第898話 僅かな恐怖
人員の選定を終えて、更に数日。カイト達はキリエと合流していた。理由は彼女と共にブランシェット領へと向かう為だ。
キリエは公爵家の令嬢だ。勿論実家の所有だが飛空艇も持ち合わせており、夏休みに入ると同時にいつもはそれでブランシェット家へと帰っているのだが、今回はカイトとの打ち合わせの関係でまだ発っていなかったのである。
「ああ、来たか」
「ああ、悪いな。一緒に乗せてもらって」
マクスウェルに位置している空港の一角にて待っていてくれていたキリエへとカイトが片手を挙げて挨拶する。横には若いメイド服姿の妙齢の女性が立っていた。耳にはカナンに似た狼型の耳――こちらは本物――があるので、おそらく狼系の獣人なのだろう。そうして、その女性が頭を下げた。
「お嬢様がお世話になっております。私、お嬢様のお目付け役を言い遣っておりますクオリアと申します」
「ああ・・・今回はこちらこそ色々と力を貸してもらった。感謝している」
「いえ・・・では、ご案内致します」
クオリアと名乗った女性はカイトへと頭を下げると、一同を先導する様に歩き始める。ここら一帯は個人所有の飛空艇の発着場の搭乗口で、幸いにして混んでいない。
そして曲がりなりにもキリエはブランシェット家のご令嬢だ。手続きはすいすいと進んで、あれよあれよという間に一同は飛空艇の所へと案内される事になった。
「こちらが、今回皆様にお乗りになって頂く飛空艇になります。第8世代の軍用艇です」
「ふむ・・・」
カイトは格納庫に収納されている一隻の飛空艇を観察する。大きさとしては、カイト達がヴァルタード帝国にて受領した輸送艇程度。とはいえ、設計している場所が違う為、デザインは大きく異なっている。
こちらは皇国で一般的なカイトの影響を受けた近未来風の飛空艇だ。性能もやはりそれに応じて高い。そんな飛空艇の側面には、ブランシェット家の所属である事を示す家紋ともう一つ、白色で薔薇のマークが施されていた。
「白バラのマーク・・・」
「私の家紋というか旗印の様なものさ・・・前の一件に加えて以前の竜騎士レースの結果を受けてエンブレムを創る様に頼まれてね。この飛空艇もその時の功績を受けて、新たに皇城から下賜されたものだ」
キリエは飛空艇へ向けて歩きながら少し恥ずかしげに、飛空艇の情報を開示する。別に隠している事でもないし、新聞の小記事にはなっていた。カイトも小耳には挟んでいた情報だ。
「そう言えば、騎士位から准男爵に格上げされたんだったか」
「言わないでくれ。お陰で夏休み明けには魔導学園久々の叙任式だ」
キリエは照れくさそうに、カイトの言葉に首を振る。竜騎士レースの折りの活躍に関する報奨がようやく決まり、どうやらキリエは一番活躍があったとして元々あった騎士の爵位から一つ上の准男爵に格上げされる事になったらしい。
流石に生徒会長の爵位の叙任だ。学園としても祝辞は述べざるを得ず、夏休みが明けた頃に一度全校集会を開いてこの間の竜騎士レースで活躍した者達と共に表彰する事になったそうである。叙任されるのが彼女というだけで、他にも報奨が与えられた者はそれなりに居たのであった。
今まで長引いていたのは、その後に宗教団体のテロ事件や大陸間会議でのゴタゴタがあった所為だ。今になってようやく一段落出来たらしい。
「久しぶり?」
「何度かあるんだ、我が校は」
魅衣の問いかけにキリエが苦笑する。やはり教師陣の層が厚い事と各地からそれらに教えを請う優秀な生徒達が集まる関係で、10年に一度は誰かが何らかの理由で叙任される事があるらしい。今回はそれがキリエだった、ということだろう。そうして、キリエは歩きながら少しだけ天を見つめて記憶を探った。
「前は・・・誰だったかな・・・」
「前は5年ぐらい前のテメグル攻防戦に参加した6年B組の生徒達だよ。数人が騎士に叙任されたんだよ」
「ああ、そう言えばそうでしたね・・・懐かしいな。そう言えばあの時は大々的な騒ぎになっていたんでしたっけ・・・」
ぴょこ、とカイトのフードから顔を出したユリィがキリエの疑問に答える。キリエが覚えていないのも無理はなく、彼女の入学した前後で起きた事だったからだ。と、そんな聞いたことのない戦いの内容にソラが首を傾げていた。
「テメグル攻防戦?」
「テメグルは皇国南部の都市で、きれいな水産資源なんかが有名で結構な観光都市になってるんだ。けど、そこでちょっとした出来事があってある魔物が異常発生しちゃったことがあったの。で、偶然そこへ卒業旅行に来ていた生徒達が遭遇しちゃってね。街を守る為に一大防衛戦線が築かれる事になったんだけど、その折りにその生徒達が最前線で戦ってね・・・まぁ、軍学科の卒業予定者だった事もあって、急遽魔導鎧に乗り込んで防衛戦を維持したの・・・で、その時の功績を讃えられて、卒業と同時に何人かが騎士の位を皇帝陛下から授けられた、っていうのがことの流れかな」
ユリィはその当時の事を一同へと語る。当然だが、この叙任式については彼女も出席していた。なので彼女の方は覚えていたわけである。
「今は・・・確か全員揃ってエリートコースに入れられたんじゃなかったかな」
「一人は確かマイアーズって女性兵士でしたか。そう言えば、一時期当家預かりになっていました。大型魔導鎧のパイロットへの栄転が決まったので、とかで・・・」
「ああ、確かその件で着任前に栄転が決まった、って話だったっけ・・・」
ユリィはキリエの言葉にそう言えば、と思い出す。と、そんな来歴を聞いて、カイトはふと、一人の女性士官を思い出した。
「ん?・・・若くして栄転して魔導鎧のパイロット・・・それ、あのマイアーズ・クロフト少尉か?」
「ああ、そうだ。そんな名前だった」
カイトの問いかけにキリエが頷く。詳しいことはほとんど聞いていないので覚えていなかったが、そんな名前だった、ぐらいは覚えていたようだ。
「なるほどなぁ・・・」
「ん? どったの?」
「いや、今度新設する基地に着任する士官の一人だ、そいつ」
「あ、そう言えばそんな事言ってたね。早いなぁ・・・もうそんなに経つんだ・・・」
カイトの小声――カナンが居る為――の言葉にユリィはそう言えば、と思い出す。ちなみに後に聞けば、マイは成績優秀者が与えられる特待生枠を利用して魔導学園に一時転入していたらしい。22歳の若さで皇都の研究所でテストパイロットが出来るのにも、そこらの兼ね合いがあったのだろう。
元々は皇都の学校に所属していて、皇都付近の軍に就職する予定だったそうだ。が、そこにこの一件があり、近衛兵団へと栄転させられたのだろう。
親の事情が関わったラウルとは違い、彼女は正真正銘のエリートコースを進んでいたらしい。と、そんな事を話し合っていると、クオリアの声がスピーカーから響いてきた。
『皆様、手続きが全て終了致しました。これより発進致しますので、お気をつけを』
「っと・・・大丈夫だな? 良し・・・クオリア。では、頼んだ」
『かしこまりました』
クオリアはキリエからの内線を受けると、発進準備を整えていく。そうして、飛空艇はマクスウェルの空港を後にするのだった。
カイト達がマクスウェルの街を出発してからおよそ一日。飛空艇の中で一泊したカイト達だが元々が皇城より下賜された軍用の飛空艇だった事もあり武装は充実しており、大した問題が起きる事もなくブランシェット領へと近づいていた。
側面にはブランシェット家の家紋があるし、乗っているのはそのご令嬢だ。通るとも通達している。どこの領土を通る時でも、手続きも簡単に終わった。
「さて・・・そろそろブランシェット領に入る頃だと思うんだが・・・クオリア。そろそろか?」
『はい、お嬢様。後数分でブランシェット領に入ります』
「そうか」
キリエはそう言うと、飛空艇の外を観察する。そこには山々が広がるかなり雄大な自然の原風景があった。それを、カイトも見る。
「ブランシェット領か・・・懐かしいな。この雄大な自然は何も変わらないか」
「ああ・・・いや、私は少し前にも帰ったのだがね」
うっかり同意してしまったキリエは少し照れくさそうに、カイトの言葉に笑う。やはりどれだけ暮らしても、故郷の地というのは懐かしいものなのだろう。そうして少し照れくさそうに笑ったキリエだが、即座に気を取り直した。
「まぁ、それは良いか。とりあえずまずはブランシェットへと向かう事になるが・・・構わないか? 流石に父達に顔を見せないといけないからな」
「こっちはな・・・カナンは?」
「え、あ、私も大丈夫です・・・」
カイトから話を向けられたカナンは同じく窓の外を何処か複雑な表情で見ながらそう答えた。数年ぶりの故郷への帰還だ。こちらはこちらで思う所はあるのだろう。
「そうか・・・では、クオリアにはそう伝える。父達も出迎えの用意等があるだろうからな」
「わかった。頼んだ」
一応非公式ではあるが、カイトが来るのだ。やはりブランシェット家としてもそれ相応のもてなしが必要と考えているらしい。こればかりは貴族と貴族のやり取りだ。仕方がない。そうして、カイトは一人複雑な顔で大地を見るカナンへと声をかけた。
「・・・不安か?」
「・・・はい」
カナンは少しだけ迷って、しかし隠すこと無くカイトの言葉に応ずる。ここらは、カイトも魅衣から聞いていた。不安にならないはずがない。カイト自身もそう言っていた。とはいえ、ここに来る事をカナンが決めたのは、魅衣の助言があったからだった。
「でも・・・やっぱり皆さんに迷惑を掛ける前に、お父さんとの事はきちんとけじめを付けておきたいかな、って・・・それに・・・どうしてお母さんと別れないといけなかったのか、私も知りたいですし・・・」
カナンは自分がかつては暮らした地の今の姿を見ながら、己の思いの丈を語る。やはり気になるのは、どうして母を一人にしてしまったのか、という所なのだろう。
いや、カイトから聞いている話では一人にしていないのかもしれない。だがそれでも、死に目にも会えなかったのだけは事実だ。そこだけは、娘として聞いておきたかった。そんなカナンに、魅衣が笑いかけた。
「大丈夫だって。こんないい子に育ってるんだもの。これで突き放す様な奴はそこの女誑しが女誑し代表としてぶん殴ってくれんでしょ」
「あっはははは。揉め事になるから、揉め事になってからにしたい所だけどな」
魅衣の軽口にカイトも応ずる。が、揉め事になった後は全力で支援するつもりだ。最悪でもカナンの保護だけは確定させるつもりで、カイトはここに来ている。その為にユリィも連れてきた。
彼女は公爵家で地位を持ち合わせていないが、権力と権威は別物だ。勇者カイトの相棒というのは、絶大な権威なのだ。仲介役として立てられる。
「ま、それに私も居るから安心してよ。基本的には私は勇者の相棒。大抵どんな状況でもどうにでもなるし、最悪はラカムの馬鹿も出すから大丈夫」
「そ、そこまでは大事にならないで欲しいです・・・」
カイトのフードから顔を覗かせたユリィに対して、カナンは非常にかしこまった様子で小さく頭を下げる。今回、ユリィの存在は予めカナンに教えておいた。切り札があるとわかっている方が、彼女も安心出来ると判断したからだ。
なお、一応外では勇者カイトの相棒ではなく冒険部の長カイトの相棒として振る舞ってもらうつもりだが、それは何時も通りという事なので問題はない。
「・・・降下を始めたな。降りる用意は?」
「こっちは大丈夫よ・・・後はティナちゃんだけだけど・・・」
「まぁ、あいつもいい年なんだ。流石に大丈夫だろう」
先程持ってきた旅行かばんを流し見た魅衣の言葉にカイトはため息を吐く。ティナは何をやっているのか、飛空艇に乗ってからというもの一人部屋に篭って作業を行っていた。
彼女曰く、今回の事に関係があるので少し放置しておいてくれ、との事だった。と、そんな話をしていると、ソラが一同の所に二人分――自分と由利の分――のカバンを持ってやって来た。
「おーう、こっち用意出来たー・・・ってギリギリか」
「ああ、来たな」
「ティナちゃんも連れてきたよー」
「うむ、すまんな。少しこちらを放置してしもうた」
どうやら到着が近い事を由利から聞かされたのだろう。彼女と一緒にティナも荷物を纏めていた様子である。と、そうして揃った面子を見て、ソラが何処か感慨深い様子で笑みを見せた。
「・・・なにげにこの面子って懐かしいよな」
「うん?」
「ほら、中学問題児組」
ソラから指摘されて、そういえば、と全員が思い出す。今でこそこの面子は仲が良いが、その昔は中学校全体どころか天神市全体を震え上がらせる者達だったのだ。そして今でも上層部として絡んでいる。が、この面子だけでの任務は冒険部立ち上げ前ぐらいなもので、本当に久しぶりだったのだ。
「そういえば・・・」
「そうじゃな」
「ま、それならそれで身体能力高そうな奴らには、こっちも中学からの連携で対処しよーぜ」
「そうするか・・・って、ことでカナン。ま、安心しとけ。基本的にゃ、この面子が揃えば負けはねぇよ」
ソラの言葉を引き継いで、カイトがカナンへと笑顔で断言する。久しぶりにこの面子が揃ったのだ。精神的な意味で、カイトも負ける気はしなかった。そんなカイトらに、カナンも少しは緊張がほぐれたようだ。笑って頷いた。
「あはは・・・はい」
「着いた・・・ああ、全員用意出来ているな。なら、行こうか」
「良し・・・じゃあ、行くか」
カナンが頷いたのと同時にキリエが戻ってきて、飛空艇が空港へと着陸する。そうして、カイトの号令の下、一同はブランシェット領へと足を踏み入れたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




