第899話 獣人達の暮らす街
ブランシェット領へと足を踏み入れたカイト達だが、そんな彼らを待っていたのは当然だが、大勢の獣人達だ。ブランシェット領は皇国でも一番自然がそのまま残されている街だ。他の種族との調和が図られているマクダウェル領とは違い、ここは獣人達が大半である為に他の種族の事をあまり考えなくて良いのだ。
「・・・うっわ・・・なんつーか・・・別の意味でお上りさんになった感じ・・・」
ソラが非常に興味深い様子で周囲を観察する。基本的に雑多な感のあるマクスウェルであるが、ブランシェットもまた別の意味で雑多な感がある。
それはなんというか、一見すると獣人で纏まりがあるのに、その獣人がなんの獣人であるかがバラバラなので統一感が無いのだ。尻尾のある者もいれば、羽根のある者も居る。かと思えば猫耳犬耳狐耳と多種多様だ。更には鼻の効く者は鼻を鳴らす事もあるし、耳が良い者は耳を動かしていたりもする。
確かにこれらはマクスウェルでも見れる光景だが、ここまでおおっぴらにやっていることは少ない。やはり、こういう所は土地柄なのだろう。そんなソラに対して、キリエが笑った。慣れていないとやはり気になるのは仕方がないと理解しているらしい。
「あはは。いや、ここはそう言う土地でね。多少、君達からすると違和感を感じるかもしれないが・・・そこは諦めてくれ」
「ああ、いや・・・そんな事は無いっすよ。すんません、あんまジロジロ見るもんじゃないっすね」
キリエの言葉にソラは慌てて少し不躾だった、と謝罪する。まぁ、見られて困るわけでもないし誰も気にしていないが、こういうのは気持ちの問題だろう。そうして、そんな会話をしている内に一同の前に一台の馬車が停車した。
「お嬢様。お迎えに上がりました」
「姉さん」
馬車の中から現れたのは、一人の執事服姿の男性とアルベドだ。聞けばアルベドは学年の関係で夏休みが一足先に入っていたそうで、キリエよりも先に帰郷していたらしい。そうして、そんな教え子の姿を見たからかユリィが顔を出した。
「アルベド。元気にしていましたか?」
「あ、学園長先生。お久しぶりです。こちらは元気です」
「そうですか・・・出迎え、ありがとうございます」
「いえ。ユリシア学園長もご無沙汰しております」
ユリィの言葉を受けて、アルベドと横の男性が腰を折る。そしてそのまま執事服の男性が自己紹介を行ってくれた。
「皆様もようこそおいでくださいました。私、ブランシェット家にて若旦那の側仕えをさせて頂いておりますゼファードと申します。ゼフ、もしくはゼファーとお呼びください」
ゼファードというらしい執事はそう言うと再び顔を上げる。その際にカイトに密かに目配せをして小さく頭を下げた所を見ると、おそらく彼もカイトの正体を教えられているのだろう。
なお、若旦那とはアベルの事だ。父のアンヘルが怪我で半隠居状態である上、公的にはまだ当主には就いていないので親しい者達からは若旦那と呼ばれているらしい。そうして、彼はカイトへと右手を差し出した。
「そうですか・・・あ、カイト・アマネです。よろしくお願いします」
「ありがとうございます・・・できれば皆様のお名前をお伺いしたい所なのですが、旦那様の予定が少々立て込んでおりまして・・・申し訳ありません。急かすようですが、お乗りください」
カイトと握手を交わしたゼファードは少し急ぐ様に一同に告げる。どうやら、現当主直々に来てくれるらしい。まぁ、大方急がせるのはキリエに顔を見せに来い、という所だろう。
「あ、わかりました。では、お願いします」
「はい・・・では、皆様も。お嬢様、お手を」
「ああ、すまない」
ゼファードはキリエに手を差し出して彼女を乗せる。なお、流石にカイト達は冒険者という立場もあるし時間を掛けてはいられない、という事で手をひかれる事もなく乗る事にした。そうして、緩やかに馬車が走り始めて、カイト達は一度ブランシェット家の本邸へと向かう事になるのだった。
さて、その道中では特に何か変わった事が起きたわけではなく、普通に自己紹介が行われただけだった。とはいえ、それを人数分行っているとそれなりには時間が経過したらしく、自己紹介が終わる頃にはブランシェット邸へとたどり着いていた。そうして案内されたのは、待合室の一室だ。そこにカイト達はキリエ――もてなす様に命ぜられたらしい――と共に待機させられていた。
「結局外ほとんど見れなかった・・・」
「挨拶が終わったら見ればいいさ。出発は明日の朝だ。それまでは、自由にしてくれても構わないよ」
「あ、どもっす」
残念そうなソラに対して、キリエが苦笑混じりに許可を下ろす。幸いにして今日の宿はブランシェット家が用意してくれていて、探す必要はない。このブランシェット邸から近いホテルの一室を借りてくれているらしい。
一室と言いつつカイトとユリィの事があるので最上階のスイートルームになるのだが、そこはそれとして置いておこう。と、そんな許可が下ろされている間にどうやら当主の用意が出来たらしく、再びゼファードが顔を覗かせた。
「お嬢様、大旦那様のご用意が出来ました・・・皆様はもう少々お待ち下さい。若旦那様は現在軍務にて外せないのです」
「わかった・・・すまない。では、私は一度席を外させてもらおう」
「あ、わかりました・・・キリエも助かった」
「そう言ってもらえると助かる」
カイトが頷いたのを受けて、キリエとゼファードが連れ立って部屋を後にする。そうして残されたのは、カイト達だけだ。と、そうしてキリエが居なくなったからか、魅衣が少し笑いに近い苦笑を浮かべた。
「・・・カ、カナン・・・そこまで緊張しなくて良いと思うわよ?」
「だ、だだだだって、ブランシェット家だよ?」
どうやら、カナンは非常に緊張しているらしい。まぁ、貴族というものに馴染みのなかった上に果ては自身も貴族になったカイトは兎も角、他の面子は由利を除けば実質全員いいトコのお坊ちゃんお嬢ちゃんだ。カナンの様に緊張するのが普通で、緊張しない彼らが普通ではないのである。
「そっかなー・・・普通に思うんだけどなー。と言うか、そんな事言ったら由利だって普通にしてんじゃん」
「あー・・・私の場合はなんていうかー・・・魅衣のお父さんと何度か会ってるからかなー・・・」
魅衣の言葉に由利は少しだけ頬を引きつらせる。
「ウチ? なんで?」
「いやぁ・・・ねぇー?」
「あっはははは。うん、わかる」
由利はカイトへと視線を送り、その視線にカイトも笑って同意する。恋人のソラではなくカイトに視線を送ったのは、これはソラ達には理解出来ないからだ。現に魅衣は理解出来ていない。というわけで、カイトはカナンを招き寄せる。
「カナン、ちょいちょい」
「あ、はい」
「実は魅衣の実家ってまぁ、いわゆる中津国の任侠の方々に近くてな? いや、真っ当なんだが外からはそう見られてる様な家なんだよ・・・ぶっちゃけると、無茶苦茶怖い。実際、一度本物の暴力団相手にカチコミやってるしな」
「え゛」
親友の意外な事実が発覚して、カナンがびっくりする。一応言えば、カナンも魅衣の家庭環境は聞いている。聞いているが、その詳細を聞いているのはティナや由利ぐらいだ。なので地球の家庭環境はどれが一般的なのか知らない為、魅衣の様な家が一般的でない事を知らなかったのである。
ちなみに、カイトの言ったカチコミは事実である。家が土建屋の関係でどうにも暴力団組織に目を付けられてしまったらしく一度魅衣が拐われた事があったのだ。カイト当人がカチコミに同席していた。
なお、流石に三枝側は武器を持っていっていない。せいぜい木刀程度だった事は念を入れておく。カイトというある種の最終兵器があるのだから、それでも安全は安全だった。警察に関しては当時の状況から三枝側からの抗議があった為、なんのお咎めも貰っていないらしい。
「あれねぇ・・・ほんと怖かったわよねー」
「そう言えばそんな事もあったのう」
魅衣が懐かしげに語り、ティナがそう言えばそんなこともあったな、とどうでも良さげだった。ちなみに、その件には偶然近くに居たティナが巻き込まれておりどちらも犯されそうになっていたのだが、その前にカイトが乱入しているので問題はなかった。そもそもティナも巻き込まれていたので、どちらにせよ問題なぞ無かったのだろう。
「そう言えば、今思ったらあの後なんとか組が壊滅した、って話・・・あんたがやったわけ?」
「おう」
魅衣の問いかけにカイトがVサインで応ずる。実はこの一件の後、更に魅衣の姉が彼女らの目の前で拐われる事件があり、本当にカイトがブチ切れしたのであった。
その結果カイトが独断で乗り込んで裏組織を一つ完全に壊滅させて日本全土を揺るがす事件を起こしているのだが、それは横においておこう。カイトなのでわかった話だからだ。なお、念のために言っておけばカイトも警告を送った上であり、それを無視された上に相手がプロを雇って実力行使に出たので報復行動に出ただけだ。
「まぁ、そういうわけなのですよ」
「あ、あはははは・・・」
知らされた親友の実家話にカナンが頬を引きつらせる。ソラについてはカナンも前々から良い所のお坊ちゃんである事は知っていたので疑問はないし、ティナについてはカナンは孤児だと聞かされている。なので敢えては振らなかった。
そうしてそんな話をしていると時間は簡単に過ぎていって、再びゼファードがキリエを連れてやって来た。今度はアベルも一緒だ。
「待たせた。アベル・ブランシェットだ」
軍服姿のアベルが手短に一同へと頭を下げて自己紹介する。こちらの情報はすでに知っているらしく、手でこちらからの自己紹介は制していた。
「そちらの名前については資料を読んで確認させてもらっている。逐一挨拶の必要はない・・・すまないが、私の方の予定が立て込んでいてね。父も日本人に一度会っておきたい、という事だ。急かすようで悪いが、さっそく付いて来てくれ」
どうやら今度はアベルの方の予定が立て込んだ所為で自己紹介の暇は無いらしい。まぁ、逐一自己紹介してもアベルにとってソラ達の方は覚えておく必要がない。
そして勿論、アベルの言った日本人に合っておきたい、というのもユリィと会う為の言い訳に過ぎない。それは全員がカイトから言われて把握していた。なので、これで良かった。
そうして、一同はブランシェット邸の中でも一際豪華な応接室へと通された。そこに居たのは、アベルとアルベド、キリエによく似た一人の男性だった。言う必要もないだろうが、彼が現当主であるアンヘルであった。
「ユリシア学園長。お久しぶりです」
アンヘルが頭を下げる。と、頭を下げた折りに彼の首筋から、かなり大きな傷跡が見えた。それを彼もカイト達の顔色から把握したらしい。笑って事情を説明してくれた。
「ははは。お恥ずかしい話ですが、3年ほど前にちょっとした魔物と大乱闘を繰り広げましてな・・・なんとか討伐には成功しましたものの、この通り左手と左足に現在も麻痺が残っている状況なのですよ」
ブランシェット公アンヘルはそう言うと、左手を動かしてみせる。が、何処かその顔は辛そうで何かを堪えている様子があった。それに、カイトが口を開いた。
「よほどの魔物だったご様子ですね。名家ブランシェットの当主にそこまでの怪我を負わせるとは・・・」
「まぁ、ネームドの魔物でしたがね。油断していた、とは言いたくはないですな」
「あはは」
「父よ。その辺にしておけ。とりあえずは先に用事を済ませておこう」
カイトとの歓談を行うブランシェット公アンヘルに対して、アベルが割って入る。そもそもこんな雑談をする為にカイト達を呼び出したわけではないのだ。そうして、アベルはカイトへと資料を手渡した。
「さて・・・まず君達が頼んでいたカナンという少女の調査だが・・・これについては難航している。これはその資料だ」
「ありがとうございます」
「ああ・・・それで本件だがこちらからの命令として、口外厳禁を命ずる事とする。調査はあくまでもそちらの少女の里帰りで通してくれ」
「わかりました」
カイトはアベルの申し出を受け入れる。理由はカイト達としてももし万が一カナンが何処かの貴族の落胤だった場合に困るからだ。最悪はカイト達の危惧する通り、暗殺者達の襲撃だ。あまり語るつもりはなかったし、アベルの言う通りの言い訳で表向き来ていた。
「さて次にだが、君達はわからないかもしれないが、基本的な話としてこの地は獣人達が暮らしている。あまり自然を傷つけずに戦う事を旨としておいてくれ。次に調査にあたっての話になるが、君達が向かう予定のエラクゥという村から少し北に行った所には草原地帯がある。そこにはよほどの事情が無い限り近づかない様に」
「草原に近づいたら駄目なんですか?」
「ああ・・・君はソラだったな。あそこは古い種族の自治区になっている。我々でも手は出せん・・・まぁ、獣皇ラカム殿の治めている地と考えれば良い」
「獣皇ラカム?」
「勇者カイトのご友人の一人で、最強の獣人だ」
そろー、とソラの視線がカイトへと注がれる。それに、カイトが念話を使用した。
『まぁ、ウチでも実力者の一人だ。適度に力を借りるつもりだが、表向きはな』
カイトはわずかに呆れ混じりにソラへと事情を告げる。そもそも、カナンにカイトの正体は隠されているのだ。明かせるわけがなかった。
「それで、とりあえずもう一つ。こちらが本題だ。やはりキリエについても所領に顔を出す必要があるし、やはり帰って来たともなると各地へと顔を出さねばならない。その護衛を諸君らに頼みたい」
「その代わりと言ってはなんだが、滞在中の衣食住についてはこちらで保証させて貰おう」
アベルの言葉を引き継いで、アンヘルがカイト達へと明言する。どうやら、移動やらなんやらの対価として、娘の警護を頼んできたらしい。そしてこれはカイト達にとっても渡りに船の話だ。と、言うようにアベル達と先んじてカイトが打ち合わせをしておいたのであった。
「わかりました。そういうことでしたら、引き受けましょう」
「そうか・・・では、詳しい話は後でゼファードにでも持って行かせよう・・・すまなかったな。下がって良いぞ」
アベルはそう言うと、カイト達に退出を命ずる。そうして、カイト達は移動の方法等を用意してもらう事にして、この日は各々翌日からの仕事に備えてゆっくりと休む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告第900話『キリエの街』




