第894話 意外な事実
昨夜の内に活動報告を上げました。今度の断章の投稿についてのお話です。
調印式終了後の夜。カイトは和平が結ばれた事を世界各国に印象付ける為のパーティに参加していた。主催者はヴェネティス政府。列席者はヴェネティス政府の高官達と皇国、教国の高官達だ。
勿論、皇帝レオンハルトも教皇ユナルも共に参列している。そしてそこには、エルロード・ヴァイスリッターとルードヴィッヒ・ヴァイスリッターの両ヴァイスリッター家の当主達も参加していた。
なお、カイトは列席者ではなく会議の警備の一人として、だ。流石に護衛として横についていた者が貴族として出るわけにもいかないだろう。今のカイトは多少腕が立つ程度の一介の軍人として扱われる事になっていた。
「このような場で出会えるとは・・・運命とは不思議なものだ。次には必ず首を刎ねてやる、と思っていたのだが・・・」
「ははは。どうやら、その様子だ・・・では、数年ぶりになるが・・・改めて、ルードヴィッヒ・ヴァイスリッターだ」
「エルロード・ヴァイスリッターだ」
二人の当主達は騎士としてではなく、一貴族として右手を差し出す。どちらも顔には苦味があるものの、恨みの感情はなさそうだった。
まぁ、それも当然だった。言うまでもない事であるが、カイトの所領であるマクダウェル領は大本の事情から皇国は最東端に位置している。それに対して教国との最前線は皇国の西側だ。
一応、紛争が大規模になった時にはどちらも援軍として何度か出向いた事があるもののエルロードが東の果てから来る事は滅多に無いし、ルードヴィッヒ率いる<<白騎士団>>も主な任務は遊撃だ。交戦はほとんどなかったのである。とはいえ、無かったわけではない。だからこそのこの会話だ。
「刺された右脇腹がうずくな」
「こちらも、返す刀で貴殿に切られた胸の傷が痛む」
握手しながら、二人は笑い合う。まだまだ若い頃の話だが相手の事を忘れていない、というにはそれで十分だ。ちなみに、前者がエルロードで後者はルードヴィッヒだ。そうして、ルードヴィッヒが挨拶をそこそこに切り出した。
「それで一応、聞いておきたいのだが・・・そちらの子息はどうだ?」
「ははは・・・おそらく、そちらと同じだと思う」
「やはり、聞いていた通りか」
やはり立場が変われば、というものなのだろう。二人はかつて敵であった事も見せずに、今はただ父親として苦笑し合う。どちらも少し息子の不満げな態度に気を揉んでいたらしい。
「因果なものだ」
「いや、全くだ」
二人はしばらく、息子の今の態度に苦笑し合う。それを、カイトは遠目に見ていた。
「ふむ・・・レイフォードというよりも親父さんに近そうだな、あの人は・・・」
カイトはワイン片手に、ルードヴィッヒを観察する。やはりあちらもヴァイスリッター家なのだ。喩え己が揉めていようとも、気にはなかった。そしてそれは、彼だけではなかった。
『うーん・・・ナイスミドル?』
『どっちもナイスミドルにはちょっと遠くない?』
『もうちょっと渋めのおじさまが良いよねー。やっぱり騎士にナイスミドル求めるのが駄目だね』
気にしていたのは、聖剣と盾に宿る二人の聖霊達だ。彼女らは今、カイトの肩に座っていた。ユリィは流石に連れてこれなかったのだが、そのかわりとばかりに二人が座っていたのである。
「にしても・・・誰も気付かないとはな」
『アホだよねー・・・』
『ねー・・・』
楽しげに笑うカイトに対して、ルクシアとルクセリアの二人は完全に呆れ返っていた。彼女らこそ、教国最大の聖遺物なのだ。なのに誰も気付いていなかった。
『これじゃあ帰る気無くなるって』
『無くなるどころかそもそも帰る気ないけどねー』
『イケメン比率、皇国高いもんね。アベルとかなかなか悪くないね、あのワイルドさ。アルベドも将来有望そうだしー』
『いやー、眼福眼福』
「帰らない方が良い気しかしない」
単なる面食いである聖遺物達にカイトは笑うしかない。魔剣や妖刀の類と言われても信じる。どう考えてもこれで帰ったところで幻滅確定だろう。もしくはどこかの聖騎士の様に己の道を見付けられる可能性はあるが、国が揺れるので無かった事にはしたいだろう。
「と言うかさ。お前ら本来ってヴァイスリッター家の家宝だろ?」
『なーんか色々あって初代ルーファウスに使わせてあげてたからね』
「今代の同名さんは?」
『コンパチは却下。グリーンに人権はないよ』
『高身長、金持ち、高学歴だったルクスで十分』
「アル・・・耐えろ」
草葉の陰でルクスが大笑いしているぞ、とカイトは思う。泣くではなく大笑いである。と、そんな会話をしていて、ふと気付いた。初代ルーファウスについては一度も聞いたことがなかったな、と。
ヴァイスリッター家の開祖と言われる初代ルーファウスはルクセリオ教団の開祖と並んでほぼほぼ伝説上の人物だ。物語には出てきても、姿形が語られる事は皆無だったのである。そして語られたとしてもそれは大半が作り話、神話と一緒だった。
「そういや・・・開祖ルーファウスってどんな奴だったんだ?」
『ショタ騎士』
『あれねぇ・・・分離してないと思わずぱくっと行っちゃいそうだったよねー・・・』
「なん・・・だと・・・」
愕然となるカイトに対して、二人も遠い目をする。その目にはどこか達観が滲んでいた。
『いやぁ・・・あれは超ショタ騎士だったよねぇ・・・別の意味で超美味しそうだったね』
『剣技はものすごかったけどねぇ・・・』
「お前らが言うぐらいだから、相当か」
『まぁ、元々は片田舎の騎士だったんだけどね? ものすっごいかわい・・・じゃなかった。物凄い努力家で、剣技にかけて言えばルクスの才能を超えてたんじゃないかな。総合力なら、ルクスだけど。あっち応用力物凄いあったし、カイト達のお陰で成長率も高かったからねー』
「あいつを・・・?」
物凄い才能だな、とカイトは思う。ルクスの才能はおそらく、当時だけではなく有史上最高クラスと断言出来る。クオンと同格と見做される剣士だ。これと同クラスになると、おそらく伝説級の剣士だけだろう。初代ルーファウスはそれに肩を並べられるらしい。
「エネシア大陸最強と名高い剣士・無空とどっちが強かっただろうな」
『あぁ、無空?』
「知ってんのか?」
カイトが大いに驚く。伝説的な剣士である無空は実在は疑われていないものの、見た者は皆無だ。数度に渡る大戦で情報は完全に失われているからだ。
『一応はね』
『これでも長生きしてますから』
「そういやそうだよな・・・」
カイトは二人の聖霊の言葉に、改めて彼女らが聖遺物に相応しいだけの歴史を辿っている事を理解する。そもそも誰も聞いた事が無い――カイトも昔は興味が無かった――だけで、教団の興りは歴史の空白期間で、彼女らはマルス帝国とルーミア文明の間に現れているとされている。
初代教祖と初代ルーファウスは別人で、前者は文明崩壊における戦乱の最中に民衆を導く為に立ったとされる人物だった。初代ルーファウスはヴァイスリッター家の祖と言われるだけだ。確かに知っていても不思議はなかった。
「どんぐらい強かったんだ?」
『んーっとねー・・・』
カイトの問いかけを受けて、ルクシアが人差し指を顎に当てて考える。彼女らは幸いといえば幸いな事に、300年前当時最強のルクスとクオンを見てきている。更には敵としてであれば『死魔将』も見てきた。分かる事はあるだろう。
『交戦そのものは無かったんだけど、乱世を統べる折りに一度開祖ってかまぁ、教祖だった女が会ってるのよ。無空と今で言う開闢帝に・・・ま、そもそもマルス帝国って後になって名前変えた国だし。当時マルス王国だしねー』
「・・・おい、待て。お前ら開闢帝にも会ったことあるのか? 初耳だぞ?」
話の本題から逸れる事は理解していたが、カイトはあまりにあまりの事実の露呈に大いに目を見開いて驚きを露わにする。こちらは無空以上の伝説級の人物だ。地球で言うところの殷王朝の開祖・湯王と思えば良い。
『そら、誰も聞いたことないもん。勿論、あるよ』
『ねぇ・・・物凄いイケメンだったねー。物憂げなイケメンっていうか』
二人はどこか遠くを見る様にして当時を思い出す。実のところ、開闢帝には神様達さえも会ったことがない。だからこそ誰も知らなかったのだ。当時は神々の大半が文明崩壊の原因ともなった<<不滅なる悪意>>との戦いを受けて休眠しており、その間を埋める様に国を興したのがマルス帝国の開闢帝だったのである。
この大陸に残っていたのは他の神々の復活と事後処理を頼まれる事になったシャル一人だが、流石に彼女にはカイトも聞いたことがない。と、そんな彼女らは記憶を取り出せたのか、口を開いた。
『灰のカイン。確か、その当時はそう呼ばれていたんじゃなかったかな』
『灰色の髪の男だったからねー・・・カイトと同じぐらいの背丈で、ちょっと危ない雰囲気と一緒にどこか哀愁の漂ったかなりのイケメン。カイトと正反対のイケメンかな。結構筋肉は付いていたから、体格も悪くはなかったかな。まぁ、元々農業やってた、って話だから当然なんだろうけどね』
「へー・・・」
カイトは二人の言葉から、カインと呼ばれた開闢帝の大体の風貌を想像する。確かに、言われる通りに想像すれば己とは逆の印象があった。そうして、ルクシアは更に記憶を手繰り寄せる。
『確か・・・あぁ、そうだ。元々どこかからの流れ者で、偶然流れ着いた村が戦乱で焼かれそうになったから、って兵を興したとか言ってたかな。元々農作業をしている方が得意なんだが・・・とか愚痴っていたよ。当時のアンジー・・・アンジェリカは普通の一司祭ってところだったからね。彼女も農作業とかやってて、そこで手を貸した時に楽しそうに言ってた。無空はその時の護衛だったかな』
「そりゃ・・・好感が持てるな」
カイトは見ず知らずの開闢帝に好感を抱く。どうやら、マルス帝国の開祖は終焉帝に対して非常におせっかいかつ素朴な人物だったらしい。まぁ、そうでもないと大国の開祖になぞなれないだろう。
大方、偶然流れ着いた地の人々の困窮を見捨てられず、出来る事をやっていった人だったのだろう。元々は牧歌的で土いじりが好きな何処にでも居る青年だったのかもしれない。
哀愁が漂っていたのは、流れ着いた事と何らかの関係があるのだろう。当時の時勢を考えれば不思議な事は何もなかった。と、そんな想像を巡らせていたカイトに対して、ルクシアが首を振った。
『でもまぁ・・・ちょっと危ない人ではあったと思うよ』
「うん?」
『絶対に殺したい奴・・・いや、殺さねばならない奴が居る。アンジーに対してそう言ってた。アンジーも止めようとしたんだけどねぇ・・・』
「・・・まぁ、時勢として仕方がないか。文明の崩壊からの戦国乱世・・・どの世界も変わらないか」
ルクセリアの言葉に、カイトはため息を吐いた。己の事を考えても分かる話だ。どこかから一人流れ着いた事を考えれば誰かを奪われたか、それだけの事をされていた可能性も十分にありえる。と言うか、それしか無いだろう。大方、流れ着いたというのもボロボロになっての事だっただろう。
「それで? 彼の復讐は遂げられたのか?」
『さぁ・・・結局あの後私達は彼の言葉に従って遠くへ避難してたし、私達と言うかルクセリオ教団が王都付近に招き入れられたのは随分と後だから・・・随分と後になって彼が王様になった、って事を知ったぐらいだし・・・』
『言ったでしょ? 数回だけ会ったって。私達が勢力を拡大したのは、それから。その当時の泡沫宗教に情報なんて入ってこないって。と言うか、その当時はルクセリオ教団なんて影も形もなかったからね』
「ああ、そういや・・・そうだな。いや、悪い悪い」
ルクシアの補足にカイトが照れた様に頭を掻く。確かに、数回しか会っていないと言っていたのだ。ならば、その会合は大半が偶然にも得られたものなのだろう。
『ま、でも無空はその避難の際に援護してくれたから、見てるわけですよ』
「ああ、そういう・・・で、どのぐらいだったんだ?」
『んー・・・まぁ、ルクスよりは強くなかったかな。才能そのものはコンパチじゃないルーファウスと同程度だったけど、最終的にはそこまではたどり着いていないと思うよ』
ルクシアは改めて、カイトへと伝説的な剣士の腕前を語る。それに、カイトは少しの落胆を見せた。
「なんだ・・・ってことはやっぱり、所詮は伝説は伝説。誇張されているだけか」
『そりゃ、そうだよ。ルクセリオ教団だって教祖アンジェラは手をかざすだけで汚れた水を浄化した、とか言っちゃってるけど、んなの無理だからね? 普通の修道女だよ? 一応異世界の神と言うか私達が一緒でやれるというだけで・・・』
『そもそも私達を使えるというのも武器としてじゃなくて浄化の為の補助用の魔道具として、というのが正しいしねぇ』
ルクシアの言葉を引き継いで、ルクセリアはため息混じりに首を振る。まぁ、ここらはしょうが無いというかなんというか、だろう。
政治的な話として、多少は誇張しなければならない時もある。そういう当人の知らないところで話に尾鰭が付く事になり、今のあまりに超常的な出来事になってしまっていたのだろう。
「・・・で、そのアンジェラとやらは非常に美人だった、と」
『もうものすっごい』
『女の私らが欲情するぐらいには』
『もうなんていうか・・・ねぇ。修道女にしておくの勿体無いぐらいにボン・キュッ・ボン』
『滲み出る色香が・・・背徳的な匂いが・・・歩くだけでエロいって・・・』
「駄目だこいつら・・・早くなんとかしないと・・・」
聖遺物の癖に己の宗教の開祖――彼女らにはそんな意識はないのだろうが――に欲情しまくる聖遺物に宿る聖霊達に、カイトは一瞬封印という二文字が頭をよぎったようだ。そうして、パーティの裏でカイト達はそんな昔話をしながら、会場の警護に務める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第895話『握手』




