。慎重を期しているだけである。そしてしばらくすると、どうやら解析も対処も全て終わったらしい。少しだけ杖を離して、壁をこつん、と叩いた。
「良し。これで終わりじゃな・・・カイト。その横の壁が開くぞ」
「っと」
ティナの忠告を受けてカイトがその場を一歩だけ後ろに下がる。と、それと同時にカイトが居た壁が僅かに音を立てた。それはかこん、という何かが外れる様な音だった。
「ほれ」
「え? 私?」
「以外に誰がおる。お主が、まずは入るべきじゃろう」
困惑するカナンに対して、ティナが明言する。すでに扉の鍵は開いた。後は、押すだけで開くらしい。
「・・・ふぅ・・・」
カナンは深く深呼吸して、決意を固める。そうして、彼女は壁に偽装された扉を少しだけ、押し込んだ。
「あ・・・」
開いてすぐ。カナンが手を止めて、涙を流した。それは思わずと言った感じだった。それに、魅衣が慌てて問いかけた。
「! どうしたの!?」
「・・・あ、ごめん。お母さんの匂いがしたから・・・」
カナンは涙を拭い、首を振る。数年ぶりに嗅いだ母の匂いに、思わず懐かしさが去来してしまったらしい。
「うん、ごめん。大丈夫・・・じゃあ、開くね」
カナンはそう言うと、再び扉に手を掛ける。そうして、今度こそ完全に扉を開いた。
「すごい・・・」
「これは・・・やっぱりな」
中を見て、カイトが頷いた。部屋の中には、どうやら彼女の持ち物らしいドレスや宝石類、明らかに一般家庭には無いだろうかなり高価な品々が収められていたのだ。
流石にカナンの前では言わなかったが、カイトとティナの見立てでは総額としては少なくともこの家一軒分は軽く超えるだろうという所らしい。これが盗んだ物で無いのなら、明らかに普通ではない出だという事の証明だった。
「・・・カナン。これらの品々に見覚えは?」
「・・・ごめんなさい。何も・・・」
カイトの一応の問いかけに、カナンは複雑な顔で首を振る。
「となると・・・この部屋に何かがありそうだな」
カイトはそう言いながら、密かに魅衣に目配せをする。カイトではフォロー出来ないし、ティナは調査をしてもらわねばならない。なら、魅衣に頼むのが上策だった。
そしてそれは魅衣も理解していた。彼女はそもそも頭脳労働向きではない。それは彼女自身が認めている。考えるより動く方が楽、と。なので彼女も密かに頷いた。
「良し・・・じゃあ、調査開始だ」
魅衣が応じたのを受けて、カイトが調査開始を宣言する。どうだろうと、この部屋を開いた時点で先には進まねばならないのだ。そうして、調査はすぐに進展を見せた。
「これは・・・アルバムか?」
カイトが手に取ったのは、古ぼけた冊子だ。それは写真入れだった。それに、一同が集まった。
「え?」
「・・・開くぞ」
カイトは一瞬カナンの反応を窺って、彼女も興味を抱いている事を見て冊子を開く。すると案の定、それはアルバムだった。
「あ、かわいー。これ、カナン?」
「きゃー! ちょっと待って! なんでここにあるの!?」
魅衣の問いかけに、カナンが悲鳴を上げる。まぁ、これで分かるのだろうが、これはカナンの成長の記録の様な物だった。確かに重要ではあったが、今欲しい母親の実家や父親に繋がる情報がありそうには思えなかった。なお、誰も知る由もない話だが、実はカナンの母がここに置き忘れてしまっていたらしい。ここらは、不慮の事故という所だろう。
「うぅ・・・なんでこんな所においておいたの・・・」
「あはは。うっわー・・・あ、ティナちゃん。これとかかわいい」
「ふむ? おぉ! これは良いのう! 猫まっしぐらと言う感じで・・・」
「わー! きゃー!」
カナンが顔を真っ赤に染めて、辱めに耐える。他人のアルバムだ。女子二人によって今は即興の検閲の様な感じになっていた。勿論、理由はここに情報があるかもしれないから、だ。
が、どこまで探してもこれは彼女の成長の記録である事は明言しておく。母親の絵姿さえどこにも残っていなかった。
「やれやれ・・・」
そんな三人を横目に、カイトが笑って別の戸棚に手を伸ばす。できれば調査をして欲しいが、カナンの気が紛らわされるというのなら、話は別だ。一番気にするべきはカナンなのだ。
というわけで本棚にまだ本は残っていたが、その前を彼女らが占領してしまったので別の所に手を伸ばす事にしたのであった。
「さてここには何があるかなー、と」
カイトは戸棚を開いて、中身を確認する。どうやらここには貴金属類の中でもネックレス類を収めていたらしい。
「ふむ・・・ネックレスか・・・銀は・・・まぁ無いか。迷信なんだがなー・・・」
カイトは黒を基調としたネックレス類を見ながら呟く。と、そんな風に戸棚を調査していた彼だが、そこでふと、一つ変な物を見付けた。
「これは・・・ああ、やっぱ『夜の一族』で確定だな」
カイトはそう言って、金色のネックレスの表を観察する。そこには、月を象った意匠が施されていた。それは彼の親友の一人であるレイナードも良く使う『夜の一族』の中でも貴族が使う紋章だった。
「なるほどな、貴族の印。確かに、これなら分かる話だ。実家が反対したとかそんなのかな・・・あれ・・・もしかして、これロケットか?」
カイトはそう言って、装飾の施された金のネックレスを手に取った。それは一見すると少し肉厚なネックレスだが、よく見れば開く様になっていたのだ。意匠を観察している時にふと開きそうだ、と気付いたのである。
「ふむ・・・どこかに開くスイッチの様な物があると思うんだが・・・」
カイトはネックレスを丁重に扱いつつも、周囲を見回して何処かにスイッチが無いかを確認する。が、見つからない。となると、考えられるのは一つだ。それはやはりこれも魔術で開くようになっている魔道具だ、という事だ。
「ふむ・・・ということは・・・おーい、ティナー。馬鹿やってないでちょいと調査たのまぁー」
「なんじゃ、良い所なのに・・・」
カイトの言葉にニコニコ笑顔だったティナは不満げに顔を上げる。が、その次の瞬間。カイトの手に持ったネックレスを見て、目を見開いた。
「これ、ここに入ってたネックレス。多分写真入れられるタイプじゃ・・・って、どうした?」
「これがあったじゃと!?」
ティナが声を荒げる。どうやら、彼女は何かに気付いたらしい。その目は大きく見開かれていて、あまりの出来事に横の魅衣とカナンが思わず仰け反る程だった。
「お、おう・・・どうした?」
「お主、この拵えに見覚えは無いのか?」
「うん? どういうことだ?」
カイトはユリィと顔を見合わせようとして、彼女の顔にも驚きがあった事に気付く。どうやら、彼女もわかっていたらしい。
「え、どして?」
「そっか・・・もしかして、って思ったけど・・・あー・・・子供生まれた、とか聞いた事あったなー・・・じゃあ、父親は・・・あー・・・そういうことね・・・」
「ばっかもん! 『夜の一族』でもこれは滅多に使われん装飾じゃぞ! いや、滅多に使えん!」
ユリィを無視して、ティナが怒鳴る。が、カイトはちんぷんかんぷんだった。というのも、これはカイトを考えれば普通の話だったからだ。
「いや、普通に使ってんだろ。フランは常用してるし、レイも使ってるからな。だから、母親はやっぱり『夜の血族』の貴族だ、って判断してんだけど・・・」
「そうじゃった・・・こやつはそれが基本じゃった・・・」
ティナががっくりと肩を落とす。カイトは『夜の一族』と親しいが、その中でも最も親しいのはその頂点であるレイナードだ。と言うより、そことその周辺しか繋がりがない。
トップとしか繋がりがほとんど無いというのも不思議な話だが、知り合った時点ではトップ候補というだけに過ぎなかったのだからしょうがないのだろう。とまぁ、それは置いておいても。つまりは、だ。彼の基準はそこにあるのだ。そうして、彼の妹であるフランが顔を出した。
「へ?」
「ごめん、ティナ・・・これは私の失態よ」
初めて見るフランの姿に困惑するカナンを余所に、フランがティナへと謝罪する。実は彼女も気づいていたのだが、あまりの驚きに言い出しそびれたのだ。そうして、困惑するカイトへとフランが告げる。
「うん?」
「これはお兄様の血族・・・つまり、私やお兄様、バートリーやツェペシュの一族しか使えない紋章なのよ」
「・・・え゛」
カイトが頬を引きつらせる。フランの言葉はつまり、これはレイナードの弟妹や子孫しか使えないわけだ。そして、今のところカイトは彼の血脈で死んだ女性は一人しか知らなかった。そうして、カイトの視線がゆっくりと何が何だかさっぱりわからないカナンへと注がれる。
「・・・まさか、カナンの母親は・・・」
「そうね。おそらく、私の知らないお兄様の・・・いえ、私の妹ね。名はメリージェーンだったかしら」
「うっそぉおおおお!」
カイトの絶叫が、地下の秘密の部屋の中に響き渡る。こうして、奇しくも父よりも前に、カナンの母親の正体が発覚する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第909話『カナンの立ち位置』
2017年8月20日 追記
・誤表記修正
『カナンの母親の兄』とすべき所で『母親』が抜けていた所を修正しました。




