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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第50章 草原で生まれし者編

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第903話 謎の襲撃者

 『獣小鬼(ビースト・ゴブリン)』等マクダウェル領内では見かけない魔物達との戦闘を終えた直後。カナン狙いで襲撃を仕掛けてきた獣化した獣人の攻撃を防いで、カイトは再度刃を向ける。


「もう一度問う・・・何者だ?」


 5メートル以上もある巨体を弾き飛ばし、カイトが再度問いかける。どうやら相手はこちらの様子を窺っているらしく、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。明らかに、知性を持つ者でなければ取り得ない対応だ。


「我々はブランシェット公が一女、キリエ嬢の護衛を言い遣った者達だ。それへの乱暴狼藉、ブランシェット公へと弓引くと同義と捉えられても仕方がないぞ」


 カイトは無言を貫き通す獣人に対して、こちらの身の上を明かす。これを明かしている以上、これ以上の戦闘が起きて相手を殺した所できちんとした筋を通している事になる。

 彼の言う通り、ブランシェット公へと反逆しているという事と同義であり、それは即ち皇国に弓を引くと同義だ。殺された所で誰も文句は言えない。


「・・・だんまり、ね。仕方がない」


 己が身の上を明かして問いかけてもただただ間合いを図るだけの相手に、カイトは闘気を漲らせる。そして、カナンへと小声で告げた。


「カナン・・・お前は急いで逃げろ」

「でも・・・」

「お前が逃げれば、相手が追うかもしれない・・・そこを見極めたい」

「っ・・・」


 カイトから言われた意味を理解して、カナンが息を呑む。カイトが危惧していたのは、この敵が正真正銘カナン狙いの敵である事だ。もしそうであれば、カナンが逃げれば確実に追撃に入らねばならないだろう。そこを見極める為にも、カナンには逃げてもらう必要があった。


『ティナ。援護は頼む・・・ソラ達へは?』

『こちらからすでに撤退を命じた・・・後は、お主とカナンだけじゃ』


 カイトは密かに目を動かして、魅衣がゆっくりとこの場から離れつつある事を確認する。一番カナンに近いのは彼女だ。敵に悟られない様に密かに動いていた。と、カイトの視線が動いたのを見て、敵が動いた。その素早さは先の『獣小鬼(ビースト・ゴブリン)』を遥かに上回り、最早残像さえ残さなかった。


「っ!」


 カイトへと5メートルもある獅子の腕が振るわれる。それはその巨体に見合った大きさだ。まともに喰らえば、確実に痛いではすまないだろう。どうやら、カイトも敵と見定めたらしい。そして、それならそれで良かった。


「今だ!」

「っ!」


 敢えて大剣で防いで敵の動きを食い止めたカイトの号令を受けて、カナンが一気にダッシュする。向かうのは馬車の所だ。そこまで行けば、少なくともティナの保護下に入れる。と、それを見たからか敵がカナンへと視線を向けて、一度カイトから距離を取った。


「だりゃ!」


 身を屈めてカナンへと突進しようとした敵に対して、カイトは<<縮地(しゅくち)>>で追いついてその横っ腹を蹴っ飛ばした。これで、確定と見て良いだろう。敵はカナンが狙いだった。


「やっぱカナン狙いか!」


 敵の横っ腹を蹴っ飛ばしたカイトはそのまま、敵の前に立ち塞がる。残念ながら敵はこれで諦めてくれる様子は無い上にかなりの実力者らしく、カイトの蹴撃は衝撃を受け流した上、空中で器用に回転して軽々と着地していた。


「厄介だな・・・獣化出来る獣人か・・・」


 カイトは敵を見ながら、どうするかを考える。獣化出来る獣人に身体能力で勝つには、それなりには本気でやる必要があった。それにそうなると、周囲の木々を傷付ける可能性もある。と、そんな悩みを見せるカイトに対して、声が響いた。


『旦那様。ここは私にお任せを』

「ルゥか・・・頼めるか?」

『ええ、お任せを』


 声を掛けてきたのはルゥだ。彼女なら、たしかに木々を気遣いつつこの相手との戦いに臨める。運が良ければ少しの事情を聞ける可能性もあった。そうして、ルゥが顕現する。


「では、私が」

「任せた」

『っ・・・』


 明らかに動揺した様子が敵にあった。相手も高位の獣人故か、現れた女性が同じく高位の獣人である事を理解出来てしまったのだ。そうなれば、獣に近い獣人達だ。どうしても格の上下関係として、わずかに逡巡しなければならなかった。

 ルゥの格は獣人の中では最高位である神狼族。更にはその族長だったので、獣人としてはエネフィアで一番高い地位に居る一人だ。その風格はすでに族長の座を退いたからといえど、失われていない。それを見抜けるだけの目は持ち合わせている様子だった。


「どうやら、お話は出来そうですわね。それとも単に無口なだけでしょうかしら」


 立ち止まった敵に対して、ルゥが問いかける。現状、ルゥも名乗るわけにはいかない。敵がどういう存在かわからない以上、己の名を出す事はカイトの正体を露呈させる可能性にも繋がるのだ。

 そうして、ルゥが顕現したからか敵も人型を取った。どうやら流石に神獣の一族を相手に問答無用を避けるだけの知性はあるらしい。


「・・・どこの者かは存じ上げないが、さぞ名高き獣の眷属であろう。私に貴殿らへの攻撃の意図はない。我らの狙いは先の少女一人。引いては貰えまいか」

「あら・・・名前も名乗らずどの一族の者かも明かさぬ者の言葉を信じろとは・・・あまりに道理が通らない事ですこと」


 敵の申し出に対して、ルゥは鼻で笑って一笑に付す。彼女の言う通り、神獣に連なる獣人であれば最低限どこの眷属なのかを申し出るのが、最低限の申し出の際のマナーだ。ルゥやこの敵の様な高位の獣人達では個々人の名前よりも、どの神獣を祖としているかを重んじる。そのマナーさえも欠いた相手の申し出を受け入れろ、というのはあまりにあり得ない事と考えて良い。


「そこは察して頂けまいか。このような事をしているのだ。名乗れぬし、祖は明かせぬ」

「あら・・・それもまた、道理ですこと」


 敵の言葉にルゥが笑う。今度は嘲笑の類ではなく、それが道理だと認めた笑みだ。これは暗殺や強襲の類だ。であれば、襲撃者は正々堂々と戦える身分ではない。名を名乗らず、痕跡も残せないはずだ。その意味では、すでにこの暗殺は失敗しているとも言える。


「とはいえ・・・今の私は旦那様に傅き、その寵愛を受ける寵姫の一人。その旦那様が守っている以上、相容れる事はありませんわね」

「やはり、か・・・では」

「押し通りなさいな。若き獣人・・・こちらもそれ相応の力で、お相手いたしましょう」


 敵が闘気を漲らせたのを受けて、ルゥがかつての彼女の風格を身に纏う。それは、かつては女で誇り高い神狼族を纏め上げた誰よりも神狼の女王の風格だ。それを身に纏った上で、敵の風格が武人のそれであった事を見て取った。


「・・・それ相応の気高き一族の者と見ましょう・・・それが何故、この様な暗殺紛いの事に手を?」

「こちらにも事情があるのだ」


 僅かに苦笑する男が構える。それは徒手空拳で、高い身体能力を活かした拳闘士タイプのようだ。そうしてルゥと男は音を置き去りにして、山の中で激突した。それは、木々を震わせる一撃だった。


「ふっ!」

「はぁ!」


 男の振るった拳に、ルゥは右足の蹴りをあわせる。どうやら、男の側は元々かなり手加減をしていたらしい。その速度は先程カナンに対して突進したものよりも更に速い。人の姿でこれだ。身体能力が更に上昇している獣化形態であれば、より速い速度で激突出来た事は確実だろう。


「っ」


 激突の直後。男は一歩下がって続くルゥの左足の蹴撃を回避する。が、その次の瞬間。勢いそのままに、ルゥは踊るようにして右足の蹴りを追撃として御見舞する。基本的な戦闘能力はどうやらルゥの方が圧倒的に上らしい。

 まぁ、これはそもそもルゥの来歴を考えれば当たり前の話だろう。彼女は神狼族の族長。その中でもあの大戦期を100年近くも一族を率いて生き延びた英傑だ。カイトの使い魔勢の中では身体能力として見れば最高に近い。単体戦闘能力であれば月花とどちらが強いか、という所だろう。

 これを上回れる獣人となると、後は獣皇と呼ばれるカイトの盟友・ラカムぐらいだ。それだって、現状でようやく互角という所だ。300年前では遊ばれていた。


「はしたないのですが、今は足ですわね」

「ちっ」


 振るわれた右足を男は獣化する事によって回避する。今回は2メートル程度の普通の獅子のサイズだ。が、それ故にこの時点で彼の体高は1メートル程度に落ちており、回避するには十分だった。


「あらあら・・・油断ならないですこと」


 獣化した男はそのまま身をかがめて、ルゥへと飛びかかろうとする。流石に人が本気の獅子に襲われて逃れられる道理はない。


「あら・・・少々目測を見誤りましたわね」


 ルゥはバックステップで悠々と回避したつもりだったが獅子の右前足で衣服を僅かに切り裂かれて苦笑を浮かべる。もう少し遅いと見ていたらしい。

 とはいえ、彼女の柔肌には傷一つ付いていない。そこらは女としての沽券に関わるらしく、確実に避けれる範囲は見極めていたようだ。そうしてバックステップで回避したルゥはそのまま、男に合わせる様に狼の姿を取った。


『あぉおおおお!』


 純白の狼が吠える。それは気高き狼の遠吠えだ。それは大気を響かせて、男を僅かにと言えども居竦ませる程だった。


「良し、行け!」


 それを合図として、カイトが馬車へと号令を送る。今ならば、離脱が可能なのだ。後はルゥとカイトでこの襲撃者は対処可能だ。もし万が一別に居たとしても、ティナが後に控えている。即座にカナンがやられることは無いだろう。そうなれば、後はカイトが間に合わせる事が可能だ。


『っ! しまった!』

『あら、油断していて勝てる相手とお思い?』

『ぐふっ!』


 馬の嘶きを聞いて馬車を失念していた事を思い出した男だが、それに対してルゥが即座にタックルで吹き飛ばす。速度であれば、獣人の中では獅子よりも神狼の方が速い。どうにせよ彼では馬車にはたどり着けなかっただろう。


『・・・貴台を前にこれ以上の追撃はそもそも不可能だったか。それとも狼だと見た時点で、諦めるべきだったか』

『そういうことですわね』


 男の言葉に狼の姿のルゥが頷いた。そして、男はこのままでは不利である事を悟っていた。それはこの場にはカイトがまだ残っていたからだ。


『・・・貴台の主は攻撃をしてこないのか?』

『あら・・・我が主をお気になさいますか? ですが、ご安心なさいませ。旦那様は私に全てをお任せくださいました。ならば私が抜かれない限りは、手を出さないでしょう』


 ルゥが笑いながらカイトは手出ししない事を言明する。そしてその言葉どおり、カイトは今のところ手出しをする様子はなかった。とはいえ、どちらにせよ彼に勝ち目はない。なので彼は拳を振るうではなく、口を開いた。


『・・・一つ、問おう』

『許可しましょう』


 男の問いかけに対して、ルゥは許可を下ろす。彼女の目的はカナンを、ひいては馬車を逃がす事だ。ここで彼を足止めできれば出来るほど、馬車は安全な所へと逃げられる。武力を使わずに敵を足止め出来るのなら、そちらで良いのだ。


『何故、あの穢れた血の少女を守ろうとする』

『穢れた血・・・?』


 ルゥは言われた事を理解出来ず、首を傾げる。例えばキリエであっても他の獣人と交わっているが、それを穢れたと見做す獣人は居ない。そしてそれを考えれば、やはり狙いはキリエではなくカナン一人と見て良いだろう。とはいえ、そんな事は男が答えてくれるわけもない。そして、男としてもそこらを説明するつもりはないらしい。


『・・・いや、貴台に言っても詮無きことか。語りすぎた、としておいてくれ』

『では・・・どうするおつもりですこと?』

『こうさせてもらおう』


 ルゥの問いかけに対して、男は行動で返した。それは、更に姿を変えるという事だ。


「はぁ!」

『っ!』


 まさに獣人と呼ぶに相応しい獣と人の合わさった様な姿を取った男が一瞬でルゥへと肉薄し、爪を振るう。そうしてわずかにルゥの毛皮が切り裂かれて、男がそのままどこかへと消え去った。


『つぅ!』

『・・・匂いは覚えさせてもらった・・・次は相見えない事を願う』


 男の気配がどこかへと消え去った。どうやら、逃げたのだろう。


「申し訳ありません、旦那様・・・逃げられてしまいましたわね」

「それなりの手練か」

「そう見て良いでしょう」


 ルゥはカイトの言葉に頷いた。最後に男が見せたのは、獣化の一つ上。<<獣人転化(ビースト・ドライブ)>>だ。<<龍人転化ドラゴニック・ドライブ>>の獣人版と思えば良い。これが出来るということは即ち、それ相応には高位の種族の出なのだろう。


「厄介な事になってきたな・・・ブランシェット本家に連なる者達か、それともラカム率いるブランシュ、その他高位の獣人達か・・・カナンはそこに連なるわけか」


 ルゥを抱き寄せたカイトが顔を顰める。前者であればキリエを含めて担がれている事になり、後者二つであればお家騒動を含めたかなりの大事になる。とはいえ、一つわかっている事もあった。


「とはいえ・・・どうやら、カナンに生きていてもらっては有り難くない勢力がある事は事実か」

「そうですわね・・・哀れな子。父親が誰かは知りませんが、頬をひっぱたいてやりたいですわ」

「だな・・・さて・・・どうなるか・・・ん・・・」

「あん・・・」


 カイトはルゥの鎖骨のあたりに走っている赤い筋をなめとる。先程の襲撃者が負わせた手傷だ。それを癒やしてやるのも、主の務めだった。


「ふふ・・・こういう獣じみたやり取りは、私達獣人の好み。暗がりの閨の中で愛を囁くだけが、愛を囁く方法ではないですわ。時には、このように外で獣じみた愛を貪るのも良いですこと」

「教え込んだの、お前だからな」


 非常に満足げなルゥに対して、カイトは笑う。かつてカイトが担任の雨宮に述べた事だが、獣人には発情期が存在している。それは彼女ら獣人が獣の因子を持ち合わせているからだ。それがどれだけ獣に近くなるのかは、その血の濃さに応ずる事になる。

 それ故、高位の獣人だからかルゥは時折まるで野獣の交わりの様な愛を望む事がある。まぁ、それに変に影響されたのがリーシャなのだが、それは置いておこう。そもそもカイトが悪い気もしないでもない。


「さぁ、旦那様。幸いにして邪魔者は全て消え去りましたわ。よく出来たメス犬めには、ご褒美をくださらないと」

「はいはい」


 カイトはため息を吐く。彼女の言う通りだ。飼い犬が取ってこいを出来たのであれば、主はそれにおやつを与えて労をねぎらうのが主の在り方だろう。そして犬がそれを望むのなら、カイトは聞いてやるのだ。そうして、カイト達はしばらくその場に留まる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第904話『調査開始』

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