第901話 エラクゥ村への道
キリエの事情からアクラムで一泊する事になっている一同だが、そうして案内されたのはキリエの家、即ち元アクラム家の邸宅だった。ブランシェット家も新たにキリエの為に家を建てるほど、酔狂では無かったらしい。
「・・・でかっ!?」
ソラが声を荒げる。とは言え、それも当然だ。キリエの自宅こと元アクラム家の邸宅はカイトの所有する公爵邸よりも一回り程大きかったのだ。しかも、それは本邸だけだ。領土の中には護衛隊の為の宿舎等があったりもした。
「ああ、見た目だけはね。元々アクラム家の為の土地だったんだなので、規模だけは大きくてね。かと言って、取り壊すにもまた費用が必要になる。流石に私一人で賄いきれるわけがないので使っていない棟もあるよ」
キリエは本日何度目かになる苦笑気味に語る。流石に彼女としても嬉しくはないが、こればかりはそのままにしておくしかなかったらしい。
ちなみに、今使っていないのは警備隊の為の宿舎らしい。こちらは元々アクラム家の私兵――軍以外のお抱え――の為の宿泊施設だったのだが、流石に私兵を有していないキリエには必要がない。なので今は閉鎖して、万が一に何か災害が起きた時等に避難所として使える様に整えているらしい。
「ああ、そうなんっすか・・・ってことは今回はこっちに?」
「いや、流石に客人をそちらに泊まらせるつもりはないよ。なにせこの大きさだ。客間は余る程ある。そちらを使ってくれ」
「どもっす」
ソラはそう言うと、キリエに従って歩き始める。それに合わせて、他の面子も歩き始める。そうして、この日は一同アクラムにて一泊する事になるのだった。
翌朝。カイトはキリエの様子を窺う事にする。一応表向きは彼女の護衛として各地に足を伸ばす事になっているのだ。まずは彼女にお伺いを立ててから、だろう。
「おはよ」
「おはよー・・・調子はどう?」
「ああ、すまない。来てくれたのか・・・学園長先生もありがとうございます。やはり自宅というのは安心するらしいですね。いつも以上に調子は良いですよ」
ユリィの問いかけを受けて、執務室の椅子に腰掛けたキリエが答えた。服装は流石に領主としての仕事をするからか、スーツにも似た貴族用の仕事服だった。
「それで予定だが、兄達から連絡が回ってきている・・・視察については本日の朝一から行い、夕方には一日目の目的地へと到着する事にしてくれ、だそうだ。エラクゥ村の村長以外には事情は知らせていない。知らせる必要も無かったからな。君達には、一応名目上は私の視察に同行する事で通している」
「そうか・・・そう言えば、何か今のところ変わった所は? こちらのわがままを聞いてもらっているんだ。何か手伝える事であれば、手を貸す。何、勇者カイトの手だ。本来なら、引く手数多だぜ?」
「ふむ・・・」
カイトの言葉を受けて、キリエは上げられている報告書の中から今回視察に向かう村の中で起きているらしい困り事の中でも特にカイト達であれば助かる依頼を見繕う。
が、そもそもここら一帯はブランシェット公爵家の中でもかなりの重要な土地だ。それ故そういった困り事は大抵すでに片付いているか片付く目処が立っている為、首を振るだけだった。
「・・・いや、無いな。気持ちだけ頂いておこう」
「そうか。なら、結構」
キリエが遠慮したわけでもないのを見て、カイトが頷く。遠慮していないのであれば、それは真実何か今は困っていない事になる。強いて困っていないのにわざわざ仕事を持ってきてもらう必要もない。下手に別の事に手を出してキリエの警護に問題を出す方が問題だからだ。それに、困っていないのなら困っていない方が良いのだ。
「じゃあ、出発する時には声を掛けてくれ。こちらはそれまでの間に用意を整えておこう」
「ああ、頼んだ。学園長もお願いします」
「うん、じゃねー」
とりあえず問題が無いのなら、キリエの邪魔をするわけにもいかないだろう。というわけで、カイト達は部屋を後にして、カナンの故郷であるエラクゥ村へ向かう準備を整える事にするのだった。
と、いうわけで大凡1時間後。カイト達を乗せた馬車が出発する事になった。そうしてカラカラと音を立てて移動する馬車の中、カナンは物憂げだった。
「・・・」
「気になるか?」
「・・・はい」
カナンはカイトの問いかけに頷いた。故郷がどうなっているのか。更にはどう思われているのか。やはり一歩ずつ近付くにつれて、気になってきたのだろう。どこか落ち着かない様子があった。
「まぁ、なるようにしかならんさ」
カイトは笑う。ここらは己の実体験だ。なるようにしかならない。結局、過ぎ去った時は巻き戻る事はない。後は、覚悟を決めるだけだ。とはいえ、そちらは良いのだ。カナンについては魅衣に任せている。が、困ったちゃんがここには一人、紛れ込んでいた。
「で? お前は何やってんだ?」
「うむ・・・少しのう」
カイトが問いかけたのはティナだ。彼女は己のウェアラブルデバイスを使って、何かを調査している様子だった。
「ふむ・・・やはりここらは合致せぬか・・・まぁ、当然といえば当然じゃのう・・・」
「まぁ、お前だから良いんだけどな・・・」
何かを熱心に調べている様子のティナに対して、カイトがため息を吐いた。少なくともこの状況だし、少し前のティナの発言もある。なのでこのカナンの案件に関わっている事は理解出来たが、何も語ってくれないので何がなんだかさっぱりだ。
「やれやれ・・・で? それの結果はどのぐらいで出そうなんだ?」
「そうじゃのう・・・まぁ、遅くとも今週末には結果は出るじゃろう。何分数が数じゃからのう・・・向こうもあるし・・・」
カイトの問いかけを受けて、ティナは相変わらずウェアラブルデバイスの画面とにらめっこしながら答える。
「はぁ・・・向こうってなんだよ?」
「マクスウェルじゃ・・・今少しあそこの研究施設のデータベースとリンクして作業しておってのう・・・もう少し早めにやっておくべきじゃったんじゃが・・・うむ。しくじったのう」
「やれやれ・・・まぁ、良い。結果は出たら教えてくれよ」
「うむ。まぁ、この線で上手く行けばカナンの両親が分かる、という程度じゃ。普通に調査した方が早い可能性はあるが、出来る限り答えにたどり着ける可能性は高い方がよかろう」
カイトの求めに応じて、ティナが何をやっているのか、というのの概要を語ってくれる。どうやら、別の切り口からカナンの両親に繋がる道筋を立てているらしい。
「どやって?」
「DNA検査じゃ・・・警視庁の物をちょいと拝借した事があるからのう。それをコピって生産してみたのを試験的に使っておるんじゃが・・・異族のデータベースは確立されておらんからのう・・・そこらで手間取っておる」
ティナはデータを見ながら、カイトの問いかけに答える。今のマクスウェルには『無冠の部隊』が居る。そこには今では一族を率いていたり、という者は多い。というわけで、DNA鑑定をやって、そこから近縁の種族を探してみようという判断だったらしい。
「なるほどね・・・まぁ、これで結果がでなければそれが最善か。そっちはお前に任せた。こっちは地道に足で稼ぐ」
「うむ・・・」
ティナはそれを最後に、再び口を閉じて作業に没頭する。そうして、そんな一同を乗せた馬車は一路、キリエの領有する領地の中の村を目指して進んでいく。
「目的地は?」
「アラクゥは知っているか? 確か勇者カイトが一度宿泊した事がある、と伝わっている村なんだが・・・」
「ああ」
キリエの問いかけにカイトが頷く。この問いかけをされた所を見ると、一番初めの目的地はそこなのだろう。
「まずは、そこに向かう。私の領有する村の中でも比較的大きい所でね。まぁ・・・こういうのが良いかわからないが、勇者カイトの足跡を辿る様な冒険者達が時折訪れるそれなりには有名な観光地でね。比較的大きな街だ」
「なるほど・・・」
カイトは実感が無い為少し忘れつつあるが、本来勇者カイトとは冒険者達の憧れの存在だ。観光地になっていても不思議はない。現にカイトの公爵邸は立派な観光地だ。
「勇者カイトの道のりを全て歩むことが出来れば、冒険者として大成する事が出来るだろう・・・だからね」
「そう言われていますね・・・と言っても、流石にきちんと実力に見合った旅路にはされている様子ですけどね」
ユリィの言葉にキリエも同意する。カイトは言い伝え――と言うか事実として――では、全く武芸の心得を持たない状態から旅を始めたとされている。
つまり、冒険者としてみれば最下層のランクEだ。そこから、彼はランクEXという頂点へと登り詰めた。それにあやかろうと考える者は居ないはずがなかった。
「まぁ、それは置いておきましょう。とりあえず、そこに向かう事になっています。そこで一泊して、明日の午後にはエラクゥ村へと。明日は山に入る事になりますからそれなりには危険な道も通りますので、その時はお願いします」
「そうか・・・とりあえず、今日はデカイ街道沿いか」
カイトはキリエの言葉から大切な所を見抜いて、口にする。明日は危険な道を通る、ということは裏返せば今日はさほど危険はないということだ。明日からの本番を見越した肩慣らしには丁度良いだろう。そうして、カイトはこの道中でどうするかを考えつつ、しばらく計画を考える事にするのだった。
更に時は進んで、カイト達がアクラムを出発した翌日。カイト達はアラクゥを出て、再び馬車に乗って移動していた。とはいえ、流石にカイトも居るしアベルが直々に遣わしたゼファードも一緒だ。何か問題が起きる事もなく、馬車は街道を進んでいた。
「・・・この山を越えた先に、私の生まれた村があるの」
窓の外を見ながら、カナンが魅衣へと告げる。かつて、彼女はしばらくの間ここに滞在していた事がある。それ故、知っていたのだろう。
「この先?」
「うん・・・殆ど行商人も来ない様な陸の孤島。一応、更に北に移動したり山に入る人が立ち寄るぐらい・・・かな」
カナンは遥か彼方に消え去った記憶を辿り、己の生まれ故郷についてを語る。周囲を山に覆われた陸の孤島。一応アクラムから通ずる街道については整備されているし、そちら側の山についてもさほど高いわけではない。陸の孤島と言うが実際には冬で雪が積もっても往来は可能で、それほど隔絶されている印象はない。
「エラクゥ村は元々山に分け入る人達が集まって出来た村だ。村の北と東にある山では良質なきのこと山菜、薬草が採れるからな。それがいつしか人が定住する様になり出来たのが、エラクゥ村だ。まぁ、更に古くはここらに居を構えていた貴族の隠れ里があったのだがね。それを基盤にしている」
「ご存知なんですか?」
キリエが語ってくれたエラクゥ村の話に、カナンが目を見開いた。実は隠れ里だった事等はカナンも知らなかったのだ。それに、キリエが苦笑した。
「当然だろう? 曲がりなりにも私は領主で、エラクゥ村も私に税を納めてくれている大切な領土なんだ。来歴を把握しているのは不思議な事でもなんでもないよ」
当たり前を当たり前として、キリエは語る。だがこれが出来る貴族がどれだけ居ることだろうか、とカイトは密かに思う。流石にカイトやアベル、アンヘル達程大貴族になると把握しきれないが、キリエ程の領主で把握しているのは稀だろう。
「はー・・・」
そんなキリエの様子に、カナンが僅かな尊敬を滲ませる。やはり、ここら己とはできが違うのだな、とでも思っている様子だった。と、そんな時だ。唐突に馬の嘶きが響いて馬車が急停車した。どうやら、木々に紛れて魔物の接近に気付かなかったらしい。
「やれやれ・・・仕事のお時間か。ゼファードさん!」
「お願い致します。こちらは馬車を下がらせて、お嬢様の警護に」
カイトは声を上げて、御者を務めているゼファードへと申し出る。彼はクオリアと共にキリエの側で援護だ。そうして、カイト達は外へと躍り出る。外には鳥型の魔物が3匹と、ゴブリンの亜種が10体、オーガの最上位種が一体、と小規模な魔物の群れがこちらへと近づいてきていた。
「ソラ、馬車のディフェンス。由利は屋根の上でソラの援護。ティナ、全体のフォローよろしく。カナンと魅衣は牽制。キングはオレが仕留める。お前らじゃランクAの魔物に勝てん」
カイトは矢継ぎ早に指示を下す。ゴブリンの亜種の中には数匹かなりの力を持ち合わせている個体がおり、ここら独特の進化を辿っている様子だった。とはいえ、それでいつまでも逃げていては一緒だ。なので、ここで戦わせるつもりだ。そうして、カイト達の戦いが始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第902話『新天地での戦い』




